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王城にて (イクシオン視点)
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オリビアがいなくなってから五日が経ったある日。
なかなか現れないイクシオンを心配した異母兄がついに人を寄越して呼びに来た。
これ以上先送りにできず、仕方なくイクシオンは王城まで来ていた。
異母兄は相変わらず健在で、以前と変わらぬ精力的な姿を見せてくれている。
「どうしたというのだ、イクシオンよ。返事も寄越さず、心配したぞ。随分顔色が優れないようだが大丈夫なのか?」
「そのようなことはありません。ただ、少し……寝不足なだけです」
王城に来ること自体、元々好きではなかった。
それにオリビアがいなくなってからというもの、イクシオンは一人で寝れぬ夜を過ごしていたのだ。
「オリビアはどうしている? あれから少しは回復したのか?」
当たり前のように異母兄の口からオリビアの名前を出され、イクシオンの表情がさらに暗く沈んでいく。
「我が妃は……、ショックが抜けきらないようで……いまだ部屋で、塞いでおります」
とっさについた嘘だったが、事実を話すわけにもいかない。
この言い訳がいつまで通用するかわからないが、この場を凌ぐにはちょうどよかった。
「そうか……オリビアが回復したら、ぜひまた城へ連れて来てくれ」
にこやかに話す異母兄は今の状況も、自分たちの関係も何も知らないのだ。
ただ聡明な異母兄は、自分がなぜ元気がないのか今の会話で察してくれたのだろう。
「えぇ……いつか、機会があれば、また連れてまいります」
歯切れの悪い曖昧な返事を返し、どうにか話題を逸らそうと話を切り替えた。
「異母兄上はお元気そうで何よりです」
「あぁ、これもすべてお前のおかげだ。……そういえばそろそろ薬の時間だったな。今、手が離せん。イクシオンよ、すまないが薬を取りに行ってはくれまいか?」
イクシオンは最近よく「お前のおかげだ」と異母兄に言われていた。
始めは気にならなかったが、あまりに頻繁に言われるこの言葉に違和感を覚え始めていた。
たしかに見舞いには欠かさず行っていたし、看病もしていた。
だが、それだけでここまで感謝されることはおかしい。
しかし、異母兄に聞き返すことはしていなかった。
「容易いことです。では、少し外します」
「頼んだぞ」
(薬など従者に取りに行かせればいいものを。異母兄上は一体何をお考えなのか……)
調薬室にはアフロディーテがいるので、なるべく足を運ぶことを避けていたし、今は特に会いたい気分ではなかった。
他の薬師もいるが、アフロディーテほど調薬に長けた者はいなかった。
異母兄の調薬もアフロディーテが担当していた。
調薬室を開けると白衣に身を包んだ美しい女性がいる。
むせ返るような薬草の匂いも、以前何度も通っていたからか嗅ぎ慣れてしまった。
卓上に置かれた天秤で薬草を量っていたアフロディーテは、扉の開く音で顔を上げた。
「王弟殿下?」
「アフロディーテ嬢。陛下の薬を取りに来たんだが、出してもらえるか」
気まずさを感じながら、まるで何事もなかったように話しかけた。
アフロディーテもイクシオンを避けることなく、笑顔で返事を返している。
「えぇ、かしこまりましたわ。少しお待ちください」
いつからだろう。
アフロディーテを見ても胸が苦しくなくなったのは。
変わらず美しいとは思うし、容姿に目を奪われるが、それだけだ。
恋焦がれて心から会いたいと願う人は、もう自分の元からいなくなった別の女性に変わってしまった。
自分はつくづく愛する女性とは共に歩めない運命なのだと、自嘲気味に笑った。
ふと卓上に置いてある薬草が目に入る。
机に並べられた様々な薬草の中で、ある一つのものに既視感を覚えた。
机の前まで歩くと、綺麗に並べられた薬草に顔を近づける。
「――この、黒い実は?」
薬をお盆に乗せ戻ってきたアフロディーテに、イクシオンは乾燥した黒い実を指差した。
「こちらは陛下の薬に使われているメユールと呼ばれる実ですわ。この実のおかげで陛下の症状が飛躍的に改善いたしましたの」
美麗な顔を綻ばせ、自分のことのように嬉しそうに微笑んでいた。
以前ならばこの笑顔にときめいていただろう。
「これはどこで見つけたんだ?!」
今はそんなことも気にならず、目の前にある黒い実のことで頭がいっぱいだった。
「この実は、陛下がご自身で見つけて来られたとお聞きいたしましたわ。わたくしはこの実を元に、調薬を賜わっただけですので」
「……そうか。では頂戴していくっ」
急いで薬を受け取るとイクシオンは異母兄の元まで早足で移動する。
「異母兄上っ、お聞きしたいことがあります!」
「どうしたのだ? そんなに慌てて」
お盆を片手に急ぎ足で入室したイクシオンを、異母兄は驚いた様子で見ていた。
「異母兄上の薬に使われているこの黒い実! こちらはどのようなルートで手に入れたのですか?!」
そう言って薬と共に調薬室から拝借してきた黒い実を異母兄の前へと出した。
「知りたいのか?」
「えぇっ」
異母兄は手を挙げ、従者たちを下がらせた。
なかなか現れないイクシオンを心配した異母兄がついに人を寄越して呼びに来た。
これ以上先送りにできず、仕方なくイクシオンは王城まで来ていた。
異母兄は相変わらず健在で、以前と変わらぬ精力的な姿を見せてくれている。
「どうしたというのだ、イクシオンよ。返事も寄越さず、心配したぞ。随分顔色が優れないようだが大丈夫なのか?」
「そのようなことはありません。ただ、少し……寝不足なだけです」
王城に来ること自体、元々好きではなかった。
それにオリビアがいなくなってからというもの、イクシオンは一人で寝れぬ夜を過ごしていたのだ。
「オリビアはどうしている? あれから少しは回復したのか?」
当たり前のように異母兄の口からオリビアの名前を出され、イクシオンの表情がさらに暗く沈んでいく。
「我が妃は……、ショックが抜けきらないようで……いまだ部屋で、塞いでおります」
とっさについた嘘だったが、事実を話すわけにもいかない。
この言い訳がいつまで通用するかわからないが、この場を凌ぐにはちょうどよかった。
「そうか……オリビアが回復したら、ぜひまた城へ連れて来てくれ」
にこやかに話す異母兄は今の状況も、自分たちの関係も何も知らないのだ。
ただ聡明な異母兄は、自分がなぜ元気がないのか今の会話で察してくれたのだろう。
「えぇ……いつか、機会があれば、また連れてまいります」
歯切れの悪い曖昧な返事を返し、どうにか話題を逸らそうと話を切り替えた。
「異母兄上はお元気そうで何よりです」
「あぁ、これもすべてお前のおかげだ。……そういえばそろそろ薬の時間だったな。今、手が離せん。イクシオンよ、すまないが薬を取りに行ってはくれまいか?」
イクシオンは最近よく「お前のおかげだ」と異母兄に言われていた。
始めは気にならなかったが、あまりに頻繁に言われるこの言葉に違和感を覚え始めていた。
たしかに見舞いには欠かさず行っていたし、看病もしていた。
だが、それだけでここまで感謝されることはおかしい。
しかし、異母兄に聞き返すことはしていなかった。
「容易いことです。では、少し外します」
「頼んだぞ」
(薬など従者に取りに行かせればいいものを。異母兄上は一体何をお考えなのか……)
調薬室にはアフロディーテがいるので、なるべく足を運ぶことを避けていたし、今は特に会いたい気分ではなかった。
他の薬師もいるが、アフロディーテほど調薬に長けた者はいなかった。
異母兄の調薬もアフロディーテが担当していた。
調薬室を開けると白衣に身を包んだ美しい女性がいる。
むせ返るような薬草の匂いも、以前何度も通っていたからか嗅ぎ慣れてしまった。
卓上に置かれた天秤で薬草を量っていたアフロディーテは、扉の開く音で顔を上げた。
「王弟殿下?」
「アフロディーテ嬢。陛下の薬を取りに来たんだが、出してもらえるか」
気まずさを感じながら、まるで何事もなかったように話しかけた。
アフロディーテもイクシオンを避けることなく、笑顔で返事を返している。
「えぇ、かしこまりましたわ。少しお待ちください」
いつからだろう。
アフロディーテを見ても胸が苦しくなくなったのは。
変わらず美しいとは思うし、容姿に目を奪われるが、それだけだ。
恋焦がれて心から会いたいと願う人は、もう自分の元からいなくなった別の女性に変わってしまった。
自分はつくづく愛する女性とは共に歩めない運命なのだと、自嘲気味に笑った。
ふと卓上に置いてある薬草が目に入る。
机に並べられた様々な薬草の中で、ある一つのものに既視感を覚えた。
机の前まで歩くと、綺麗に並べられた薬草に顔を近づける。
「――この、黒い実は?」
薬をお盆に乗せ戻ってきたアフロディーテに、イクシオンは乾燥した黒い実を指差した。
「こちらは陛下の薬に使われているメユールと呼ばれる実ですわ。この実のおかげで陛下の症状が飛躍的に改善いたしましたの」
美麗な顔を綻ばせ、自分のことのように嬉しそうに微笑んでいた。
以前ならばこの笑顔にときめいていただろう。
「これはどこで見つけたんだ?!」
今はそんなことも気にならず、目の前にある黒い実のことで頭がいっぱいだった。
「この実は、陛下がご自身で見つけて来られたとお聞きいたしましたわ。わたくしはこの実を元に、調薬を賜わっただけですので」
「……そうか。では頂戴していくっ」
急いで薬を受け取るとイクシオンは異母兄の元まで早足で移動する。
「異母兄上っ、お聞きしたいことがあります!」
「どうしたのだ? そんなに慌てて」
お盆を片手に急ぎ足で入室したイクシオンを、異母兄は驚いた様子で見ていた。
「異母兄上の薬に使われているこの黒い実! こちらはどのようなルートで手に入れたのですか?!」
そう言って薬と共に調薬室から拝借してきた黒い実を異母兄の前へと出した。
「知りたいのか?」
「えぇっ」
異母兄は手を挙げ、従者たちを下がらせた。
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