悪女の嗜みは婚約破棄から

甘寧

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断罪からの婚約破棄

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「エレーヌ・カルフォン!!貴様との婚約を今この場で破棄する!!そして、新たにリンゲン子爵令嬢であるルゼと婚約する!!!」

唾を飛ばさんばかりに怒鳴っているのは、この国の王子であるアラン・ルイ・ロンズデール。
その隣にはわざとらしく肩を震わせているルゼ・リンゲン子爵令嬢。

そして、断罪されているのは国王陛下の側近で秘書官を父に持つエレーヌ・カルフォン侯爵令嬢だ。

本日は年に一度の王家主催の舞踏会の日。
会場である王城には沢山の貴族がこぞって集まってきている。
そんな日に起こった、王子の暴挙に周囲の人達はガヤガヤと騒ぎ出し、エレーヌの父であるカルフォン侯爵は射殺さんばかりの眼力で睨みつけていた。

「ルゼに対して行った愚行の数々、決して許されるものではない!!」

更に鼻息荒く捲し立てるアランにエレーヌも黙っていられず、口元を覆っていた扇をパチンと畳むと、アランを睨みつけた。

エレーヌは容姿端麗だが他者を寄せ付けない雰囲気を持っている。更には普段から物事をはっきり言う性格で、それは王子であるアランだろうと関係ない。

「婚約破棄の件はお受け致しましょう。私とて、こんな公然の場で恥も外聞もなく自身の浮気を堂々と口にする殿方など御免ですから」
「なっ──!!!」
「それと、貴方!!えっと……ハゼさん?」
「ルゼよ!!!」

エレーヌがわざとらしく名前を間違えると、分厚い顔の皮が少し剥げた。
横にいるアランはルゼの変化を気にする素振りは無い。
恋は盲目とはよく言う……

「ああ~、申し訳ありません。私、無駄な事が嫌いな性分でして、今後呼ぶことのないであろう名を覚えるのは無駄でしかありませんでしょ?」

コテンと頬に手を当て首を傾げれば、みるみるうちにルゼの顔色が赤く染ってきた。

「因みに何ですが、ルゼさんに行ったと言う私の悪行の数々とやらをお聞かせ下さる?」

そう言うエレーヌに、アランは得意げに鼻で笑いながら調査書を開き、一つ一つ丁寧に説明してくれた。

最後まで聞き終えたエレーヌは盛大に溜息を吐いた。

「殿下……貴方、本当にそれを私が行ったと思っているのですか?」
「目撃者もいる!!今更言い訳など通用せんぞ!!」
「言い訳云々の前に、本当に私だとお思いなのですね?」
「くどい!!!そうだと言っているだろう!!」

エレーヌはこれ以上は何を言っても無駄だと思い、再び溜息を吐いた。
チラッと玉座に座る国王に目配せすると、残念そうに頷いた。

「まったく……幼い頃からおつむが足らないとは思っておりましたが、これ程までとはガッカリです」
「なっ!!!」

流石に頭が悪いと言われたことには気づいたらしく、顔を真っ赤にさせながらエレーヌを睨みつけた。

「まずは何から訂正しましょうか?悪口を吹聴した件から参りましょう。ハゼさん、私はなんて吹聴したのかしら?」
「ルゼよ!!!えっと……そうだわ、何人もの男をはべらかす尻軽だって言われたわ……だって、ルゼが可愛いから男性が集まって来ちゃうんだもん」

下手くそな泣き真似をしながらアランの胸に寄りかかるルゼに鼻下をだらしなく垂れ伸ばしたアラン。

話の前半と後半の温度差が激しいですが、そこは良しとしましょう。

「私はそんな事致しません」
「お前!!この期に及んで!!」
「私の性格をご存知の殿下ならこんな五歳児でもつかない嘘見抜けると思っていたのですが……」
「はぁ!?」

馬鹿にされた事が気に食わなかったのか先程までメソメソしていたルゼが顔を上げてエレーヌを睨んでいる。

「まず、私は吹聴なんて卑怯な真似は致しません。悪口でも言いたいことがあるのなら本人に直接伝えます。直接伝えたほうがスッキリしますでしょ?」

エレーヌの応えにアランは何も言い返せないでいた。

「じゃ、じゃあ!!教科書を破ったり、鞄を切り付けたりしたのはどうなんだ!!」

ルゼを庇おうとアランが次の容疑を吹っかけてきた。

「それも有り得ませんわ。教科書などの学園の備品は我がフェスター家が支援金を出資しておりますの。わざわざ実家の金をドブに捨てるような勿体ないことは致しません。更に鞄ですが、こちらは国からの物になります。国から、要は国王陛下からの祝いの品。そのような物に手を出したら首が飛びますわよ?」

黙って聞いていたアランは時折「あ」だの「そうだった」だの呟いていたが、そんな事はどうでもいい。

当のルゼも雲行きが怪しくなってきたのが分かったのか、顔色が優れない。

「黙れ!!では、ルゼを階段から突き落としたのはどうだ!!これは目撃者もいる!!言い逃れできないぞ!!」

それでもめげずに食らいついてくるアランは素晴らしい。
この根強さを他に活かして欲しかったと心底思う。

「はぁ~……それこそ有り得ませんね」
「なにッ!?」
「殿下、お忘れですか?私は中途半端な事は致しませんよ?危害を加えるのなら階段から突き落とすなんて生ぬるいことは致しません。一生世間に顔見せ出来ぬ程の傷を負わせるぐらいしますわよ?」

エレーヌは仲良く抱きついている二人を睨みつけながら言うと、二人の肩がビクッと震えた。
後ろの方では数名が会場を出ようとしているようだが、騎士に止められている。
きっとルゼに唆されこの事件に手を貸した者達だろう。

(手を貸した時点で同罪ですからね)

そろそろ頃合だろと、エレーヌはアランが忘れているだろうすべき問題を教えてやる事にした。

「殿下……ああ、もう殿下ではなくなりますわね」
「「は?」」

二人は同時に声を上げた。

(ふふっ、仲がよろしいこと)

「貴方が今の地位に居着いていられたのは私という存在があったからなのですよ?」
「何を言っている……?」

急激にトーンダウンし困惑の表情に変わってきた。

「お忘れですか?この婚約の条件。貴方はこの国のトップには相応しくない。ですが、王位継承権は残念な事に第一王子の貴方にある。そこで、陛下と側近である父により貴方の楔となりうる婚約者として私が選ばられたのです。要は次期国王になるには私という楔が絶対条件なのですよ」

そう。経済や財政などに無関心なアランだけではこの国は破綻する。
エレーヌはアランが間違った方向へ行こうとすれば、道を正す。困った時には黙って支える。そんな役目を承っていた。
その為、アランが国王になった際に困らぬ様エレーヌは妃教育の他にも経理や外交まで幅広く手を付けていた。

そんな事とは露知らぬアランは口をパクパクとさせて慌てている様子。
隣のルゼは意味がわからないと言う表情でアランとエレーヌを交互に見ている。

「まあ、そういう事なので、貴方は自らその地位を手放したという事になりますね」

「残念です」と呆れながら言うと、アランからとんでもない言葉が飛び出した。

「そ、そういうことならお前と結婚はしてやってもいい!!」
「は?」
「仕方ない、王妃はお前でいい。ルゼは側室して迎える事にしよう!!そうすれば丸く収まる!!」

得意げに話す姿は愚か者そのもの。
この期に及んで自らの恥を重ねる気でいるらしい。
ルゼはそのアランの言葉を聞いて信じられないような者を見る目で見ている。

エレーヌは呆れを通り越して、口を開く気も起きない。
そんなエレーヌの代わり、玉座から怒号が響きわった。

「いい加減にしろ!!!貴様は自分が何を言っているのか!!!これ以上恥を晒すな!!!」
「し、しかし、父上……!!!」
「黙れ!!!」

一喝され、顔面蒼白になりながら黙った。
そして、この愚か者達を断罪する時が来た……

「今しがたエレーヌ嬢が話した事は全て事実だ。貴様にはこの国を任せることはできん」

エレーヌは黙って国王の言葉に耳を傾けている。

「第一王子である我が息子アランは王族籍を剥奪、当然王位継承権も返上の上、国外へと追放する!!!」
「なっ!!!父上!!!!」

その言葉に会場にいた者達はガヤガヤと騒ぎ出した。
アランは縋るように陛下の元に駆け寄った。

「ち、父上、違うのです!!私はあの女に騙されて!!!」
「はぁ!?」

まさかの掌返しでルゼを悪者に仕立て挙げ始めたアラン。ここまで来るといっその事清々しい。
まさか自分に火の粉が飛んでくるとは思ってもみなかったルゼは完全に仮面が剥がれ、口汚い言葉で罵り始めた。

「ふざけんじゃないわよ!!あんたが国王になるって言うから、わざわざ嫌がらせをでっち上げて奪ったのにこれじゃあ意味が無いじゃない!!」

おやおや、勝手に自白をしてくれましたね。

「ルゼ……?」
「触んじゃないわよ!!あぁぁぁぁもう最悪!!あんたなんか王子って肩書きがなきゃ顔がいいだけでただの出来損ないじゃない!!私の人生どうしてくれんのよ!!」

アランがルゼに触れようとしたが、その手は無情にも勢いよく叩き落とされた。
更にルゼの汚物を見るかのよう眼にアランの心は打ち砕かれたらしくその場にしゃがみこみ、俯きながらブツブツ訳の訳の分からない事を呟いている。
ルゼは今だに騒いでいるが、アランと仲良く騎士に引き摺られながら会場の外へと出て行った。

「エレーヌ、愚息が済まなかった……」

陛下が深々頭を下げた。

「いいえ。陛下が謝ることではありません。私のが行き届かなった結果ですわ」
「うむ。流石儂が見込んだだけあるな。このままお主をみすみす手放すのは惜しい……どうだろうか、第二王子であるレオンと婚約しなおすというのは?」

国王はニヤッと不敵な笑みを浮かべながら提案してきた。
第一王子であるアランが王位継承権を失ったという事は、第二王子であるレオンがその座を引き継ぐ事になる。

レオンはアランと歳が一つしか違わない為、幼い頃は三人でよく遊んだものだ。

更にレオンはアランとは違い、貴族達の評判もよく国を大事に思ってくれる人。
エレーヌは幼い頃からこのレオンの方が国王に相応しいと思っていた。

しかし、第一王子と婚約破棄直後に第二王子との婚約を決めるのは如何なものだろう。
冤罪だとは言え、大勢集まるこの場で問題を起こした事実は変わらない。
更に第二王子と婚約を結んだとなると貴族達からの批判は免れないだろう。

それはきっとレオンにも影響が出る……

「陛下。大変光栄な申し出ですが、私は──……」
「お待ち下さい」

言葉を遮って現れたのは第二王子であるレオンだった。
金色の髪を靡かせ、目鼻の整った天使のような容姿で優しく微笑む姿は男女関係なく目を奪われる。

そんなレオンは迷うこと無くエレーヌの元へ行くと、黙って膝をついた。
流石のエレーヌも驚いて目を見開いたが、そんな事は関係なさそうに微笑んでいる。

「エレーヌ……ようやくです。ようやく貴方にこの想いが伝えられる……」

そう前置きして……

「エレーヌ・カルフォン令嬢。ずっとお慕いしておりました。私の妃になっていただけませんか?」

真剣な眼差しで言い切ったレオンにエレーヌは困惑した。
何故か?それはエレーヌ自身がレオンの求婚を嫌だとは思わなかったからだ。
それでも……

「レオン殿下のお気持ちは大変嬉しいです。ですが、知っての通り先程婚約破棄されたばかりの身。そんな者を傍に置くのは貴方の名に傷が付きます」
「貴方を娶ったぐらいで傷付くような名であれば大したこと無かったと言うことです」
「………………婚約破棄を告げられても泣きもせず論破した可愛げのない女ですわよ?悪女と呼ばれもおかしくありませんのよ?」
「ふふ、悪女ですか……あながち間違っていないかもしれませんね。指図め私は悪女に魅入られた愚かな男。という所でしょうか?」

レオンがそんなことを言うものだから、思わずエレーヌの眉間にシワがよった。
すぐに「冗談ですよ」と詫び入れた様子もなく言うと、エレーヌの手を取った。

「呼びたい者には呼ばしておけばいい。貴方が悪女になるのなら私は貴方を支える悪役に成り下がりましょう」

そう言うレオンの目にはしっかりとした決意が篭っていた。
王子にここまで言わせたのだ。これで断る方がどうにかしている。
エレーヌは覚悟を決め、溜息を吐いてからレオンと向き合った。

「……まったく、今からこの国を支えていくであろう者が悪役になるなど……ですが、そこまでして悪女が欲しいと言うのならば、なりましょう。の悪女に……」

プロポーズの返事とは到底思えない鋭い目付きで言われたレオンは思わずゾクッと全身が震えた。それは恐怖ではなく、悦び、期待からくるもの。

レオンは掴んでいたエレーヌの手を引っ張り自分の元に寄せた。
そして、耳元で囁くように

「もう離しませんから……そちらも覚悟しといてください」

そう呟かれた瞬間、エレーヌの顔が真っ赤に染まった。
レオンは思いもよらない反応に驚いたが、その表情を他の誰かに見られる前に胸の中に閉じ込めた。


断罪からの婚約破棄、更にはスピード婚約。
間違いなく人生で一番濃い一日だった。
しかし、後悔はしていない。

何故なら、この断罪劇が意図的にものだったら?
実は婚約者以外に愛する人がいたのなら?
すべては令嬢の手の内だと知ったら?

「エレーヌ」

まあ、今更知った所で隣で微笑む人はこの手を離さないだろうが……

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