愛しの侯爵様は、究極の尽くし型ロボットでした。

矢間カオル

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66話外伝 あなたの腕の中で4 薬草の約束

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「アデルお帰りなさい。皆さんもよく来てくれましたね。さあ、入ってください。」

アデルの母親は、事前にエドワードたちが来ることを知らされていたようで、驚く様子もなく三人を迎えてくれた。

屋敷の中は、狭いながらも手入れが行き届き、花瓶に活けられた花が部屋に彩を添えている。

アデルと同じピンクゴールドの髪を一つにまとめているアデルの母マーゴットは、海のような青い瞳でにっこりと微笑んだ。

「たいしたものはありませんが、昼食を召し上がってくださいね。」

皆が食卓の椅子に座って待っていると、使用人がスープとパン、肉とサラダを一人一人の目の前に置いていく。

貴族にとっては極普通のメニューなのだろうが、平民にとってはなかなかのご馳走である。

エドワードもフレッドもカイルも、礼を言って食べ始めた。

エドワードは食事をしながらも、周りを観察する。

貴族にしては小さな屋敷、数少ない使用人、貴族令嬢が女医を務めている・・・

やはり一般の貴族とはずいぶんと違っている。

実は一目ぼれしたアデルのことが気になって、エドワードはこの一週間でアデルのことをこっそりと調べていた。

一般の貴族とはずいぶんと違っているブルクハルト男爵家であるが、それは、男爵位を叙爵された理由に関係する。

二百年ほど前、この国に、伝染病が蔓延し、多くの死者が出た。

働き盛りの農民の犠牲者も多く、各領地の農産物の収穫が激減してしまったのである。

ところが、王家の直轄領の一つには、ほとんど死者が出ず、いつも通りの収穫量があり、経済の滞りもなかった。

理由を調べると、直轄領の町医者が先頭を切って伝染病対策の指導に当たり、マスクの着用、手洗いうがいを推奨し、食物は必ず火を通して食べることを領地に広め、感染者は初期に隔離することを徹底し、金の有る無しに関わらず薬を投与した。

そのお陰で、この領地の被害は最小限に抑えられたのである。

国王は、町医者の功績を称え、男爵位の称号を授与し、もっとも被害が多かった王都に招き入れ、平民のための病院を作った。

その当時の王と町医者の約束事で、男爵位を継ぐ者は必ず町医者になって平民のために尽力し、王は公費で医療活動を支援することになった。

それ故、アデルの病院では、平民の一食分程度の費用で治療が受けられるのである。

しかし、公費で支援されているとは言え、贅沢ができるほどの額ではない。

貴族の屋敷に出向いて治療にあたる医者の方が、よっぽど高額な治療費と薬代が請求できるので収入は多い。

ブルクハルト男爵家は、それにも関わらず王との約束を守り、代々貴族のための医師にはならず、平民のための医師として働いているのである。



アデルが女だてらに医師を職業としているのは、現在、ブルクハルト男爵には後継者がアデル一人しかいないからだろうか・・・。

それとも、医師の仕事が好きなのだろうか・・・。

アデルを見ていると、どうも後者のように思えるが・・・。

エドワードが考え事をしながらスープを飲んでいるとき、アデルが話しかけてきた。

「ところでエドさん、前回病院に来た時、熱があるようでしたが、あれからどうなりましたか?」

エドの胸がドキンと高鳴る。

ああ、覚えていてくれたんだ・・・。

「結局たいしたことはなく、寝たらすぐに良くなりました。薬をもらうほどではなかったのです。」

「そうですか・・・。良くなって良かったですね。」

アデルとエドワードが薬の話をしているのを聞いて、マーゴットがふと思い出したように話し始めた。

「そうそう、薬のことなんだけど・・・、今日、カールさんから手紙が届いて、しばらく薬草が届けられないって書いてあったのよ。なんでも、ケガをして薬草をとりに行けないらしいわ。」

「まあ、困ったわ。カールさんの薬草、質が良くて安いのに・・・。」

二人の会話を聞いて、エドワードが口を挟んだ。

「他から取り寄せることはできないのですか?」

「取り寄せることはできるけど・・・、カールさんのと比べると、とっても高いのよ。私がとりに行こうかしら・・・。」

「アデルさんが?」

「ええ。時々、薬草が足りなくなったら、森に探しに行ってるのよ。」

「ああ、それなら・・・」

エドワードはピンッと閃いた。

「私の知っている場所に、薬草がたくさん生えてますよ。案内しましょうか?」

「まあ、本当ですか? よろしければぜひお願いします。」

アデルは目を輝かせてエドワードに頼んだ。

かくしてエドワードは、アデルとのデート?を約束することができたのである。

この後は、皆で楽しくおしゃべりしながら食事を楽しんだのであった。



「殿下、いくら気に入った令嬢だからと言って、王家の森に誘うのはどうかと思うのですが・・・」

王宮に戻ると、フレッドがエドワードに意見した。

「だが、彼女は困っていたではないか。それに、ブルクハルト男爵家には公費で支援することが決まっているのだから、なんら問題はないだろう?」

「それはそうですが・・・、でも、殿下は平民のエドとして接しているのですよ。平民が王家の森に入るなど、おかしいでしょう?」

「ははっ、王家の森だとバレなければいいんじゃないか?」

「・・・」

フレッドは黙ったが、とても納得できたとは言えない顔をしていた。



王家の森とは、王城の北側に位置する森で、王家の狩場であり、キノコや木の実など、この森でしか採取できない貴重な食材もある。

各地の薬草を移植しているので、薬草の種類も豊富なのである。

しかし、その食材や薬草を目当てに不法侵入する悪党もいるので、森の管理人が毎日目を光らせているのだ。

もし、アデルが一人で森に入れば、すぐに捕らえられ罪に問われるが、事前に森の管理人に伝えた上で、エドワードと一緒に入れば、なんら問題はないのである。



二日後の早朝、エドワードは平民用の質素な馬車で、ブルクハルト男爵邸にアデルを迎えに行った。

御者はフレッドとカイルが任されている。

「アデルさん、おはようございます。」

エドワードの声がとても明るい。

玄関から出てきたアデルは、白いブラウスに薄水色のスカートで、とても爽やかな印象である。

いつもは一つにまとめてるピンクブロンドの髪を、今日は背中に垂らしていて、いつもより少し幼く見えて可愛らしい。

エドワードは、アデルの姿にドキリとする。

「おはようございます。エドさん。馬車を借りてくれたんですね。費用が高かったのではありませんか?」

馬車を貸し切りで使うには、それなりに値段が張る。

一般の平民で金持ちそうに見えないエドワードのことを、アデルは本気で心配している。

「実は、親方から借りたので大丈夫なんです。」

「まあ、そうなのですね。優しい親方なのですね。」

アデルには、昼食をごちそうになったときに、仕事は大工だと伝えていて、彼女はすっかりそれを信じていた。

エドワードがアデルと一緒に馬車に乗り込み席につくなり、エドワードは顔の前で手を合わせて申し訳なさそうに話し出す。

「あの・・・、今から行く森は親方に教えてもらったんですが、他人を連れて行くなら場所を特定されないようにしろって言われて・・・、すみません、カーテンを閉めるように言われたんです。」

エドワードはそう言って馬車のカーテンを閉めた。

「まあ、そうなのですね。親方に言われたのでは仕方がないですね。」

薄手のカーテンなので光が入り暗くはならないが、外の景色を見ることはできず、これではどこを走っているかわからない。

「エドさん、今日は本当にありがとうございます。おかげで助かりましたわ。」

「あの・・・、エドさんではなく、エドで良いですよ。アデルさんの方が身分が高いですし・・・。」

「そうですか? それなら私のこともアデルと呼んでください。」

「えっ?でもそれは・・・。」

「身分のことは、二人でいるときは気にしないでください。その方が話しやすいですし、お互い様ですから。」

「では、お言葉に甘えて・・・。ア、デ、ル?」

「はい。なんですか? エド?」

初めて名前で呼び合った瞬間、エドワードは天にも昇るような気持ちになった。

アデルアデルアデル・・・なんて素敵な名前なんだ!

エドワードは、心の中で涙を流してガッツポーズをするのだった。

馬車の中でそのような会話がされていることも知らず、御者担当のフレッドは、王家の森だと悟られないように、遠回りをして王家の森に入った。
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