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8話
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「……まあ、予想はしていたがな」
「随分と手が早いですね」
魔王の手には人間界、教会からの書簡だった。
そこには咲をこちらに引き渡すようにと恫喝的な文章が書かれていた。
「このことは人間には黙っておけよ」
「ええ。もちろんです」
魔王は黙ってその書簡を燃やした──……
❖❖❖❖
「……平和だ……平和すぎる……」
庭で掃き掃除をしていた咲がおもむろに呟いた。
あの騒動が嘘のように穏やかな日が続いている。
フレデリックが教会に告げ口して何かしら仕掛けてくると思っていたが、そんな様子もない。
最も、単に咲に知らされていないだけなのかもしれない説が濃厚なのだが。
「……私がもっと役に立てればなぁ」
「そんなら俺に付き合うか?」
ゾイがひょっこり咲の前に顔を出してきた。
「今から魔瘴の森に行くねん。丁度ええから一緒に来んか?」
「……なんですかその物騒の何ものでもないネーミングの森……」
どうも防御力が優れているゾイはレザゼルに魔瘴の森の管理を任せられているらしい。
いくら魔族でも入れる場所と入れない場所があるらしく、魔瘴の森のも入れない場所の一つ。
その為、無法地帯となっていたらしい。
「魔族も入れない場所に人間を連れて行くんですか?あれ?もしかして、私、断捨離される?」
「アホ抜かせ。そないことしたら俺は城中の奴らに殺されるわ」
顔面蒼白になりながらゾイに問いかけると、呆れるように言い返してきた。
「じゃあ、なんですか?」
「お前、聖女の力が使えるようなったんやろ?もしかしたら、お前の力で魔瘴を抑え込めるかもしれんねん」
ゾイが管理するようになって、魔瘴の森の生態系が分かってきたらしいが、最近になり魔瘴の進行が激しくなっているらしい。
「ほっといとったらいずれ森が無くなる。まあ、俺は困らんが森に生息しとるもんが行き場無くすんは困るやろ?」
「えっ!?まさかゾイさん、その森にいる生き物の為に……!?」
咲は口に手を当てあからさまに驚いた。
「お前、本当に失礼な奴やな。俺だって仲間は大事にするわ」
「へぇ~……………じゃあ!!私の事も大事に──ぐふッ!!」
「お前は俺の小間使いやろ!!」
目を輝かせてゾイに進言したら、すかさず右フックが飛んできた。
まあ、分かっていたが、嘘でも仲間だと言って欲しかった……
咲はあまり乗り気ではなかったが「ここまで聞いといて行かんとは言わんよな?」と愛くるしい見た目に反した低音ボイスで言われたら頷くしかなかった。
そして、その勢いのままゾイに連れられてやって来たのは、その名に相応しく不気味で足を踏み入れるのに勇気がいる風貌の森だった。
何というか……森自体が侵入を拒んでいる。そんな感じだ。
「……ごくッ……」
思わず息を飲んだ。
そんな咲を気にするそぶりが全くないゾイはどんどん森の中に入っていく。
「ちょ、ちょちょちょちょ!!ゾイさん!?」
「なんやねん」
慌てて咲が引き留めると、心底めんどくさそうに振り返った。
「いや、なんやねんじゃないですよ!!なに普通に入っていくんです!?ゾイさんは防御に優れてるかもしれませんが、こっちたら生身ですよ!?なんか装備的なものないんですか!?」
「ああ~、そんなもんないな。逆にいるか?」
「はぁぁぁぁぁ!?!!!?」
「あんな。お前は聖女やろ?魔族は入れんが、聖職者はこの森にとっては天敵や。まあ、俺らにとっても天敵やけどな」
な、なるほど……?
どうやら聖女である咲が無装備で森に侵入しても害はないし、むしろ魔瘴が落ち着くんではないか。というのがゾイの見解だった。
とはいえ、無事だという確証がない。
(大丈夫と言ってるのがゾイさんだもんな……いや、ゾイさんを信用してない訳ではないのだけど……)
咲が森に入るのを戸惑っていると、痺れを切らしたゾイが無理やり森の中へ引き込んだ。
「見ててイラつくから早うしてくれん?」
「いやいやいや、人には覚悟ってものがありましてね。せめて私の許可を得てから引き入れて欲しかったんですけど」
「そんなもん待っとったら日が暮れてまうわ」
咲の言葉には聞く耳持たず、ゾイはさっさと森の奥へと進んで行ってしまった。
ここでゾイを見失う方が死活問題だと、咲は慌ててゾイの後を追った。
(霧が濃くなった……?)
奥に入るにつれて霧が濃くなり視界が更に悪くなり、足元もぬかるんでおり気を抜くとすぐに足を取られてしまう。
「……あんまし霧吸いこまん方がええよ。瘴気含んでるでな」
「え!?」
前を歩くゾイが軽くそんなことを口にしたもんだから咲は焦った。
「吸い込むなって言う方が無理ですよね!?」
「だから、あんまって言うたやろ。多少なら大丈夫や」
「魔族達の多少がそのぐらいか分かりませんけど、人は呼吸すれば空気を取り込むんですよ!?ゾイさんが言っているのは遠回しに死ねって言ってるのと同じですからね!?」
煩わしそうに言うゾイに咲は人の体の構造を教えた。
咲は早口で捲し立てた為、思いっきり吸い込んでしまった。
「はっ」とした時には既に遅く、顔面蒼白で口を抑えてその場にしゃがみ込んでしまった。
そんな咲の元にゾイがやってきて、肩にポンッと小さな手が置かれた。
「どんな姿になっても咲は咲やで?」
「私人間やめるの!?」
哀れむような表情のゾイに、咲は死んだ方がまだマシだと叫ぶと、ゾイが盛大に笑った。
「あはははははは!!!!冗談や、冗談!!聖女のお前ならこの程度の霧なら大丈夫やろうけど、あんま吸い込むと頭痛や吐気ぐらいの症状は出るやろうって意味や」
「な、な、な……っ!?」
目に涙を溜めながら笑い転げるゾイを見て遊ばれていた事に気づいた咲は思わず怒りで手が震えたが、それ以上に安堵の方が大きかったので今回は大目に見ることにした。
まあ、咲が何かを言った所でゾイに言い負かされるのは目に見えて分かっているんだけども……
「もうっ!!先行きますからね!!」
そう言って咲は今だに笑い続けているゾイを置いて先に進んで行った──
「随分と手が早いですね」
魔王の手には人間界、教会からの書簡だった。
そこには咲をこちらに引き渡すようにと恫喝的な文章が書かれていた。
「このことは人間には黙っておけよ」
「ええ。もちろんです」
魔王は黙ってその書簡を燃やした──……
❖❖❖❖
「……平和だ……平和すぎる……」
庭で掃き掃除をしていた咲がおもむろに呟いた。
あの騒動が嘘のように穏やかな日が続いている。
フレデリックが教会に告げ口して何かしら仕掛けてくると思っていたが、そんな様子もない。
最も、単に咲に知らされていないだけなのかもしれない説が濃厚なのだが。
「……私がもっと役に立てればなぁ」
「そんなら俺に付き合うか?」
ゾイがひょっこり咲の前に顔を出してきた。
「今から魔瘴の森に行くねん。丁度ええから一緒に来んか?」
「……なんですかその物騒の何ものでもないネーミングの森……」
どうも防御力が優れているゾイはレザゼルに魔瘴の森の管理を任せられているらしい。
いくら魔族でも入れる場所と入れない場所があるらしく、魔瘴の森のも入れない場所の一つ。
その為、無法地帯となっていたらしい。
「魔族も入れない場所に人間を連れて行くんですか?あれ?もしかして、私、断捨離される?」
「アホ抜かせ。そないことしたら俺は城中の奴らに殺されるわ」
顔面蒼白になりながらゾイに問いかけると、呆れるように言い返してきた。
「じゃあ、なんですか?」
「お前、聖女の力が使えるようなったんやろ?もしかしたら、お前の力で魔瘴を抑え込めるかもしれんねん」
ゾイが管理するようになって、魔瘴の森の生態系が分かってきたらしいが、最近になり魔瘴の進行が激しくなっているらしい。
「ほっといとったらいずれ森が無くなる。まあ、俺は困らんが森に生息しとるもんが行き場無くすんは困るやろ?」
「えっ!?まさかゾイさん、その森にいる生き物の為に……!?」
咲は口に手を当てあからさまに驚いた。
「お前、本当に失礼な奴やな。俺だって仲間は大事にするわ」
「へぇ~……………じゃあ!!私の事も大事に──ぐふッ!!」
「お前は俺の小間使いやろ!!」
目を輝かせてゾイに進言したら、すかさず右フックが飛んできた。
まあ、分かっていたが、嘘でも仲間だと言って欲しかった……
咲はあまり乗り気ではなかったが「ここまで聞いといて行かんとは言わんよな?」と愛くるしい見た目に反した低音ボイスで言われたら頷くしかなかった。
そして、その勢いのままゾイに連れられてやって来たのは、その名に相応しく不気味で足を踏み入れるのに勇気がいる風貌の森だった。
何というか……森自体が侵入を拒んでいる。そんな感じだ。
「……ごくッ……」
思わず息を飲んだ。
そんな咲を気にするそぶりが全くないゾイはどんどん森の中に入っていく。
「ちょ、ちょちょちょちょ!!ゾイさん!?」
「なんやねん」
慌てて咲が引き留めると、心底めんどくさそうに振り返った。
「いや、なんやねんじゃないですよ!!なに普通に入っていくんです!?ゾイさんは防御に優れてるかもしれませんが、こっちたら生身ですよ!?なんか装備的なものないんですか!?」
「ああ~、そんなもんないな。逆にいるか?」
「はぁぁぁぁぁ!?!!!?」
「あんな。お前は聖女やろ?魔族は入れんが、聖職者はこの森にとっては天敵や。まあ、俺らにとっても天敵やけどな」
な、なるほど……?
どうやら聖女である咲が無装備で森に侵入しても害はないし、むしろ魔瘴が落ち着くんではないか。というのがゾイの見解だった。
とはいえ、無事だという確証がない。
(大丈夫と言ってるのがゾイさんだもんな……いや、ゾイさんを信用してない訳ではないのだけど……)
咲が森に入るのを戸惑っていると、痺れを切らしたゾイが無理やり森の中へ引き込んだ。
「見ててイラつくから早うしてくれん?」
「いやいやいや、人には覚悟ってものがありましてね。せめて私の許可を得てから引き入れて欲しかったんですけど」
「そんなもん待っとったら日が暮れてまうわ」
咲の言葉には聞く耳持たず、ゾイはさっさと森の奥へと進んで行ってしまった。
ここでゾイを見失う方が死活問題だと、咲は慌ててゾイの後を追った。
(霧が濃くなった……?)
奥に入るにつれて霧が濃くなり視界が更に悪くなり、足元もぬかるんでおり気を抜くとすぐに足を取られてしまう。
「……あんまし霧吸いこまん方がええよ。瘴気含んでるでな」
「え!?」
前を歩くゾイが軽くそんなことを口にしたもんだから咲は焦った。
「吸い込むなって言う方が無理ですよね!?」
「だから、あんまって言うたやろ。多少なら大丈夫や」
「魔族達の多少がそのぐらいか分かりませんけど、人は呼吸すれば空気を取り込むんですよ!?ゾイさんが言っているのは遠回しに死ねって言ってるのと同じですからね!?」
煩わしそうに言うゾイに咲は人の体の構造を教えた。
咲は早口で捲し立てた為、思いっきり吸い込んでしまった。
「はっ」とした時には既に遅く、顔面蒼白で口を抑えてその場にしゃがみ込んでしまった。
そんな咲の元にゾイがやってきて、肩にポンッと小さな手が置かれた。
「どんな姿になっても咲は咲やで?」
「私人間やめるの!?」
哀れむような表情のゾイに、咲は死んだ方がまだマシだと叫ぶと、ゾイが盛大に笑った。
「あはははははは!!!!冗談や、冗談!!聖女のお前ならこの程度の霧なら大丈夫やろうけど、あんま吸い込むと頭痛や吐気ぐらいの症状は出るやろうって意味や」
「な、な、な……っ!?」
目に涙を溜めながら笑い転げるゾイを見て遊ばれていた事に気づいた咲は思わず怒りで手が震えたが、それ以上に安堵の方が大きかったので今回は大目に見ることにした。
まあ、咲が何かを言った所でゾイに言い負かされるのは目に見えて分かっているんだけども……
「もうっ!!先行きますからね!!」
そう言って咲は今だに笑い続けているゾイを置いて先に進んで行った──
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