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人生の軌跡 (イクシオン視点)
しおりを挟むイクシオンは数いる王子の内の一人だった。
そして、母は美しい容姿をした旅の楽士だった。たまたま王宮で演奏していたところに年老いた先王の目に止まり、その日限りの一夜の相手として王の寝所へあがった。
だが、幸か不幸か母はイクシオンを身籠ってしまった。
年老いた先王は若く美しい母を手元に置きたがり、身分の低い最後の妃として離宮で暮らしていた。
そのうちにイクシオンを出産し、誰に構われることなく静かに暮らしていた。
時折母は父である先王に呼ばれ、戻る頃には疲れた顔をしていた。理由はわからないが、たまに泣いて戻りたいと漏らしているときもあった。
その頃、王宮は後継者争いが激化していた。
第八王子までいた後継者も、温厚な第一王子と過激派の第六王子、そして第八王子であるイクシオンの三名しか生き残っていなかった。
母はイクシオンをとにかく表へ出さなかった。
なぜなら一歩でも離宮から離れれば人知れず暗殺者に殺されてしまうからだ。王宮で食事を摂ろうものなら、猛毒が混ぜられ毒殺されてしまう。
一時でも気を抜けない日々が何年も続いた。
その間、母もイクシオンがわずか七つの頃、暗殺者から身を庇い命を落としてしまった。
虚しさだけが心を占め、離宮へ閉じこもったままイクシオンは何年も外へ出ようとしなかった。
そして結果として生き残ったのは第一王子である現国王陛下、ルードヴィッヒ三世だった。
亡き母は常にイクシオンに言っていた。
愛とはまやかしだ、権力者には逆らうなと。
誰かを愛すれば心を狂わせ正常な判断をなくす。そして権力者に逆らったが最後、ただ無情に命を消されてしまい、生き残る術はないのだと。
そこからイクシオンは常に無能な振りをした。
離宮から出なかったことも説得力としては大きかった。
二十三も年の離れた異母兄は、まだ子供で何もわからない振りをして無邪気に懐くイクシオンを、まるで我が子のように可愛がってくれた。
年を重ねてからも、学もなく女にもだらしない無害な人間を演じた。
少し離れた年の近い甥に王位を譲ると言うと、優しい異母兄は権力争いをせずに済んだと、代わりに爵位と領地を与えてくれた。
この時イクシオンは十九だった。
幸い自分には母親譲りの美しい容姿があった。
女遊びにかまけていれば、異母兄も王位争いに絡むような余計な心配はしなくて済むだろうと考えた結果だった。
相手に欠くこともなく定期的に適当な女を選び、一夜限りの時間を過ごした。
とくに思い入れもない、自分の容姿にしか取り柄のないようなどうでもいい女を選ぶ。
『殿下ぁ、また私を寝所へ入れてくださいっ』
『すごく素敵だったわ。またあなたと一夜を過ごしたいの』
甘い猫なで声で話していた女たちも、イクシオンの態度が一夜で冷たく変わると、途端に態度を一変させた。
『ねぇ、どうして私を無視するの! 綺麗だって言ってくれたじゃない!!』
『ひどいッ! 私とのことはただの遊びだったのねッ!』
一晩遊んだ女たちは皆、まるで自分が特別な人間にでもなったかのように振る舞い、そして冷たく拒絶すると激しく激高し、そのままイクシオンの元を去っていった。
(実につまらん。女など、みんな一緒だな。抱いてやれば喜ぶが、すぐに態度が変わり傲慢になる。常に愛を求め、自分だけが特別扱いされることを望み、思い通りにいかなければ最後は勝手に去っていく)
美しさだけの中身のない女性を選んでいるのだから仕方がないのかもしれないが、それでもイクシオンの周りにいる女性はおおよそ同じ反応だった。
自分の子孫を残さないために、交わりの前には必ず避妊薬を飲み、吐精の際もすべて外に出すことを徹底していた。
さらには関わりを持った女性はしばらく監視させ、妊娠の兆候がないか徹底的に見張っていた。
たまに懐妊したと偽り、城までやってくる女性には事前に調べた報告書を突き付け、虚偽の発言だと容赦なく外へと追い出した。
領地仕事も側近のロイズに任せ、なるべく自分は関わらないようにしていた。
そんな最中。
王都に前代未聞の事態が起きる。それは未知の伝染病の拡大だった。
そしてこの時、一人の貴族令嬢が果敢にもこの伝染病と立ち向かっていた。
『国王陛下、お願いいたします! わたくしに王国民を治す機会を与えてくださいませんか!』
侯爵令嬢だった彼女の名はアフロディーテ・ラスカバリー。
侯爵家だった彼女は決して裕福ではなかった。
だが医師を志す彼女は、本来の外見的な美しさも相まってとても輝きを放っていた。
緩やかにウェーブする白銀の髪、ため目がちな桃色の瞳に、同じく桃色の唇はふっくらとして艷やかだった。
身なりこそ派手ではなかったが、とても人目を引く美しい容姿に、庇護欲をそそる儚げな雰囲気。
しかし彼女の志は高く、熱意を持って自らの夢に向かう姿に心が打たれた。
これまで出会ったことのない違う人種の女性。
外見的な美しさもさることながら、心まで清らかな女性を見るのは初めてだった。
このとき、イクシオンが強い衝撃を受けたことは言うまでもない。
美しきアフロディーテには、国王の息子である第一王子と第二王子もすでに心を奪われていた。
イクシオンも彼女に心惹かれていたが、余計な権力争いの火種になりかねないと思い、あえて一歩引いて人知れず彼女と接触してた。
彼女が自分を選べば、王権争いをする覚悟を持って挑むつもりだった。
しかしすでにアフロディーテは相手を決めていたのか、イクシオンが陰ながら必死に口説こうとも、まるで手応えはなかった。
『王弟殿下。申し訳ございませんが、わたくしは第一王子殿下の元へ嫁ぎます』
イクシオンが口説くたびに困ったような顔をしていた彼女。
しかしその瞳に揺るぎはなく、愛する相手を選んだというよりは、ある意味彼女の政治的な打算があったのかもしれない。
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