魔王様と勇者な姫君 ~倒しに行った魔王に求婚されました~

朔雲みう (さくもみう)

文字の大きさ
9 / 9

番外編 SS 2「魔王の名前」

しおりを挟む
「ユズリハ!」

 扉が勢いよく開け放たれ、魔王がずかずかとユズリハの部屋に入ってきた。

 ソファーで優雅にティータイムを満喫まんきつしていたユズリハは、無言でカップを置く。

「我は大事なことに気付いたぞ! ……ん? どうした、ユズリハ。手がふるえておるぞ、寒いのか?」
「怒ってるのよ!」

 こんなやり取りは、もう何度目だろうか。

 はっ倒してやりたくて、わなわなとこぶしを震わせるが、当の魔王はきょとんとしている。

「なぜ怒っておるのだ?」
「部屋に入る時は、ノックしてって、何度言ったら分かるのよ」
「ああ、すまぬ。だが、我はユズリハの怒った顔も好きなのだ。その顔が見られるのであれば、我はノックをせず、何度でもユズリハの部屋へ参ろうぞ」
「つまみ出していい?」
「ふ……つれないな、ユズリハは」
「……ねぇ。さっきから、私の名前を連呼れんこしてる気がするんだけど、気のせい?」
「ああ、気付いたか」

 ユズリハの指摘してきに、魔王は嬉しそうにする。

「我も気付いたのだ、そなたに名があることに」
「……は?」
「つまりだ。我はそなたの名を、呼んでいなかったように思うのだ」

 ……言われてみれば、魔王の口から名前で呼ばれたことはなかった……かもしれない。

 姫、そなた。そこに、結婚してからは「我が妃」が加わったくらいのバリエーションだ。

「そう……だったかしら」
「なんだ、ユズリハ。我に名を呼ばれて嬉しくはないのか?」
「べつに……」

 意識したとたん、何だか落ち着かない気持ちになり、ユズリハはわざと素っ気なく答える。

「ふむ」

 魔王はあごに手をやると、そのままユズリハの隣にすとんと腰を下ろした。

「え、なに」

 急にソファーが狭くなったと思ったら、肩に腕がまわされ、強引に抱き寄せられる。

 魔王の身体にもたれかかる形になり、ユズリハはじたばたともがいた。

「むう。そなたは、落ち着きがなさすぎるぞ」
「だ、誰のせ」
「――ユズリハ」

 耳元でささやかれ、ユズリハの心臓がぴょんとねた。

 魔王が深紅の目をぱちりとさせる。

「なぜ逃げる?」
 
 ユズリハは魔王の腕を振りほどき、脱兎だっとのごとくソファーの端に避難ひなんしていた。

「……は、恥ずかしいじゃない」
「何が恥ずかしいのだ、そなたにふさわしい可憐かれんな名ではないか」

 べつに、自分の名前を恥ずかしいと言っているわけではない。むしろ、自分の名前は気に入っている。

 だが、どうしてだか、彼に名を呼ばれると胸のあたりがむずむずして妙な心地になる。

「あ、あなたは……名前を呼ぶ為にわざわざ私の部屋に来たわけ?」

 ユズリハの言葉に、魔王は「おお」と手を叩いた。

「そうだが、そうではない」
「は? どっちよ。え、ちょっと、なに」

 魔王は、座る位置をずらすようにして、にじり寄ってきた。

 これ以上横にずれたら落ちてしまう。

「ねぇ、そんなにくっつか――」
「そなたに名があるように、我にも名があるのだ」

 魔王は急に真顔になると、紅玉ルビー色の瞳を妖しくすがめた。

「ユズリハ……我の名を呼んではくれぬか?」

 元々整った顔をしているが、真面目な顔になると魔性の魅力が加味され、美しさに凄みが増す。

 まばたくことすら忘れ、ユズリハは思わず魅入みいってしまうが、

「な、名前って……」

 魔王の身体を両手で押し返しながら、あれ、と思う。

「ねぇ……」
「なんだ?」
「今更すぎるんだけど、私、あなたの名前……」

 城のみんなは「魔王様」と呼んでいるし、ユズリハはユズリハで「あなた」としか呼んだことがない。

 他の誰かに話す時も「あいつ」だったり「魔王」だったりだ。

 魔王も言われて気付いたようで、

「おお、そうであったな。我はそなたに名を告げてはおらなんだ」

 何故だか、にこにこと楽しそうにする。

 嫌な予感しかしない笑顔だ。

「ふむ、そうだな。我の名は……」

 名を告げるにしてはいささか妙な前置きに、ユズリハが胡散臭うさんくさそうに見返すと、

「ダーリンだ」

 魔王はとんでもない嘘をついた。

「………………は?」
「だから、我の名は、ダーリンだ」

 舞台の台詞ばりのわざとらしさで、朗々ろうろうと告げる。

「さぁ、ユズリハ。小鳥のさえずりのようなその愛らしい声で、我の名を呼んでおくれ」
「そそそそそんなふざけた名前の魔王が何処にいるのよ!? あ……あなたの名前はマオウでしょ!? マオウ!!」
「……そんなふざけた名の魔王が何処におるのだ」

 ユズリハはふいっと視線を逸らす。

「とにかく……。私はそんな嘘っぱちな名前、絶対に呼んでやらないわよ」
「なぜ嘘だと思うのだ。我の名は、ダーリン・スウィート・ハートだ」

 ユズリハは噴き出した。

 この男、本気で言っているのか……。

「……殴っていい?」
「フルネームで呼べとは言わぬ」
「ちょっと、人の話聞きなさいよ」
「ダーリンでも、何なら、スウィートハートでも」
「全部却下よ!!」

 ユズリハが顔を真っ赤にさせて叫ぶと、魔王はこらえきれないとばかりに笑い出した。

「そなたは、本当に見ていて飽きぬな。その怒った顔がまた愛らしくて、我はついいじめてしまうのだぞ?」

 涙が出そうなほど笑う魔王を見て、ユズリハも違う意味で涙目になる。

「そうやって、あなたは、いっつも私をからかって~っ」
「あなた、ではなく、名前で呼んで欲しいのだがな」
「そんなこと言って、ちゃんと教えてくれないじゃない!」

 めつけてやると、魔王はさらぬ顔で言う。

「ふむ。教えたら、呼んでくれるのだな」
「え? ええ……」

 勢いで言ってしまってから、あれ、と思う。

 この流れは既視感きしかんがないか。

 魔王は、ふ……と人の悪い笑みを浮かべた。

 肩からすべり落ちたユズリハの髪をしなやかな指がすくい上げ、口づける。

言質げんちはとったぞ?」

 紅玉ルビー色の瞳が、意地悪げにユズリハを見る。

「う……っ、わ、分かったわよ」

 ユズリハは観念した。

「ちゃんと教えてくれたら、呼んであげるから……っ」

 恥ずかしそうに言うユズリハの耳に、魔王は、つと顔を寄せた。

「我の名は……」

 どきりとした瞬間、魔王の吐息が耳にかかる。

「……エンジュ・ルシェルフル」
「エン……ジュ?」

 耳元で囁かれた名を、ユズリハはゆっくりと音にした。

 花が開くように、魔王――エンジュの顔に笑みが広がる。ユズリハの方が照れくさくなるほどの満面の笑みだ。

「もう一度、呼んではくれぬか?」
「エン……ジュ……」
「もう一度だ」
「エン……ジュ?」
「なぜ疑問形なのだ、もう一度」
「エン……って、意味もなく呼ばせないでよね!?」
「うん?」

 鼻先に接吻キスされる。

「ちょっと、話聞いて――」

 ユズリハの言葉を攫うように、エンジュはユズリハの身体をすっぽりと抱きしめた。

「ユズリハ……」

 艶めいた声で、甘く囁かれる。

 心臓が跳ね上がるが、先程逃げたせいか、今度はがっちりと拘束されてしまい、逃げられない。

「ユズリハ、ユズリハ、ユズリハ……」

 それをいいことに、エンジュはユズリハの名を何度も呼ぶ。まるで、これまで呼ばなかった分を取り戻すかのように……

「ねえ、ちょっと……」
「ん、どうした、ユズリハ」
「その……あまり意味もなく呼ばないで欲しいんだけど」

 エンジュは心外そうにする。

「意味ならあるではないか。そなたの、その照れた顔が見られるからな」

 ユズリハの赤くなった顔が、更にまた赤くなった。

「熟れたトマトのようではないか、ん?」
「くやしい……」
「何がくやしいのだ、ユズリハ」

 エンジュはユズリハの真っ赤な顔を堪能するかのように、もう一度名を呼んだ。

 どうやら、「ノックをしない」の他に「ユズリハの名を呼ぶ」が、彼の楽しみの一つとなってしまったようだ。

「いつか泣かせてやる……」
「何か言ったか?」
「……なんでもないわよ、バカ」

 小さく呟かれた愛情のこもった「バカ」に、エンジュは笑う。

 ユズリハの顎を指先で上向け、その唇を優しくふさいだ……――

 ~おしまい~
しおりを挟む
感想 5

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(5件)

スパークノークス

お気に入りに登録しました~

2021.09.26 朔雲みう (さくもみう)

お気に入り、どうもありがとうございます(*´▽`)*_ _)ペコリ

解除
ままんたろ
2021.02.08 ままんたろ
ネタバレ含む
2021.02.08 朔雲みう (さくもみう)

お読みいただき、ありがとうございます……!
ラスト、つい落としてしまいましたが(笑)、気に入っていただけたようで、よかったです(/∀\*)

この魔王さまは自分でも大好きなキャラクターなので、そう言っていただけると嬉しいです。

ありがとうございます、本編は完結していますが、また機会があれば、番外編など書いてみたいと思います……♪

解除
一色姫凛
2020.11.19 一色姫凛

四話

魔王のが素敵すぎる。こーゆー人(人ではない)好き。

2020.11.19 朔雲みう (さくもみう)

素敵との感想、ありがとうございます……! 私も気に入っているキャラクターなので、そう言っていただけると嬉しいです♪

解除

あなたにおすすめの小説

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

言葉の色が見える私には、追放された冷徹魔術師様の溺愛がダダ漏れです~黒い暴言の裏に隠された、金色の真実と甘い本音~

黒崎隼人
恋愛
王立図書館の辺境分館で働く司書のリリアナには、言葉に込められた感情が「色」として見える秘密の力があった。 ある日、彼女の前に現れたのは、かつて「王国の至宝」と呼ばれながらも、たった一度の失言で全てを失い追放された元宮廷魔術師、アレン・クロフォード。 冷徹で皮肉屋、口を開けば棘だらけの言葉ばかりのアレン。しかし、リリアナの目には見えていた。その黒い暴言の奥底で、誰よりも国を思い、そしてリリアナを気遣う、美しく輝く「金色」の本音が。 「邪魔だ」は「そばにいろ」、「帰れ」は「送っていく」。 素直になれない不器用な魔術師と、その本音が全部見えてしまう司書の、じれったくて甘い、真実の愛を取り戻す物語。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

『魔力ゼロの欠陥品』と蔑まれた伯爵令嬢、卒業パーティーで婚約破棄された瞬間に古代魔法が覚醒する ~虐げられ続けた三年間、倍返しでは足りない~

スカッと文庫
恋愛
「貴様のような無能、我が国の王妃には相応しくない。婚約を破棄し、学園から追放する!」 王立魔道学園の卒業パーティー。きらびやかなシャンデリアの下、王太子エドワードの声が冷酷に響いた。彼の隣には、愛くるしい表情で私を嵌めた男爵令嬢、ミナが勝ち誇ったように寄り添っている。 伯爵令嬢のリリアーヌは、入学以来三年間、「魔力ゼロの欠陥品」として学園中の嘲笑を浴び続けてきた。 婚約者であるエドワードからは一度も顧みられず、同級生からはゴミのように扱われ、ミナの自作自演による「いじめ」の濡れ衣まで着せられ……。 それでも、父との「力を隠せ」という約束を守るため、泥を啜るような屈辱に耐え抜いてきた。 ――だが、国からも学園からも捨てられた今、もうその約束を守る必要はない。 「さようなら、皆様。……私が消えた後、この国がどうなろうと知ったことではありませんわ」 リリアーヌが身につけていた「魔力封印の首飾り」を自ら引き千切った瞬間、会場は漆黒の魔力に包まれた。 彼女は無能などではない。失われた「古代魔法」をその身に宿す、真の魔道の主だったのだ。 絶望する王太子たちを余目に、隣国の伝説の魔術師アルベルトに拾われたリリアーヌ。 彼女の、残酷で、甘美な復讐劇が今、幕を開ける――。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。