現実世界への戻りかた

蜜柑

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イフリートの鎧編

トラドーラと罠

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 「ルファーに住む獣は殆どが夜行性です。日が明るい内に森を抜けましょう」
 ルシアナの提案を聞きつつ大輔は昨日仕留めたルドルフの肉にかじりついていた。
 朝から肉は間違いなく胃がもたれるのだが、何せこれから歩くのだ。ある程度腹を満たしておこうとの考えだった。
 ルドルフの肉はオルボルクの肉よりも脂身が少く、とても淡白で食べやすかったのだが、塩コショウやタレをつけて食べるのが当たり前だった大輔にとっては何処か味気なかった。
 「これから暫く歩くのですが、肩の傷はどんな具合でしょうか?」
 「それなら大丈夫。ルシアナちゃんのお陰ですっかり完治したよ」
 激しく裂傷していた肩は驚く事に一日も経たずして見事に塞がっていた。
 一体どんな最先端の技術なのか.... 大輔は懐かしむように肩を擦った。
 「あ、でもスーツは駄目になっちゃったな」
 肩は傷痕一つ残さず治癒されているが、服は破れそのままだ。
 それはルシアナが大輔の傷を優先していたため加護が服まで行き届かなかった為である。
 「それなら大丈夫ですよ」
 淡々とした表情でルシアナはスーツに手をかけると大輔の確認も取らず力任せに引き裂き、それを燻っている焚き火へと放り投げた。
 「ちょっ..... え!」
 財布が! 煙草が!! と慌てふためく大輔とは裏腹にルシアナは冷静に燃えるスーツを見つめ、手に握った物を大輔へと差し出す。
 それはスーツに入っていた財布と煙草のケースだった。
 「あ、ありがとうって違う! 何で燃やすような真似を」
 「魔女と間違えられないようにする為です。黒は魔女が最も好む色ですから」
 「.... なるほど」
 そう言えばアルドーナも黒を着る者は切られても仕方がないみたいな事を言っていた。ならここで燃やすのが賢いのかもしれない。
 しかし、何か一言欲しかったと大輔がぶつぶつと呟いていると
 「朝食もここら辺にしてそろそろ行きましょう。時間は有限です」
 それにとルシアナは付け足すと、うっすら目を細め何処か遠くの森を見つめる。
 「今日の森は何故か騒がしいです」




 「大輔さん。もう少し早く歩きましょう。このままいくと日がくれます」
 ルシアナは後ろでもたついている大輔に投げ掛けると、スイスイと進んでいく。
 大輔もそれに続こうと足を動かすが、隆起した木の根に足をとられ、何度も躓きそうになっていた。
 「若者はやっぱ凄いな.... 」
 どうしてあの格好で素早く動けるのだろうか。大輔は疑問を抱きつつ、前を軽やかに進んでいくルシアナを見つめる。
 重たそうな鎧を身につけ、腰には日本刀の様な剣。
 決して大柄な体躯ではなく、寧ろ華奢な体型だ。
 何処に鎧をつけて平然と歩ける力があるのだろうか。 
 「痛!!」
 根に引っ掛かり大輔はドシンと転んだ。
 「大丈夫ですか? 大輔さん」
 呆れた様にルシアナが駆け寄ってくる。どうやら彼女より自分の心配をした方がいいみたいだ。
 「う、うん大丈夫。ちょっと躓いただけだから」
 ルシアナが差し出した手を握り、大輔は起き上がるとルシアナに心配をかけまいと努めて笑って見せた。
 「そうですかそれならよかった。早く行きましょう」
 大輔から手を離すとまた優雅に前を歩いていく。
 痛いふりをしたら少し休憩できたのだろうか。情けない気持ちが浮上し、先程彼女に握られた手を見返す。
 微かにルシアナの温もりが残っており、何となく頑張れと励まされたような気がした。
 「よし! 行くか」
 拳を握り締め、大輔は何度も転びながらルシアナくらいついていった。

 暫く歩いていると、突然ルシアナがピタリと足を止めた。
 大輔は転んで出来た痣を撫でながら彼女に近づく。
 「大輔さん止まって下さい。この先に何かいます」
 腰の鞘に手を当てルシアナは周りを警戒する。
 大輔も警戒して辺りを見渡すが何もない。あるのはうんざりする隆起した木の根だけだ。
 「何かいるとはとても思え.... ウグッ!」
 腹部を締められる痛み。
 地に埋まっていた根っこが大輔の腹部を締め上げ、宙へとあげたのだ。
 「いっっ.... た、高!!」
 「植物に擬態する魔物.... トラドーラですか」
 ルシアナは顎に手を当てなるほどと呟いていたが十メートルも高く上げられた大輔にその言葉は届かず、ルシアナがぼやけて見え、次の瞬間ジェットコースターに乗った感覚に見舞われた。
 大輔を掴んでいる木の根がルシアナに向けて降り下ろされたのだ。
 「ばぁぁぁぁぁ!」
 風を切り、髪が逆立つ。ルシアナに避けてと伝えようにも上手く言葉がでない。
 ルシアナへと目前に迫っていた。
 「森に司る精霊よ。我に力を授けたまえ。はぁ!」
 ルシアナは鞘から素早く剣を引き抜くと、それが淡く光り、一陣の風と共に木の根をスパリと斬る。
 切られた根は急速に粉々に散っていき、大輔は固い地面へともんどり打った。
 「痛!!」
 低い位置からの落下だったので、死ぬ事はなかったが、それでも痣になっている程度には痛かった。
 痛む体を必死に起こすと、大輔はその奇妙な光景に驚愕した。
 木が足を生やしてこちらに走ってきているのだ。しかも数本も。
 「ル、ルシアナちゃ.... うげぇ!」
  ルシアナにカッターシャツの襟首を掴まれ、大輔は蛙みたいな声をあげた。
 「数が多すぎます。ここは撤退しましょう」
 ルシアナは隆起した木の根をバネにしターン、ターンと跳ねていく。
 それは走るよりも飛んでいるに近かった。
 「しかし何故でしょう。トラドーラは普段臆病な生き物。木に擬態するのも肉食獣に食べられない為にするのですが 今の行動は間違いなく私達を殺そうと.... まさか!!」
 ルシアナはひたすら前だけを向いて、横でぐったりとしている大輔に問いかける。
 「大輔さん。トラ.... あの木に何か模様みたいなものが見えませんか?」
 「模様って.... あ! な、何か見えるよ! 紫で星のようなものが.... たぶん木の真ん中に出来てる 」
 「やはりそうですか....  くっっ!魔女め」
 ルシアナは大輔を放り投げ、後ろを振り返る。
 大輔の証言通り、トラドーラの真ん中には妖艶に光る星形の模様が浮かんでおり、数は見たところ十だろうか。
 「な、何する気?」
 「前言撤回です。撤退は諦め、ここは迫ってくるトラドーラの排除に努めます」
 表情は何時ものように無だが、口調で何となく緊迫している空気が大輔に伝わる。
 ルシアナは鞘から細刀を抜き、それを構える。
 木に擬態したトラドーラが数体も迫っているなか、ルシアナは慌てる様子もなく息を深く吐き
 「大輔さん。出来るだけ体を丸めて頭は手で覆ってください。木の破片が飛ぶかもしれないので」
 「え?」
 瞬間大気が震えた。森がざわめき風がルシアナの構えた刀剣の先に集まってくる。
 それは蒼く、サッカーボールの様な球体へと変わり
 「ルファーに司る精霊の神エルフよ強靭の風となり、悪魔を凪ぎ払え!! 」
 加護を唱えると同時に球体が大地を削り、トラドーラに向かって放たれた。
 
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