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傷口に触れて愛を知る

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本日はルドルク視線です(*- -)(*_ _)ペコリ

◇◆◇◆


 手を伸ばせば星に届いてしまうような圧巻の夜空に見下ろされ、裸足のままフラフラとおぼつかない足取りでルドルクの妻──テルミィが庭を歩いている。

 その後ろを夫であるルドルクとハクも、テルミィの歩調に合わせて歩く。

 今にも躓きそうでハラハラするルドルクをよそに、テルミィはゆっくりと、でも確実に目的地に向かっている。

 庭を横切り、目的地が見えた。途中で警備の巡回をしていた騎士数人とすれ違う。彼らは意識の無いテルミィを見ても訝しむ様子もなく、ただただ痛まし気に顔を歪め歩行の邪魔にならぬよう道を譲る。

 彼ら、そしてルドルクも、テルミィがほぼ毎日こうして意識のない状態で外に出てる症状を良く理解している。

 これは強いストレスなどから発症してしまう夢遊病だ。魔獣討伐を終えた新米聖騎士も稀にこの病になる。
 
 ただ聖騎士たちは皆、強靭な精神力を持っている。だから夢遊病になっても一過性のもの。訓練を続けていれば自然に治まる。しかしテルミィは、サムリア領に来てから二ヶ月経っても、一向に良くならない。

 ──キィ……。

 テルミィの手によって温室の扉が開けられる。意識のないテルミィの散歩は決まってここで終えるから、鍵はかけていない。

 温室の中に入ると、ルドルクは大股でテルミィを追い越す。テーブルセットの前に到着すると、音を立てぬよう細心の注意を払いながら椅子を引く。

 ちょこんとテルミィはそこに座り、そのままテーブルに突っ伏して動かなくなった。ハクは主を守るように椅子の傍でお座りをする。

「今日もここがお前の寝床になるのか……」

 テルミィが夢遊病を患っていることは、この屋敷で知らない者はいない。

 メイド達は一日でも早く快方に向かうよう、寝具を変えたり良質な睡眠が取れるアロマキャンドルを炊いている。シェフも健康に良いと言われる食材を使い、毎回手の込んだ料理を出してくれる。

 10日後に両親が旅行に行くことは、テルミィが人の多さに気疲れしているのかもと心配しての発案だった。

 このことをテルミィが知ったらどうなるだろうか。

 ただ感謝してくれるならいい。喜んでくれたならより一層やりがいが出る。しかしこれまでの彼女を見ていると、間違いなく恐縮し病気持ちの自分は捨てられると怯えてしまうだろう。

 そんなこと誰も望んでなんかいない。

 彼女の居場所はここ。ここ以外、どこにも行かせない。

「……俺の体力は底なしだから、とことん付き合ってやるさ」

 月を見ながら妻と一緒に夜の散歩をしていると思えば、ルドルクにとってこの時間は決して苦痛ではない。

 昼間は多彩な色彩を放つ温室は、今は一面青黒く染まっている。なんだか深い湖の底にいるような気分で、自制しているもう一人の自分がそっと顔を出す。

「……ミィ」

 ルドルクはそっと自分の中でつけた妻の愛称を口にする。

 口にした途端、愛おしさがこみ上げる。

 出会い頭に求婚をされた時から、ルドルクはテルミィに好感を抱いていた。しかし、ここまで大切にしたいと思うなんて、あの時は予想もしなかった。

 ルドルクがテルミィへ向かう気持ちにはっきり名前を付けたのは、領主婚をして一ケ月経ったある日のこと。

 小食な彼女の為に、たまには自ら菓子でも運んでやるかと温室に足を向けた時、ガラス越しに歌を口ずさむ妖精を見た。

 離れていたのでどんな歌を歌っていたのかはわからないけれど、奥にある噴水の水しぶきがキラキラ反射して、笑みさえ浮かべるその妖精の姿は、とても美しかった。

 きっとこれを見たら、誰もが恋に落ちるだろう。ルドルクは、この光景を誰にも見られたくないと本気で思った。

 しかし一拍置いて気付いた。この美しい妖精は自分の妻なのだと。誰が恋をしたとしても、焦る必要なんてないのだ。

 そのことに安堵を覚えると共に、全身に激しい感情が貫いた。四肢の全てを覆いつくしたその感情は、ゆっくりと消えていき、最後は心の一番大切な部分に残った。

「……ミィ」 

 ルドルクは小声で、もう一度妻の愛称を口にする。

 いつか妻をこの愛称で呼び、妻が自分に微笑みかけてくれたらどんなに嬉しいだろう。

 求婚からたった二ヶ月。しかも正式な式を挙げたわけではなく領主婚をしただけだというのに、ルドルクはもうテルミィを生涯ただ一人の妻だと決めている。

 しかし出会いは二ヶ月前では無い。

 遡ること10年前。ルドルクが14歳。テルミィが8歳の秋に、二人は既に出会っていた。




 10年前の秋、ルドルクは父ラジェインと共に王都で開催された狩猟大会に参加していた。

 3日間行われていた大会はとても盛大で、ルドルクは人の多さと、森の中なのに貴族のご婦人達が見るからに動きにくそうなドレス姿で歩き回っていることにとても驚いた。

 10歳から見習い騎士となり、父の背を追いかけて魔獣討伐に参加していたルドルクにとって、平和な森に放たれた野獣を狩ることなどお遊戯に近いもの。

 ニクル家に恥じない十分な成果を挙げ、後は表彰式を残すだけだった。

 そこでルドルクは、テルミィと出会った。


◇◆◇◆

次回もルドルク視線のお話になります(/・ω・)/
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