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しおりを挟む「アレクサンダー殿下、この後の予定も押してますので、急ぎましょう」
ランスロットは懐中時計を見ながら話す。
「面白いところなのに残念だね。じゃあ、失礼するよ。ギルも、いい加減解放してあげなよ」
その場を去っていくアーサーに、アイシャは再び礼を取り見送る。
ギルバートも形だけの礼は取っていたが、すぐにアイシャに向き直り、再び睨まれる。
アイシャは困ってしまう。
ギルバートがしつこい。
疑り深そうなのはわかっていたが、ここまでとは思わなかった。
実際自分達が十分怪しいのはわかる。
だが、王太子であるアーサーがティアーナに好意を寄せているおかげで、深く追及されずに済んでいるんだろうとアイシャはふんでいる。
先ほど掴まれた左腕がかなりズキズキ痛む。正直もう解放してほしい。
アーサーだってああ言ってくれたんだし、諦めてくれないだろうか。
外も真っ暗で、あまり遅いとティアーナにもまた心配をかけてしまう。
自分の少しの油断が命取りになってしまった。
ここはある意味敵地だと思い、気を張らなくてはいけなかったのに。
本当に今はそれだけが悔やまれる。
これではしばらく逃亡は無理だ。自分のせいでこれ以上窮地に陥るわけにはいかない。
「どうすれば信じてもらえますか?監視でも着けますか?拷問でもして吐かせますか?私はそれでも構いません」
痛む腕に手を当て、早く帰してもらいたい一心でギルバートに問いかける。
この人に泣き落としなどは逆効果だ。
隣に立つギルバートは何も言わず、再びアイシャの腕を掴む。
しかし、今度は逆の腕だ。
「!…師匠?」
また強く掴まれるのかと思わず身構えてしまう。本当に拷問でもするつもりだろうか。この人なら実際にやってもおかしくない。
「ちょっ、師匠!どこへ?!」
「黙って着いてこい」
一言放つと、アイシャを引っ張ってどんどん歩いていく。
アイシャは腕を引かれながら着いていくが、速度が早くて駆け足になる。
ギルバートが連れて来たのは救護室だった。
中に入ると、棚には様々な薬草やビンなどが飾られている。
アイシャも何度かお世話になっていた。今日は待機医はいないようだ。
「座れ」
椅子の前まで連れこられると、ようやく手を離してくれた。
何故ここに来たのか良くわからなくて、立ち尽くしていると、ギルバートはアイシャの肩を掴んで無理矢理座らせる。
「師匠!?何ですか?急に!?」
少しパニックになる。ギルバートの意図がわからない。
元々良くわからない人物だったが、更に意味不明だ。何をされるのか検討がつかない。
ギルバートはアイシャに背を向け、棚の中をごそごそと漁り、何かを探している。
かと思うと急に振り向き、アイシャが座っている向かいの椅子に腰をかけた。
「手を出せ」
「はぁ…?」
「早くしろ」
なんで手を出すのかわからないが、とりあえず痛くない方の手を出すと、そっちじゃないと怒られた。
しょうがなくソーっと手をギルバートに差し出す。更に痛い目に合わされるんじゃないかと、ヒヤヒヤしてしまう。
アイシャの伸ばされた手を取ると、握っている反対の手で赤黒くなったアザに湿布を貼っていく。
ひんやりする感触に思わずビクッとなるが、熱をもっていたので心地よく感じる。
貼り終えると今度は包帯を巻いていく。
ギルバートはこういったことに慣れているのか、くるくると実に手慣れた感じで器用に巻いている。
「あの…師匠、急にどうしたんですか?」
ギルバートの突然の行動が不気味で、思わず質問してみる。先ほどまで親の仇のような目で見ていたのに、いきなりどういう心変わりだろう。
ギルバートは黙々と治療していて答えない。
アイシャはこっそりため息をつき、暇なので改めてギルバートの顔をじっくりと見る。
こうしてまじまじと見ると、吊り上がった灰色の瞳を縁取っている睫毛は意外な程長い、端正な顔の造りも、サラッとした紺色の髪も、この不機嫌そうな威圧的なオーラがなければギルバートも美男子に見える。
近寄りがたい雰囲気をいつも出しているから、周りからは怖がられているが。
ギルバートが団長に任命されたのは急なことだった。前任の団長が先の遠征で負傷し、急遽決まったみたいだ。今は騎士爵しかないが、今度武勲をたてれば叙爵され貴族の仲間入りをするらしい。
アイシャはあまり詳しくわからないが、他の騎士達がそう言っていた。
ギルバートは女性からの人気は高いらしく、アイシャか訓練に来る前の時間には、見学するご令嬢達がかなりいるようだ。
今度は再び巻かれていく腕に視線を落とす。
いくら顔が良くて強くても、アイシャなら絶対お断りだ。
こんな乱暴な男の何がいいのかわからない。
そもそも誰かと一緒になるという発想がない。
アイシャにも言い寄ってくる輩は少なからずいるが、結婚などというものをしたいとも思わない。
誰かを愛するがゆえ悲劇が生まれ、その犠牲になるのが罪もない子供だ。
母を失った父も、父の愛を得られなかった継母も、男女の仲など無い物ねだりばかりだ。
「……い。おい!」
急に声を掛けられ、ハッとする。
「はい!?師匠…何ですか?」
ビックリしてギルバートを見ると、冷たい灰色の瞳と目が合う。
「お前がボケッとしてるからだろ」
呆れたように言われ、治療の終わった腕を離す。これはお礼を言うべきなのだろうか。
でも酷い事をしたのはギルバートなんだし、その必要はないか迷うところだ。
ただ自分にも後ろめたい部分があるから、全てギルバートのせいにするのも気が引ける。
利き手じゃなかっただけ良かったかもしれない。
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