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夫の出世を願う花嫁と、妻の幸せを願う花婿

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 馬車の中でギルフォードがシャンティに何をしたかはご想像にお任せする。
 けれど、馬車を降りたシャンティは、生まれたての子ヤギのように足元がプルプル状態だった。

 あと、言わなくてもいいことかもしれないが、そんなふうに足元がおぼつかないのは高いヒールの靴を履いているせいではない。

 付け加えておくと、シャンティの髪もドレスも乱れておらず、唇にさした紅も落ちてはいない。
 でもギルフォードは足りない何かをしっかり補充することができたらしく、ご機嫌度は更に増していた。





 さて夜会は王城の敷地内にある軍専用のホールで行われる。

 軍が主催ということもあって、ホールに向かう来場者達は渋い色の軍服が目立つ。

 とはいえ軍人たちは皆、勲章やブローチで胸元を飾り、会場に華を添える気満々である。もちろん同伴しているご婦人や淑女も、飾れるところは全部飾ってやるというガッツが痛いほど伝わってくる。

 そんな人達を物珍しげに眺めながらシャンティはギルフォードのエスコートで会場へと向かう。

 出迎える衛兵や軍人たちは、ギルフォードを目にするなり音がしそうなほど機敏に礼を取る。かなり特別な相手に対する......というより、遺伝子に組み込まれてしまったかのような俊敏な態度だった。

 たったそれだけでギルフォードが職場でどのような立ち位置にいるか、シャンティはすぐに理解することができた。
 そして、フレンドリーな態度を貫くエリアスとクローネは凄まじく強靭な精神を持っていると感心の念すら持ってしまう。
  
 ということを取り留めもなく考えていたら、あっという間に会場内に到着した。

 


 クリスタルのシャンデリアが煌々と会場を照らし、それが床の大理石に反射して、夜も更けてきたというのに、ここだけは眩しいほどに明るかった。

 既に夜会は始まっており、カップルの為に絶え間なく円舞曲が流れている。それを奏でているのはドヤ顔決めながら演奏している宮廷専属の楽団ご一行。
 
 そしてゴージャスな食事の数々。盛り付けに凝りすぎてどっからトングを入れたらいいか悩むほど、見栄え重視のそれら。

 来場者以外にもウェイターやメイドが沢山の種類の飲み物をトレーに乗せてにこやかに会場内を歩き回っている。

 とにかく人が多い。でも騒がしいというより、ここは「うっふ、おほほっ」というお上品さが際立つ異空間であった。

 軍が主催を聞いていたので、シャンティは多少は馴染みやすいのかと期待していたが、それは秒で粉砕した。

 圧倒的な華やかさと、優雅さに正直ついていけない。ダンスなどまだ踊っていないはずなのに、もう既にシャンティは目を回していた。

「シャンティ、大丈夫か?」
「......わかりません」

 ギルフォードの問い掛けに、思わずシャンティは本音をこぼしてしまった。

 そうすればギルフォードは心配そうな顔つきで、シャンティを優しく抱き寄せる。

 ただその瞬間、会場にいる人たちからの視線を一斉に浴びることになったシャンティは、すぐさま「大丈夫になりました!」と前言撤回してギルフォードから距離を取った。

 けれど周囲の視線は飛散しない。しっかりがっつりシャンティとギルフォードに向けられている。

 ああ、居心地が悪い。

 周囲から受ける視線のほとんどが会場に突如現れた珍獣を見る目か、もしくは憐憫を含んだもの。好意的とは言い難い。

 あーあ。どれだけ短期間で特訓を受けても所詮は張りぼてでしかないのか。

 シャンティはマナー講習で覚えた”よそいきの笑み”を浮かべながらも、内心、しょんぼりとした気持ちになってしまう。

 そんなふうにシャンティは落ち込んでいるが、実際、来場者はそんなふうには思っていない。

 鬼の化身と呼ばれているギルフォードが、奥様にメロメロになっているのを目にしてビビッているのだ。
 そして奥方はどんな弱みを握られて、こんな悪魔のような男の妻になってしまったんだ可哀想にと思っている。

 つまり、シャンティのことを田舎者だと嘲笑う者など誰も居なかった。むしろこの男の隣に寄り添えるなんてすごい根性だと称賛すらしていたりもする。
 
 だが中には、ギルフォードに対して良くない思いを抱いているものだっている。そしてそんな一人は、この場に限ってはある意味は勇者と呼んでもおかしくはない行動に出た。

「こんばんは、ディラス少佐。良い夜ですね」

 とってつけた笑みを張り付けてそうギルフォードに声をかけてきたのは、陸軍のとあるお偉い人だった。

「こんばんは、ルドルフ中尉。先日はどうも。おかげで今日を無事迎えることができました」

 淡々と答えたギルフォードはそっけない態度にも取れるが、彼にしてはかなり好意的な態度を取っている。なぜなら隣に妻がいるから。

 そして、見せびらかしたいという欲求から2歩離れてしまったシャンティを引き寄せ、ぐっと肩を抱く。

「ご紹介します。妻のシャンディアナです」

 シャンティは、頬が熱くなるのを止められないまま散々練習した新妻らしい初々しい笑みを浮かべた。

 次いで、知らないおっさんに向かい、これまた嫌と言うほど練習した挨拶の文言を口にしようとした。

 けれど知らないおっさんことルドルフは、まるでそれを遮るように不思議そうに首をかしげた。

「おや?シャンディアナ様ですか?......おかしいなぁ、確か奥方様のお名前はコラッリオ様ではなかったでしょうか?」

 シャンティは内心、げっと呻いた。
 よりによって一発目の挨拶からこんな爆弾を投下されるなんて、予想だにしなかった。

 ただよく見れば、たじろくシャンティの反応を面白がるようにルドルフはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている

 こいつは確信犯だとさすがのシャンティもわかった。あとこの状況は、控えめにいって窮地だということにも気付いてしまった。

 さて、どうしよう。場馴れしたご婦人なら、お上品な言葉を使って嫌みの一つも言いつつ上手にかわすことができるだろう。

 でも残念ながらシャンティはこういう場合の対処法は身に付けていない。

 ただ、困ったらギルフォードを見れば良いというマナー講師のアドバイスを思いだす。 

 他力本願は自分の得意とするところではない。
 だが他に方法が無いシャンティは、そっとギルフォードを伺い見る。

 ギルフォードは見たこともない微笑を浮かべていた。
 あえて言葉にするなら「よかろう。この喧嘩、買ってやるよ」といった感じのそれだった。
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