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メユールの実 2
しおりを挟む翌日。
朝早くからオリビアに声がかかった。侍従に呼ばれてルードヴィッヒ三世のいる寝所に足を運んだ。
ルードヴィッヒ三世はやはりベッドの上にいたが、昨日よりも顔色がいい。
「オリビアよ。そなたの、言った通りだ」
ルードヴィッヒ三世は開口一番にそう言い放った。
「今日の体調は、いつもより良好だ。体が軽く、痺れや痛みが少し和らいだぞ」
症状が多少は緩和されたのか、ルードヴィッヒ三世は嬉しそうな表情で自分の手を持ち上げ、手のひらを何度も握りしめている。
話す言葉も途切れ途切れではなく、辛さが半減しているように思える。
「さすがは国王陛下です。ここまで早期に改善するとは思いませんでした」
椅子が用意されており、そこに腰掛けていたオリビアは、思った以上に早く効果が表れたことに驚いていた。
ここまで早期に症状が緩和されるのなら、ルードヴィッヒ三世は長く寿命を全うできるかもしれない。
「そなたのおかげだ。礼を言うぞ」
イクシオンの話ではこれまで処方された薬はほぼ効き目がなかったようだ。
だからこそルードヴィッヒ三世もここまで驚き、喜んでいるのだろう。
「恐れ多いことでございます。それに、お礼でしたら私ではなく、殿下に申し上げてください」
「……あやつには、話していないのではなかったか?」
不思議そうにこちらを見つめるルードヴィッヒ三世に、オリビアは視線を少し落としてポツポツと話し出した。
「実は最近、殿下が……ふとした瞬間に、とても辛そうな顔をして、物思いに耽っていることがあるのです」
「イクシオンがか?」
オリビアの言葉にルードヴィッヒ三世は意外そうな顔をして、大きく目を見張っていた。
「はい。異母兄様であられる陛下は、殿下にとって唯一無二の存在なのです。殿下はあの性格ですから、普段は飄々として気丈に振る舞われていますが、常に陛下の身を案じておられて……私では、どうすることもできません」
イクシオンは自分の本当の気持ちを誤魔化して隠す傾向がある。
ルードヴィッヒ三世のことをとても心配しているのに、本人には直接言葉に出して言えないのだろう。
「私も恐れながら陛下の義妹として、そして王国民として、陛下のご快癒は常に願っておりますが……私と殿下では比べものにならないのです」
ずっとどうしようか悩んでいた。
病の解決法を知ったままやり過ごすこともできた。
だが、知らん顔をしたままイクシオンの隣にいることがどうしてもできなかった。
オリビアの心を決めさせたのはまさにイクシオンだったのだ。
「イクシオン殿下の陛下を案ずる思いが私を動かしました。ですから私ではなく、殿下にお言葉をかけてくださいませんか?」
姿勢を正し、ルードヴィッヒ三世を真っ直ぐに見据えて話すと、ルードヴィッヒ三世は視線少し落としてゆっくりと口を開いた。
「そうか。イクシオンがな……」
一言呟くと、また顔を上げてオリビアに視線を送ると静かに語り出した。
「そなたも、わかっているようだが……イクシオンは自分勝手に生きているように見えるが、周りの反応を瞬時に見定め、自分がどのようにすれば最善かを、常に見極めているのだ。……王位を放棄した話は聞いておるか?」
「はい。存じております」
「その選択も、自分がどうすれば最善か見定めた結果だ。あやつはああ見えて、とても頭の回る、聡い子だ。いかに平和的に解決できるか……周囲との争いや、衝突が起きぬように、自分をあのように作り出したのだ。余はそれを理解した上で、知らぬ振りをしておる」
ルードヴィッヒ三世はイクシオンを可愛がっていたが、ここまでイクシオンのことを理解しているとは思わなかった。
自分の子供に王位を譲り、王権争いから退いたことで気にかけているだけだと思っていた。
「陛下のご慧眼には感服いたしました。陛下も殿下も、お互いのことを思っておられるのですね。殿下も今のお話を聞かれたら、さぞお喜びになられるでしょう」
イクシオンはルードヴィッヒ三世をとても尊敬して憧れている。
こんな風に言われたらイクシオンも感動するに違いない。
そう思ってルードヴィッヒ三世に期待を込めた視線を向けた。
「いや、オリビアよ。今話したことは、イクシオンに内緒にしておいてくれるか? これで、そなたが教えてくれたこの実の秘密と、対等になるだろう」
茶目っ気たっぷりにパチッとウインクしているルードヴィッヒ三世に、オリビアは一瞬目を見張り、口元に手を当てて笑い出した。
「――っ! ふふふっ、おっしゃる通りですね。承知いたしましたっ」
この時オリビアは、やはりイクシオンとルードヴィッヒ三世は似ているのだと改めて思う。
そして心の中で確信した。
どちらもイクシオンが知れば大層喜ぶようなことを、二人ともあえて言わずに黙っている。
その時点でイクシオンに対するオリビアとルードヴィッヒ三世の気持ちは、同じだということだった。
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