たゆたう青炎

明樹

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僕がいた部屋を出て、廊下を進んだ突き当たりにある部屋に、トウヤさんの後に続いて入る。中は、かなりの広さのリビングダイニングだった。
八人は座れそうな大きなテーブルには、すでに料理が並べられている。
眼鏡をかけた綺麗な顔の、ロウくらいの年齢の男の人が、僕に席に着くように促した。


「どうぞ、こちらに…」
「あ、はい」
「ルカ、彼は俺に仕えるダンだ。これからは、おまえの世話もする。何か用事がある時は、ダンに命令するといい」
「わかりました。よろしくお願いします」


僕の向かい側に座りながら、トウヤさんが笑って言う。


「そんなに畏まらなくていい。普通に話せ。ダンも世話をし辛くなる。それに、俺にも敬語は使わなくていい。堅苦しいのは嫌いだ」
「はあ…、つっ」
「どうした?」


またズキンと痛んだ頭に、顔をしかめて手を当てる。
ダンが、僕の目の前に、錠剤のシートと水が入ったコップを置いた。


「これをお飲み下さい。主、ルカ様は、昨夜嗅がせた薬の影響で、頭痛がするのだと思います。もうしばらく休ませた方がよろしいのでは」
「あれは即効性はあるが、そんなに強い薬ではないだろう?ふむ…、ルカは他の人狼とは違うからな、薬の効き方も違うのかもしれないな。どうする?部屋に戻るか?」
「…いえ、薬をもらったし大丈夫…です」


錠剤を二つ、シートから出して水で飲み込む。まだズキズキとこめかみの血管が脈打ってるけど、すぐに治まってくるだろう。
僕は、小さく息を吐いて、一番気に掛かっていることを尋ねた。


「あの…、僕が変身出来ない人狼とわかってて、なぜ連れて来た…の?僕は、何の力もないし役にも立てない…」
「おまえは、そのことをずっと負い目に生きて来たんだな。でも俺は、そんなおまえが必要なのだ。それだけははっきりと覚えておいてくれ。さあ、先ずは飯だ。ダンの作る料理は美味いぞ。遠慮なく食え」
「…いただきます」


目の前で湯気を立てているカップを手に取って、スープを一口飲む。甘いコーンの味が口の中に広がって、僕はホッと肩の力を抜いた。


あれ程痛かった頭痛もすぐに治まり、料理が美味しいこともあって、僕は出された分を全て食べた。
食後のホットミルクティーを飲みながら、ダンにお礼を言う。


「ご馳走さま…。美味しかった。ありがとう…」
「それは良かった。もう頭痛は大丈夫ですか?」
「ん、大丈夫」


僕の受け答えを聞いていたトウヤさんが、フッと笑う。
僕が首を傾げて見ると、飲んでいたコーヒーのカップを置いて、頬杖をついて僕を見た。


「ルカは可愛いな。おまえが助けたいと願ったあの青蓮の人狼、あの彼は、おまえのことを大事に思っていたのだろう?彼の気持ちが何となくわかる気がする」
「ロウ…は、僕が生まれた時からずっと傍にいたから…。それに、僕は可愛いくない…。僕は、自分勝手で醜い。自分のことばかり考えて、大事な友達を傷つけた…」
「自分のことを一番に考えるのは、当たり前のことだろう?何も気に病むことなどない。昨日も思ったが、おまえは優し過ぎるな。もう少し冷徹になれ。でないと、難しいかもしれん」
「何の、こと?」
「ルカ様、お食事がお済みでしたら、シャワーを浴びませんか。こちら、タオルとお着替えです。ご案内します」


トウヤさんが何を言ってるのか、よくわからない。もっと詳しく聞こうと口を開きかけたところで、ダンが口を挟んできた。


僕は、ダンに差し出されるままにタオルと着替えを受け取る。そして、着いて来いとばかりに歩き出したダンの後ろに着いて行く。
部屋を出る時に振り向いて、トウヤさんに小さく頭を下げる。
トウヤさんは、早く行けという風に手を振って、再びコーヒーのカップに口をつけた。





「こちらです。お湯を張っていますので、どうぞごゆっくり」
「あ…、ありがと…」


僕を洗面所に案内すると、ダンは頭を下げて出て行った。
僕は、タオルと着替えを棚の上に置いて、汗が染みついた制服のシャツとズボン、下着を脱ぐ。脱いだ物を手に持って、少し迷った挙句、洗濯乾燥機の中に放り込んだ。


「肝心なことが、まだ何も聞けてない…」


頭と身体を丁寧に洗って、今はバスタブに浸かっている。少し熱めのお湯が気持ち良くて、身体の隅々まで癒される。
僕は、目覚めてからのトウヤさんとの会話を思い返して、ポツリと呟いた。


ーー僕を連れて来て、どうするのかと不安だったけど、乱暴に扱われることは無くて、丁重に接してくれる。だからこそ、トウヤさんの目的が何なのか、すごく気になる。


バスタブの縁に頭を乗せて、愛しい名前を口にする。


「ロウ…。今、何してる?身体は…大丈夫?…ロウ、会いたい…」


ロウの名前を口にして、僕を甘く見つめるロウの深い青の瞳を思い出したら、胸が締めつけられて苦しくなり、涙がポロポロと頬を滑り落ちた。


ーー僕が何の役に立つのかわからないけど、早く役に立てば、解放してもらえるのかな…。


お湯をすくって顔を洗うと、バスタブから出て鏡の前に立った。


「あ…」


鏡に映る、僕の胸からお腹にかけてのおびただしい数の赤い痕。身体を反転させると、背中にもびっしりと付いている。
僕は、赤い痕一つ一つを指でなぞった。これは、ロウの執着の証。僕が、ロウのモノだという印。


やっぱりロウと離れるのは嫌だ。ロウが傍にいないとダメだ。ロウに会いたい。ロウに触れたい。


トウヤさんが僕を連れて来た理由を聞いて、早く僕がやるべきことをやって、それが終わったら帰してくれるようにお願いしよう。そうと決めたら早く行動しなければ。


僕は大きく頷いて、お風呂場のドアを勢いよく開けた。


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