手違いで召喚されたのはポンコツ聖女?─待っていたのは魔王からの溺愛でした─

甘寧

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9話

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暫く歩き続けていると、真黒い澱みが池になっているような所に出た。

「ここがこの森の核やね」

この澱みが空気に触れ魔瘴となって漂っているらしい。
ゾイは普通に喋っているが咲の顔色は随分と悪く、口に手を当て今にも倒れそうだった。

「ああ~流石に早かったか。ちょい待っとり」

そう言ってゾイは咲の頭の上へと移動した。
すると、先ほどまでの息苦しさや吐き気が嘘のように治まった。

「し、死ぬかと……」
「あほ。こんぐらいで死なれてたまるか。それより、仕事や仕事」
「人使いが荒い……」

咲は渋々ゾイの言われるがまま、池の端へと移動し手をかざしてみた。

「……あの、この後どうすれば……?」
「とりあえず祈ってみ」

簡単に言ってくれるが、祈りの言葉なんて知らないし何を祈ればいいのか分からない咲は戸惑った。

(祈る……とは?)

チラッとゾイを見ると、ゾイは「早くやれ」と言わんばかりに睨んでいた。
困った咲はとりあえず無難に森の生態を以上壊さないように願ってみた。

しかし変化はない。

次に森に生息する数少ない生物達を害しないように願った。

しかしこれも変化がない。

「……おい。お前ほんまに聖女か?」
「いやいやいやいや!!聖女かどうか問われたら微妙なところなんであれなんですけど!!」

ゾイは疑いの目で茫然としている咲を見た。
咲は弁解しようにも、当の本人が聖女だと認識していないのでどうしようもない。

「はぁ~………」

俯いている咲にゾイの溜息が聞こえた。
聖女の力もなく、ただのポンコツだと分かってきっと呆れられた。そう感じて更に落ち込んだ。

そもそもここに来ることだって嫌々だったのに……

そんなことを思っていると、ゾイの耳が大きく動いた。

「なんか来たな……」
「何かって?」
「それは分からん」

ゾイは素早く咲を茂みへと引っ張り身を隠した。
身を隠してすぐに、その何かが現れた。

それは大きくて真黒な塊に足が生えた生き物?だった。

「な、なにあれ……!!」
「声を出さんとき!!気づかれたら厄介や」

仮にもここは魔界だから異形のものがいるのは分かっていたが、目の前のは規格外。
明らかに魔物のくくりではない。

その生物はゆっくりと澱みの池へと足を踏み入れ、沈んでいった。

──ぽちゃん……

姿がしっかり見えなくなってから、茂みから出るとゾイが口を開いた。

「あれはこの澱みが生み出した魔瘴の本体。……言い方を変えれば呪いの塊やな」
「呪い……」
「そうや。この澱みは魔界ここある言うても魔界ここだけのもんやない。人間界の澱みもここに溜まるんよ。俺らがいくら抑え込んどっても、人間ちゅー生きもんはほんに澱みを増幅させよる」

憎しみを込めたような表情で言うゾイを咲は直視できないでいた。
確かに人間は身勝手だ。
地位と名誉の為ならば自分の手を汚してでもいいと言う者も多い。その為の犠牲は仕方ないと詫び入れることもしない。

そんなことを繰り返した結果がだ。

「こりゃ、一旦帰って魔王に報告やね」
「……はい」

なんとも不意に落ちない結果だが、咲にはどうすることもできない。
役に立つように頑張ろうとした矢先にこれだ……
人間の生み出したものを人間である自分が処理できない。
その事実が重くのしかかった。

項垂れるようにしながら森の出口までたどり着くと、どこからか話し声がするのに気が付いた。

「ゾイさん何か話し声聞こえません?」
「…………………………………………」

前を歩くゾイに咲が問いかけても返答はない。

「ゾイさん?」

顔を覗き込むようにして再度問いかけたが、その顔は険しく毛が逆立っていて明らかにただ事ではない事を示していた。
咲は素早く顔を上げ、声のする方に耳を傾けた。

けれど何を話しているのかは分からない。

「もう少し近くで──……」
「あかん!!」

もう少し行けば聞こえそうだったのにゾイに止められた。

「お前は動くんやない。絶対や。いいな?」

渾身の睨みをきかされ、咲はうんうんと首を縦に振る事しかできなかった。
どうやら思っているより事態は深刻らしい。

(ゾイさんがこんなに慌てるなんて……)

一体誰が何を話しているんだろうか……

心底気になるが、下手に動くと自分の身の方が危ないので動けない。

「──チッ!!面倒な奴らがきおったわ」
「え?ゾイさんの知り合いですか?」
「知り合いやないわ!!」

あれ?違った?

ゾイの口ぶりから知り合いかと思ったが違うようだ。
そんなやり取りを繰り広げている間に、話し声はこちらの方に近づいてくる。

「くそっ!!──おい。絶対に声出すんやない。ええな?」

必死に身を屈め木陰に隠れながら言うゾイの表情は鬼気迫るものがあり、咲はそれに従うしかなかった。

そして、その声がはっきり聞こえる距離まで来て、ようやくゾイが慌てていた理由が分かった。

「……え?人間……?」

しかも聖職者であることを示すようにキャソックを着ている。

「ああ、奴らは教会のもんやな……」

険しい顔をしながら睨みつける先には教会の人間がいる。
そしてようやく何を話しているのか咲の耳にも聞こえてきた。

「それにしても、本当に不気味な森ですねぇ。大丈夫なんですか?」
「ああ、安心しろ。この森の主を我らのものにすれば司教様も喜んで下さるだろう」
「そうですよね!!そうすれば、魔界はおろか人間界も──……!!」
「それ以上は言うな!!誰が聞いているかわからんだろう」
「大丈夫ですよ~!!こんな瘴気まみれの森に入れるのなんて我々神力を持ったものか聖女様ぐらいでしょう?」
「それもそうだな!!」

「あはははは」と笑う男の手には禍々しい色をした石が握られていた。
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