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4.愛は時を忘れさせ、花火は行儀作法を忘れさせる
7★
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不意に楽団の演奏が途切れ、フランは視線を会場内に移す。
ついさっきまでダンスを踊り、談笑に花を咲かせ、グラスを傾けていた人々は吸い寄せられるようにバルコニーに移動している。
夜の帳が降りた今は、窓の外は闇が広がっている。けれど控えめな明かりがあちらこちらに灯され、昼ほどではないが夜とは思えぬ明るさだった。
しかし、その灯りも音も無く消える。
すぐにバルコニーからざわめきが聞こえる。でもそれは思わぬハプニングで混乱する声ではなく、何かを待ちわびる歓喜のそれ。
そして、その歓喜の声をかき消すように火薬玉が弾ける音が広間に響いた。
「……くだらぬ」
フランは、拍手や歓声が沸き上がる中、心底嫌そうに吐き捨てた。
彼にとって花火などただの騒音に過ぎない。でも、兄のソーブワートが殊の外これを楽しみにしているから、フランはこの夜会に出席している。
退屈この上ないと思っている彼は、きっと同じ王都のとある屋根の上で一つの恋が生まれたことなど想像すらできないだろう。
「花火を見て、しかめっ面なんてしてたら殿下が困った顔をしてしまいますよ、フラン様」
不意に横から呆れた声が聞こえて、フランは声のする方に目を向けた。
いつの間にか側近であるティートが起立した状態で傍にいる。
「何か進展はあったか?」
「そうですねぇ……あると言えばありますが、ただのお耳汚しになるだけかもしれないことが一つ」
ティートの呑気な口調に、フランはじろりと睨む。
「判断は私がする。話せ」
「さようですか。では───」
膝を折り、フランの耳元に唇を寄せたティートは端的に報告する。
アニスの祖父チャービルから何やら伝言を預かって来た少女のことを。
そしてその少女は、なぜだかわからないがもう一人の護衛騎士の元に留まっていること。
「ほう…… それは面白い。使えそうか?」
「どうでしょうかね。でも、単純な性格で、初日にアニス様に追い出された際、試しに2階の窓を開けたら木によじ登って、屋敷に侵入しようとしてました。ま、落ちましたけど」
「それは本当に女か?猿ではないのか?」
「まぁ、辛うじて少女でしょう。見目はなかなか可愛らしいですよ」
「見てくれなどどうでも良い。とにかく、懐柔できるならしろ。穏便に事を済ませたいから、力づくで聞き出すのは最終手段にしておけ」
「穏便って…… アニス様を殺せと言ってるくせに」
苦笑するティートをフランは視線だけで黙らせる。
花火は絶え間なく夜空へ打ち上げられ、明かりが落ちたバルコニーを一瞬だけ明るくする。
そこに女性に囲まれ、談笑するアニスの姿があった。
夜会に出席する際、彼は特定の女性を伴うことなく常に多くの女性と談笑し、ダンスを踊る。まるでかつての父親と同じように、浮名を流している。
「あれのどこが高貴な血なんだ。腐れ外道め」
憎悪を込めた眼差しは鋭いが、アニスの元には届かない。
アニスのだいだい色の髪は、先々代の国王と同じ髪色だった。
フランの獅子色の髪は、現国王と同じ髪色。
ソーブワートの焦げ茶色の髪は、側室である母親と同じ色。
己が持つ髪や目の色だけで全てを判断されるこの世界を、フランは破壊したくなる。
モノクロの世界にしてしまえば、純血だ何だと騒ぐことなどなかろうにと。
けれど世界はそう簡単には壊れない。
「……アニスの野郎が、女であれば良かった」
きっと母親そっくりのアバズレになるだろうけれど、それでもここまで王位継承で揉めることは無かっただろう。
勧めたくは無いが、アニスがソーブワートの妻になれば純血がと騒ぐ連中を黙らせることだってできた。
でもそんなタラレバを考えたって詮無いこと。
フランは片手を上げ、ティートに去れと命ずる。今度こそ朗報を運んで来いと付け加えて。
ついさっきまでダンスを踊り、談笑に花を咲かせ、グラスを傾けていた人々は吸い寄せられるようにバルコニーに移動している。
夜の帳が降りた今は、窓の外は闇が広がっている。けれど控えめな明かりがあちらこちらに灯され、昼ほどではないが夜とは思えぬ明るさだった。
しかし、その灯りも音も無く消える。
すぐにバルコニーからざわめきが聞こえる。でもそれは思わぬハプニングで混乱する声ではなく、何かを待ちわびる歓喜のそれ。
そして、その歓喜の声をかき消すように火薬玉が弾ける音が広間に響いた。
「……くだらぬ」
フランは、拍手や歓声が沸き上がる中、心底嫌そうに吐き捨てた。
彼にとって花火などただの騒音に過ぎない。でも、兄のソーブワートが殊の外これを楽しみにしているから、フランはこの夜会に出席している。
退屈この上ないと思っている彼は、きっと同じ王都のとある屋根の上で一つの恋が生まれたことなど想像すらできないだろう。
「花火を見て、しかめっ面なんてしてたら殿下が困った顔をしてしまいますよ、フラン様」
不意に横から呆れた声が聞こえて、フランは声のする方に目を向けた。
いつの間にか側近であるティートが起立した状態で傍にいる。
「何か進展はあったか?」
「そうですねぇ……あると言えばありますが、ただのお耳汚しになるだけかもしれないことが一つ」
ティートの呑気な口調に、フランはじろりと睨む。
「判断は私がする。話せ」
「さようですか。では───」
膝を折り、フランの耳元に唇を寄せたティートは端的に報告する。
アニスの祖父チャービルから何やら伝言を預かって来た少女のことを。
そしてその少女は、なぜだかわからないがもう一人の護衛騎士の元に留まっていること。
「ほう…… それは面白い。使えそうか?」
「どうでしょうかね。でも、単純な性格で、初日にアニス様に追い出された際、試しに2階の窓を開けたら木によじ登って、屋敷に侵入しようとしてました。ま、落ちましたけど」
「それは本当に女か?猿ではないのか?」
「まぁ、辛うじて少女でしょう。見目はなかなか可愛らしいですよ」
「見てくれなどどうでも良い。とにかく、懐柔できるならしろ。穏便に事を済ませたいから、力づくで聞き出すのは最終手段にしておけ」
「穏便って…… アニス様を殺せと言ってるくせに」
苦笑するティートをフランは視線だけで黙らせる。
花火は絶え間なく夜空へ打ち上げられ、明かりが落ちたバルコニーを一瞬だけ明るくする。
そこに女性に囲まれ、談笑するアニスの姿があった。
夜会に出席する際、彼は特定の女性を伴うことなく常に多くの女性と談笑し、ダンスを踊る。まるでかつての父親と同じように、浮名を流している。
「あれのどこが高貴な血なんだ。腐れ外道め」
憎悪を込めた眼差しは鋭いが、アニスの元には届かない。
アニスのだいだい色の髪は、先々代の国王と同じ髪色だった。
フランの獅子色の髪は、現国王と同じ髪色。
ソーブワートの焦げ茶色の髪は、側室である母親と同じ色。
己が持つ髪や目の色だけで全てを判断されるこの世界を、フランは破壊したくなる。
モノクロの世界にしてしまえば、純血だ何だと騒ぐことなどなかろうにと。
けれど世界はそう簡単には壊れない。
「……アニスの野郎が、女であれば良かった」
きっと母親そっくりのアバズレになるだろうけれど、それでもここまで王位継承で揉めることは無かっただろう。
勧めたくは無いが、アニスがソーブワートの妻になれば純血がと騒ぐ連中を黙らせることだってできた。
でもそんなタラレバを考えたって詮無いこと。
フランは片手を上げ、ティートに去れと命ずる。今度こそ朗報を運んで来いと付け加えて。
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