現実世界への戻りかた

蜜柑

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イフリートの鎧編

限界突破とその結末

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 何故日が射すルファーの森にアーデルトがいるのだろうか?
 奴は夜行性だ。朝間に活動するなんて聞いたことがない。
 しかし、そんな疑問はアーデルトの額に浮かぶ妖艶の紋章を見て直ぐ様吹き飛んだ。
 「トラドーラと同じ紋章、なるほど禁忌の魔ですか!」
 やはり魔女は醜いとルシアナは呟く。処刑の魔法に生物を自由に操る魔法、そして死をも覆す呪いの魔法。
 どれも悪趣味な術ばかりだ。
 「今楽にしてあげます」
 大きな雄叫びと共にアーデルトが鋭利な爪を凪ぎ払う。
 それは大きな砂塵を巻き起こして視界を奪った。
 しかし、ルシアナは慌てずに砂煙の遥か向こうを一心に見据える。
 なるべく苦しませずに終わらせる。その為にルシアナは身体強化の加護を唱えた。
 「ぐぅぅぅぅ!」
 体がメシメシと悲鳴をあげる。
 加護は決して万能な術ではない。使いすぎると体に負担がかかるのだ。
 そしてルシアナは使える限界をとうに越えていた。
 それでも今は倒れる訳にはいかないと唇を噛み締め、意識を保つ。
 強く噛みすぎたのか、鉄の味が口内に広がる。
 徐々に砂煙が収まっていく。ルシアナはまだと自分に言い聞かせ、細刀を握りしめる。
 そしてついに砂煙が収まると、アーデルトが大きな牙を覗かせ飛んできた。
 しかしルシアナはそれを読んでいたかのように、体を低くし、真上を横切るアーデルトの首に刀を振り払った。
 頭と胴体が切り離され、アーデルトは大きな地鳴りをたてその命を散らせた。
 「やったよ!! ルシアナちゃん」
 大輔の歓喜の声が耳を打つ。見ると大輔が走ってきていた。
 あんな風に走ったら転ける。危ないですよと注意しようとしたが、声が上手く出ない。
 案の定大輔は木の枝に足をとられ大きく転けた。
 やれやれとルシアナは苦笑し、アーデルトを見つめる。
 アーデルトの肉は固くて高値では売れない。だが爪は稀少と聞く。高く売れるだろうか?
 念のため爪は剥ぎ取って帰ろうと刀を杖のように立て、体を起こそうと試みるが、腰が持ち上がらない。
 これは参った。ルシアナは空を仰ぎ見る。
 出る前は透き通るほど青く見えた空なのに。今は白くぼやけて見える。
 そう言えばさっきから瞼がやけに重い。
 私が倒れたら大輔さんはどうなるのだろう? 出来れば私を見捨てて逃げて欲しい所だが.... 
 「ルシアナちゃん大丈夫!! しっかりしてルシアナちゃん!!」
 ガシャガシャと鎧が揺れる。しかし、その音も、その声も何処か遠くに聞こえる。
 けど、微かに見えるその表情で大輔が何を言ってるのかは簡単に予想がついた。
 やはり私を置いて逃げないんだろうな.... 
 ルシアナは最後の力を振り絞り、刀を大輔に握らせた。
 「え.... ルシアナちゃん?」
 「もし....もし大きな獣が来たら今度は迷わず逃げてください。私の事なんて放って生きてください」
 「な、何いってんだよ! そんなこと出来るわけないだろ.... ルシアナちゃんは命の恩人なんだ。恩人を見捨てるほど俺は落ちぶれてなんかいない。
 それにルシアナちゃんはまだ若いじゃないか!! 俺みたいなおっさんよりも先が長いんだ。生きなきゃダメだよ。それが君の義務なんだ。死のうなんて考えちゃダメだ。俺と一緒にローゼン王国に行こう」
 .... 本当にこの人は。
 ルシアナは苦笑し、大輔の頬に手を当てる。じょっりと剃り残した髭の感触が何処か懐かしく、胸が暖かくなる。
 「.... お父さん」
 ルシアナはそう言い残し、目を閉じた。
 
 
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