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025 厳しい現実
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奴隷解放の噂は瞬く間に広まった。
奴隷を虐げる風潮に風穴を開ける大きな事件である。
この事件に対して多くの貴族は苦々しい気持ちで受け止めた。
「奴隷解放など馬鹿げている!」
「安い労働力を手放すなど馬鹿者のする事だ!」
と、否定的な意見が多かった。
だが、少数ながらも共感してくれる貴族がいた事は救いだった。
同じ人間を虐げる風潮に違和感を抱いていたらしい。
立場上表立って声を上げる事は出来ないが、変革は必要だと常々思っていたそうだ。
「世の中捨てたもんじゃないな」
貴族は奴隷を虐げる人種だと思っていた俺は少し反省した。
だって平和ボケした日本人の考えに共感してくれるとは思っていなかったのだから。
それだけ奴隷に対する蔑視は異常と言えるほど強いのだ。
だからこそ嬉しい。
全体的に見れば微々たる数だが、俺は数万の味方を得たような気分だった。
とはいえ何事も順風満帆には行かないものだ。
「父上から呼び出しだと?」
事務作業に勤しんでいた俺にもたらされたのは実家への帰省だった。
良くも悪くも噂が広まった事で父テオドールの耳にも入ったらしい。
戦争に勝利して帰還したばかりだというのに。
俺は猛烈な不安に襲われた。
ベルナールとアスタールにアクセルを任せ、リオンと共にヴィルガスタへ帰省した。
念のためアクセルの経営に関する資料を取りまとめて持参している。
奴隷の実績と評価を示すためだ。
もしもテオドールが奴隷に不寛容だった場合に備えての配慮である。
心根の優しいマールスですら口説き落とすのに骨を折ったのだ。
父親が異を唱える可能性は否定できない。
だが、成果は確実に実を結んでいる。
それはオスカーシュタイン家に恩恵をもたらしている事で実証済みだ。
財政基盤の弱かったテオドールの領地経営に多大な貢献をもたらしたのは間違いない。
それだけに俺は確固たる自信を持って帰省した。
「エルロンド。お前は奴隷を用いてるそうだな?」
長男のアルフレッドが不満気に問うてきた。
ここは首都ミラッドのテオドール邸の通路だ。
テオドールが召集をかけたのは俺だけではなく、兄弟全員だったらしい。
油断してたら運悪く鉢合わせしてしまった。
「はい、おっしゃる通りです」
「なんと、恥知らずな」
アルフレッドは首を振って不快感を露にした。
貴族が奴隷を労役させるのは珍しい事ではない。
少ない経費で大きな実りを得るための常套手段だ。
国が認め、そういうシステムが構築されている。
何ら問題はない。
しかし伯爵家の子息としての世間体がある。
エルロンドは10歳の少年だ。
奴隷を数多く購入して労役に就かせるには若年過ぎた。
奴隷を大量買いして働かせているなど伯爵の家格を損ない、醜聞を広めているようなものだ。
そう言いたいのだろう。
「お言葉ですが、父上は人員は誰を用いても良いと仰っていました。開拓は人手が必要な作業。これほど効率的で経済的な方法は御座いません」
「工夫を雇えば良いだろう。それだけの資金を父上に与えられたはずだ」
「兄上、開拓すれば終わりではありません。土地を耕し、種を蒔き、作物を育てて収穫する。それだけでも費用がかかります。その上、奴隷達の維持費も必要になるのです。節約せねば資金など瞬く間に枯渇いたします」
「資金ならば父上に専売の許可を得たクッキーがあるではないか!」
「確かに資金には充てています。ですが売り上げの一部は父上に納付し、材料費や作業員の賃金、工房の維持費に支出が必要です。国に納める税もあり、充てられる金額は微々たるもの。とても資金と呼べる額では御座いません」
正論を突きつけるとアルフレッドは苦虫を噛み潰した表情になった。
潜入させた間者から俺の領地に関する報告を受けたのだろう。
もちろん俺も兄弟の領地に間者を送り込んでいる。
その報告では兄弟達の領地改革は思うように進んでいない様子だ。
順調に開拓を進める俺に危機感を抱いたのか。
それとも嫉妬か。
いずれにせよ負の感情であることには間違いない。
だから嘘をついた。
クッキーの売り上げは微々たるものではない。
アスタールによって販路拡大を推し進めているため、ブランドル王国以外の収入があるのだ。
もちろん領主に多少の税金を取られるが、ブランドル王国に比べれば微々たるものだ。
ブランドル王国内に流通するクッキーは首都ミラッドの邸宅で生産しているが、他国で流通するクッキーは賜った領地アクセルにて生産していた。
とはいえ、後継ぎ争いに焦る兄弟と事を構えるつもりはない。
俺は五男だ。
資格も無ければ派閥もない。
後継ぎ争いに身を投じても勝ち目など無い。
だから兄弟と事を構えることに利はなく、穏便に済めばこれ以上は望まないのだが。
「とにかく、今後は立場をわきまえろ!よもや、俺と争うつもりじゃあるまいな?」
母親の疑念や嫉妬が子にも移ったのだろうか?
アルフレッドの眼には明らかな敵対感情が窺える。
「争うなどと、そんな考えは毛頭ございません。兄上の忠告、肝に命じます」
極めて従順な態度で応じた。
下手な弁明や説法は逆効果になりかねない。
こういう場合は平身低頭が無難だろう。
「わかれば良い」
アルフレッドは見下すように鼻を鳴らした。
ひとまず矛を納めたらしい。
早々に折れた事が功を奏したようだ。
とはいえ警戒心までは解けなかったようだが。
「皆集まったな」
家長のテオドールが上座で告げた。
今回の召集は領地経営の報告を行うためのものだった。
どうやら俺に遣わされた使者は兄弟の誰かに報告会の事を口止めされていたらしい。
恐らくはアルフレッドかジャミルあたりだろう。
スノウとセルムが知恵を巡らせるとは到底思えないからだ。
念のため報告書を作ってきて正解だった。
急遽開催されることになったため兄弟達は慌てて書面を取り繕ったらしい。
準備不足であろう事が表情から如実に読み取れた。
日頃の管理がいかに重要か痛感する出来事である。
前世で鍛えられた経験が異世界で活かされようとは。
苦労は買ってでもするものだ。
とはいえ、領地経営は始まったばかりだ。
目立った結果など出せるはずがない。
だから報告会というのは名目で、近況報告会というのが正しいだろう。
まずは長男のアルフレッドから報告を行い、序列に従って次々と報告が行われる。
どれも当たり障りのない報告ばかりで成果らしい成果は窺えない。。
兄弟に手の内を隠しているのが露骨に伝わってくるほどにだ。
テオドールも理解しているためか黙って耳を傾けていた。
指摘すべき点が多くあるだろうに沈黙を続けている。
報告する側にとっては気不味く、いっそ叱責して欲しいと思うくらいだ。
そんな重苦しい雰囲気が漂う中で俺の報告が終わった。
兄弟達とは違い、俺は成果を存分にアピールしたつもりだ。
これだけの成果を出せば喜ぶだろう。
そう思っていたのだが。
しかしテオドールの表情は厳しく、兄弟達の報告を受けた時と何ら変わらなかった。
「それぞれが努力しているようだな」
重苦しい空気を割くような厳かな声で告げた。
テオドールの声色に緊張感がいや増す。
全員が領地を没収されるのではないかと冷や汗を浮かべるほどに。
「皆の近況はよく分かった。領地を与えて日が浅いが努力しているようで安堵したぞ。これからも一層努力して取組むように」
「はいっ!承知しました!」
全員が声を揃えて応答した。
テオドールの厳しい表情は変わらぬものの、お咎めなしとなった事に全員が安堵する。
「エルロンド」
「はいっ!」
「話がある。それ以外の者は下がってよい」
名指しされて残れとは何事だろう?
猛烈に嫌な予感がする。
それは他の兄弟も同じ思いなのだろう。
憎たらしい事に、アルフレッドとジャミルは去り際に薄ら笑いを浮かべていた。
兄弟全員が退室して二人きりとなった。
俺は何を言われるのか見当がつきつつも黙ってテオドールの言葉を待つ。
「エルロンドよ」
「はい」
「お前の領地経営は賞賛に値する。若年ながら手腕は私を凌ぐほどに優秀だ。それは、素直に認めよう」
思わぬ褒め口上に俺は少しだけ嬉しくなった。
だが、それも次の言葉で奈落へと突き落とされることになる。
「だが、奴隷に市民権を与える事は許さん。今までは側近として用いるがゆえに黙認してきたが、本来は奴隷解放など御法度だ」
「で、ですが……」
反論。いや、弁明をしなければ。
しかしテオドールの迫力に気圧されて声が出てこない。
これが数多の戦場を生き抜いた猛者の覇気なのだろう。
戦場を知らない子供には重すぎる圧力だ。
「お前の考えは分からぬではない。アクセルの人口を増やすには有効な一手ではあろう。いくら豊かになろうと移住者を募るのは容易ではないからな。無理に移住を突き進めれば、下手をすると他領との軋轢を生みかねん」
「ち、父上。では、なぜ、反対を?」
勇気を振り絞って声を出した。
実情を理解しているのなら是が非でも認めてもらいたい。
その一念の必死さが俺を突き動かす。
「ブランドル王国内が荒れておれば、それも良かろう。だが、ブランドル王国は平穏だ。むろん貴族間のいざこざはあるが、内乱に比べれば些細なものよ。その中で、奴隷を解放すればどうなる?」
思いがけず問われて言葉に詰まった。
平穏な中での奴隷解放。
何が問題だというのだろう?
俺には見当もつかない。
「よいか、奴隷に落ちた者共は元はブランドル王国に敵対した人間だ。戦いに敗れ、奴隷に落ちた事で生き恥を晒し、それがブランドル王国に敵対する人間への見せしめになっている」
「はい」
「では、考えてみよ。ブランドル王国に敗れ、生き恥を晒し、恨みを抱く人間が奴隷から解放され、自由になればどうなるかを」
「あっ……」
テオドールの言わんとする事に気付いて言葉を失った。
奴隷の解放は平穏なブランドル王国内に火種を撒き散らす愚行なのだ。
それはブランドル王国が平穏だから。
平穏だからこそ奴隷の解放は様々な憶測を呼ぶだろう。
復讐の念に駆られた元奴隷の蛮行が我が身に及ぶかも。
そんな不安が広がれば要らぬ疑念を生み、些細な不和が大火事に発展するかもしれない。
テオドールは奴隷の解放が国内に及ぼす悪影響を示唆しているのだ。
「で、ですが、アクセルの奴隷は復讐など考えていません」
「誰にも確証など出来ぬ。今は大人しくとも、後々に反逆せぬとも限らんのだ。もし解放した奴隷がブランドル王国に反逆してみよ。その責任はオスカーシュタイン家に問われよう。儂も、お前も、母親のソアラも、極刑は免れまい。奴隷の解放は国家の根幹を揺るがす危険性があるのだ。お前は若年ゆえにそれが分かっておらん」
痛烈な言葉に打ちのめされた。
テオドールは冷静に判断していたのだ。
その上で奴隷を解放する事に反対している。
国家と家系の安全を考えれば自ずと導き出せる答えだ。
そこまでの考えに至らなかった俺に反論する余地はない。
俺は時期尚早だったと奥歯を噛み締めた。
下を向いて握った拳を震わせる。
何も言い返すことの出来ない自分の無力さが情けなく、悔しかった。
いい気になって天狗になっていたのだ。
その鼻っ柱を見事にへし折られ、奴隷達を擁護する事すらできない。
もしテオドールの命令で解放が無効にされたら止める術がない。
自分が惨めで仕方がなかった。
「エルロンド」
「……はい」
「アクセルの奴隷についてだが」
やはり無効にされるのか。
俺は覚悟するようにグッと瞼を閉じた。
「今回に限り不問とする」
「えっ!?」
予想外の言葉に驚き、俺は顔を上げた。
「意外か?まあ、であろうな。ベルナールに感謝するがいい。奴の資料を基に熟考した上での判断だ。アクセルの景気、生産性、オスカーシュタイン家への恩恵を考慮すれば最善の判断だろう。むろん反逆の心配は拭えんが、資料を読み解く限り管理体制が徹底しているようだ。滅多な事では反逆には到るまい」
テオドールからお墨付きを貰った。
俺は夢でも見ているのだろうか?
狐に摘まれた思いでいると。
「呆けておる暇はないぞ。今回は不問とするが、次は許さん。もし二度も奴隷を解放すれば領地は没収する。それを肝に銘じて精進せよ」
厳しい表情でテオドールは告げた。
事の重大さを念押しするような圧がある。
俺は最後通告と受け止め、襟を正して直立すると「はいっ!承知しました!」と大きな声を発し、深々と頭を下げたのだった。
奴隷を虐げる風潮に風穴を開ける大きな事件である。
この事件に対して多くの貴族は苦々しい気持ちで受け止めた。
「奴隷解放など馬鹿げている!」
「安い労働力を手放すなど馬鹿者のする事だ!」
と、否定的な意見が多かった。
だが、少数ながらも共感してくれる貴族がいた事は救いだった。
同じ人間を虐げる風潮に違和感を抱いていたらしい。
立場上表立って声を上げる事は出来ないが、変革は必要だと常々思っていたそうだ。
「世の中捨てたもんじゃないな」
貴族は奴隷を虐げる人種だと思っていた俺は少し反省した。
だって平和ボケした日本人の考えに共感してくれるとは思っていなかったのだから。
それだけ奴隷に対する蔑視は異常と言えるほど強いのだ。
だからこそ嬉しい。
全体的に見れば微々たる数だが、俺は数万の味方を得たような気分だった。
とはいえ何事も順風満帆には行かないものだ。
「父上から呼び出しだと?」
事務作業に勤しんでいた俺にもたらされたのは実家への帰省だった。
良くも悪くも噂が広まった事で父テオドールの耳にも入ったらしい。
戦争に勝利して帰還したばかりだというのに。
俺は猛烈な不安に襲われた。
ベルナールとアスタールにアクセルを任せ、リオンと共にヴィルガスタへ帰省した。
念のためアクセルの経営に関する資料を取りまとめて持参している。
奴隷の実績と評価を示すためだ。
もしもテオドールが奴隷に不寛容だった場合に備えての配慮である。
心根の優しいマールスですら口説き落とすのに骨を折ったのだ。
父親が異を唱える可能性は否定できない。
だが、成果は確実に実を結んでいる。
それはオスカーシュタイン家に恩恵をもたらしている事で実証済みだ。
財政基盤の弱かったテオドールの領地経営に多大な貢献をもたらしたのは間違いない。
それだけに俺は確固たる自信を持って帰省した。
「エルロンド。お前は奴隷を用いてるそうだな?」
長男のアルフレッドが不満気に問うてきた。
ここは首都ミラッドのテオドール邸の通路だ。
テオドールが召集をかけたのは俺だけではなく、兄弟全員だったらしい。
油断してたら運悪く鉢合わせしてしまった。
「はい、おっしゃる通りです」
「なんと、恥知らずな」
アルフレッドは首を振って不快感を露にした。
貴族が奴隷を労役させるのは珍しい事ではない。
少ない経費で大きな実りを得るための常套手段だ。
国が認め、そういうシステムが構築されている。
何ら問題はない。
しかし伯爵家の子息としての世間体がある。
エルロンドは10歳の少年だ。
奴隷を数多く購入して労役に就かせるには若年過ぎた。
奴隷を大量買いして働かせているなど伯爵の家格を損ない、醜聞を広めているようなものだ。
そう言いたいのだろう。
「お言葉ですが、父上は人員は誰を用いても良いと仰っていました。開拓は人手が必要な作業。これほど効率的で経済的な方法は御座いません」
「工夫を雇えば良いだろう。それだけの資金を父上に与えられたはずだ」
「兄上、開拓すれば終わりではありません。土地を耕し、種を蒔き、作物を育てて収穫する。それだけでも費用がかかります。その上、奴隷達の維持費も必要になるのです。節約せねば資金など瞬く間に枯渇いたします」
「資金ならば父上に専売の許可を得たクッキーがあるではないか!」
「確かに資金には充てています。ですが売り上げの一部は父上に納付し、材料費や作業員の賃金、工房の維持費に支出が必要です。国に納める税もあり、充てられる金額は微々たるもの。とても資金と呼べる額では御座いません」
正論を突きつけるとアルフレッドは苦虫を噛み潰した表情になった。
潜入させた間者から俺の領地に関する報告を受けたのだろう。
もちろん俺も兄弟の領地に間者を送り込んでいる。
その報告では兄弟達の領地改革は思うように進んでいない様子だ。
順調に開拓を進める俺に危機感を抱いたのか。
それとも嫉妬か。
いずれにせよ負の感情であることには間違いない。
だから嘘をついた。
クッキーの売り上げは微々たるものではない。
アスタールによって販路拡大を推し進めているため、ブランドル王国以外の収入があるのだ。
もちろん領主に多少の税金を取られるが、ブランドル王国に比べれば微々たるものだ。
ブランドル王国内に流通するクッキーは首都ミラッドの邸宅で生産しているが、他国で流通するクッキーは賜った領地アクセルにて生産していた。
とはいえ、後継ぎ争いに焦る兄弟と事を構えるつもりはない。
俺は五男だ。
資格も無ければ派閥もない。
後継ぎ争いに身を投じても勝ち目など無い。
だから兄弟と事を構えることに利はなく、穏便に済めばこれ以上は望まないのだが。
「とにかく、今後は立場をわきまえろ!よもや、俺と争うつもりじゃあるまいな?」
母親の疑念や嫉妬が子にも移ったのだろうか?
アルフレッドの眼には明らかな敵対感情が窺える。
「争うなどと、そんな考えは毛頭ございません。兄上の忠告、肝に命じます」
極めて従順な態度で応じた。
下手な弁明や説法は逆効果になりかねない。
こういう場合は平身低頭が無難だろう。
「わかれば良い」
アルフレッドは見下すように鼻を鳴らした。
ひとまず矛を納めたらしい。
早々に折れた事が功を奏したようだ。
とはいえ警戒心までは解けなかったようだが。
「皆集まったな」
家長のテオドールが上座で告げた。
今回の召集は領地経営の報告を行うためのものだった。
どうやら俺に遣わされた使者は兄弟の誰かに報告会の事を口止めされていたらしい。
恐らくはアルフレッドかジャミルあたりだろう。
スノウとセルムが知恵を巡らせるとは到底思えないからだ。
念のため報告書を作ってきて正解だった。
急遽開催されることになったため兄弟達は慌てて書面を取り繕ったらしい。
準備不足であろう事が表情から如実に読み取れた。
日頃の管理がいかに重要か痛感する出来事である。
前世で鍛えられた経験が異世界で活かされようとは。
苦労は買ってでもするものだ。
とはいえ、領地経営は始まったばかりだ。
目立った結果など出せるはずがない。
だから報告会というのは名目で、近況報告会というのが正しいだろう。
まずは長男のアルフレッドから報告を行い、序列に従って次々と報告が行われる。
どれも当たり障りのない報告ばかりで成果らしい成果は窺えない。。
兄弟に手の内を隠しているのが露骨に伝わってくるほどにだ。
テオドールも理解しているためか黙って耳を傾けていた。
指摘すべき点が多くあるだろうに沈黙を続けている。
報告する側にとっては気不味く、いっそ叱責して欲しいと思うくらいだ。
そんな重苦しい雰囲気が漂う中で俺の報告が終わった。
兄弟達とは違い、俺は成果を存分にアピールしたつもりだ。
これだけの成果を出せば喜ぶだろう。
そう思っていたのだが。
しかしテオドールの表情は厳しく、兄弟達の報告を受けた時と何ら変わらなかった。
「それぞれが努力しているようだな」
重苦しい空気を割くような厳かな声で告げた。
テオドールの声色に緊張感がいや増す。
全員が領地を没収されるのではないかと冷や汗を浮かべるほどに。
「皆の近況はよく分かった。領地を与えて日が浅いが努力しているようで安堵したぞ。これからも一層努力して取組むように」
「はいっ!承知しました!」
全員が声を揃えて応答した。
テオドールの厳しい表情は変わらぬものの、お咎めなしとなった事に全員が安堵する。
「エルロンド」
「はいっ!」
「話がある。それ以外の者は下がってよい」
名指しされて残れとは何事だろう?
猛烈に嫌な予感がする。
それは他の兄弟も同じ思いなのだろう。
憎たらしい事に、アルフレッドとジャミルは去り際に薄ら笑いを浮かべていた。
兄弟全員が退室して二人きりとなった。
俺は何を言われるのか見当がつきつつも黙ってテオドールの言葉を待つ。
「エルロンドよ」
「はい」
「お前の領地経営は賞賛に値する。若年ながら手腕は私を凌ぐほどに優秀だ。それは、素直に認めよう」
思わぬ褒め口上に俺は少しだけ嬉しくなった。
だが、それも次の言葉で奈落へと突き落とされることになる。
「だが、奴隷に市民権を与える事は許さん。今までは側近として用いるがゆえに黙認してきたが、本来は奴隷解放など御法度だ」
「で、ですが……」
反論。いや、弁明をしなければ。
しかしテオドールの迫力に気圧されて声が出てこない。
これが数多の戦場を生き抜いた猛者の覇気なのだろう。
戦場を知らない子供には重すぎる圧力だ。
「お前の考えは分からぬではない。アクセルの人口を増やすには有効な一手ではあろう。いくら豊かになろうと移住者を募るのは容易ではないからな。無理に移住を突き進めれば、下手をすると他領との軋轢を生みかねん」
「ち、父上。では、なぜ、反対を?」
勇気を振り絞って声を出した。
実情を理解しているのなら是が非でも認めてもらいたい。
その一念の必死さが俺を突き動かす。
「ブランドル王国内が荒れておれば、それも良かろう。だが、ブランドル王国は平穏だ。むろん貴族間のいざこざはあるが、内乱に比べれば些細なものよ。その中で、奴隷を解放すればどうなる?」
思いがけず問われて言葉に詰まった。
平穏な中での奴隷解放。
何が問題だというのだろう?
俺には見当もつかない。
「よいか、奴隷に落ちた者共は元はブランドル王国に敵対した人間だ。戦いに敗れ、奴隷に落ちた事で生き恥を晒し、それがブランドル王国に敵対する人間への見せしめになっている」
「はい」
「では、考えてみよ。ブランドル王国に敗れ、生き恥を晒し、恨みを抱く人間が奴隷から解放され、自由になればどうなるかを」
「あっ……」
テオドールの言わんとする事に気付いて言葉を失った。
奴隷の解放は平穏なブランドル王国内に火種を撒き散らす愚行なのだ。
それはブランドル王国が平穏だから。
平穏だからこそ奴隷の解放は様々な憶測を呼ぶだろう。
復讐の念に駆られた元奴隷の蛮行が我が身に及ぶかも。
そんな不安が広がれば要らぬ疑念を生み、些細な不和が大火事に発展するかもしれない。
テオドールは奴隷の解放が国内に及ぼす悪影響を示唆しているのだ。
「で、ですが、アクセルの奴隷は復讐など考えていません」
「誰にも確証など出来ぬ。今は大人しくとも、後々に反逆せぬとも限らんのだ。もし解放した奴隷がブランドル王国に反逆してみよ。その責任はオスカーシュタイン家に問われよう。儂も、お前も、母親のソアラも、極刑は免れまい。奴隷の解放は国家の根幹を揺るがす危険性があるのだ。お前は若年ゆえにそれが分かっておらん」
痛烈な言葉に打ちのめされた。
テオドールは冷静に判断していたのだ。
その上で奴隷を解放する事に反対している。
国家と家系の安全を考えれば自ずと導き出せる答えだ。
そこまでの考えに至らなかった俺に反論する余地はない。
俺は時期尚早だったと奥歯を噛み締めた。
下を向いて握った拳を震わせる。
何も言い返すことの出来ない自分の無力さが情けなく、悔しかった。
いい気になって天狗になっていたのだ。
その鼻っ柱を見事にへし折られ、奴隷達を擁護する事すらできない。
もしテオドールの命令で解放が無効にされたら止める術がない。
自分が惨めで仕方がなかった。
「エルロンド」
「……はい」
「アクセルの奴隷についてだが」
やはり無効にされるのか。
俺は覚悟するようにグッと瞼を閉じた。
「今回に限り不問とする」
「えっ!?」
予想外の言葉に驚き、俺は顔を上げた。
「意外か?まあ、であろうな。ベルナールに感謝するがいい。奴の資料を基に熟考した上での判断だ。アクセルの景気、生産性、オスカーシュタイン家への恩恵を考慮すれば最善の判断だろう。むろん反逆の心配は拭えんが、資料を読み解く限り管理体制が徹底しているようだ。滅多な事では反逆には到るまい」
テオドールからお墨付きを貰った。
俺は夢でも見ているのだろうか?
狐に摘まれた思いでいると。
「呆けておる暇はないぞ。今回は不問とするが、次は許さん。もし二度も奴隷を解放すれば領地は没収する。それを肝に銘じて精進せよ」
厳しい表情でテオドールは告げた。
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社畜、気づけば異世界の赤ちゃんでした――!?
ブラック企業に心身を削られ、人生リタイアした社畜が目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界。
前世では死ぬほど働いた。今度は、笑って生きたい。
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この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
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