46 / 46
終章
狐番の秘密 2
しおりを挟む
京都市左京区北白川。
如意ケ嶽の大文字をバックに、小汚いマンションが朝日を浴びている。
紬は来客用駐車場に停めた車のドアを閉めると、表情を引き締めて、通いなれた眼前の建物を見上げた。その隣には、黒い猫又と若い妖狐がふわふわと浮いている。
「ここがキツネバンの巣~?」
と尋ねてきたのは妖狐の岡丸だ。
「そう。九尾になった岡丸を私と一緒に助けてくれた狐坂さんの家だよ」
紬は答えながら、二匹を従えてマンションに足を向ける。しかし、岡丸は不思議そうに首を傾げ、小さく唸って言った。
「九尾になったおいらを……? う~ん……。誰だっけ? おいら、あんまり覚えてないや……」
「ああ、そっか。岡丸は元に戻った後、ずっと寝てたから、狐坂さんと一緒にいた記憶がないんだね」
紬は事件の日のことを思い出して答える。あれからすでに半月が経っていたが、実は事件後、紬は喬とまだ一回も会っていなかった。ゆえに、岡丸が喬の顔と名前を一致させられないのは当然のことである。
「うん……。でも、それなら、おいらはその人間にお礼を言わなきゃね」
という岡丸の言葉に、紬は階段を上りながら頷いた。
「そうだね。そのためにも、狐坂さんには部屋の外に出てきてもらわないと……」
紬の目は険しい光を帯びている。
陰陽師協会に新たな妖狐絡みの依頼が舞い込んだのは一昨日のことだ。しかし、紬は喬に電話を無視され続けているせいで、まだ彼に協力を要請できていなかった。あの事件の後、事情聴取から逃げたことを私に咎められると思っているのかもれないが、業務連絡は取れるようにしておいてもらわなくては困る。
「フン。相変わらず迷惑な野郎だぜ」
紬の気持ちを代弁するかのように、千綾が鼻を鳴らして呟いた。岡丸は目を丸くして紬と千綾の表情を見比べながら再び口を開く。
「えーっと……。もしかして、キツネバンって嫌な人間なの?」
「まあ、そうだね……」
紬は喬の部屋に向かって廊下を歩きながら正直に肯定した。
「狐坂さんはだらしないし、へそ曲がりだし、面倒くさがりだし……」
「ええー……」
紬が喬の特徴を思いつくままに列挙すると、岡丸は耳を伏せて驚きの表情を浮かべる。だが、折しも喬の部屋の前に着いたところで、紬は大きくため息をつき、苦笑交じりに一言だけ付け加えた。
「――でも、彼は、誰よりも妖狐のことを想っている人だよ」
そして、扉の前に立った紬は呼び鈴に手を伸ばす。
狐坂さんの秘密を知ったからといって、私の仕事はこれまでと変わらない。私は妖怪が起こすトラブルの解決に全力を尽くし、狐坂さんは自分のやり方で、妖狐の幸せを守ろうと努める。それが陰陽師と目付け役である私たちにとって、理想的な関係なのだろう。
(そりゃっ!)
紬は心の中で掛け声を上げて呼び鈴のボタンを押し、喬が起きて玄関に出てくるのを辛抱強く待った。そして、やっと内側から扉が開いた隙に、紬は彼の腕をガシッと捕まえて言う。
「狐坂さん! 新しい依頼です!」
そこには、「しまった!」という表情を浮かべる、怠惰だが妖狐のためには努力を惜しまない、ひねくれものの狐番の姿があった。
いたずら妖狐の目付け役 完
如意ケ嶽の大文字をバックに、小汚いマンションが朝日を浴びている。
紬は来客用駐車場に停めた車のドアを閉めると、表情を引き締めて、通いなれた眼前の建物を見上げた。その隣には、黒い猫又と若い妖狐がふわふわと浮いている。
「ここがキツネバンの巣~?」
と尋ねてきたのは妖狐の岡丸だ。
「そう。九尾になった岡丸を私と一緒に助けてくれた狐坂さんの家だよ」
紬は答えながら、二匹を従えてマンションに足を向ける。しかし、岡丸は不思議そうに首を傾げ、小さく唸って言った。
「九尾になったおいらを……? う~ん……。誰だっけ? おいら、あんまり覚えてないや……」
「ああ、そっか。岡丸は元に戻った後、ずっと寝てたから、狐坂さんと一緒にいた記憶がないんだね」
紬は事件の日のことを思い出して答える。あれからすでに半月が経っていたが、実は事件後、紬は喬とまだ一回も会っていなかった。ゆえに、岡丸が喬の顔と名前を一致させられないのは当然のことである。
「うん……。でも、それなら、おいらはその人間にお礼を言わなきゃね」
という岡丸の言葉に、紬は階段を上りながら頷いた。
「そうだね。そのためにも、狐坂さんには部屋の外に出てきてもらわないと……」
紬の目は険しい光を帯びている。
陰陽師協会に新たな妖狐絡みの依頼が舞い込んだのは一昨日のことだ。しかし、紬は喬に電話を無視され続けているせいで、まだ彼に協力を要請できていなかった。あの事件の後、事情聴取から逃げたことを私に咎められると思っているのかもれないが、業務連絡は取れるようにしておいてもらわなくては困る。
「フン。相変わらず迷惑な野郎だぜ」
紬の気持ちを代弁するかのように、千綾が鼻を鳴らして呟いた。岡丸は目を丸くして紬と千綾の表情を見比べながら再び口を開く。
「えーっと……。もしかして、キツネバンって嫌な人間なの?」
「まあ、そうだね……」
紬は喬の部屋に向かって廊下を歩きながら正直に肯定した。
「狐坂さんはだらしないし、へそ曲がりだし、面倒くさがりだし……」
「ええー……」
紬が喬の特徴を思いつくままに列挙すると、岡丸は耳を伏せて驚きの表情を浮かべる。だが、折しも喬の部屋の前に着いたところで、紬は大きくため息をつき、苦笑交じりに一言だけ付け加えた。
「――でも、彼は、誰よりも妖狐のことを想っている人だよ」
そして、扉の前に立った紬は呼び鈴に手を伸ばす。
狐坂さんの秘密を知ったからといって、私の仕事はこれまでと変わらない。私は妖怪が起こすトラブルの解決に全力を尽くし、狐坂さんは自分のやり方で、妖狐の幸せを守ろうと努める。それが陰陽師と目付け役である私たちにとって、理想的な関係なのだろう。
(そりゃっ!)
紬は心の中で掛け声を上げて呼び鈴のボタンを押し、喬が起きて玄関に出てくるのを辛抱強く待った。そして、やっと内側から扉が開いた隙に、紬は彼の腕をガシッと捕まえて言う。
「狐坂さん! 新しい依頼です!」
そこには、「しまった!」という表情を浮かべる、怠惰だが妖狐のためには努力を惜しまない、ひねくれものの狐番の姿があった。
いたずら妖狐の目付け役 完
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています
六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。
しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。
「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!
幻獣保護センター廃棄処理係の私、ボロ雑巾のような「ゴミ幻獣」をこっそり洗ってモフっていたら、実は世界を喰らう「終焉の獣」だった件について
いぬがみとうま🐾
ファンタジー
「魔力なしの穀潰し」――そう蔑まれ、幻獣保護センターの地下で廃棄幻獣の掃除に明け暮れる少女・ミヤコ。
実のところ、その施設は「価値のない命」を無慈悲に殺処分する地獄だった。
ある日、ミヤコの前に運ばれてきたのは、泥と油にまみれた「ボロ雑巾」のような正体不明の幻獣。
誰の目にもゴミとしか映らないその塊を、ミヤコは放っておけなかった。
「こんなに汚れたままなんて、かわいそう」
彼女が生活魔法を込めたブラシで丹念に汚れを落とした瞬間、世界を縛る最凶の封印が汚れと一緒に「流されてしまう。
現れたのは、月光を纏ったような美しい銀狼。
それは世界を喰らうと恐れられる伝説の災厄級幻獣『フェンリル・ヴォイド』だった……。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
最新話まで拝読しました。
陰陽師協会の設定がしっかりと作り込まれていて、実在する組織と思えるくらいです。
仕事熱心な主人公と、怠惰な相棒……と見せかけて、実は情に厚い喬さんが素敵です。
そしてもふもふ。四つの灰色毛玉が飛び出してきたところは可愛すぎてたまらなかったです。
素敵な感想ありがとうございます。
リアリティとキャラクターにはこだわって書いていたので、そう言っていただけると大変嬉しいです。色々と取材したかいがありました。これからも良きもふもふをお届けできるよう頑張ります!
動物まみれで幸せです😃💕かわいい♥
感想ありがとうございます!
もふもふは最高!😆