ゆきばあの、あしあと

当麻月菜

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両親への秘密は、お酢の味

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「ただいまぁー」
「今帰ったぞ」

 玄関扉を開けた羽咲と父親が、靴を脱ぎながら母親に声をかける。

 すぐに「おかえりぃー」と、キッチンから母親の声が聞こえ、羽咲はパタパタと廊下を走ってそこに向かう。

「うわっ、ご馳走だ!」

 母親の手伝いをしようと思った羽咲だが、ダイニングテーブルを占領している大皿に盛られた餃子が視界に入り、目を輝かす。

「ふふっ、今日はパパと一緒に夕飯食べれるから頑張っちゃった」
「すごい!ねぇ、ママ。今日の餃子は、大葉とチーズが入ってるヤツ?」
「そうよ。ところで羽咲、手は洗ったの?」
「あっ、すぐ洗う!」

 苦笑する母親に見送られ、羽咲は洗面所に向かう。ちょうど父親が手洗いとうがいを終えたあとだった。

「パパ、今日は餃子だよー」
「おっ!いいねぇ」

 目を輝かす父親と入れ替わって手洗いとうがいを終えた羽咲は、再びキッチンに戻って箸や取り皿を並べる。

 しばらくして部屋着に着替えた父親がキッチンに顔を出し、柳瀬家の晩餐が始まった。

 柳瀬家の食卓は、栄養士の母親のおかげで、いつも彩り豊かで栄養満点の料理が並ぶ。

 かつては備え付けの大きなオーブンで、ローストビーフや、パイを焼いていたけれど、今のキッチンにはオーブン自体がない。食材も引っ越す前に比べて、安価なものに変わった。

 それでも母の手料理は、下手なレストランで食べるより遥かにおいしい。

「……羽咲、お前の年頃だとダイエットしたがるだろ?がっつき過ぎじゃないか?」
「ちょっとパパ。ママの餃子をいっぱい食べたいからって、そんなこと言わないでよ」
「ほらほら、喧嘩しない」

 残り三分の一になった餃子をめぐって、見苦しい争いが始まった途端、母親に叱られてしまった。

 しかし羽咲も父親も「はぁーい」と返事をしたものの、争いを止める気はない。見るに見かねた母親が、餃子の乗った大皿を取り上げ、均等に分けだした。

「まったくもう。手作り餃子で喧嘩されたら、怒るに怒れないわ」

 空いた大皿を流しに運びながら、羽咲の母親は苦笑する。

「ごめんなさーい。でもこれ、私の大好物だからいっぱい食べたかったし」
「そうだよなぁ。パパだって、大好きだ。だから喧嘩するのは仕方がない!」

 強く言い切る父親の手には、発泡酒が握られている。かつて、たくさんの趣味があったけれど、多くのものを失った父親に残った楽しみは、今はこれだけだ。

 しかも、飲みたいだけ飲めるわけじゃない。発泡酒は月に1ケースと決めているから、飲めない日だってある。しかも母親が餃子を作るのは頻繁ではない。

 そう考えると、この希少な晩酌に花を添えたい気持ちになった。

「パパ、今日は特別に一個譲ってあげる」

 羽咲は、自分の餃子を箸で一つつまんで、父親の取り皿に乗せてあげる。

「本当か!?ありがとう!」
「うん。でも、今日だけだから」

 奇跡を目にしたような顔をする父親に、羽咲は照れくささもあって可愛げのない発言をしてしまう。

 しかし父親は、気を悪くするどころか、満面の笑みを浮かべて餃子を発泡酒で流し込む。

「くぅぅっー!上手い!!」

 まるでテレビコマーシャルのような大げさな仕草に、羽咲と母親は声を上げて笑う。その光景は、幸せな食卓そのもの。

 しかしその一拍後、父親のスマホが鳴った。画面に表示されたのは”柳瀬麻織”──羽咲の伯母である。

 羽咲にとって……いや、柳瀬家にとって伯母はかなり苦手とする相手で、和気あいあいとしていた食卓に緊張が走った。
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