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026 リオンの案
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己の未熟さを痛感されられた俺はテオドール邸から少し離れた別宅に来ていた。
母親のソアラが住む邸宅で、アクセルに赴任するまで俺が住んでいた場所である。
庭にはクッキーを作る工場があり、ブランドル王国内で流通する量を生産していた。
「母上、ただ今戻りました」
「久しぶりですねエルロンド」
物腰の柔らかい淑女が優しく微笑んだ。
艶やかな金髪を腰まで伸ばし、白い柔肌は絹のようにキメ細かく滑らかである。
整った顔立ちはエルロンドに面影を残すほど美しく、しかしながら瞳には剛芯の輝きを宿していた。
「父上に叱られたそうですね」
「はい。私が未熟なため御迷惑をお掛けしてしまいました」
「話は聞いています。貴方はまだ11歳。様々な経験を積むべき年頃です。父上は口では厳しく仰ったかもしれませんが、全て貴方のことを思ってのこと。その事を忘れてはなりませんよ」
優しく諭すソアラの声色にはエルロンドを心配する気持ちが感じられた。
幼い我が子が心折れて潰れないか心配なのだろう。
それでも言葉を選んでたしなめるのはテオドールの妻としての責務からだろうか。
俺は姿勢を正して頭を下げた。
「はい。承知しました母上」
「よろしい。さあ、堅い話はお仕舞いにしましょう。久しぶりに抱かせてちょうだい」
ソアラは両腕を広げてエルロンドを招き入れた。
久々に抱擁する我が子の温もり。
1年ぶりに再開した我が子の成長を全身で感じ取り、母親として感激に心を震わせた。
その日は夜遅くまでソアラと会話した。
アクセルでの出来事を自慢気に話すエルロンド。
ソアラは優しい眼差しで微笑みながら話に耳を傾けていた。
しかし楽しい時間ほど早く経過するものだ。
母子の時間は瞬く間に過ぎ、滞在予定の3日間はあっという間に終わった。
そして俺は今、別れを惜しみつつアクセルへの帰路についている。
できればもっと長く滞在したかったが、急な帰省だったためそれだけの準備を整えていない。
ベルナールとアスタールに任せておけば心配要らないだろうが、やはり長く空けておくには不安がある。
いつアルフレッドとジャミルが悪い企てを仕掛けてくるか分からないからだ。
今回の帰省はそういう危機感を抱かせるに充分なものだった。
「少し油断し過ぎてたのかもなぁ」
今回の帰省は反省の連続だった。
もしテオドールが許さなかったらどうなっていたことか。
考えるだけで空恐ろしい。
アルフレッドとジャミルは意外な沙汰に歯噛みして悔しがっているだろう。
それが禍の火の粉にならねばいいが。
アクセルに向かって馬車が揺れる。
俺は対面に座るリオンに面を向けると。
「リオン」
「はい、なんでしょう」
「例の件は調べてくれたか?」
「もちろんです。幾人かに金を掴ませて聞き込んだところ、使者に口封じを命じたのはジャミル様のようです」
「やはりジャミル兄上か」
予想通りだと頷いた。
脳筋のアルフレッドでは思いもつかないだろう。
だからジャミルの犯行だと思っていたのだが。
「あと、面白い話も聞けました。オーガの件ですが、報告を受けたものの信憑性が低いと相手にしなかったとか。ジャミル様だけでなくアルフレッド様も同様のようです。それに……」
「なるほど。だからか」
リオンの報告を聞いて納得がいった。
どうしても腑に落ちなかったのだ。
アルフレッドにしても、ジャミルにしても、テオドールにしても、オーガの件に全く触れなかったからだ。
あれだけ大きな亜人が目につかないはずがない。
必ず報告に挙がっているはずだ。
それは覚悟の上だったのだが、不思議な事にオーガのオの字も出なかった。
むしろ不気味に感じて警戒していたのだが、今日まで話題に上がることは一切無かった。
何かある。
そう思っていたのだが、どうやら取り越し苦労だったらしい。
冷静に考えれば分かることだった。
オーガが人間に臣従するなど普通に考えれば有り得ないからだ。
しかもリオンの話では、テオドール軍に身を寄せたダンジョウが、オーガは全滅して自分が唯一の生き残りだと吹聴しているらしい。
奇しくも、それが輪をかけて信憑性を低くさせていたようだ。
テオドールも仲間を失い天涯孤独の身だから人間に歩み寄ったのだと思っているのだろう。
でなくば、ダンジョウを危険因子として排除しているはずだ。
「いずれにせよオーガ達には目立った行動を控えてもらいませんと」
「そうだな。今は都合よく信じてないが、いつ疑念を抱いて詮索してくるか分からない。もしバレたら、ダンジョウの件も含めてもろもろ面倒になる」
「それにアルフレッド様とジャミル様がエルロンド様を貶める材料にするかもしれません。人間と亜人は必ずしも良好な関係ではありませんし、オーガのような戦闘種族は脅威と捉えていますから」
「確かに、面と向かって話し合わなきゃオーガは恐ろしい亜人だと思ったままだったろうな」
「だからこそ誰も信じなかったのでしょう。ですがオーガが分別のある種族だと知れれば」
「父上や兄上はオーガを利用するかもな」
戦の要として奮戦するテオドールだけにオーガの戦力は喉から手が出るほど欲しいはずだ。
それはアルフレッドもジャミルも同様だろう。
いずれ起こりうる後継者争いにおいて戦力を確保する事は重要な課題だ。
今は武勇に優れるアルフレッドが戦力保有の点で群を抜いている。
対抗馬のジャミルが焦っているのは火を見るより明らかだった。
アクセルに戻った俺はヤシャとハンゾウ、そしてベルナール、リオン、アスタール、町長のマールスを呼び出した。
今後の対応策を協議するためだ。
安寧の地を求めるオーガ達にとって戦いに利用される事は本望ではないだろう。
その危険を少しでも軽減しなければ再び路頭に迷わせることになる。
「なるほど、そのようなことが」
ある程度の予測をしていたのだろう。
ヤシャは奴隷解放に難色を示したテオドールに一定の配慮を見せた。
「仕方がありません。奴隷の解放は国家への反逆とも捉えられかねませんから」
マールスの言葉には安堵の色が窺えた。
奴隷解放に歯止めを効かされた事に対するものか。
それともお咎めなしになった事に対してか。
いずれにせよ戦々恐々としていたのだろう。
本当に悪い事をしたと思う。
「とりあえず解放した奴隷はアクセルの市民として認められた。だが、これからは許さんと父上より厳命を受けた」
「まあ、仕方ないッスね。奴隷の解放は先送りするとして、当面は奴隷を購入して労働力を確保するしかないッスよ」
商人らしくアスタールは合理的な考えだ。
確かに現状ではそれしかない。
無駄に足掻いても良くなることは無いだろう。
それに、俺が留守にしている間に耕作面積が増加していた。
オーガ達の働きによるものだ。
当初、アクセルの耕作面積は50ヘクタールしかなかった。
耕作放棄地を含めると150ヘクタールになる。
実に3分の1にまで縮小していた。
人口減少による労働力不足が大きな要因である。
そこに俺が領主として赴任し、奴隷を集めて開拓した結果500ヘクタールにまで広げた。
東京ドームにして100個分に相当する広さだ。
もちろんオーガの力が大きかったのは言うまでもない。
そこから更に10ヘクタールを開拓したというのだから有難い。
これで新たな品種を試すことができる。
余計な事で労力を費やしている暇はないのだ。
「アスタールの言う通りだ。現状では全体に手が回らなくなってきている。過剰生産の作物は家畜の飼料になってはいるが、理想としては市場に流通させたいところだ。それには新たな労働力が必要不可欠だ」
「承知したッス!また手を尽くして奴隷を集めてくるッス」
「頼む。あと、大きな問題が一つある。オーガの一族に関してだが」
「我らが何か?」
ハンゾウが不安そうにたずねた。
テオドールに何かしら命令されたのでは?
ダンジョウを用いている貴族だけに不信感が拭えないのだろう。
致し方ないことだ。
「そう心配しなくていい。問題なのは亜人としての見た目だ。今はオーガが僕の臣下になっていると誰も信じてないが、もし知られたら面倒な事になる」
「オーガの戦闘力は脅威です。もしエルロンド様の臣下だと知れたら、利用しようとする輩が出てくるかもしれませんね」
補足するようにベルナールが言うとヤシャとハンゾウは納得した。
「確かに我らが容姿は目につきますな」
「しかし如何にして隠せばよいのか。我らは目立ち過ぎます。開拓作業もあれば、身を隠すことは困難かと思われますが」
確かに2メートルを超える巨体を誤魔化すのは至難の業だ。
しかも開拓は怪力を奮っての作業になるため、どうしても目につく。
大斧で太い幹を草木を刈るように薙ぎ倒す作業だ。
隠し切れる訳がない。
難しい問題に皆が頭を悩ませる中。
ふとリオンが思いついたように。
「いっそ専属部隊として堂々と用いては?」
はい?
リオンの言葉に全員が首を傾げた。
それが出来ないから隠そうとしているのに。
一体何を言っているのだろう。
「ですから、全身を甲冑で覆い隠してしまえばよいではありませんか。オーガの怪力を持ってすれば容易いことです。正体を隠すことができますし、正体を聞かれてもエルロンド様の直属の部隊として秘匿すれば問題は無いはず。テオドール様やアルフレッド様、ジャミル様も直属の部隊を保有して秘匿しています。ならばエルロンド様が直属の部隊を保有し、秘匿して何が問題になるというのです」
かなり強引な理論だ。
しかし非現実的な案という訳ではない。
なぜなら直属の部隊には不干渉という、貴族間では当然の暗黙の了解があるからだ。
貴族の中には実力重視で犯罪者を直属部隊に入れている者も少なくない。
過去にはいわく付きの傭兵団を召抱えていた貴族もいた。
体面を気にする貴族だけに是が非でも隠したいところだろう。
それほど直属の部隊には力を入れる慣習があった。
「一理あるが、かなり難しいぞ。父上は任務のためだが、兄上達は後継者争いを見据えて保有している。僕が直属部隊を保有すれば後継者争いに名乗りを上げたと捉えかねられない」
先日アルフレッドに敵対の意志を確認されたばかりだ。
それなのに直属部隊を保有しようものなら火に油を注ぐ可能性がある。
「確かに、エルロンド様には味方となる派閥がありません。もしアルフレッド様やジャミル様に敵視されれば御命が危うくなる恐れがあります」
冷静に告げるベルナールにリオンは首を横に振った。
「それは分かった上での提案です。要は直属部隊を保有する大義名分があれば問題ないはず」
「そんな大義名分などどこにある?エルロンド様は年齢的に従軍を許されない。直属部隊を持つ正当な理由など有りはしないだろう」
「普通ならそうです。ですが、直属部隊を保有する理由に従軍する事が必ずしも必要でしょうか?」
「愚問だな。私有戦力の保有は戦闘を前提にして定められている。従軍が出来ないのなら正当な理由は無いに等しい」
何を馬鹿な事をとベルナールは呆れ顔だ。
前提条件があるのに、それを無視して大義名分もないだろう。
そんな冷ややかな視線をリオンに投げかける。
しかしリオンは確信を得たように笑みを浮かべた。
「では聞きますが、戦闘の定義とはなんですか?」
「むろん従軍による戦闘への参加だ。他には救援派遣や治安維持等が該当するが……ふっ、なるほど。そういう事か」
ベルナールは一本取られたと笑った。
リオンの考えを察し、これなら問題ないと理解を示す。
「なんだ?どういう事なのか説明してくれ」
俺が催促するとアスタール達も同意するように頷いた。
「つまりリオンはこう言いたいのです。直属部隊の保有は従軍や後継者争いにではなく、領地の治安維持や行商の護衛に用いるため必要だと。実際に行商の護衛は必要ですし、今後の展開を考慮すれば治安維持部隊は必須となります。幸い、テオドール様に領地経営の報告を行われたばかり。今なら直属部隊を新設しても疑いの目を向けられることはありません」
「なるほど。必要に迫られた現状を示せば波風を最小限に抑えられるかもしれないな」
そういう言い訳なら容易く事を運べるだろう。
これまで行商の護衛には傭兵団を雇ってきた。
世間的な評価やアスタールに集めさせた情報を基に厳選した傭兵団を使ってきたが、常に雇用できるとは限らない。
彼等は戦場でこそ稼ぐ事ができる。
比較的安全な護衛の仕事は魅力的だろうが、やはり稼ぎの単価は桁違いだ。
そういう意味でも自前の戦力を保有していれば何かと都合がいい。
「近頃ではアクセルの近隣にゴロツキや盗人が出没しています。今は容易く制圧できていますが、発展に伴い急増するのは目に見えています。その時に備える意味でも、治安維持部隊は必要不可欠です」
警備隊長として治安維持に従事しているリオンだからこそ説得力がある。
俺は解決策になると同時に将来を見据えた提案に大きく頷いた。
思い立ったが吉日。
善は急げだ。
「よしっ!決まりだ。アスタール」
名指しされたアスタールは大きくため息を吐いた。
素早く算盤を弾いて出費を割り出したのだろう。
口にせずとも表情から予算が巨額になると告げていた。
母親のソアラが住む邸宅で、アクセルに赴任するまで俺が住んでいた場所である。
庭にはクッキーを作る工場があり、ブランドル王国内で流通する量を生産していた。
「母上、ただ今戻りました」
「久しぶりですねエルロンド」
物腰の柔らかい淑女が優しく微笑んだ。
艶やかな金髪を腰まで伸ばし、白い柔肌は絹のようにキメ細かく滑らかである。
整った顔立ちはエルロンドに面影を残すほど美しく、しかしながら瞳には剛芯の輝きを宿していた。
「父上に叱られたそうですね」
「はい。私が未熟なため御迷惑をお掛けしてしまいました」
「話は聞いています。貴方はまだ11歳。様々な経験を積むべき年頃です。父上は口では厳しく仰ったかもしれませんが、全て貴方のことを思ってのこと。その事を忘れてはなりませんよ」
優しく諭すソアラの声色にはエルロンドを心配する気持ちが感じられた。
幼い我が子が心折れて潰れないか心配なのだろう。
それでも言葉を選んでたしなめるのはテオドールの妻としての責務からだろうか。
俺は姿勢を正して頭を下げた。
「はい。承知しました母上」
「よろしい。さあ、堅い話はお仕舞いにしましょう。久しぶりに抱かせてちょうだい」
ソアラは両腕を広げてエルロンドを招き入れた。
久々に抱擁する我が子の温もり。
1年ぶりに再開した我が子の成長を全身で感じ取り、母親として感激に心を震わせた。
その日は夜遅くまでソアラと会話した。
アクセルでの出来事を自慢気に話すエルロンド。
ソアラは優しい眼差しで微笑みながら話に耳を傾けていた。
しかし楽しい時間ほど早く経過するものだ。
母子の時間は瞬く間に過ぎ、滞在予定の3日間はあっという間に終わった。
そして俺は今、別れを惜しみつつアクセルへの帰路についている。
できればもっと長く滞在したかったが、急な帰省だったためそれだけの準備を整えていない。
ベルナールとアスタールに任せておけば心配要らないだろうが、やはり長く空けておくには不安がある。
いつアルフレッドとジャミルが悪い企てを仕掛けてくるか分からないからだ。
今回の帰省はそういう危機感を抱かせるに充分なものだった。
「少し油断し過ぎてたのかもなぁ」
今回の帰省は反省の連続だった。
もしテオドールが許さなかったらどうなっていたことか。
考えるだけで空恐ろしい。
アルフレッドとジャミルは意外な沙汰に歯噛みして悔しがっているだろう。
それが禍の火の粉にならねばいいが。
アクセルに向かって馬車が揺れる。
俺は対面に座るリオンに面を向けると。
「リオン」
「はい、なんでしょう」
「例の件は調べてくれたか?」
「もちろんです。幾人かに金を掴ませて聞き込んだところ、使者に口封じを命じたのはジャミル様のようです」
「やはりジャミル兄上か」
予想通りだと頷いた。
脳筋のアルフレッドでは思いもつかないだろう。
だからジャミルの犯行だと思っていたのだが。
「あと、面白い話も聞けました。オーガの件ですが、報告を受けたものの信憑性が低いと相手にしなかったとか。ジャミル様だけでなくアルフレッド様も同様のようです。それに……」
「なるほど。だからか」
リオンの報告を聞いて納得がいった。
どうしても腑に落ちなかったのだ。
アルフレッドにしても、ジャミルにしても、テオドールにしても、オーガの件に全く触れなかったからだ。
あれだけ大きな亜人が目につかないはずがない。
必ず報告に挙がっているはずだ。
それは覚悟の上だったのだが、不思議な事にオーガのオの字も出なかった。
むしろ不気味に感じて警戒していたのだが、今日まで話題に上がることは一切無かった。
何かある。
そう思っていたのだが、どうやら取り越し苦労だったらしい。
冷静に考えれば分かることだった。
オーガが人間に臣従するなど普通に考えれば有り得ないからだ。
しかもリオンの話では、テオドール軍に身を寄せたダンジョウが、オーガは全滅して自分が唯一の生き残りだと吹聴しているらしい。
奇しくも、それが輪をかけて信憑性を低くさせていたようだ。
テオドールも仲間を失い天涯孤独の身だから人間に歩み寄ったのだと思っているのだろう。
でなくば、ダンジョウを危険因子として排除しているはずだ。
「いずれにせよオーガ達には目立った行動を控えてもらいませんと」
「そうだな。今は都合よく信じてないが、いつ疑念を抱いて詮索してくるか分からない。もしバレたら、ダンジョウの件も含めてもろもろ面倒になる」
「それにアルフレッド様とジャミル様がエルロンド様を貶める材料にするかもしれません。人間と亜人は必ずしも良好な関係ではありませんし、オーガのような戦闘種族は脅威と捉えていますから」
「確かに、面と向かって話し合わなきゃオーガは恐ろしい亜人だと思ったままだったろうな」
「だからこそ誰も信じなかったのでしょう。ですがオーガが分別のある種族だと知れれば」
「父上や兄上はオーガを利用するかもな」
戦の要として奮戦するテオドールだけにオーガの戦力は喉から手が出るほど欲しいはずだ。
それはアルフレッドもジャミルも同様だろう。
いずれ起こりうる後継者争いにおいて戦力を確保する事は重要な課題だ。
今は武勇に優れるアルフレッドが戦力保有の点で群を抜いている。
対抗馬のジャミルが焦っているのは火を見るより明らかだった。
アクセルに戻った俺はヤシャとハンゾウ、そしてベルナール、リオン、アスタール、町長のマールスを呼び出した。
今後の対応策を協議するためだ。
安寧の地を求めるオーガ達にとって戦いに利用される事は本望ではないだろう。
その危険を少しでも軽減しなければ再び路頭に迷わせることになる。
「なるほど、そのようなことが」
ある程度の予測をしていたのだろう。
ヤシャは奴隷解放に難色を示したテオドールに一定の配慮を見せた。
「仕方がありません。奴隷の解放は国家への反逆とも捉えられかねませんから」
マールスの言葉には安堵の色が窺えた。
奴隷解放に歯止めを効かされた事に対するものか。
それともお咎めなしになった事に対してか。
いずれにせよ戦々恐々としていたのだろう。
本当に悪い事をしたと思う。
「とりあえず解放した奴隷はアクセルの市民として認められた。だが、これからは許さんと父上より厳命を受けた」
「まあ、仕方ないッスね。奴隷の解放は先送りするとして、当面は奴隷を購入して労働力を確保するしかないッスよ」
商人らしくアスタールは合理的な考えだ。
確かに現状ではそれしかない。
無駄に足掻いても良くなることは無いだろう。
それに、俺が留守にしている間に耕作面積が増加していた。
オーガ達の働きによるものだ。
当初、アクセルの耕作面積は50ヘクタールしかなかった。
耕作放棄地を含めると150ヘクタールになる。
実に3分の1にまで縮小していた。
人口減少による労働力不足が大きな要因である。
そこに俺が領主として赴任し、奴隷を集めて開拓した結果500ヘクタールにまで広げた。
東京ドームにして100個分に相当する広さだ。
もちろんオーガの力が大きかったのは言うまでもない。
そこから更に10ヘクタールを開拓したというのだから有難い。
これで新たな品種を試すことができる。
余計な事で労力を費やしている暇はないのだ。
「アスタールの言う通りだ。現状では全体に手が回らなくなってきている。過剰生産の作物は家畜の飼料になってはいるが、理想としては市場に流通させたいところだ。それには新たな労働力が必要不可欠だ」
「承知したッス!また手を尽くして奴隷を集めてくるッス」
「頼む。あと、大きな問題が一つある。オーガの一族に関してだが」
「我らが何か?」
ハンゾウが不安そうにたずねた。
テオドールに何かしら命令されたのでは?
ダンジョウを用いている貴族だけに不信感が拭えないのだろう。
致し方ないことだ。
「そう心配しなくていい。問題なのは亜人としての見た目だ。今はオーガが僕の臣下になっていると誰も信じてないが、もし知られたら面倒な事になる」
「オーガの戦闘力は脅威です。もしエルロンド様の臣下だと知れたら、利用しようとする輩が出てくるかもしれませんね」
補足するようにベルナールが言うとヤシャとハンゾウは納得した。
「確かに我らが容姿は目につきますな」
「しかし如何にして隠せばよいのか。我らは目立ち過ぎます。開拓作業もあれば、身を隠すことは困難かと思われますが」
確かに2メートルを超える巨体を誤魔化すのは至難の業だ。
しかも開拓は怪力を奮っての作業になるため、どうしても目につく。
大斧で太い幹を草木を刈るように薙ぎ倒す作業だ。
隠し切れる訳がない。
難しい問題に皆が頭を悩ませる中。
ふとリオンが思いついたように。
「いっそ専属部隊として堂々と用いては?」
はい?
リオンの言葉に全員が首を傾げた。
それが出来ないから隠そうとしているのに。
一体何を言っているのだろう。
「ですから、全身を甲冑で覆い隠してしまえばよいではありませんか。オーガの怪力を持ってすれば容易いことです。正体を隠すことができますし、正体を聞かれてもエルロンド様の直属の部隊として秘匿すれば問題は無いはず。テオドール様やアルフレッド様、ジャミル様も直属の部隊を保有して秘匿しています。ならばエルロンド様が直属の部隊を保有し、秘匿して何が問題になるというのです」
かなり強引な理論だ。
しかし非現実的な案という訳ではない。
なぜなら直属の部隊には不干渉という、貴族間では当然の暗黙の了解があるからだ。
貴族の中には実力重視で犯罪者を直属部隊に入れている者も少なくない。
過去にはいわく付きの傭兵団を召抱えていた貴族もいた。
体面を気にする貴族だけに是が非でも隠したいところだろう。
それほど直属の部隊には力を入れる慣習があった。
「一理あるが、かなり難しいぞ。父上は任務のためだが、兄上達は後継者争いを見据えて保有している。僕が直属部隊を保有すれば後継者争いに名乗りを上げたと捉えかねられない」
先日アルフレッドに敵対の意志を確認されたばかりだ。
それなのに直属部隊を保有しようものなら火に油を注ぐ可能性がある。
「確かに、エルロンド様には味方となる派閥がありません。もしアルフレッド様やジャミル様に敵視されれば御命が危うくなる恐れがあります」
冷静に告げるベルナールにリオンは首を横に振った。
「それは分かった上での提案です。要は直属部隊を保有する大義名分があれば問題ないはず」
「そんな大義名分などどこにある?エルロンド様は年齢的に従軍を許されない。直属部隊を持つ正当な理由など有りはしないだろう」
「普通ならそうです。ですが、直属部隊を保有する理由に従軍する事が必ずしも必要でしょうか?」
「愚問だな。私有戦力の保有は戦闘を前提にして定められている。従軍が出来ないのなら正当な理由は無いに等しい」
何を馬鹿な事をとベルナールは呆れ顔だ。
前提条件があるのに、それを無視して大義名分もないだろう。
そんな冷ややかな視線をリオンに投げかける。
しかしリオンは確信を得たように笑みを浮かべた。
「では聞きますが、戦闘の定義とはなんですか?」
「むろん従軍による戦闘への参加だ。他には救援派遣や治安維持等が該当するが……ふっ、なるほど。そういう事か」
ベルナールは一本取られたと笑った。
リオンの考えを察し、これなら問題ないと理解を示す。
「なんだ?どういう事なのか説明してくれ」
俺が催促するとアスタール達も同意するように頷いた。
「つまりリオンはこう言いたいのです。直属部隊の保有は従軍や後継者争いにではなく、領地の治安維持や行商の護衛に用いるため必要だと。実際に行商の護衛は必要ですし、今後の展開を考慮すれば治安維持部隊は必須となります。幸い、テオドール様に領地経営の報告を行われたばかり。今なら直属部隊を新設しても疑いの目を向けられることはありません」
「なるほど。必要に迫られた現状を示せば波風を最小限に抑えられるかもしれないな」
そういう言い訳なら容易く事を運べるだろう。
これまで行商の護衛には傭兵団を雇ってきた。
世間的な評価やアスタールに集めさせた情報を基に厳選した傭兵団を使ってきたが、常に雇用できるとは限らない。
彼等は戦場でこそ稼ぐ事ができる。
比較的安全な護衛の仕事は魅力的だろうが、やはり稼ぎの単価は桁違いだ。
そういう意味でも自前の戦力を保有していれば何かと都合がいい。
「近頃ではアクセルの近隣にゴロツキや盗人が出没しています。今は容易く制圧できていますが、発展に伴い急増するのは目に見えています。その時に備える意味でも、治安維持部隊は必要不可欠です」
警備隊長として治安維持に従事しているリオンだからこそ説得力がある。
俺は解決策になると同時に将来を見据えた提案に大きく頷いた。
思い立ったが吉日。
善は急げだ。
「よしっ!決まりだ。アスタール」
名指しされたアスタールは大きくため息を吐いた。
素早く算盤を弾いて出費を割り出したのだろう。
口にせずとも表情から予算が巨額になると告げていた。
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地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
水神飛鳥の異世界茶会記 ~戦闘力ゼロの茶道家が、神業の【陶芸】と至高の【和菓子】で、野蛮な異世界を「癒やし」で侵略するようです~
月神世一
ファンタジー
「剣を下ろし、靴を脱いでください。……茶が入りましたよ」
猫を助けて死んだ茶道家・水神飛鳥(23歳)。
彼が転生したのは、魔法と闘気が支配する弱肉強食のファンタジー世界だった。
チート能力? 攻撃魔法?
いいえ、彼が手にしたのは「茶道具一式」と「陶芸セット」が出せるスキルだけ。
「私がすべき事は、戦うことではありません。一服の茶を出し、心を整えることです」
ゴブリン相手に正座で茶を勧め、
戦場のど真ん中に「結界(茶室)」を展開して空気を変え、
牢屋にぶち込まれれば、そこを「隠れ家カフェ」にリフォームして看守を餌付けする。
そんな彼の振る舞う、異世界には存在しない「極上の甘味(カステラ・羊羹)」と、魔法よりも美しい「茶器」に、武闘派の獣人女王も、強欲な大商人も、次第に心を(胃袋を)掴まれていき……?
「野暮な振る舞いは許しません」
これは、ブレない茶道家が、殺伐とした異世界を「おもてなし」で平和に変えていく、一期一会の物語。
99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える
ハーフのクロエ
ファンタジー
夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。
主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。
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