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日常 5
しおりを挟むルードヴィッヒ三世がメユールの実で作った薬を服用するようになってから病状が見る間に改善していった。
イクシオンの憂いを帯びた顔を見ることも少なくなり、オリビアも心の中で安堵していた。
そんなある夜、イクシオンの寝室でのこと――
「三日後に王城で会食ですか? どうぞ、いってらっしゃいませ」
寝間着姿のままベッドに腰掛けて横に視線を移すと、同じくオリビアを横から見ていたイクシオンが足を組んで座っている。
「いや、今回はお前も呼ばれている」
「はい? 私も、ですか?? ……理由は!?」
「理由も何も、お前は俺の妃になったんだ。王族に嫁入りしたのなら呼ばれるのは当然だろう」
近頃は頻繁に夜伽に呼ばれるようになり、渋々やってきたオリビアはイクシオンの部屋のベッドに座ってショックを受けた。
自分はあと一月ちょっとでいなくなる身だ。
イクシオンの妃にはなったが、あくまで復讐のための契約上の妻であり、ずっとここにいるわけではないのだ。
「異母兄上の体調が改善してきた祝いだ。とこに伏せることもなくなり、とてもハツラツとしておられる。お前も見舞いに来てくれていたし、是非にと言われてる」
同じく隣に座っているイクシオンは、やはり憂い事が解消されたからか、やっと通常モードに戻った。
「陛下のご回復は誠に喜ばしいことですが……私のようなものが会食の場に出席していいとは思えません。それに他の王家の方と顔を合わせますよね? 私の存在が王族の方々に広く知れ渡ることは、殿下にとってもよくないことだと思いませんか?」
とにかく欠席したくて隣のイクシオンを必死に説得しているが、イクシオンはとくに困った様子も見せていない。
「まぁ、今回は顔合わせの意味も込められているからな。だからこそ欠席することは不可能だ。なにより異母兄上はお前を非常に気に入っていて、来るのを楽しみにされている。お前の好物が何か尋ねてこられたくらいだ」
「なっ……! 陛下が、ですかっ……?!」
オリビアの計画では国王陛下にある程度気に入られる、ということも入っていた。
しかし、好物を聞かれるほどとは予想もしていなかった。
(私が陛下の病の治癒に貢献したから? それにしても度が過ぎてる。もう少しで復讐の時が訪れるのに、余計な考えで心を乱したくないんだけどな)
俯いて黙ってしまったオリビアを見て、イクシオンは顔を覗き込んでいる。
「異母兄上からの覚えがめでたければ、普通の人間なら大いに喜ぶものなんだがな……まぁ安心しろ。お前は黙って食べていればいい。俺が適当に躱すから心配するな」
ぽんっと頭に手が乗せられ、肩を竦めてイクシオンを見上げた。
おそらく会食の席には第一王子のメルディオや第二王子のコンラートも来るのだろう。
最悪の場合、アフロディーテとも顔を合わせるかもしれない。
「大変光栄なことなのですが、私には身に余るお心遣いです。それに、殿下だけにお任せするわけにはまいりません」
イクシオンには悪いが、相手の出方もわからないのに応戦することは悪手だ。
見上げたまま、頭に置かれた手を掴んだ。
「答えにくい質問は無視しても構わないぞ」
ルードヴィッヒ三世の病状が回復してからというもの、イクシオンにも変化があった。
以前ならこんな優しい発言はしなかったが、心に余裕が生まれてきたからか、オリビアを庇うような気遣いまで見せてくれるようになった。
「王族の方々を相手に、さすがに無視はできません。殿下のお立場が悪くならない程度に自分で答えさせていただきますので、ご心配には及びません」
掴んだ手をパッと離すと、オリビアはあえて突き放すような言い方をする。
もうあと一月と少し。建国祭まで時間も日にちもない。
離れなければいけない運命なのだから、それなりの距離感を保っていたかった。
「元々俺の立場などないに等しい。好き勝手に生きてきたのだから、今さら俺の意見など誰も気にしない」
イクシオンは当たり前のように笑っていた。
後継者争いを避けるために王位を放棄し、異母兄や甥たちのために、女にだらしない適当な人間を演じ続けている。
ぐっと喉元まで出かかった言葉を無理やり飲み込んで俯いた。
「――っ」
込み上げる思いを抑えるように、唇を噛み締める。
(……それは違います。貴方は実は、とても愛されているんです。陛下も、殿下のことをとても大切に思われていて……ここの領地の人たちも町に出るたびに、殿下には感謝していると何人も私に話しかけてきます。私も、言葉に出して言うことはできませんが……気づくと、殿下のことばかり考えるようになってしまいました)
心の奥に秘めた想いは、一生告げることはないのだろう。
結局は自分も、イクシオンが相手をしてきた数多くの女性たちと変わらない。
ただ契約のためにその期間が長かっただけで、大差などないのだ。
「殿下は……何も、わかっていません……」
ぼそっと小声で呟いた言葉は、イクシオンの耳まで届いていないのかもしれない。
イクシオンはオリビアの両腕を掴み、そのままベッドへ押し倒した。
天井を見上げていると、イクシオンが視界に入り、オリビアの上に乗り上げている。
「何がわかっていないんだ?」
「……いいえ」
体にイクシオンの重みを感じ、どの角度から見ても美しい顔を近づけている。
軽く触れた唇が徐々に深く重なっていく。
「っ、ん」
次第に激しくなるキスに夢中になりながら、頭の片隅でぼんやりと考える。
(訳がわからないくらい乱されて、気持ち良くされて……また気づかない内に、今よりももっと、この人を好きになっていくんだろうな……)
オリビアの中でイクシオンは覚えている限り、初めて本気で好きになった相手。
そんな存在とこうして触れ合って、毎日のように抱かれるのだから、想いの止めようがない。
抱かれるのも優しくされるのも、イクシオンが契約に縛られているのだから当然のこと。
そんなことが頭の中に浮かぶが、甘く翻弄されるうちにどうでもよくなっていくのだった。
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