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出航
しおりを挟む二週間ほど経ち、オリビアの足もすっかり完治した頃。
加工した鉱物の搬入が始まり、ライアーロードから一番近い港へと馬車に乗せて運び込まれた。
「では、ユニットさんよろしくお願いいたします」
久しぶりに嗅ぐ磯の香りに、オリビアは懐かしさを噛み締めていた。
こうして海を見ていると郷愁を誘い、故郷へ帰りたくなってくる。
「はい、オリビア様。必ずや大役を果たして戻ってまいります!」
ユニットと呼ばれた三十代半ばの男性は通訳兼大使に選ばれた優秀な人材だった。
元々彼が先の会談の通訳だったのだが、体調を崩し、急遽オリビアが通訳として会談に立つことになった。
「ご存知の通り、リュビーナ国の方々は気が強い上に短気です。説明は手短に、反抗されても己の感情を見せてはいけません。冷静に対処してください。……本来ならば私が出向きたいところなのですが、そうもいかず申し訳ございません」
リュビーナ国に赴くことが初めての彼に、自分がわかることを教えていくのだが、やはり不安は拭い去れなかった。
「そんなっ、滅相もございません! オリビア様は王弟妃殿下であらせられます! そんな御方を長く異国の地に留まらせることなどできません! どうぞ私にお任せくださいっ!」
出稿する船の前でドンッと胸を叩くユニットに、オリビアはふっと微笑んだ。
「では、心よりご健闘をお祈りしております。もし、有事の際には私が渡した例のペンダントをリュビーナの上層部へお渡しください」
「このように大切なものを私などに渡してよろしかったのですか?」
目の前に出しはしなかったが、ユニットは大事そうに胸元に手を当てていた。
それはかつての友人であるトゥバラから貰ったペンダントだった。
「えぇ、もちろんです。私にはもう用のないものですから……」
潮風がオリビアの体を通り過ぎていく。
心地良くポニーテールを揺らし、舞い上がった横髪を耳にかける。
「では、お気をつけてっ」
「はい! 行ってまいりますっ!!」
大きく手を振ってユニットは船内に消えていった。
出航を知らせる汽笛が港に響き、オリビアも手を振ってユニットを見送った。
ここでもう一つ目的がある。
それは国王陛下であるルードヴィッヒ三世を治すある木の実を探しにきた。
この実は、わりと一般的に取引されており、入手自体は困難ではなかった。
ただ、この実とルードヴィッヒ三世の病が結びつくのはかなり後になってからだった。
商店が軒並み活気づく港の町をゆっくりと歩きながら、一人で探していく。
そしてある一軒の露店で探していたものを見つけた。
「お姉さん、こちらの実はこの量しかありませんか?」
「あらやだっ……お姉さんだなんて! お嬢さんも通だねぇ。この実を知ってるのかい?」
かなり年配の女性だったが、上機嫌で話をしてくれている。
真っ黒な実で豆粒ほどしかないが、これが後に病に効くと判明し、値段が何倍にも高騰したのだ。
「えぇ。うちはこの実を潰してジャムにするのが好きなんです。でも大量に作りたいので、できれば今ある在庫も全部欲しいのですが……」
「あぁ、そうなんだね! じゃあ、ある分ぜ~んぶ売ってあげるよ! メユールの実はあんまり需要がなくてねぇ。だからお嬢さんには特別安く売ってあげるよ!」
そう言って露店の裏へと入り、大袋に入ったメユールの実をニコニコしながら出してきた。
「まだ三袋あるけど、どうする?」
このメユールと呼ばれた実は乾燥して潰してから使うので、数カ月から長ければ二年ほど保存が効くのだ。
コレだけの量があればルードヴィッヒ三世が回復するまで申し分ないだろう。
「では、ある分をすべて買い取らせていただきます。これからも定期的に購入したいので、金額にも色を付けておきますね」
店の女亭主は大喜びし、オリビアも予想していた金額の十分の一ほどで買えた。
イクシオンから王弟妃として貰っている金額も少なくないが、オリビアはほとんど手を付けていない。
自分はいずれいなくなる身、いつか来るであろう未来の王弟妃のためにも、無駄な出費はしたくなかった。
(これで第一段階はクリアした。あとはこれをどうやって陛下に服用してもらうか……)
目立った動きはもうしたくない。
思い付く方法としては、アフロディーテとの接触で、彼女にこのメユールの実の効果を認識してもらうことだが、それはなかなか難しいことだった。
アフロディーテと接触するには王城に行かなければいけないし、そこからどうやってこの実とルードヴィッヒ三世の病を結びつけていくのか――
袋に入った大量の実を見ながら、オリビアは頭を悩ませるのだった。
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