たゆたう青炎

明樹

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週明け、学校の玄関で、白蘭シロウにばったり会った。僕に絡んでくるかと思ったけど、チラリとこちらを見ただけで、何も言わないで去って行った。僕は、平穏な日常を続けられることにホッと安堵の息を吐いて、教室に向かった。


だけど、厄介な奴が一人いた。僕が教室に入るなり、リツが僕の鞄を引ったくって机の上に置き、僕の腕を引いて空き教室へと連れて行く。
僕を先に教室に入れて扉を閉めると、リツが僕の両腕を掴んで、真正面から心配気に見てきた。僕もリツの目を見返した。すると、リツが顔をクシャリと歪めて、僕を引き寄せて抱きしめた。


「なに?離してよ…」
「ルカ、ごめんな…。俺、ちゃんと守ってやれなかった。それなのに、ルカは俺を庇って、あいつらに傷つけられただろ?俺…、ルカの血を見た瞬間、怖くなった。ルカに何かあったら…って。ルカ、俺、もっと強くなる。もう二度と、ルカに血を流させないように。だから、俺から離れようとしないでくれ。俺は、ルカの傍にいたい」
「別に謝んなくていいよ。僕が勝手にしたことだし。それに、僕なんて何の価値も無いんだから…。どうなったっていい」
「んなこと言うなっ!俺には価値があるっ!俺は…俺自身よりも、ルカが大事なんだっ。だから…ルカ、自分を大事にして…っ。危険な時は、すぐに自分の身を守ることを考えてくれ」
「なんでリツにそんなこと言われなきゃなんないの?自分のことは自分で好きにする。それに、ロウに僕に近寄るなって言われてなかった?もういいでしょ?早く僕を離してよ」


一瞬、ビクリとリツの身体が震えた。僕を拘束するリツの腕の力が緩み、僕はリツの胸を押して身体を離す。


「僕、行くから。もう話しかけてこないで」


僕に向かって伸ばされたリツの手が、力なく降ろされる。泣きそうな顔で僕を見つめるリツにドキリとして、僕は顔を背けると、慌てて部屋を後にした。


早足で教室に戻りながら、自分の胸に手を当てる。さっきのリツの顔を見てから胸が痛い。


ーーなんで…。なんであんな顔をするの?僕なんてただの出来損ないの役立たずだよ?なのになんで、リツは僕に執着するの?


白蘭に襲われた夜から、僕の中にずっとリツがいる。どんなに振り払っても、頭に、目に、胸に、リツが入り込んで出て行かない。やっぱりリツの傍にいたらだめだ。リツが傍にいると、僕はおかしくなってしまう…。


僕は、ドキドキと鳴り響く胸を押さえて深呼吸をする。脳裏に、昨夜の真剣な表情で恋愛本を読むロウを思い浮かべて、ようやく平常心を取り戻した。


「ルカ様、すでに予鈴は鳴ってますよ。早く教室に戻って下さい」
「ロウ…、ふふっ」


背後から突然声をかけられて、まさに今、ロウのことを考えていた僕は、思わず笑ってしまった。
不思議そうに首を傾げて、ロウが僕の頬に手を添える。そして、口角の上がった僕の唇に、親指でそっと触れた。


「なにか…いいことがあったのですか?そんな可愛い顔は、他の奴らの前ではしないように…」
「は?…また変なことを言ってる。もう僕、教室に戻るからっ…」


ロウの親指をカプリと噛むと、僕はさっさと教室に入った。だから、後ろでロウが、僕に噛まれた親指を、愛おしそうに口に含んだことを、僕は知らない。



それから一週間は、何事もなく平穏に過ごした。
ただ気がつくと、リツが何か言いたそうに僕をジッと見ている。僕はなるべく視線を合わさないように、授業が終わるとすぐに教室を出て、人気の無い中庭で時間を潰した。
それでも昼休みには、リツが僕を捜して中庭にまで来ることがある。そんな時は、ロウに頼んで、生徒が自由に出入り出来ない空き教室の鍵を借りた。もちろんロウもついて来たけど、リツにつきまとわれるよりはマシだ。


ロウ手作りの同じお弁当を、二人で向かい合って食べる。


「ルカ様、卵に少し砂糖を入れ過ぎたのですが、口に合いますか?」
「うん…美味しいよ。これぐらいがちょうどいい…」
「よかった。たくさん食べて下さい。あなたは、もう少し太らなくては。抱え上げた時に、軽くて心配です」
「そんなに食べれない…。でも、僕は普通だよ」
「ルカ様は、白くて華奢で綺麗で、まるで可憐な花だ。俺が必ず守りますが、野蛮な奴らに手折られないように」
「ふ…ふふっ。ロウって男らしいのに…、ふふ」
「…なんですか?」
「ううん…なんでもない。ねぇ、ロウの本、また貸してよ。まあまあ面白かったよ」
「いいですよ。いくらでも。気に入りましたか?」
「…気に入ってはない。ただ、ロウはこんなのが好きなのかと思って」
「まあ好みではありますが。でも…俺が心から好きなモノは、この世にたった一つしかありません」
「ふ~ん…、なに?」
「知りたいですか?」


一度俯いたロウが、顔を上げて僕と視線がぶつかる。ロウの深い青の瞳が、窓からの光でとてもキラキラと輝いて見えた。ロウにも僕の瞳がそう見えたみたいで、目を細めながら、再度「知りたいですか?」と聞いてくる。
僕は知ってはいけない気がして、「別に知りたくない…」と言って、視線を外した。





昼休みが終わる十分前に、ロウと別れて教室に向かった。中庭の横の通路を歩いていると、いきなり声をかけられた。声がした中庭を見ると、金髪の背の高い男が、微笑みながら僕に近づいて来た。
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