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変わりだす日常
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「こちらの書類は問題ないので、印をお願いいたします。こちらは殿下のご意見をお伺いしたいので、目を通してからご自身での判断をお願いいたします」
初夜から一週間が経った。
オリビアはこれまで通り書類仕事を手伝っていた。仕分けした紙の束をイクシオンが座っている机の上にドサッと置く。
「さすがは我が妃だ。仕事が早い」
「いやぁ~、妃殿下の敏腕さには本当に助かっています! こんなにスムーズに経理書類や重要案件が進んだことなんて、これまで一度もありませんでしたから……」
イクシオンはわからないが、ロイズの喜びようは顕著だった。
「殿下。ロイズさんが優秀なのはわかりますが、あと二人は側近を増やすべきです。この仕事量に対し、人員が少なすぎます」
とくにイクシオンは当てにならない。
頻繁にいなくなるし、気を抜くとその辺でだらけている。
結局全ての負担がロイズへいってしまっている。
そして処理できるスピードが落ち、どんどん書類が山積みになるという悪循環に陥っていた。
「必要ないな。領地関連の仕事はおいそれと他人に任すことはできない。重要な案件も多く含まれている」
机で肘をついて顔を乗せた状態でオリビアを見ているイクシオンに、オリビアは表情を変えずに発言していく。
「でしたら殿下がもっと真面目に働くべきです。お二人で毎日取り組めば、ここまで悲惨な状況は生まれないでしょう」
「それこそ問題はないな。今では有能な我が妃が処理してくれている。お前ほど信頼がおけて優秀な人物を探すことは容易じゃない」
肘をついたまま優美に微笑むイクシオンだが、オリビアの表情はピクリとも変わらなかった。
「おぉ~! 殿下に仕えて十年以上経ちますが、ここまで口に出して褒める人物を私は初めて拝見いたしました!」
そしてまたその脇に補佐をしているロイズが拍手を送りながら驚いていた。
毎度のやり取りにオリビアは深いため息をついて、イクシオンに鋭い視線を向ける。
「そもそも、その考えが間違っているのです。私はずっとここにいませんし、今だけ現状を打開しているその場しのぎにしかすぎません。これから先のことを考えるのでしたら、早期の解決を提案いたします」
「我が妃は相変わらずつれないなぁ。そしてだんだんと小言が多くなってるぞ」
「私は現実的なお話をしているだけです。殿下がもう少しテキパキ働いてくだされば、私の小言も減ることでしょう」
正直な話、イクシオンは頭がいい。
近くで書類の処理や現場の対応を見てきたが、とても的確でなるほどと思わせる場面も多々あった。
問題は持続性がないという点だ。
本人も認めている通り、飽きっぽい性格のせいですぐに仕事を放置してしまい、手を止めて休んだりどこかへふらふらと出かけてしまう。
この性格さえなければ、イクシオンは王位にも立てただろう。
「そうだな。俺がやる気を出すには相応の見返りがないとな。――そろそろ時間も経つし、休憩にしよう」
「殿下っ」
話をはぐらかされ声を荒らげるがイクシオンは気にも留めていない。
それどころか隣のロイズを見て声をかけている。
「ロイズ、お前は外へ出ていろ」
「え? はい……どのくらいで戻ればよろしいですか?」
「一刻ほどで戻って来い」
「わかりました。では失礼します」
オリビアの脇を通り過ぎ、ロイズは一礼してそのまま出ていってしまった。
「私もこれで退席させていただきます」
踵を返して自らも去ろうとしていたオリビアに、イクシオンが呼び止める。
「お前はここに残れ」
「しかし……」
躊躇しているオリビアに向かい、美しく唇に弧を描いてとても楽しそうに笑っている。
「さぁ、いつもの日課だ」
「――ッ!」
イクシオンの一言に、オリビアの体がビクッと震え、その場で動きが止まった。
「こっちへ来い。俺がこんなに気遣ってやるのも珍しいことなんだぞ」
「い、いりませんっ」
心外そうに話すイクシオンに対し、オリビアは眉間に皺を寄せて拒否している。
「お前に拒否権はないんだ。さっさとこっちに来て、ここに座れ」
イクシオンは自らの膝をポンポン叩くと、顔に笑みを浮かべ、艶のある流し目でオリビアを催促している。
「――くッ」
自分の魅せ方をわかっているのか、わざとこうしてオリビアを挑発してくる。
悔しさに震え唇を噛み締めるが、そんなオリビアのことなど気にもしていないイクシオンは、再び膝を叩いている。
「ほら」
「……わかりました」
深く長いため息をついたあと、逃げたくなる足をどうにかイクシオンの元へと向けた。
初夜から一週間が経った。
オリビアはこれまで通り書類仕事を手伝っていた。仕分けした紙の束をイクシオンが座っている机の上にドサッと置く。
「さすがは我が妃だ。仕事が早い」
「いやぁ~、妃殿下の敏腕さには本当に助かっています! こんなにスムーズに経理書類や重要案件が進んだことなんて、これまで一度もありませんでしたから……」
イクシオンはわからないが、ロイズの喜びようは顕著だった。
「殿下。ロイズさんが優秀なのはわかりますが、あと二人は側近を増やすべきです。この仕事量に対し、人員が少なすぎます」
とくにイクシオンは当てにならない。
頻繁にいなくなるし、気を抜くとその辺でだらけている。
結局全ての負担がロイズへいってしまっている。
そして処理できるスピードが落ち、どんどん書類が山積みになるという悪循環に陥っていた。
「必要ないな。領地関連の仕事はおいそれと他人に任すことはできない。重要な案件も多く含まれている」
机で肘をついて顔を乗せた状態でオリビアを見ているイクシオンに、オリビアは表情を変えずに発言していく。
「でしたら殿下がもっと真面目に働くべきです。お二人で毎日取り組めば、ここまで悲惨な状況は生まれないでしょう」
「それこそ問題はないな。今では有能な我が妃が処理してくれている。お前ほど信頼がおけて優秀な人物を探すことは容易じゃない」
肘をついたまま優美に微笑むイクシオンだが、オリビアの表情はピクリとも変わらなかった。
「おぉ~! 殿下に仕えて十年以上経ちますが、ここまで口に出して褒める人物を私は初めて拝見いたしました!」
そしてまたその脇に補佐をしているロイズが拍手を送りながら驚いていた。
毎度のやり取りにオリビアは深いため息をついて、イクシオンに鋭い視線を向ける。
「そもそも、その考えが間違っているのです。私はずっとここにいませんし、今だけ現状を打開しているその場しのぎにしかすぎません。これから先のことを考えるのでしたら、早期の解決を提案いたします」
「我が妃は相変わらずつれないなぁ。そしてだんだんと小言が多くなってるぞ」
「私は現実的なお話をしているだけです。殿下がもう少しテキパキ働いてくだされば、私の小言も減ることでしょう」
正直な話、イクシオンは頭がいい。
近くで書類の処理や現場の対応を見てきたが、とても的確でなるほどと思わせる場面も多々あった。
問題は持続性がないという点だ。
本人も認めている通り、飽きっぽい性格のせいですぐに仕事を放置してしまい、手を止めて休んだりどこかへふらふらと出かけてしまう。
この性格さえなければ、イクシオンは王位にも立てただろう。
「そうだな。俺がやる気を出すには相応の見返りがないとな。――そろそろ時間も経つし、休憩にしよう」
「殿下っ」
話をはぐらかされ声を荒らげるがイクシオンは気にも留めていない。
それどころか隣のロイズを見て声をかけている。
「ロイズ、お前は外へ出ていろ」
「え? はい……どのくらいで戻ればよろしいですか?」
「一刻ほどで戻って来い」
「わかりました。では失礼します」
オリビアの脇を通り過ぎ、ロイズは一礼してそのまま出ていってしまった。
「私もこれで退席させていただきます」
踵を返して自らも去ろうとしていたオリビアに、イクシオンが呼び止める。
「お前はここに残れ」
「しかし……」
躊躇しているオリビアに向かい、美しく唇に弧を描いてとても楽しそうに笑っている。
「さぁ、いつもの日課だ」
「――ッ!」
イクシオンの一言に、オリビアの体がビクッと震え、その場で動きが止まった。
「こっちへ来い。俺がこんなに気遣ってやるのも珍しいことなんだぞ」
「い、いりませんっ」
心外そうに話すイクシオンに対し、オリビアは眉間に皺を寄せて拒否している。
「お前に拒否権はないんだ。さっさとこっちに来て、ここに座れ」
イクシオンは自らの膝をポンポン叩くと、顔に笑みを浮かべ、艶のある流し目でオリビアを催促している。
「――くッ」
自分の魅せ方をわかっているのか、わざとこうしてオリビアを挑発してくる。
悔しさに震え唇を噛み締めるが、そんなオリビアのことなど気にもしていないイクシオンは、再び膝を叩いている。
「ほら」
「……わかりました」
深く長いため息をついたあと、逃げたくなる足をどうにかイクシオンの元へと向けた。
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