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第三章 能力の覚醒
ヒュウガの覚醒③と2人の夢
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ヒュウガは信じられなかった。
ヒナノの服が、徐々に濃い血の色に滲んでいく。男が刃物で刺したのだ。ヒナノの無表情は変わらない。ヒュウガの頭に、最悪の事態が過ぎった。もしかして、お姉ちゃん、これで死んじゃうんじゃないか……? ヒュウガは止めに入ろうとしたが、足がなぜか動かない。お姉ちゃんを守るって決めたのに。
「……驚い、た。この、ナイフ、そこの、スーパーで、売ってるもの、だ。……神に、下界のモノは、ほとんどは、効果が、ない。仮にも、神なら、理解して、いなかったのか」
ヒュウガの自責の念に反して、ヒナノは自身に刺さっているナイフを手に取り、何事もなかったかのように抜いた。そのナイフを、地面に落とす。ヤレヤレ、男は言う。
「知ってるに決まってるだろ、そんなこと。ただ……オレたちは必ず殺すっていう意志表示だ」
「ね、ねえ、プーアちゃん? あの屈強で野蛮な男たちは君の仕込みかい?」
今なお物陰に隠れている2人。さすがに見ていられないと思ったレンガイは、恐る恐る聞く。
「いや、あの人たちは知らないわ。アンナの刺客とは思えないし。本人たちの言うように個人的な恨みがある人なんじゃないかしら」
「だからこそ危険だと思うんだけど。もし本当に怪我とかさせられちゃったらどうするの?」
「本気でヤバそうだったらアンタが止めなさいよ。でも、ヒナノさんには……ほら、ヒュウガがいるじゃないの」
プーアはこの状況を楽しんでいるようだった。レンガイは無責任なプーアと、危機に直面しているヒナノとヒュウガの身を案じた。
「……お前たちは、私のスキルを、分かって、いる、のか」
何かまた新しい凶器を取り出した男たちを、ヒナノは睨む。
「ああ、知ってるよ。五感を惑わせるんだってな。ま、もちろん弱点だって知ってるさ。その対策は、もう万全にしてある」
ヒナノは慌てて後ろを振り向く。その時、自分の腕が握られているのを感じた。なんとかその手を振り払おうとしたが、それは叶わなかった。男は満足げに言う。
「どうだ。これで、オレに対してスキルを発動したとしても、お前の後ろにいるオレの仲間がお前を刺す。つまり、なんだ……無駄な抵抗はやめろ」
男が一歩、また一歩ヒナノに近づいていく。
「お、お姉ちゃん……えと、その」
どうしても足が動かないヒュウガは、震えた声をヒナノに送る。ヒナノはそれを聴いてヒュウガを見るが、それよりも先に男がヒュウガに向けて叫んだ。
「だまっとれ! クソガキ! ……って、なんだ、おい、お前もしかして、コイツの弟か? これはいい。まずはお前からだ。お前の苦痛に歪む姿を姉さんに見せてやる。そっちのほうが絶望に落とせるってもんだ」
「……おい、やめろ。そいつは、関係ない。だから……」
必死の制止も男たちには響かない。先ほどまではヒナノに攻撃の手を伸ばしていた男が、今度はヒュウガに近づいていく。
男が刃物を振り落とそうとした時、ヒュウガはか細い声を出した。
「な、なあ……約束してくれよ、お、オイラは……別に殺しても構わないから、お姉ちゃんだけは……頼むよ」
「なんだ、お前ら。兄弟仲良く揃ってお互いの身を案じてよお。でも残念だな。それを決めるのはオレたちだ。つまり、お前は死んで姉さんも死ぬ!」
ヒュウガは身体中がボンヤリしていた。お姉ちゃんが死ぬ……要するに、このクソ男にお姉ちゃんは殺られちまうのか。そんなことあってはいけないよな。オイラが守らなきゃいけないよな。でも、守るってなんなんだろうな。ゴメンな、お姉ちゃん。オイラ、バカだから考えてもよく分かんねえ。
「文句があるなら、オレを倒してからにしろよ」
倒す、か。倒す? ああ、そうか、なるほどな。コイツを叩き潰せばお姉ちゃんは……。
それを思い出した瞬間、
ヒュウガの世界は突然光で満ちあふれた。
「……倒せばいいんだな?」
「あ? そうだな、弱虫くんにそれができるんなら――――」
刹那、男の世界は深淵の闇に染まった。自分の目が潰された、と気づいた時には、もう1発喰らわされていた。男は思わずその場に跪く。ヒュウガは極め付けに低くなった男の頭に、全力のかかと落としをする。
「前に、レンガイの兄ちゃんが言ってたんだ。頭の回るタイプじゃないって。そうだな、オイラは考えるようなヤツじゃねえよな。……さっき、お姉ちゃんもオイラに言ったんだ。甘えるなって。オイラはその時は、単純な意味だと思ってたんだけど、違うみたいだな。お姉ちゃんと久しぶりに2人きりになれたから嬉しかったんだ。だから甘えた……そういう意味もあるけど、お姉ちゃんが言いたかったのって、もっと深い意味なんだな」
ヒュウガは、自分の下でうずくまる男に言うわけでもなく、姉のヒナノに言うわけでもなく、自分自身に語るように淡々と口を動かし続けた。
「自分のスキルが使い物にならなくなった、下界での生活にうんざりしてた、自分ではどうしようもなくなった。そういう状況に甘えていたんだ」
「な、何言ってんだよお前! わ、ワケわかんねえよ!」
ブツブツと呟き続けるのを不気味に思った男は、地面に這いつくばりながら恐怖に慄き叫ぶ。
「あ、ああ……わりぃ。その、なんつーか、えーと」
ヒュウガはそれに一瞬驚いてあたふたしたが、平然を取り戻した後は、初めてプーアたちの前に現れた時のように堂々と、しかし子供らしさは感じさせない様子で、言い放つ。
「オイラはもう、今までのオイラじゃないんだ」
「……なあ、おい。お前、言ったよな。オイラがお前を倒したら姉ちゃんには手を出さないって。それ、ちゃんと守れよな」
未だ倒れている男の胸を踏みながら、ヒュウガは言う。その目と口調には、明らかに強い感情が込められていた。男には理解できなかった。彼が、何を思っているのかを。
「へ、へ! 兄貴が倒されたとしても……俺たちのこと、忘れてるんじゃねえだろうな!」
声を出したのは、もしもの時の為にずっとヒナノを押さえつけていた2人の男だった。ヒナノを抑える力をより一層強める。
「……そう、だ。無理、だ、ヒュウガ。お前だけ、でも、逃げ、ろ」
「姉ちゃんも、忘れてないか? オイラは、最速の格闘王。『快速少年』の異名を持つ史上最強の破壊神。スピードは光速の100万倍。快速のヒュウガ。…………これは、ノエルにスキルを書き換えられてからも変わってないんだぜ」
それを言い終えた瞬間、男たちとヒナノ、隅から見ていたプーアとレンガイの視界からも、ヒュウガは消えていた。みんなが状況を理解するのに、一呼吸の時間はかかった。そして、ヒュウガにとって、戦況を覆すのにその時間は十分過ぎた。
「一体なんなんだ、ん? あれ、おい、神ヒナノが消えた!? どうなって……」
何かヤバイことが起きた、それだけは把握した男たちが、辺りをキョロキョロ見渡す。男たちはある一点を見つめた。
「へっ、ちゃんとターゲットは捕らえておけよ! 姉ちゃんはココだ!」
男たちとはやや離れた所で、ヒナノより小さいヒュウガがヒナノを抱え、立っていた。流石に無理があったのか、ヒュウガの腕や脚はかなりプルプル震えていたが、そんなのは気にせずにヒュウガは立ち続ける。
「う、うるせえ! こ、こっちだって一応は神なんだよ! スキルだって使える……そう、お、オレのスキルなあ……『拳銃』! へ、いくら動くのが速くたってな、遠距離射撃の武器には敵わねえだろ!」
そう言って、男はスキルによって生み出したハンドガンを構え、ヒナノを標準に捉える。ヒナノは思わず目を瞑った。ヒュウガはその様子を見て思う。当たり前だ、神の道具なら、オイラたちも無傷では済まない。いつもクールな姉ちゃんが、怯えてたって当然だ。でも、安心してくれ、姉ちゃん。
「大丈夫だから、姉ちゃん」
――――『守る』って、なんなんだろうな。
そんなことを、足りない頭でずっと考えていた。やっぱりオイラはバカだから、考えるほどワケわかんなくなってきて、結局「オイラには、無理」この結論に至る。でも、当たり前だよな。『守る』って、ぼんやりしている、抽象的なことだから。
なんか、吹っ切れたのか分かんないけど、今はなんか頭がスッキリしていて、頭がよく回る。オイラもやる時はやるな。
オイラが本当にやりたいこと、それは――――
「守るんじゃねえ、『護る』んだ!!」
男の手元から、いつもうるさいセミの声をかき消すほどの、乾いた銃声が鳴り響く。
発砲音と共に、弾がヒナノに向かって空気を切り裂きながら進む。大抵の人には捉えられない速さ。対応できたのは、快速のヒュウガ、ただ1人。
ヒュウガにも分からなかった。自分が何をしているかを。『護る』、そう言い放った途端、うっすら赤色の透明のバリアが2人を包んだ。そして――そのバリアは、銃弾を跳ね返し、男の肩を貫通する。男は痛みに耐えきれず倒れ込み、悲痛の叫びをあげる。
「は、はあ? ど、どういうことだよ、これ?」
元々ヒュウガは自分の手で、こちらに向かってくる弾を止めようと思っていた。それなのに、謎のバリアが同じような働きをしたのだ。ヒュウガは困惑した。
「……そ、それだ、ヒュウガ、お前の、それが、『後天的スキル』だ!」
珍しくヒナノが感情を込めて言う。ヒュウガは自分の手でスキルを覚醒させたということに、大きな驚きを見せる。
「え! ま、まじかよ! 姉ちゃん! す、すげえ!」
ヒュウガは天に腕を伸ばしながら、強く拳を握りしめた。
「へえ、なるほどね。スキル開発のポイントが、なんだか分かった気がするよ」
「そうね、アタシの仮説は当たってたみたい。ほら、アンタも来てよかったでしょ」
ずっと物陰に隠れていたレンガイとプーアが、急に飛び出してきた。しかも、どちらも何故か戦闘態勢だ。
「ああ、ごめんね、ヒナノさん、ヒュウガくん。実は、ずっとつけてたんだよね。……後始末は僕らに任せていいから、後は二人で、ね」
レンガイはヒュウガにアイコンタクトを送った。ヒュウガは頷く。
「に、兄ちゃん……ありがとな。サンキュー!」
そして、2人は遠くに走り去っていった。
2人はプーアたちのいる所から程よく離れた場所に木陰を見つけ、腰を下ろした。
「……驚い、た。ヒュウガ、お前は、変わったん、だな」
「へへ、姉ちゃんも思うか? なんだろ、よくわかんねーんだけどよ、自分でも思うんだよな」
ヒュウガは照れくさそうに言う。ヒナノは珍しく微笑んだ。
「……そう、だ。ヒュウガ、お姉ちゃんは、止めたの、か」
「あ、ああ。えっとな、なんか、それじゃあ『護る』って感じじゃないってか……なんかシスコンっぽくねえ? オイラも成長したんだ」
「……そう、か。じゃあ、もう、要らないな」
ヒナノはどこか寂しさを感じさせる様子だった。
「あ、いや、そんなことはないんだって! オイラは……姉ちゃんに、今まですげー『守って』もらってたんだ。オイラは、いつか姉ちゃんがオイラにしてくれたみたいに……恩返しがしたかったんだ」
ヒュウガはゆっくりと、丁寧に話す。ヒナノは真剣に聞いて、時々噛みしめるように頷く。
「でもよ、オイラは姉ちゃんじゃないんだ。姉ちゃんみたいに姉ちゃんに接する……なんか意味わかんねえけど……オイラには無理だなって感じてた」
「……続けて、くれ」
「……そこで思ったんだ。別の方法があるじゃんって。つまり、たぶん、それがスキルに現れたんだろうな。姉ちゃん決めたよ、オイラは……姉ちゃんの『護衛者』になる!」
「別に攻撃の威力がプーア並になったとか、そんなのは関係ねえ! それなら、スピードを活かして、的確に攻めていけばいい! 護るときは、『護衛』のスキルを使って、姉ちゃんへの攻撃は全部跳ね返せばいい!」
ヒュウガの顔は自信に満ちあふれていた。ヒナノはその堂々とした逞しい顔を見て、また微笑んだ。
「……本当に、変わった。でも、実は……言いにくい、しかし、言わなければ、いけない。私も、『護衛』の、スキルが、覚醒して、いる」
ヒュウガはポカンとした。そして、衝撃の発言をした姉をジッと見つめる。あまりにも可笑しくて、思わず声を出して笑ってしまった。
「なんだよ! それじゃ、オイラがああやったのは意味なかったってこと!?」
「……そんなことは、ない。そもそも、おかしい、じゃない、か。私たちは、姉弟だ。双子、の」
あっ、とヒュウガは声を洩らす。
「…………そっか。そうだったな! なんでだろ、変だよな! 双子の姉に甘える双子の弟って……オイラたちは、対等な立場なんだよな!」
「……でも、1つ、だけ。姉さんとして、最後の、頼み事が、ある」
ヒナノはいつもでは考えられないくらいハッキリとした声で、言った。
「夏祭りの花火大会」
「あ、ああ! 当たり前だよ、姉ちゃん! 絶対だ! そうだ、じゃ、オイラからも弟として、頼み事をしたいんだけどいいかな」
ヒナノは頷いた。少し、涙が潤んでるように見えた。
「オイラが姉ちゃんのこと、『護って』るから、姉ちゃんはオイラのこと、『守って』てくれよな!」
「もちろん、だ。アホの、弟、め」
2人は笑った。
おそらく、これまでに無いくらい。
夏にひたすらに鳴き続けるセミのように、いつまでも、笑っていた。
ヒナノの服が、徐々に濃い血の色に滲んでいく。男が刃物で刺したのだ。ヒナノの無表情は変わらない。ヒュウガの頭に、最悪の事態が過ぎった。もしかして、お姉ちゃん、これで死んじゃうんじゃないか……? ヒュウガは止めに入ろうとしたが、足がなぜか動かない。お姉ちゃんを守るって決めたのに。
「……驚い、た。この、ナイフ、そこの、スーパーで、売ってるもの、だ。……神に、下界のモノは、ほとんどは、効果が、ない。仮にも、神なら、理解して、いなかったのか」
ヒュウガの自責の念に反して、ヒナノは自身に刺さっているナイフを手に取り、何事もなかったかのように抜いた。そのナイフを、地面に落とす。ヤレヤレ、男は言う。
「知ってるに決まってるだろ、そんなこと。ただ……オレたちは必ず殺すっていう意志表示だ」
「ね、ねえ、プーアちゃん? あの屈強で野蛮な男たちは君の仕込みかい?」
今なお物陰に隠れている2人。さすがに見ていられないと思ったレンガイは、恐る恐る聞く。
「いや、あの人たちは知らないわ。アンナの刺客とは思えないし。本人たちの言うように個人的な恨みがある人なんじゃないかしら」
「だからこそ危険だと思うんだけど。もし本当に怪我とかさせられちゃったらどうするの?」
「本気でヤバそうだったらアンタが止めなさいよ。でも、ヒナノさんには……ほら、ヒュウガがいるじゃないの」
プーアはこの状況を楽しんでいるようだった。レンガイは無責任なプーアと、危機に直面しているヒナノとヒュウガの身を案じた。
「……お前たちは、私のスキルを、分かって、いる、のか」
何かまた新しい凶器を取り出した男たちを、ヒナノは睨む。
「ああ、知ってるよ。五感を惑わせるんだってな。ま、もちろん弱点だって知ってるさ。その対策は、もう万全にしてある」
ヒナノは慌てて後ろを振り向く。その時、自分の腕が握られているのを感じた。なんとかその手を振り払おうとしたが、それは叶わなかった。男は満足げに言う。
「どうだ。これで、オレに対してスキルを発動したとしても、お前の後ろにいるオレの仲間がお前を刺す。つまり、なんだ……無駄な抵抗はやめろ」
男が一歩、また一歩ヒナノに近づいていく。
「お、お姉ちゃん……えと、その」
どうしても足が動かないヒュウガは、震えた声をヒナノに送る。ヒナノはそれを聴いてヒュウガを見るが、それよりも先に男がヒュウガに向けて叫んだ。
「だまっとれ! クソガキ! ……って、なんだ、おい、お前もしかして、コイツの弟か? これはいい。まずはお前からだ。お前の苦痛に歪む姿を姉さんに見せてやる。そっちのほうが絶望に落とせるってもんだ」
「……おい、やめろ。そいつは、関係ない。だから……」
必死の制止も男たちには響かない。先ほどまではヒナノに攻撃の手を伸ばしていた男が、今度はヒュウガに近づいていく。
男が刃物を振り落とそうとした時、ヒュウガはか細い声を出した。
「な、なあ……約束してくれよ、お、オイラは……別に殺しても構わないから、お姉ちゃんだけは……頼むよ」
「なんだ、お前ら。兄弟仲良く揃ってお互いの身を案じてよお。でも残念だな。それを決めるのはオレたちだ。つまり、お前は死んで姉さんも死ぬ!」
ヒュウガは身体中がボンヤリしていた。お姉ちゃんが死ぬ……要するに、このクソ男にお姉ちゃんは殺られちまうのか。そんなことあってはいけないよな。オイラが守らなきゃいけないよな。でも、守るってなんなんだろうな。ゴメンな、お姉ちゃん。オイラ、バカだから考えてもよく分かんねえ。
「文句があるなら、オレを倒してからにしろよ」
倒す、か。倒す? ああ、そうか、なるほどな。コイツを叩き潰せばお姉ちゃんは……。
それを思い出した瞬間、
ヒュウガの世界は突然光で満ちあふれた。
「……倒せばいいんだな?」
「あ? そうだな、弱虫くんにそれができるんなら――――」
刹那、男の世界は深淵の闇に染まった。自分の目が潰された、と気づいた時には、もう1発喰らわされていた。男は思わずその場に跪く。ヒュウガは極め付けに低くなった男の頭に、全力のかかと落としをする。
「前に、レンガイの兄ちゃんが言ってたんだ。頭の回るタイプじゃないって。そうだな、オイラは考えるようなヤツじゃねえよな。……さっき、お姉ちゃんもオイラに言ったんだ。甘えるなって。オイラはその時は、単純な意味だと思ってたんだけど、違うみたいだな。お姉ちゃんと久しぶりに2人きりになれたから嬉しかったんだ。だから甘えた……そういう意味もあるけど、お姉ちゃんが言いたかったのって、もっと深い意味なんだな」
ヒュウガは、自分の下でうずくまる男に言うわけでもなく、姉のヒナノに言うわけでもなく、自分自身に語るように淡々と口を動かし続けた。
「自分のスキルが使い物にならなくなった、下界での生活にうんざりしてた、自分ではどうしようもなくなった。そういう状況に甘えていたんだ」
「な、何言ってんだよお前! わ、ワケわかんねえよ!」
ブツブツと呟き続けるのを不気味に思った男は、地面に這いつくばりながら恐怖に慄き叫ぶ。
「あ、ああ……わりぃ。その、なんつーか、えーと」
ヒュウガはそれに一瞬驚いてあたふたしたが、平然を取り戻した後は、初めてプーアたちの前に現れた時のように堂々と、しかし子供らしさは感じさせない様子で、言い放つ。
「オイラはもう、今までのオイラじゃないんだ」
「……なあ、おい。お前、言ったよな。オイラがお前を倒したら姉ちゃんには手を出さないって。それ、ちゃんと守れよな」
未だ倒れている男の胸を踏みながら、ヒュウガは言う。その目と口調には、明らかに強い感情が込められていた。男には理解できなかった。彼が、何を思っているのかを。
「へ、へ! 兄貴が倒されたとしても……俺たちのこと、忘れてるんじゃねえだろうな!」
声を出したのは、もしもの時の為にずっとヒナノを押さえつけていた2人の男だった。ヒナノを抑える力をより一層強める。
「……そう、だ。無理、だ、ヒュウガ。お前だけ、でも、逃げ、ろ」
「姉ちゃんも、忘れてないか? オイラは、最速の格闘王。『快速少年』の異名を持つ史上最強の破壊神。スピードは光速の100万倍。快速のヒュウガ。…………これは、ノエルにスキルを書き換えられてからも変わってないんだぜ」
それを言い終えた瞬間、男たちとヒナノ、隅から見ていたプーアとレンガイの視界からも、ヒュウガは消えていた。みんなが状況を理解するのに、一呼吸の時間はかかった。そして、ヒュウガにとって、戦況を覆すのにその時間は十分過ぎた。
「一体なんなんだ、ん? あれ、おい、神ヒナノが消えた!? どうなって……」
何かヤバイことが起きた、それだけは把握した男たちが、辺りをキョロキョロ見渡す。男たちはある一点を見つめた。
「へっ、ちゃんとターゲットは捕らえておけよ! 姉ちゃんはココだ!」
男たちとはやや離れた所で、ヒナノより小さいヒュウガがヒナノを抱え、立っていた。流石に無理があったのか、ヒュウガの腕や脚はかなりプルプル震えていたが、そんなのは気にせずにヒュウガは立ち続ける。
「う、うるせえ! こ、こっちだって一応は神なんだよ! スキルだって使える……そう、お、オレのスキルなあ……『拳銃』! へ、いくら動くのが速くたってな、遠距離射撃の武器には敵わねえだろ!」
そう言って、男はスキルによって生み出したハンドガンを構え、ヒナノを標準に捉える。ヒナノは思わず目を瞑った。ヒュウガはその様子を見て思う。当たり前だ、神の道具なら、オイラたちも無傷では済まない。いつもクールな姉ちゃんが、怯えてたって当然だ。でも、安心してくれ、姉ちゃん。
「大丈夫だから、姉ちゃん」
――――『守る』って、なんなんだろうな。
そんなことを、足りない頭でずっと考えていた。やっぱりオイラはバカだから、考えるほどワケわかんなくなってきて、結局「オイラには、無理」この結論に至る。でも、当たり前だよな。『守る』って、ぼんやりしている、抽象的なことだから。
なんか、吹っ切れたのか分かんないけど、今はなんか頭がスッキリしていて、頭がよく回る。オイラもやる時はやるな。
オイラが本当にやりたいこと、それは――――
「守るんじゃねえ、『護る』んだ!!」
男の手元から、いつもうるさいセミの声をかき消すほどの、乾いた銃声が鳴り響く。
発砲音と共に、弾がヒナノに向かって空気を切り裂きながら進む。大抵の人には捉えられない速さ。対応できたのは、快速のヒュウガ、ただ1人。
ヒュウガにも分からなかった。自分が何をしているかを。『護る』、そう言い放った途端、うっすら赤色の透明のバリアが2人を包んだ。そして――そのバリアは、銃弾を跳ね返し、男の肩を貫通する。男は痛みに耐えきれず倒れ込み、悲痛の叫びをあげる。
「は、はあ? ど、どういうことだよ、これ?」
元々ヒュウガは自分の手で、こちらに向かってくる弾を止めようと思っていた。それなのに、謎のバリアが同じような働きをしたのだ。ヒュウガは困惑した。
「……そ、それだ、ヒュウガ、お前の、それが、『後天的スキル』だ!」
珍しくヒナノが感情を込めて言う。ヒュウガは自分の手でスキルを覚醒させたということに、大きな驚きを見せる。
「え! ま、まじかよ! 姉ちゃん! す、すげえ!」
ヒュウガは天に腕を伸ばしながら、強く拳を握りしめた。
「へえ、なるほどね。スキル開発のポイントが、なんだか分かった気がするよ」
「そうね、アタシの仮説は当たってたみたい。ほら、アンタも来てよかったでしょ」
ずっと物陰に隠れていたレンガイとプーアが、急に飛び出してきた。しかも、どちらも何故か戦闘態勢だ。
「ああ、ごめんね、ヒナノさん、ヒュウガくん。実は、ずっとつけてたんだよね。……後始末は僕らに任せていいから、後は二人で、ね」
レンガイはヒュウガにアイコンタクトを送った。ヒュウガは頷く。
「に、兄ちゃん……ありがとな。サンキュー!」
そして、2人は遠くに走り去っていった。
2人はプーアたちのいる所から程よく離れた場所に木陰を見つけ、腰を下ろした。
「……驚い、た。ヒュウガ、お前は、変わったん、だな」
「へへ、姉ちゃんも思うか? なんだろ、よくわかんねーんだけどよ、自分でも思うんだよな」
ヒュウガは照れくさそうに言う。ヒナノは珍しく微笑んだ。
「……そう、だ。ヒュウガ、お姉ちゃんは、止めたの、か」
「あ、ああ。えっとな、なんか、それじゃあ『護る』って感じじゃないってか……なんかシスコンっぽくねえ? オイラも成長したんだ」
「……そう、か。じゃあ、もう、要らないな」
ヒナノはどこか寂しさを感じさせる様子だった。
「あ、いや、そんなことはないんだって! オイラは……姉ちゃんに、今まですげー『守って』もらってたんだ。オイラは、いつか姉ちゃんがオイラにしてくれたみたいに……恩返しがしたかったんだ」
ヒュウガはゆっくりと、丁寧に話す。ヒナノは真剣に聞いて、時々噛みしめるように頷く。
「でもよ、オイラは姉ちゃんじゃないんだ。姉ちゃんみたいに姉ちゃんに接する……なんか意味わかんねえけど……オイラには無理だなって感じてた」
「……続けて、くれ」
「……そこで思ったんだ。別の方法があるじゃんって。つまり、たぶん、それがスキルに現れたんだろうな。姉ちゃん決めたよ、オイラは……姉ちゃんの『護衛者』になる!」
「別に攻撃の威力がプーア並になったとか、そんなのは関係ねえ! それなら、スピードを活かして、的確に攻めていけばいい! 護るときは、『護衛』のスキルを使って、姉ちゃんへの攻撃は全部跳ね返せばいい!」
ヒュウガの顔は自信に満ちあふれていた。ヒナノはその堂々とした逞しい顔を見て、また微笑んだ。
「……本当に、変わった。でも、実は……言いにくい、しかし、言わなければ、いけない。私も、『護衛』の、スキルが、覚醒して、いる」
ヒュウガはポカンとした。そして、衝撃の発言をした姉をジッと見つめる。あまりにも可笑しくて、思わず声を出して笑ってしまった。
「なんだよ! それじゃ、オイラがああやったのは意味なかったってこと!?」
「……そんなことは、ない。そもそも、おかしい、じゃない、か。私たちは、姉弟だ。双子、の」
あっ、とヒュウガは声を洩らす。
「…………そっか。そうだったな! なんでだろ、変だよな! 双子の姉に甘える双子の弟って……オイラたちは、対等な立場なんだよな!」
「……でも、1つ、だけ。姉さんとして、最後の、頼み事が、ある」
ヒナノはいつもでは考えられないくらいハッキリとした声で、言った。
「夏祭りの花火大会」
「あ、ああ! 当たり前だよ、姉ちゃん! 絶対だ! そうだ、じゃ、オイラからも弟として、頼み事をしたいんだけどいいかな」
ヒナノは頷いた。少し、涙が潤んでるように見えた。
「オイラが姉ちゃんのこと、『護って』るから、姉ちゃんはオイラのこと、『守って』てくれよな!」
「もちろん、だ。アホの、弟、め」
2人は笑った。
おそらく、これまでに無いくらい。
夏にひたすらに鳴き続けるセミのように、いつまでも、笑っていた。
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遥か昔に生きていた世界がどう変わっているか、発展しているか期待をしながら700年後の時代に転生した彼を待ち受けていたのは……『英雄召喚』と呼ばれる魔法でやってきた異世界人の手によって破壊され発展した――変貌した世界だった。
歴史すら捻じ曲げられた世界で、グレリアは何を求め、知り……世界を生きるのだろうか?
己の心のままに生き、今を知るために、彼は再び歴史を紡ぐ。
そして……主人公はもう一人――『勇者』、『英雄』の定義すら薄くなった世界でそれらに憧れ、近づきたいと願う少年、セイル・シルドニアは学園での入学試験で一人の男と出会う。
そのことをきっかけにしてセイルは本当の意味で『勇者』というものを考え、『英雄』と呼ばれる存在になるためにもがき、苦しむことになるだろう。
例えどんな困難な道であっても、光が照らす道へと……己の力で進むと誓った、その限りを尽くして。
過去の英雄と現代の英雄(の卵)が交差し、歴史を作る!
異世界転生型アンチ異世界転生ファンタジー、ここに開幕!
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剣ぺろ伝説〜悪役貴族に転生してしまったが別にどうでもいい〜
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俺こと「天城剣介」は22歳の日に交通事故で死んでしまった。
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「元気に育ってねぇクロウ」
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ありとあらゆる人々のヘイトを貯める行動をして最後には全てに裏切られてザマァをされ、辺境に捨てられて惨めな日々を送る羽目になる、そう言う運命なのだが、彼は思う
運命を変えて仕舞えば物語は大きく変わる
"バタフライ効果"と言う事を思い出し彼は誓う
「ザマァされた後にのんびりスローライフを送ろう!」と!
その為に彼がまず行うのはこのゲーム唯一の「バグ技」…"剣ぺろ"だ
剣ぺろと言う「バグ技」は
"剣を舐めるとステータスのどれかが1上がるバグ"だ
この物語は
剣ぺろバグを使い優雅なスローライフを目指そうと奮闘する悪役貴族の物語
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しかしこれがフラグになる事を彼はまだ知らない
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
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小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
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