薔薇の呪印 ~逃亡先の王子様になぜか迫られてます

ウリ坊

文字の大きさ
22 / 35

22

しおりを挟む
 

「アレクサンダー殿下、この後の予定も押してますので、急ぎましょう」

 ランスロットは懐中時計を見ながら話す。

「面白いところなのに残念だね。じゃあ、失礼するよ。ギルも、いい加減解放してあげなよ」

 その場を去っていくアーサーに、アイシャは再び礼を取り見送る。

 ギルバートも形だけの礼は取っていたが、すぐにアイシャに向き直り、再び睨まれる。

 アイシャは困ってしまう。
 ギルバートがしつこい。
 疑り深そうなのはわかっていたが、ここまでとは思わなかった。
 実際自分達が十分怪しいのはわかる。
 だが、王太子であるアーサーがティアーナに好意を寄せているおかげで、深く追及されずに済んでいるんだろうとアイシャはふんでいる。

 先ほど掴まれた左腕がかなりズキズキ痛む。正直もう解放してほしい。
 アーサーだってああ言ってくれたんだし、諦めてくれないだろうか。
 外も真っ暗で、あまり遅いとティアーナにもまた心配をかけてしまう。

 自分の少しの油断が命取りになってしまった。
 ここはある意味敵地だと思い、気を張らなくてはいけなかったのに。
 本当に今はそれだけが悔やまれる。
 これではしばらく逃亡は無理だ。自分のせいでこれ以上窮地に陥るわけにはいかない。

 
「どうすれば信じてもらえますか?監視でも着けますか?拷問でもして吐かせますか?私はそれでも構いません」
 
 痛む腕に手を当て、早く帰してもらいたい一心でギルバートに問いかける。

 この人に泣き落としなどは逆効果だ。
 
 隣に立つギルバートは何も言わず、再びアイシャの腕を掴む。
 しかし、今度は逆の腕だ。

「!…師匠?」

 また強く掴まれるのかと思わず身構えてしまう。本当に拷問でもするつもりだろうか。この人なら実際にやってもおかしくない。

「ちょっ、師匠!どこへ?!」

「黙って着いてこい」

 一言放つと、アイシャを引っ張ってどんどん歩いていく。
 アイシャは腕を引かれながら着いていくが、速度が早くて駆け足になる。

 ギルバートが連れて来たのは救護室だった。
 中に入ると、棚には様々な薬草やビンなどが飾られている。
 アイシャも何度かお世話になっていた。今日は待機医はいないようだ。

「座れ」

 椅子の前まで連れこられると、ようやく手を離してくれた。
 何故ここに来たのか良くわからなくて、立ち尽くしていると、ギルバートはアイシャの肩を掴んで無理矢理座らせる。

「師匠!?何ですか?急に!?」

 少しパニックになる。ギルバートの意図がわからない。
 元々良くわからない人物だったが、更に意味不明だ。何をされるのか検討がつかない。
 ギルバートはアイシャに背を向け、棚の中をごそごそと漁り、何かを探している。
 かと思うと急に振り向き、アイシャが座っている向かいの椅子に腰をかけた。
 
「手を出せ」
「はぁ…?」
「早くしろ」

 なんで手を出すのかわからないが、とりあえず痛くない方の手を出すと、そっちじゃないと怒られた。
 しょうがなくソーっと手をギルバートに差し出す。更に痛い目に合わされるんじゃないかと、ヒヤヒヤしてしまう。
 アイシャの伸ばされた手を取ると、握っている反対の手で赤黒くなったアザに湿布を貼っていく。
 ひんやりする感触に思わずビクッとなるが、熱をもっていたので心地よく感じる。

 貼り終えると今度は包帯を巻いていく。
 ギルバートはこういったことに慣れているのか、くるくると実に手慣れた感じで器用に巻いている。
 
「あの…師匠、急にどうしたんですか?」

 ギルバートの突然の行動が不気味で、思わず質問してみる。先ほどまで親の仇のような目で見ていたのに、いきなりどういう心変わりだろう。

 ギルバートは黙々と治療していて答えない。
 
 アイシャはこっそりため息をつき、暇なので改めてギルバートの顔をじっくりと見る。
 こうしてまじまじと見ると、吊り上がった灰色の瞳を縁取っている睫毛は意外な程長い、端正な顔の造りも、サラッとした紺色の髪も、この不機嫌そうな威圧的なオーラがなければギルバートも美男子に見える。
 近寄りがたい雰囲気をいつも出しているから、周りからは怖がられているが。
 ギルバートが団長に任命されたのは急なことだった。前任の団長が先の遠征で負傷し、急遽決まったみたいだ。今は騎士爵しかないが、今度武勲をたてれば叙爵され貴族の仲間入りをするらしい。
 アイシャはあまり詳しくわからないが、他の騎士達がそう言っていた。
 ギルバートは女性からの人気は高いらしく、アイシャか訓練に来る前の時間には、見学するご令嬢達がかなりいるようだ。


 今度は再び巻かれていく腕に視線を落とす。


 いくら顔が良くて強くても、アイシャなら絶対お断りだ。
 こんな乱暴な男の何がいいのかわからない。

 そもそも誰かと一緒になるという発想がない。
 アイシャにも言い寄ってくる輩は少なからずいるが、結婚などというものをしたいとも思わない。

 誰かを愛するがゆえ悲劇が生まれ、その犠牲になるのが罪もない子供だ。
 母を失った父も、父の愛を得られなかった継母も、男女の仲など無い物ねだりばかりだ。
 
「……い。おい!」

 急に声を掛けられ、ハッとする。

「はい!?師匠…何ですか?」
 
 ビックリしてギルバートを見ると、冷たい灰色の瞳と目が合う。

「お前がボケッとしてるからだろ」
 
 呆れたように言われ、治療の終わった腕を離す。これはお礼を言うべきなのだろうか。
 でも酷い事をしたのはギルバートなんだし、その必要はないか迷うところだ。

 ただ自分にも後ろめたい部分があるから、全てギルバートのせいにするのも気が引ける。
 利き手じゃなかっただけ良かったかもしれない。










しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。

大森 樹
恋愛
【短編】 公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。 「アメリア様、ご無事ですか!」 真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。 助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。 穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで…… あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。 ★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...