たゆたう青炎

明樹

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これは何の香りだろうか。とても甘くいい匂いがする。


その匂いを胸に取り込むように、大きく息を吸う。そして、息を吐き出すと共に、ゆっくりと瞼を開けた。


見慣れない白い天井を、ぼんやりと見つめる。そのまま顔を左右に動かして、周りを見た。
天井と同じ白い壁紙の広い部屋。僕が寝ているベッドの頭側に大きな窓があって、薄いカーテン越しに明るい陽射しが注いでいる。
今は一体何時なのだろう。
ベッドと反対の壁の側に、ソファーとテーブルがある。テーブルの上にポットとグラスが置いてあることに気づいて、喉が渇いていた僕は、ゆっくりと身体を起こした。


「うっ!…い、た…」


起き上がった途端に頭がズキンッと痛んで、思わず声を漏らす。目を閉じて強い痛みをやり過ごし、そっと目を開けて再び部屋の中を見た。


ーーここは…?ああ、そうか…。僕は、黒い人狼と一緒に行くと言って…、薬か何かで眠らされたんだった。じゃあここは、彼の家…?


ベッドから足を下ろして立ってみる。身体がふらつくことはなく、しっかりと歩ける。顔にかけられたのは、さほど強い薬ではなかったようだ。
僕は、少し痛む頭を押さえてテーブルまで行き、ポットからグラスに水を注いで飲んだ。水はよく冷えていて、おかげでぼんやりとしていた頭がスッキリとした。


「やあ、気分はどうかな?」


いきなり声がして、勢いよく振り返る。いつの間に入って来たのか、僕のすぐ後ろに、『一緒に来い』と言った、あの黒い人狼の男が立っていた。


僕は、グラスをテーブルに置くと、彼の真正面に立って聞いた。


「ロウは…、無事ですか?リツ…赤築の人狼は?白蘭、黄麻は…」
「おまえの大事なロウとか言う人狼は、森の奥深くの青蓮家の邸に運んでおいた。赤築は、あの後すぐに、あの場から追い出した。白蘭、黄麻は、二度と邪な考えを持たない程度に懲らしめてやった」
「そう、ですか…」


ホッと息を吐いた僕にクスリと笑って、彼がソファーに腰を下ろす。


「ルカ、おまえも座れ。さて、まだ俺は名前を言ってなかったな。俺は、黒条(くろすじ) トウヤという。黒条という名を聞いたことはあるか?」


トウヤと名乗った彼の向かい側に座って、僕は首を横に振る。


「いえ…すいません。今、初めて聞きました…」
「だろうな。謝らなくてもいい。我々黒条家は、人狼界の隅に追いやられた一族だからな」
「追いやられた?」


言葉を復唱した僕を見て、トウヤさんが目を細めて言う。


「そうだ。ふ…、時間はたっぷりとある。この話は、追々話そう。まずは飯にしようか。おまえは一晩眠っていたんだ。腹が減っただろう?俺について来い」
「…はい」


有無を言わせぬトウヤさんの雰囲気に、僕は素直に頷いて、彼の後に続いて部屋を出た。
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