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長かった一日
しおりを挟む馬車に乗りながらミレールはしばらく呆然としていた。
椅子に座ったまま、ぼーっと空中を眺めて、これまでのことを思い返していた。
(なんて……なんて濃い一日だったのでしょう……半日ほどしか王宮にいなかったのに……、色んなことがあり過ぎて、頭がパンクしそうですわ……)
(ノアには恥ずかしい所ばかり見せてしまいましたが……最後にああ言ってもらえた、ということは……がっかりしてはいないと受け取っていいのかしら……?)
『寝ないで待っててくれるか?』
思い出しただけで叫んでしまいそうなほど、言われた言葉を何度も何度も心の中で反芻して嬉しさを噛み締めていた。
(ノアが、わたくしとの同衾を嫌だと思っていない……それだけで嬉しくて救われた気分になりましたわ)
他の友達からも自分の経験からも、大体はみんな結婚前のほうが優しかったと答える。自分の周りが、釣った魚に餌をやらないタイプの男性が多かったのか、杏も例に漏れず、夫はそのタイプの人間だった。
だがノアは全くの真逆だった。
(ノアは結婚してからのほうが優しいですし、わたくしを気遣い尊重してくれますわ。こんな夢のような理想の男性がいたなんて……、これでは離れるどころか、ますますのめり込んでいってしまいます)
『楽しみにしている』
またまたノアの台詞がパッと頭に浮かび、かぁーと顔が熱くなる。
リップサービスだとわかっているのに、浮き立つ心を抑えられない。
義務だと思っているに違いないであろう夜の営みを、ノアが楽しみだと言ってくれてたことが、この上なく嬉しかった。
両手で口元を覆いながら、高まる多幸感を抑えることができなかった。
(はぁ……、少し落ち着かなくては。あまり舞い上がりすぎていると、あとでショックが大きそうですから。ノアは犯人に繋がる証拠を見つけられて嬉しかったから、思わずわたくしを抱きしめてキ、キスまでして……あんな大胆な発言をしたにすぎません。そうですわ……以前も、そうでしたから……)
以前の夫は優しくなかったが、それでも好きになった相手なので、杏はどうにかセックスレスを解消しようと奮闘していた。
次の子供も欲しかったし、夫婦なのに何年もそういった触れ合いがないことが寂しかったからだ。
しかし、夫の反応は冷たかった。
子供が寝たあとに、杏が隣で寝ていた夫に抱きつこうと手を伸ばしたが、やんわりと手を払われた。
その瞬間、ひどいショックを受けたことは今でも忘れることができない。
さらに夫はレス生活を続けながら、風呂場や自室では自慰行為をしていたのだ。
ある日この事実を知ったとき、かなりのショックを受け、目の前が真っ暗になった。
杏との行為をあれだけ拒否しておきながら、隠れた場所では自分で欲を発散している……
もうそれだけで、杏の女としてのプライドはズタズタに引き裂かれた。
『この人にとって、私はもう……女じゃないんだ……』
一度傷ついた心は、なかなか修復することが難しかった。
夫婦として一緒にいることは辛かったが、子供もまだ小さく、杏にはどうすることもできなかった。
はぁ……、と深く息を吐いた。
(そう……浮かれてはダメ。わたくしはともかく、ノアに恋愛感情があるわけではないですもの。期待してまた裏切られるのは、もう懲り懲りですわ)
ミレールは馬車に揺られながら、過ぎていく窓の景色をいつまでも見ていた。
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