55 / 99
退屈しない日々 (イクシオン視点)
しおりを挟むオリビアと共に城に見舞いに行った翌日から、アフロディーテが調薬したという薬が異母兄の症状を飛躍的に改善させた。
あれだけ重苦しい雰囲気だった城内は明るく息を吹き返し、城の皆が国王である異母兄の回復を笑顔で喜んでいた。
異母兄の見舞いから自領へ戻ろうとしたイクシオンの目の前にある光景が飛び込んでくる。
その立役者であるアフロディーテは、控え目ながら皆からの賛辞の声を嬉しそうに受けていた。
隣で肩を抱いて寄り添っていた第一王子のメルディオは、アフロディーテと共に声をかけられ、自らのことのように喜んでいる。
その近くを通り過ぎようとするイクシオンに、メルディオが勝ち誇ったような視線を向けてきていた。
(いつまで経っても幼稚なやつだな。まぁ、前までの俺なら少なからず悔しさや劣等感を感じていたが……今では不思議なほどなんとも思わないな)
そして一瞥もすることなく通り過ぎた。
この二人のことよりも、早く自分の城へ戻りたいという気持ちのほうがイクシオンの心を大きく占めている。
異母兄は日に日に健康を取り戻し、とこに伏せることもなくなった。
イクシオンの内に蟠っていた不安が払拭されると、安心感と共にまたいつも通りのだらけた日々を送るようになっていた。
――そんなある日。
「殿下、お話があります」
「ん? なんだ?」
「昨日、町を巡回していた際に、領地の住人たちから川に別の橋を架けてほしいとの要望を受けました」
いつも通り机の上でだらけていたイクシオンに、オリビアが机の前で淡々と話している。
「どこの町だ?」
「領地の東側にある小さな集落です」
顔を上げたイクシオンを、オリビアは空色の瞳で真っ直ぐに見ていた。
「川沿いの町の橋は、適当な場所に何ヶ所か設けたと思うが? なぁ、ロイズ」
「えぇ、そうです。だいたい一つの河川につき、ある程度の間隔を空けて設置していると思いますよ?」
興味も沸かない話題で肘をついてロイズに話を振り、ロイズもとくに問題はないだろうという感じで返事を返していた。
「数日前の嵐でその橋の一部が壊れてしまったそうです。住人たちによると、その橋の位置が自分たちの居住地から離れていたそうで、新たに橋を架けるなら別の場所にしてほしいという訴えを受けました」
そしてまたその場であったであろうやり取りをオリビアが淡々と話し始めた。
「しかし、元々あった橋もその集落の代表者から話を聞いて設置したものです。その意見は、一部の住人たちからの偏った意見では……」
「個人的な意見ばかり聞いているとキリがないぞ」
イクシオンはそう言って短く息を吐いた。
そのような意見書は山ほどきている。
オリビアもロイズと意見書の仕分けや整理もしているので、わざわざ言うことでもないと問いかける。
「そうおっしゃられると思い、実際の現場に私も行ってみましたが……確かに元々橋の架かっていた場所は、集落居住地の中心部からかなり離れた遠い場所にありました」
話を続けているオリビアの表情がどんどん険しくなり、次第に声も低くなっていく。
「そしてよくよく話を聞くと、どうやらその集落の代表者はかなりの偏屈者で、外れにある自分の家から一番近い場所に橋を架けるよう要請したそうです。住人たちは自分たちの意見が反映されていないと訴えていたそうですが、まったく取り合ってもらえず……これまで町へ行くのにかなり遠回りをして相当苦労していたと泣きつかれました」
オリビアは相変わらず淡々と説明しているが、徐々に目も据わりだし眉間に皺も寄り始めている。
「ということですので、この要望書と新たな橋を設置する承諾書に印をお願いいたします。これをあのムカつく代表者の目の前に突きつけてやりますからっ」
バンッといささか乱暴に机の上に書類が置かれ、肘をついて聞いていたイクシオンも思わず顔を上げた。
オリビアの様子を見るに、どうやら集落の代表者と一悶着あったようだ。
「我が妃はずいぶんご立腹のようだな」
「……えぇ。前々から気にはなっていたのです。意見書に次いで嘆願書が何度も出されていたので、現地に行ってみたら案の定予想していた通りでしたから」
相当怒っているのか怒りが収まらないのか、オリビアの表情はまだ険しかった。
458
あなたにおすすめの小説
愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください
無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――
傲慢な伯爵は追い出した妻に愛を乞う
ノルジャン
恋愛
「堕ろせ。子どもはまた出来る」夫ランドルフに不貞を疑われたジュリア。誤解を解こうとランドルフを追いかけたところ、階段から転げ落ちてしまった。流産したと勘違いしたランドルフは「よかったじゃないか」と言い放った。ショックを受けたジュリアは、ランドルフの子どもを身籠ったまま彼の元を去ることに。昔お世話になった学校の先生、ケビンの元を訪ね、彼の支えの下で無事に子どもが生まれた。だがそんな中、夫ランドルフが現れて――?
エブリスタ、ムーンライトノベルズにて投稿したものを加筆改稿しております。
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
【完結】体目的でもいいですか?
ユユ
恋愛
王太子殿下の婚約者候補だったルーナは
冤罪をかけられて断罪された。
顔に火傷を負った狂乱の戦士に
嫁がされることになった。
ルーナは内向的な令嬢だった。
冤罪という声も届かず罪人のように嫁ぎ先へ。
だが、護送中に巨大な熊に襲われ 馬車が暴走。
ルーナは瀕死の重症を負った。
というか一度死んだ。
神の悪戯か、日本で死んだ私がルーナとなって蘇った。
* 作り話です
* 完結保証付きです
* R18
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【完結】初恋の彼に 身代わりの妻に選ばれました
ユユ
恋愛
婚姻4年。夫が他界した。
夫は婚約前から病弱だった。
王妃様は、愛する息子である第三王子の婚約者に
私を指名した。
本当は私にはお慕いする人がいた。
だけど平凡な子爵家の令嬢の私にとって
彼は高嶺の花。
しかも王家からの打診を断る自由などなかった。
実家に戻ると、高嶺の花の彼の妻にと縁談が…。
* 作り話です。
* 完結保証つき。
* R18
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる