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虚しい日々 (イクシオン視点)
しおりを挟む次の日、人手を集めてライアーロードをくまなく探したが、オリビアが見つかることはなかった。
オリビアのいた部屋に手掛かりになるものを探したが、出てきたのは死亡届と直筆の手紙だった。
これまで世話になった感謝の言葉と、自分は不慮の事故で死んだことにしてくれという衝撃的なものだった。
「対策は考えていると言っていたが、まさか死亡届とは……」
「いやぁ~、妃殿下の周到さには改めて驚かされますね。たしかにこの解決方法は賢明だと思います」
「お前は……、そんなことで感心するなっ」
「ですが妃殿下は、王弟妃で陛下にも気に入られ、しかも王子方の記憶にも新しい人です。そんな人物が突然いなくなってしまっては大変な事態になりますよね? それらを手っ取り早く解決するには、本人が何らかの理由で亡くなるというのが一番説得力がありますから」
イクシオンは手紙を見て、深いため息をついた。
「頭が回るというのも、いいことばかりじゃないな。何も考えず、ここに留まればいいものをっ……!」
「はははっ! 妃殿下がそのような方ではないことは、殿下が一番よくお分かりじゃないですか。妃殿下は真面目で堅実な方でしたから、ご自分の感情だけで契約を反故にすることなどお考えにはならないのでしょうね」
「お前は少し黙っていろッ!」
「は、はいっ! 失礼いたしました!」
珍しく本気の怒りを見せているイクシオンに、ロイズも口元に両手を当てて閉口していた。
そんなことはわかっていた。
しかしオリビアも自分のことを好いていると思っていた。
希望も脈もあるはずだった。
だが結局は留まることもせず、自分の元から去っていってしまった。
ロイズの言うことはもっともだが、それを認めたくない、受け入れたくない自分にさらに苛立ちを募らせていた。
◇◆◇
死亡届を見てからというもの、イクシオンの受けた衝撃は強すぎるものだった。
誰とも話さず、なんのやる気も起きずに、一日中部屋に籠って塞いでいた。
王城から来るように書簡が届いていたが、行く気にならずに無視していた。
今まで異母兄からの伝令を無視したことはなかったが、どうしても気持ちが動かなかった。
二日目にはひたすら馬に乗り、当てもなくオリビアの行方を捜した。
闇雲に走り回るだけでは見つかる訳もないが、部屋でジッとしていることができなかった。
日が暮れるまでそこら中捜したが、やはりオリビアを見つけることはできなかった。
三日目は焦燥感と虚しさが募り、再び何もする気が置きなかった。
自分の部屋のソファに座り、窓の外をただ見て一日が終わった。
秘密裏に捜索隊も出していたが、オリビアが見つかったという情報は、いつまで経っても得ることはできなかった。
それがまたイクシオンを絶望に突き落としていた。
ロイズもたまに部屋を訪れて心配そうに声をかけていたが、空返事を返すイクシオンに諦めた様子で再び執務室へ戻り、自分の仕事を再開していた。
四日目にようやく執務室まで出てきたが、自分の椅子に座ったまま、とくに何をするでもなく呆然と窓の外を眺めていた。
この日も半日ほど廃人のように過ごしていた。
沈んでいた気持ちを吐き出すように深くため息をついていると、オリビアが座っていた机に花瓶が置いてあることに気づいた。
これはオリビアの部屋にあったものを誰かがここまで移動させたようだった。
立ち上がって机の前まで行くと、花瓶から一輪花を抜き取った。
半年前突然現れ、この花を自分に捧げて求婚してきたオリビアを思い出していた。
「あぁ、これは解毒薬に使われた花ですね」
この花瓶を移した犯人がロイズだということはわかっていた。
ロイズとの付き合いも長いからか、いちいち注意することも億劫で黙って聞いていた。
「知ってましたか、殿下。この花はハレノニチ草というそうです」
「……俺には、どうでもいいことだ」
掠れた小声でぼそっと呟いた。
花の名前など知っていても意味はないし、この花自体には興味もなかった。
「この花にも花言葉があるそうで、たしか不屈や堅実などがあるそうです」
返答を気にせずに一人で話しているロイズに、イクシオンは黙って白い花を眺めていた。
「まるで、あいつみたいな花言葉だな……」
小さいながらも凛と咲き誇る白い花を見て、思わずそんな言葉が漏れた。
「まだありまして、孤高とか気高さという花言葉もあるそうです」
イクシオンが花を顔に近づけて匂いを嗅ぐと、微かな甘い香りを感じた。
「これは妃殿下が私に教えてくださいました。その時に妃殿下は、この花はまるで殿下のようだとおっしゃって、とても嬉しそうに笑っていらっしゃいましたよ」
「――っ!」
目の前の花を見て、あることを思い出した。
ある日オリビアは、理想と現実は違うのだと言って、イクシオンに向かい初めて笑顔を見せていた。
あの時にわからなかった言葉の意味が、今なら痛いほどよくわかる。
持っていたハレノニチ草を再び花瓶に戻し、扉に向かって歩き出した。
「殿下? どちらへ」
「少し、出てくる……」
「――あっ、殿下!」
ロイズに手短に話すと、扉を開けて部屋から出て、馬小屋へと向かう。
「はははっ! 本当に、お互い素直じゃないんですから。似た者夫婦ですね!」
扉の向こうからロイズの声が聞こえたが、振り返らずに廊下を歩き出した。
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