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理想と現実
しおりを挟む誰にも告げていなかった行き先を、どうしてイクシオンが知ることができたのか。
そしてなぜオリビアが異国へ渡航しようとしていることも知っているのか謎だった。
だが、知られたからにはもう隠しても意味はなかった。
「それは……もちろん、です。元々、私はそのつもりで貴方に契約結婚を申し込みました。ですから契約が終了した今、貴方の元を去るだけです!」
「無駄な足掻きだな。じきに俺が恋しくなる」
スッとオリビアの頬に手を伸ばすイクシオンだったが、オリビアはその手を避けるように一歩後ろへ下がった。
「――私は、貴方の運命ではないのです」
「あぁ……、そうだろうな」
「私は貴方が望むような、理想の美女ではありません」
「まぁ、たしかに」
「私が殿下に与えられるものは、何もありません」
「そうかもしれないな」
「私がいなくても、貴方の日常は何も変わらないのです」
「きっとそうなんだろう」
オリビアの言葉を一つも否定せず、曖昧に肯定しているイクシオンに、オリビアは再び声を荒らげた。
「――だったら! なぜ、こんなことをしたんですか?! こんな場所まで追いかけて、大事な書類まで破いて……そこまでして、私に嫌がらせをしたかったんですか!?」
息を切らし、激しく捲し立てるオリビアに、イクシオンはさらに一歩距離を詰めた。
「なん、ですか……」
いつもの美しい顔にはまだ憂いが見え、イクシオンの美貌に影を落としている。
「たしかにお前は何も持っていないし、美人でもなければ可愛げもない」
そっと伸ばされた手を今度は避けることなく、まだ薄く痣の残るオリビアの頬にそっと触れた。
もう感じることができないと思っていた温かな手の感覚に、オリビアの体がピクリと反応する。
「さらに言えば、お前は俺の理想でもなければ運命の相手でもないんだろうな」
イクシオンはこれまでしてきたように、オリビアの頬を指の腹で優しく撫でている。
「だが……、それになんの意味がある」
「――え……?」
これまでの否定的な意見を覆すようなイクシオンの言葉に、オリビアは思わず疑問の声をあげた。
「お前の価値はそんなもので決まらないだろう?」
「なっ……、何を……おっしゃって……」
視線を合わせると、美しい金色の瞳が真っ直ぐにオリビアを見つめていた。
「お前の言ってた通りだ。理想はあくまでも理想にしか過ぎない。なぜなら……運命の相手よりも、現実のお前のほうがはるかに俺を魅了している」
言われた意味がわからず、呆然とイクシオンを見つめ返していた。
静かにイクシオンの話を聞いていたが、にわかに信じることができない。
「何も持っていないはずのお前は、俺が一番望んでいたものを幾度となく与え……そして、可愛げのないお前が、いつの間にか誰よりも可愛く見えるようになっていた」
じわじわと入り込んでくる言葉に、胸の奥から込み上げる感情を抑えることができない。
「俺の中で、お前という存在はすでに日常の一部になっているんだ。だから、お前がいないと何かが足りなくて……何も、手につかない……」
目の前の美貌を苦しそうに歪め、自らの想いを切実に訴えていた。
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