いたずら妖狐の目付け役 ~京都もふもふあやかし譚

ススキ荻経

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終章

狐番の秘密 1

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「聞いたよ。狐坂くんの生い立ち。やっぱり彼はぼくの遠い親戚だった」

と土御門先輩が紬に話しかけてきたのは、事件から一週間がたったある日のことだった。事務所のデスクでキーボードを叩いていた紬はパッと顔を上げ、興奮の面持ちで彼を振り返る。

「ご親族の方から話が聞けたんですね! 土御門先輩が京都本部にいてくださって本当に助かりました!」

 そう言って早くも深々と頭を下げた紬に、土御門先輩は慌てた様子で手を振って付け加えた。

「いやいや! あくまで又聞きだから、どこまで確かな情報かは分からないけどね」
「いえ。それでも、土御門先輩がいらっしゃらなかったら、狐坂さん本人から話を聞くことはできなかったでしょうし」

 紬は不思議な巡りあわせに感謝して続ける。その足元では、紬がしばらく保護して様子を見ることになった岡丸と、千綾の二匹がキャッキャと仲良くじゃれ合っていた。
 土御門先輩はつるつるの頭を撫でながら苦笑を浮かべて頷く。 

「それは確かにね……。だけど、このまま彼の背景を知らないまま、一緒に仕事を続けるのは難しいのも事実だ。というわけで、狐坂くんには悪いけど、紬ちゃんにはさっそくぼくの調査結果を報告させてもらおうかな」

 そして、土御門先輩は咳払いをすると、野帳と呼ばれる野外調査用の小さなノートを開き、そこに記された喬の来歴を順を追って語り出した。



 土御門家に嫁入りした元狐番の母の一人息子として生まれた喬は、幼いころから土御門家の後継として期待され、当然のように陰陽道の英才教育を受けて育った。
 そんな喬がはじめての式神として、妖狐の子供を父親から与えられたのは、わずか六歳の時。それ以後、喬は四六時中その妖狐と一緒に生活するようになった。陰陽師の訓練を受ける時はもちろん、妖怪が見えない学校の友達と遊ぶ時でさえ――。苦楽を共にした妖狐の式神は、いつしか喬にとって、自分の体の一部のようにかけがえのない存在になっていった。
 だが、喬が十歳の時、彼の人生を一変させた、ある悲劇が起こる。
 きっかけは、喬のクラスメイトのが学校に精巧なモデルガンを持ってきたことだった。もし喬が、式神の妖狐の死因が「猟銃による射殺」だったということを事前に知っていたら、あるいは結末が変わっていたかもしれない。しかし現実には、喬は友達とその新しいおもちゃを使って戯れ、軽率にも、撃たれて倒れる真似をしてしまったそうだ。
 それを見た妖狐の脳裏には、恐ろしい記憶が鮮烈によみがえったに違いない。そして、喬が気がついた時には、妖狐はどす黒い霧をまとった姿に変貌し、モデルガンを手にした友達に襲いかかっていた。
 妖狐は喬の静止も聞かず、友達が意識を失うまで攻撃をやめなかった。妖狐が落ち着きを取り戻し、その体から自然に邪気が抜けるまではわずか数分程度だったというが、彼の式神は危うく人を呪い殺してしまうところだったらしい。
 問題となったのは、トラブルを起こした妖狐の処遇である。この件を巡って、喬の両親の間では意見が真っ向から対立した。母は妖狐がトラウマを刺激されさえしなければ普段は優秀な式神だからと、夫に情状酌量を求めた。だが、父はどこまでも無慈悲で厳格な陰陽師であり、いつ暴走しだすか分からない妖狐を息子のそばに置くことを許さなかったそうだ。
 結局、妖狐の式神は喬の目の前で、父の手によって情け容赦なく祓われた。
 喬が深い絶望の淵に沈んだのは言うまでもない。その日を境に、喬は陰陽師の訓練を完全に拒絶し、父と一切口を利かなくなった。また、息子の教育方針を巡って、両親の間の亀裂はますます大きくなった。それから一年足らずで、喬は母と一緒に土御門家を出ることになったそうである。



「ぼくが知り得た情報はこれだけだよ。土御門家を出た後、狐坂くんがお母さんと二人でどんな生活を送っていたのかは、親族の誰も知らなかった」

 土御門先輩はパタンと野帳を閉じてそう締めくくった。紬はしばし沈黙してから、小さくため息をついて呟く。

「あの人がそんな過去を隠していたなんて……。狐坂さんが陰陽師を快く思っていなかったわけがようやく分かりましたよ……」
「あはは……。確かに……」

 土御門先輩は困り顔で額に手を当てて笑った後、ちらりと岡丸に目を向けて続ける。

「――でも、彼が独学で折符を使った邪気の浄化法を開発したのは驚くべきことだよ。おそらく、式神の妖狐を守れなかったことをずっと後悔し続けていたんだろうね……」
「まあ、それは間違いないでしょうね。彼は折り紙のデザインを長年研究していたそうですから」

 紬は岡崎神社で喬と腕を引っ張り合ったことを思い出し、ふっと口元を緩めた。

(ああ。なんだかんだで、私と狐坂さんは似た者同士だったんだな……)

 紬はしみじみとそんなことを思う。すると、途端に嬉しいような馬鹿馬鹿しいような変な気持ちが溢れてきて、紬はクスッと笑い声を漏らしたのであった。
 
 ***
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