愛しの侯爵様は、究極の尽くし型ロボットでした。

矢間カオル

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48話 トリーの捜査

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「トリー、ご苦労だった。成果はあったのか?」

アーサーの問いに、トリーは明るい茶色の目をキラキラさせて、誇らしげな顔を見せた。

「殿下、そりゃあもう、苦労したんですよ。死ぬかと思いましたよ。でも、その甲斐あって・・・」

トリーの苦労兼自慢話が始まった。



ブランシェット王国は大陸の中部に位置しており、南部のシュド王国との国境には険しい山脈が連なっている。

南部が覇権争いで乱れていた頃、ブランシェット王国が巻き込まれなかったのは、この山脈のお陰でもある。

険しい山々を越えるのは非常に過酷なので、両国間の移動には主に海路が使われている。

トリ―も、シュド王国に行く際は船を使った。

服装に関しては、女性であってもドレスは着ずに、動きやすいズボンにした。

現地に着けば、山道を歩かねばならないので、動きやすさが一番である。

自慢の明るい茶色の長い髪は、邪魔にならないように麻ひもで一括りにした。

シュド王国の港に着いてから、王の実の自生地が記されている地図を片手に移動するわけだが、地図そのものが古い文献から書き写した物なので、現在とは名称が違っている場所が多く、移動にはかなり苦労した。

この地図は、ジェフが書庫で見つけた古い文献を書き写したものなのだが、王の実は極限られた場所でしか自生できないので、今も昔と変わらず、その場所にしか生えていないはずだと言う。

その言葉を信じて、トリーは王の実の自生地を目指した。

途中まで馬を借りて進んだのだが、山道に差しかかると、馬を諦め、徒歩で移動した。

この山道と言うのが、人がやっと一人通れるほどの細く険しい道で、王の実を探すという目的がなかったら、絶対に通りたくない山道である。

息を切らしながら山道を登っていくと、どこからか子どもの泣き声が聞こえてきた。

何故、こんなところに? 

トリーは耳を澄ませて泣き声の位置を探ると、歩いている道から外れた茂みの方から聞こえてくる。

もし、何かあったのなら、助けなくては・・・

トリーは道なき道を、茂みをかき分け、泣き声のする方へと進む。

泣き声の主はすぐに見つかったが、それは八歳くらいの小さな男の子だった。

見ると足を怪我したのか、ズボンが擦り切れ、膝から血が滲んでいる。

「坊や、どうしてこんなところで泣いているの?」

声をかけられた子どもは、ぐすぐすと鼻をすすりながらトリーを見る。

「妹の帽子が風に飛ばされたんだ。追いかけてたら転んでケガして・・・ううっ、痛いよー」

「いったいどこから追いかけてきたの?」

「僕の村からだよ。」

男の子は、山の斜面の上を指さした。

こんな山の中に村があるのか? 

トリ―は驚いたが、まず、子どもの治療が先だ。

持っていた傷薬を塗って、包帯を巻いてあげた。

「さあ、治療は済んだよ。坊や、家までおんぶして送っていくよ。」

だが、子どもは泣きながら首を横に振る。

「だめだよ。まだ妹の帽子をとってない。」

「って、どこにあるの?」

「この上・・・」

男の子が指さす方を見上げたら、木に帽子が引っかかっていた。

うわ~高い所に・・・、これは大変だ・・・

だが、ここまで来たら引き下がりたくないと思うのがトリーなのである。

「よし、坊や、とってきてあげる。お姉ちゃんは、木登りが得意なんだよ。」

騎士の訓練の一つに木登りがあるのだが、こんなところで役に立つとは!

トリーはスルスルと木を登ったが、高い位置に来ると、足場を確認しながら慎重に登り、やっとのことで帽子を掴んだ。

ふう・・・とれた!

降りるときはさらに慎重になる。

こんなところで落ちて怪我でもしようものなら、今まで苦労が水の泡。

無事に木から降りたトリーは、男の子に帽子を渡した。

「お姉ちゃん、ありがとう。」

「ははっ、どういたしまして。じゃあ、家まで送っていくよ。しっかりしがみついてね。」

トリーは男の子をおんぶして、もと来た道に戻ろうとした。

「違うよ。お姉ちゃん、僕の家はこっちだよ。」

「えっ?あっちの道じゃないの?」

男の子に言われた通りに進むと、別の道が現れた。

と言っても、普段人が通らないのか、雑草に覆われ、道とは呼べない道であったが・・・。

この子は、風に飛ばされた帽子を追いかけて、この道を下って来たのか・・・。

トリ―が男の子をおんぶしながら、しばらくその山道を上っていると、驚いたことに、いきなり平地が現れた。

そこには集落があり、民家が数軒点在していて、畑もきちんと整備されている。だが、村と呼ぶにはあまりにも家が少なく人がいない。

こんな山の中でも、人は住んでいるのだな・・・。

トリ―は驚き感心して見ていたのだが、もしかしたら、ここが王の実の管理人の子孫の村なのかもと思うと、心の中に大きな期待が膨らんできた。

トリーは、男の子の家の前に到着すると、男の子を背中から降ろした。

「お姉ちゃん、ありがとう。」

「いえいえ、どういたしまして。ところで、この村の家はこれだけ?」

「うん。そうだよ。僕が生まれる前にみんな出て行っちゃったんだって。今残ってるのは、僕の家族と、いとこの家族だけだよ。」

どうりで人がいなくて活気がないわけだ・・・。

トリーが一人納得していると、男の子が目をキラキラさせてトリーに話かけた。

「あの・・・、お姉ちゃん、もしかしてブランシェットの人?」

「えっ? どうしてわかったの?」

男の子に自分の国を言い当てられて、トリーは一瞬五歳の子どもだと言うことを忘れて警戒する。

「だって、剣がブランシェットの形してるもん。」

ブランシェット王国で使われている剣とシュド王国の剣とは、柄の部分が少し違っている。

ブランシェットは鍔が四角だが、シュドは楕円形なのである。

他にも微妙な差はあるが、子どもの目から見て最も違いが判るのが鍔の部分なのだ。

トリ―はほっと胸を撫で下ろした。

「へえ、坊や、よく知ってるね。」

「うん。僕、ブランシェットのお客さんからもらったんだ。刃が折れて使えなくなったからって。父さんが研ぎ直してくれて短剣にしてくれたんだよ。」

ブランシェットからのお客さん? その剣をなんとかして見れないか?

トリーはカバンから、小さな紙包みを取り出す。

「へえ、そうなんだ。ところで、良かったらお水をもらえないかな? お姉ちゃん喉が渇いちゃった。お礼にこのお菓子をあげるから。」

子どもは紙包みの中のお菓子を見て、わあっと喜び、トリーを家の中に案内した。

家の中には大人はいなくて、妹が一人、兄を待っていた。

男の子が妹に帽子を渡すと、妹はとても喜び、「おねえさん、ありがとう。」と可愛い礼をしてくれた。

「大人はいないの?」

「今仕事に行ってるよ」

男の子が水を用意している間、トリーは家の中の様子をうかがう。

山の中の家とは言っても、部屋の中に置かれている調度品や道具はしっかりしていて、その中に、ブランシェットで売られている物も混じっている。

窓辺には、ブランシェットの子どもたちの間で流行っているブリキの馬のおもちゃも置かれている。

この家の人たちは、ブランシェットの人間と関わりがあるのかもしれない・・・。

「ねえ坊や、さっき言ってた短剣見せてくれる?」

「いいよ。」

子どもは、水と一緒に短剣を持って来た。

「こ、これは・・・。」

トリーはごくりとつばを飲み込んだ。

「ねえ、坊や。この短剣少し古いでしょ。私の短剣の方が新しくてきれいだよ。お水のお礼に交換してあげようか?」

「ほんとに? やったー。」

子どもは喜んでトリーの短剣と交換した。

子どもと別れた後、トリーは大人たちの行き先を探る。

子どもたちと別れる前に、両親はどこに行ったのかと聞くと、子どもは知らないと答えた。

子どもは行ってはいけない場所だから、行ったことがないと言う。

おそらくそれは・・・

大人たちの行った先を見つけたければ、足跡を見つけて追えばいい。

足跡はすぐに見つかり、その後を追うと、この村に来た道よりもさらに急勾配の道に出た。

急こう配の道を上って行くと、最後は崖にたどり着いた。

この崖の上に探し求めるものがあるのだろうか・・・。

トリ―は汗を拭き、息を整え耳を澄ませる。

崖の上から人の声が聞こえた。

おそらく、あの子どもたちの両親だろう。

収穫が終わったようで今から帰るつもりのようだ。

トリ―は急いで身を潜めた。

背中に布袋を背負った男女が器用に崖を降りてくる。

よく見ると、崖を上りやすいように、足場が点々と作られている。

これならなんとか上れそうだ。

男女が通り過ぎた後、トリーは足場を確認しながら崖を上った。

足場はしっかりと作られていて、思ったよりも上りやすい。

崖の上に立つと、トリーは目の前の光景に胸が躍った。

「わー、何これ? これが王の実の花?」

極限られた狭い範囲であるが、崖の上には見たことがない黒い花が咲いていた。

よく見ると、咲いている花は少なく、既に実を結んだものや、これから咲く蕾もあり、どうやらこの花は一斉に咲くという種類ではないようだ。

しかも、種は熟すと弾けるタイプのようで、弾けて種のない房があちこちに見える。

収穫するには、はじける前に採らねばならず、何度もこの場所に足を運ぶ必要があるようだ。

トリーは、まだ熟していない青い実を摘んでポケットに入れた。

さあ、帰ろうと思ったところで、後ろから誰かに羽交い絞めにされた。

「えっ? なっ・・・」

抵抗しようにも、絞められた力が強く、動くことができない。

トリーは、首元を手刀で打たれ、そのまま意識を失ってしまった。

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