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夫の出世を願う花嫁と、妻の幸せを願う花婿

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 それから10日間、シャンティは頑張った。本当に頑張った。

 どれぐらい頑張ったかというと、ギルフォードが『もう、頼むから休んでくれっ』と懇願するほど。

 でもシャンティは、『はい、わかりましたっ。夜会が終わったらゆっくり休みます』と、優等生の返事をしてスルーした。

 彼女に悪気はなかった。ただ根っからの良い子であり、これまで適度にサボることをしなかったため、ほどほどにするということができないだけのこと。
 
 付き合いはそんなに長くは無いが、持ち前の洞察力でシャンティの事を熟知しているギルフォードは、結局、うめき声を上げて引き下がることしかできなかった。

 ま、そういう彼も手を抜くことを知らない人種である。なのでこの二人は、似たもの夫婦だったりする。

 そう、似たもの夫婦なのだ。

 そんな訳......がどんなものなのかはわからないが、この多忙な最中、実はシャンティはギルフォードに秘密を作ってしまったのだ。

 もちろん不貞行為に関わるそれではない。
 ギルフォードがシャンティに秘密にしていることによく似ているもの。

 ただ内容を今ここで詳しく話すことはできない。
 けれど、ギルフォードが自分の意思で秘密を作ったのに対して、シャンティはとある人から持ち掛けられてのそれなのだ。

 そしてこの手紙の主はシャンティよりしたたかで、あざとい。
 ”お願い!ギルフォードの出世の為に協力してっ”と筆圧強めの文字でお願いされてしまえば、しこりが残る相手とはいえ、シャンティは承諾の返事を送ってしまったのだった。

 だけどこのちょっとした秘密が、この後始まる夜会で、とんでもない惨事を引き起こすことになる。

 けれどそれは未来の話で、誰にも予測できないこと。

 そして夜会開始まであと1時間を切ったディラス邸の主は、現在、着飾った恋女房を目にして、恍惚とした表情を浮かべていた。

 夜会での不安要素は全て排除したと確固たる自信を持って。



 ブルーとネイビーの中間のような鮮やかで深みがあるタフタの生地は、異国の行商から取り寄せた一級品。
 また腰から裾までは、絵を描くように大胆なツタや葉っぱの刺繍が施されている。これは、王都で一番の針子に刺させたもの。

 姿見に映るドレスのラインは、腰のあたりから重なり合うフリルが弾み、華やかでありながら気品があるもの。

 そしてドレスに負けないよう、これを身にまとう新妻の髪は銀のリーフ細工が美しい髪飾りで結いあげられ、胸元は透明感のある宝石が散りばめられたネックレスで飾られている。

 総額おいくら?と聞きたくなる。
 まぁ控えめに言って、これを身に付けている新妻の意識が飛ぶほどの金額だ。

 でも、この夫は妻を愛している。そして妻の為になら散財を惜しまない男であった。

「シャンティ、とても綺麗だ」
「……ドウモアリガトウゴザイマス」

 イケメン夫に絶賛されているのは、凡人の枠に綺麗に収まっている妻。

 この光景を他人が見たらどう思うのだろうか。間違いなく、なんだコレと思うだろう。もしかして、ドレスに謝れと言われるかもしれない。

 そんなふうに自虐的なことを考えるシャンティは素直に喜べない。

 だがイケメン夫もといギルフォードは、シャンティの嬉しさを奪ってしまったかのようにいつもの16倍はご機嫌だった。

 あと典礼用の軍服を身にまとったギルフォードは、いつもの27倍はカッコ良かった。
 限りなく黒に近い生地に金の装飾が美しいそれは、彼のために存在していると言っても過言ではない。

 ただ結婚式の時に着ていたは白に対し、今回は真逆の色。その為、凛々しさ倍増で醸し出すオーラがいつもより多目に感じる。

 だが部下が縮み上がるそれすら、シャンティはカッコ良く見えてしまう。

 そんな素敵すぎる彼を目にして、ぶっちゃけシャンティは、既に達成感120パーセント状態だった。

 こんなご褒美をいただけて本当にマジありがとうございます!と誰に向けてなのかわからないが、感謝の言葉を心のなかで紡いでいる。

 けれどギルフォードは、そっとシャンティを自分の胸に引き寄せ、ときめく心に水を指すようなことを言う。

「……ああ、やっぱり外に出したくない」
「え゛」

 この人は、なんてことを言うんだ?!

 今日この日を迎える為に、シャンティは血のにじむような努力をしてきた。なのに、それを無下にするようなことを言うなんて。

 綺麗に結い上げた髪を乱さないよう気を付けてくれているギルフォードに対して、気遣うところはそこじゃないとも言いたくなる。

「……ギルさん、それはちょっと困ります。私、ギルさんの隣に並ぶのに相応しいと思ってもらえるように頑張った───……っぐぅ」

 ギルフォードはシャンティの言葉を遮るように抱きしめる腕に力を込める。

「ああ、なんて可愛いのだろう。シャンティ、好きだ」
「……え、は、はぁ」

 ギルフォードはいじらしいシャンティの言葉に感極まって抱きしめたのだが、そうされた側は、意味が分からず目を白黒とさせている。

 でも、ストレートな気持ちを耳に注ぎこまれたら、シャンティの頬は、みるみるうちに朱に染まる。それすら、ギルフォードにとったら堪らないごちそうなのだ。

「シャンティ、私が外に出したくないと言ったのは」
「はい」
「君があんまりにも綺麗だから、他の連中に見せたくないんだ。まぁ、それは男の醜い感情だ。気にしないでくれ。でも……」

 最後の言葉は、ほとんど吐息だった。

 熱い息がシャンティの頬をくすぐる。手袋をしているギルフォードの手が、シャンティの顎をそっと持ち上げる。

 そうして、そっとギルフォードはシャンティに口付けを落とそうとした。けれども、

「───……ご、ご主人様。お、恐れ入りますが、その……出発のお時間が……えっと……」

 布地がこすれ合う音より控えめな声で、侍女のサリーが待ったをかけた。

 ちなみにこの侍女、ずっとこの部屋にいる。そして、胸焼けするような夫婦のやり取りを見る羽目になっている。

 ただサリーの名誉のために伝えておくが、彼女はまかり間違っても夫婦のイチャイチャを邪魔するつもりはなかった。その証拠にずっと気配を消して、壁と同化してあげていたのだ。

 でも、侍女にとって時間管理も大切なお仕事。
 言い換えるなら、タイムアウト宣言を受ける前に、キスをしなかったギルフォードが悪い。

 ということをギルフォードは理解している。ちょっと早すぎるんじゃね?と内心思っていても、信頼のおける侍女に対して疑いの目を向けることはしない。「わかった」と頷き、シャンティを腕から解放する。
 
 ただ名残惜しそうにシャンティの唇をなぞる主を目にして、サリーは恐る恐る口を開いた。

「......ご主人様、恐れながら」
「わかっている。もう向かう」
「いえ、そうではなく......」
「なんだ?」
「続きは馬車の中でされたらいかがでしょうか?」

 突拍子もない侍女の提案に、シャンティはギョッとした。

 でもギルフォードはこれは名案だと顔を綻ばせる。そして、せっつくようにシャンティに手を差し出した。

「さあ行こう、シャンティ」
「......はい」

 顔を真っ赤にしてモジモジするシャンティを抱えるようにギルフォードは大股で馬車へと向かった。
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