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日常 8
執務室の前まで来ると、ノックをしてから声を掛ける。
「殿下。私です」
「あぁ、入っていいぞ」
扉を開けるとイクシオンは自分の机に座り、ロイズは傍らで書類を手渡していた。
つかつかと歩いて机の前で止まると、淡々と説明を始めた。
「殿下にお客様がいらしてます。私ではお通していいものかわからず、確認をしにまいりました」
「俺に客? どんなやつだ?」
イクシオンはロイズから手渡された書類を無造作に机の上に置いて受け答えをしている。
「エルダと名乗る女性です。どうやら殿下の子供を懐妊されているとおっしゃっていて、もうすぐで産まれそうなので至急会いに来てほしいと門の前で訴えていました」
この言葉にイクシオンとロイズは即座に反応していた。
「――ッ! ……そうか。ロイズッ!」
「は、はいっ!」
ロイズはそそくさと自分の机の引き出しから紙を取り出し、胸に抱えるとオリビアに笑顔で語りかけた。
「妃殿下。私が対応してまいりますので、妃殿下はこちらでお座りになり、殿下とゆっくりお茶でもなさっていてください」
何事もなかったような笑顔で接して来ているが、明らかに対応が手慣れていた。
「しかし……、殿下は会わなくてよろしいのですか? 相手の女性は殿下を出せと騒ぎ、自分の名前を聞けば、すぐにでも殿下が駆けつけるとおっしゃっていましたが?」
冷ややかに言葉を放つと、ロイズは苦笑いをしている。
「は、ははは……私で、大丈夫です。おそらくその女性の話は、虚偽だと思いますので……」
「虚偽、ですか?」
どうして虚偽だとわかるのだろう。
まずそれが疑問だった。
訝しげにロイズを見ていると、またそそくさと扉のほうへ移動している。
「では、とりあえず行ってまいりますっ!」
疑問を解消することもなく、ロイズは素早く出ていってしまった。
「あ……」
椅子から立ち上がったイクシオンがオリビアの近くまで歩いてきている。
「安心しろ。俺の子であることはまずない」
見上げた先にいつもの美貌があった。
イクシオンはいつもと変わらず、あっけらかんとした様子で話している。
「なぜそのようなことがわかるのですか?」
知らないうちに冷淡な口調で話している自分がいる。
わかっていたことだし、気にしていないはずなのだがイライラする気持ちが止まらない。
「相手のことはすべて調べさせているんだ。俺は一夜限りの相手と、子を残すつもりは微塵もないからな」
さも当たり前のように話すイクシオンに、オリビアは眉間に皺を寄せて疑問を投げかけていく。
「たくさんの女性と関係を持っていたのですから、その台詞には無理があると思います」
「とにかく、ないものはない。……ロイズが証拠を持って説明しにいっている。直に帰るだろうから気にするな」
イクシオンは一夜を共にした後、相手をした女性に対し冷たくなることは知っていた。
気にしないように対応したが、イクシオンの冷めた態度には引っかかった。
(私も、契約が終わればこんな風に冷たく突き放されるのかっ……その前に出て行くつもりだけど、実際目の当たりにすると自分の今後を見てるみたいで、すごく……気が重いな)
イクシオンにとって日常茶飯事なのかもしれないが、オリビアの心には様々な意味で暗い影を落とした。
「私は別に殿下に隠し子がいても気にしません。ですから、そんなふうに女性を冷たくあしらうのはやめてください」
相手の女性というよりは、自分のために言った言葉だった。
優しく対応しなくてもいいが、こんな風に厄介者扱いされたら、自分なら耐えられないと思った。
「何度も言うが、俺に隠し子なんていない。出来るわけがない。事前に避妊薬も飲み、対策はきちんとしていた。それに――」
「私に弁解しなくても結構です。聞きたくありませんっ」
捲し立てるようにイクシオンの言葉を遮って言葉を被せた。
これ以上この場で、他の相手との閨の話を聞いていることが辛かった。
振り向いて背を向けるオリビアに、イクシオンはすぐさま手首を掴み、自らのほうへと引き寄せた。
「待てっ!」
「ゃっ! 離してくださいっ」
振り解こうとしたが、しっかりと握られた手の力は思いのほか強かった。
「怒るな」
「怒ってませんっ」
自分が何に苛立っているのかもわからない。
こんな態度を取るつもりなどないのに心は正直で、イクシオンとの距離を空けようとしている。
「ちゃんと話を聞け。避妊もしていたし、直接精を出すことはしていない」
「そんなわけがありません! だって私にはいつもっ――」
イクシオンは夜伽の際には、毎回オリビアの腟内に精を放っていた。
しかも一度ではなく、これまでの行為で何度も腟内に精を注いでいたからだ。
「そうだな。お前にはそれを一切していない」
さらにグッと手首を引き寄せ、イクシオンはオリビアに美しい顔を近づけている。
「なっ……!」
「なぜだと思う?」
からかいなど一切なく、真剣にオリビアを見ているイクシオンの問いかけに言葉が詰まる。
「そ、れ……は……」
「お前との行為の前に避妊薬は飲んでいないし、子種もすべてお前の腟内に注いでいる。それがどういう意味かわかるか?」
「――ッ!!」
イクシオンの言葉に強い衝撃を受けた。
あまりの衝撃に大きく目を見張り、自分をずっと見つめている金色の瞳を呆然と眺めていた。
どうしてかと問われても、イクシオンの心など永遠にわかる訳がない。
どうして今、こんなことを言ってくるのか。
復讐の決意が鈍る話など、今の時点では聞きたくなかった。
「~っっ、そんなのっ、私にはわかりませんっ!」
今度こそ勢いよくイクシオンの手を振りほどくと、オリビアは脇目も振らずに駆け出し、部屋から出て行った。
「殿下。私です」
「あぁ、入っていいぞ」
扉を開けるとイクシオンは自分の机に座り、ロイズは傍らで書類を手渡していた。
つかつかと歩いて机の前で止まると、淡々と説明を始めた。
「殿下にお客様がいらしてます。私ではお通していいものかわからず、確認をしにまいりました」
「俺に客? どんなやつだ?」
イクシオンはロイズから手渡された書類を無造作に机の上に置いて受け答えをしている。
「エルダと名乗る女性です。どうやら殿下の子供を懐妊されているとおっしゃっていて、もうすぐで産まれそうなので至急会いに来てほしいと門の前で訴えていました」
この言葉にイクシオンとロイズは即座に反応していた。
「――ッ! ……そうか。ロイズッ!」
「は、はいっ!」
ロイズはそそくさと自分の机の引き出しから紙を取り出し、胸に抱えるとオリビアに笑顔で語りかけた。
「妃殿下。私が対応してまいりますので、妃殿下はこちらでお座りになり、殿下とゆっくりお茶でもなさっていてください」
何事もなかったような笑顔で接して来ているが、明らかに対応が手慣れていた。
「しかし……、殿下は会わなくてよろしいのですか? 相手の女性は殿下を出せと騒ぎ、自分の名前を聞けば、すぐにでも殿下が駆けつけるとおっしゃっていましたが?」
冷ややかに言葉を放つと、ロイズは苦笑いをしている。
「は、ははは……私で、大丈夫です。おそらくその女性の話は、虚偽だと思いますので……」
「虚偽、ですか?」
どうして虚偽だとわかるのだろう。
まずそれが疑問だった。
訝しげにロイズを見ていると、またそそくさと扉のほうへ移動している。
「では、とりあえず行ってまいりますっ!」
疑問を解消することもなく、ロイズは素早く出ていってしまった。
「あ……」
椅子から立ち上がったイクシオンがオリビアの近くまで歩いてきている。
「安心しろ。俺の子であることはまずない」
見上げた先にいつもの美貌があった。
イクシオンはいつもと変わらず、あっけらかんとした様子で話している。
「なぜそのようなことがわかるのですか?」
知らないうちに冷淡な口調で話している自分がいる。
わかっていたことだし、気にしていないはずなのだがイライラする気持ちが止まらない。
「相手のことはすべて調べさせているんだ。俺は一夜限りの相手と、子を残すつもりは微塵もないからな」
さも当たり前のように話すイクシオンに、オリビアは眉間に皺を寄せて疑問を投げかけていく。
「たくさんの女性と関係を持っていたのですから、その台詞には無理があると思います」
「とにかく、ないものはない。……ロイズが証拠を持って説明しにいっている。直に帰るだろうから気にするな」
イクシオンは一夜を共にした後、相手をした女性に対し冷たくなることは知っていた。
気にしないように対応したが、イクシオンの冷めた態度には引っかかった。
(私も、契約が終わればこんな風に冷たく突き放されるのかっ……その前に出て行くつもりだけど、実際目の当たりにすると自分の今後を見てるみたいで、すごく……気が重いな)
イクシオンにとって日常茶飯事なのかもしれないが、オリビアの心には様々な意味で暗い影を落とした。
「私は別に殿下に隠し子がいても気にしません。ですから、そんなふうに女性を冷たくあしらうのはやめてください」
相手の女性というよりは、自分のために言った言葉だった。
優しく対応しなくてもいいが、こんな風に厄介者扱いされたら、自分なら耐えられないと思った。
「何度も言うが、俺に隠し子なんていない。出来るわけがない。事前に避妊薬も飲み、対策はきちんとしていた。それに――」
「私に弁解しなくても結構です。聞きたくありませんっ」
捲し立てるようにイクシオンの言葉を遮って言葉を被せた。
これ以上この場で、他の相手との閨の話を聞いていることが辛かった。
振り向いて背を向けるオリビアに、イクシオンはすぐさま手首を掴み、自らのほうへと引き寄せた。
「待てっ!」
「ゃっ! 離してくださいっ」
振り解こうとしたが、しっかりと握られた手の力は思いのほか強かった。
「怒るな」
「怒ってませんっ」
自分が何に苛立っているのかもわからない。
こんな態度を取るつもりなどないのに心は正直で、イクシオンとの距離を空けようとしている。
「ちゃんと話を聞け。避妊もしていたし、直接精を出すことはしていない」
「そんなわけがありません! だって私にはいつもっ――」
イクシオンは夜伽の際には、毎回オリビアの腟内に精を放っていた。
しかも一度ではなく、これまでの行為で何度も腟内に精を注いでいたからだ。
「そうだな。お前にはそれを一切していない」
さらにグッと手首を引き寄せ、イクシオンはオリビアに美しい顔を近づけている。
「なっ……!」
「なぜだと思う?」
からかいなど一切なく、真剣にオリビアを見ているイクシオンの問いかけに言葉が詰まる。
「そ、れ……は……」
「お前との行為の前に避妊薬は飲んでいないし、子種もすべてお前の腟内に注いでいる。それがどういう意味かわかるか?」
「――ッ!!」
イクシオンの言葉に強い衝撃を受けた。
あまりの衝撃に大きく目を見張り、自分をずっと見つめている金色の瞳を呆然と眺めていた。
どうしてかと問われても、イクシオンの心など永遠にわかる訳がない。
どうして今、こんなことを言ってくるのか。
復讐の決意が鈍る話など、今の時点では聞きたくなかった。
「~っっ、そんなのっ、私にはわかりませんっ!」
今度こそ勢いよくイクシオンの手を振りほどくと、オリビアは脇目も振らずに駆け出し、部屋から出て行った。
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