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激変する人生 (イクシオン視点)
しおりを挟むそれからの日々は、イクシオンの日常を一変させてしまった。
毒物が流れ出ていた川はオリビアの指示でスムーズに堰き止め、別の支流の川から飲み水の確保をすることができた。
薬も領地の医師たちを集め、解毒薬作る資料を全員に配っていた。
こうすることで各地における薬を提供する格差をなくし、同じ時期に領民たちが均等に解毒薬を摂取することができた。
イクシオンの契約妻となったオリビアが先頭に立って物事を動かし、率先して復興に尽力する姿に領民たちは心を打たれたようだ。
結果的に非難や不満も減り、良妻を迎えたと称賛の声が数多く寄せられた。
契約とはいえ、オリビアを妻に迎えることでここまで自分の名誉を挽回できるとは思ってもいなかった。
そして滞っていた領地の書類も手際よく仕分け、オリビア自身やロイズが処理できるものはその日のうちに全て終わらせてしまった。
あれほど悪かった流れが、不思議と全ていい方向へと流れていく。
「殿下は出来る方なのですから、誰もいない時くらいはやる気を見せてもいいと思いますが?」
「何を言っているのかわからないな。俺ほどものぐさな人間も他にはいないぞ」
「……では、そういうことにしておきます。ひとまず、こちらにまとめた書類だけは目を通しておいてください」
彼女は自分に失望するでもなく、ただありのままを受け止め、正直な感想を返しているように感じていた。
辛辣な台詞は吐くが、そこに馬鹿にするような悪意はなく、どちらかというと全てをわかった上で諭すように自分に話しているように感じた。
オリビアに異母兄と似た雰囲気を感じ、それがイクシオンにとって嫌ではなかった。
むしろ心地良さすら感じていた。
彼女が次にどう返してくるのか予想も着かない。
彼女との会話はテンポが良く、王族の肩書を持つ自分に対しても関係なく思ったことを素直に返している。
そして他の女のように甘えた声で媚びることもない言葉には、これまでに感じたことのない爽快さを感じた。
男女の駆け引きでもない、ただの日常会話がここまで楽しいとは思わなかった。
そして返ってくる言葉も態度も、これまでの誰より自分を楽しませてくれる。
自分の容姿に靡くこともないオリビアに、少しでも意識してほしかったイクシオンは、あえて挑発的に問いかけた。
「お前はわかっていない。書類上でも夫婦になるということがどういうことなのか」
わざと言葉に含みを持たせ、これからの関係性を匂わせるように話す。
「ですから……、今と変わることはないと……」
ほんの僅かだが空色の瞳に揺らぎが見えた。
だが、瞳を逸らすことなく真っ直ぐ自分を見つめる彼女に、さらに畳み掛けるよう意味深な笑みを見せる。
「では、そう思っているといい」
「……殿下がなんと言われようと、私は変わりません」
確固たる意志で変わらないと豪語する彼女に、自分でもわからない高揚感を覚えた。
こんな一面が自分にあったことに驚いた。
ただまだ彼女は自分を意識していない。
ひとまず予告だけして、警戒されないように過ごすように努めた。
オリビアが一人で出かけるというので、イクシオンも気晴らしに一緒に外へと出た。
自分のだらしない趣味にも付き合ってくれる彼女を揶揄いながら、どうしてもちょっかいを出して反応を見たくなってしまう。
「理想と現実は違うのだと、そう言いたかっただけですっ」
怒ったかと思えば急にわからないことを言い出し、そして突然笑い出した。
初めて見た彼女の笑顔に、今まで感じたことのない胸の高鳴りを感じる。
「――っ!」
いつも冷淡な表情や仏頂面しかしない彼女の笑顔は、イクシオンの瞳には我が目を疑うほど眩しく映った。
(なんだ……この気持ちは? 胸を締めつけられるような苦しみと、思わず手を伸ばして触れたくなるような、理由のわからない衝動はなんなんだ?)
自分自身もわからない、ひどくもどかしい思い。
自分から誰かに触れたいと思ったのはアフロディーテを入れてオリビアが二度目だったが、それでもアフロディーテに感じていた気持ちとはどこか違う。
そして書類仕事をしているオリビアを横目で眺め、机の上でだらけながら時折考えるようになる。
彼女に触れたらどんな反応をするだろう。
あの生意気な口をキスで塞いだら?
後ろから突然抱きしめたら、やはり怒るのだろうか?
自分が彼女に迫って抱いたら、堅物で冷静な彼女は一体どんな風に変わるのだろう、と。
いつもの一夜の相手ならばこんなことも考えずに欲だけを発散し、一晩過ごすとすぐに興味を失っていた。
自分でも自分の変化に戸惑いを感じていた。
オリビアに触れたいと思う一方で、彼女を揶揄うこともやめられず、どうしても怒らせるまで構ってしまう。
「殿下……いい加減だらけてないで、ご自身の仕事をしてくださいませんか?」
視線に気づいたのか、オリビアは仕事をしない自分に向かい、呆れたように話しかけてきている。
「そうだな……お前が膝枕をしてくれるなら、考えてやってもいいぞ?」
笑ったまま伺うように横目でオリビアに視線を送る。
オリビアは一瞬目を見張ったが、またすぐに真顔に戻り、眉間に皺を寄せてイクシオンを見ている。
「……殿下はよほどお仕事がしたくないようですね」
「たまには妻に甘えてはいけないか?」
「そんなに甘えたいのでしたら、殿下がお好きな美女に思う存分甘えてください。私はその間、席を外していますから」
表情一つ変えないオリビアに、イクシオンはわざとらしく短いため息をついた。
「お前は本当に可愛げのないやつだな」
「どうとでも、好きなようにおっしゃってください。殿下が訳のわからないことをおっしゃるからですっ」
「はぁ……相変わらず我が妃は冷たい」
「わかりましたから、口ではなく手を動かしてください!」
最終的に自分のことで怒り出すオリビアを見るのはとても楽しい。
取り留めのない彼女との会話は、イクシオンの日常の一部となっていた。
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