薔薇の呪印 ~逃亡先の王子様になぜか迫られてます

ウリ坊

文字の大きさ
23 / 35

23

しおりを挟む


「師匠…一つ言いますが、私は敵ではありません」
 
 ギルバートはアイシャを一瞥すると、出した湿布や包帯を棚にしまっていく。
 
「お前が敵じゃないのはわかってる」

 後ろを向きながら淡々と話していくギルバート。こんなことを言うなんて珍しい。
 もっとボロクソに言われるかと思った。

「だが、怪しいのも事実だ。疑われたくないなら、お前の正体を明かせ」

 振り返ったギルバートは、真剣な眼差しをアイシャに向ける。
 ギルバートの言わんとしていることはわかる。
 確かに自分達は怪しい。身元もはっきりしていないし、全てが偽りだらけだ。
 それを見破るギルバートは流石と言いたい。

 本当なら、全てぶちまけてしまいたい。
 自分のこともティアーナのことも。

 色々考えて強くなろうと努力もしてきた。
 だが、やはり一人では限界があるのだ。
 ここで、ギルバートにティアーナが一国の王女だと明かしたら一体どうなる?
 
 棚に寄りかかり、腕を組んで見下ろされる。
 見透かされているような視線がイヤで、つい逸らしてしまう。

「…………」

「言えないのは、疚しい事があるからだろう?違うか?」

「……師匠」

「なんだ」

 逸らした視線をもう一度ギルバートに戻す。ギルバートは相変わらずアイシャを真っ直ぐに見ていた。

「いつか…話しますが、今はまだその時ではないんです。だから、もう少しだけ待ってもらえますか?」

「その時はいつ来るんだ?」

 何時、かなんて、こっちが聞きたい。
 いつまで逃げればいいのか、どこまで逃げればいいのか……アイシャが教えてほしい。
 
 どうすればティアーナが幸せになれるのだろう。
 自分が男なら、もっと早く問題は解決するのに。
 はぁ、とため息をつく。
 あの公爵に嫁いでも、アーサーに嫁いでも……結局幸せになれるかなんてわからない。
 どこに嫁に行っても、苦労はするものなのだ。
 
「いつかなんて、そんなの………私にもわからないです。私が決められないんですから……」

 椅子に座ったまま、床を見ながら話す。つい言葉を濁す。はっきり言えないのはツラい。

 アイシャはティアーナに従うだけだ。自分に決定権などない。それについてなんの不満もない。
 
「お前は、面倒なヤツだな」

「師匠に言われたくないです。もう帰っていいですか?」

「さっさと帰れ」

 用済みだとばかりの言葉にカチンとくる。

(あんたがしつこく問い詰めてきたんでしょうが!)

 突っ込みたいことは有り余るほどあるが、アイシャは呑み込んだ。
 また文句を言って引き留められるのも面倒だからだ。
 とりあえずようやく帰れる。ようやく解放される喜びに、勢いつけて立ち上がった。
 その瞬間、クラっと眩暈が起きる。

(あ、倒れる……)

 そう思ったら、倒れる前にギルバートに抱き止められる。

「あっ……師匠……すみま………」

 駄目だ……世界が揺れている。
 ギルバートの背中にしがみつきながら、沸き上がる眩暈の気持ち悪さに耐える。背中に回した腕が痛んで、余計に吐き気が酷くなる。

「どうした?」

 間近に聞こえる声に答えられない。
 冷や汗が流れて、とにかく気持ち悪い。
 
「おい」

 荒い息を吐きながら、目を瞑って耐えることしか出来ない。
 次第に力が入らなくなって、ズルズルと身体が下がっていくが、ギルバートが抱き上げてくれたおかげで床に倒れずにすんだ。
 そしてギルバートは抱き上げたまま無言で歩き出す。

 口で荒く呼吸していると、少しだけ気持ち悪さが楽になってきた。
 たぶん貧血を起こしてしまったみたいだ。
 冷や汗も次第にひき、閉じていた目をゆっくり開ける。目の前にはギルバートの横顔が斜めに見える。

 揺られている感覚があるから、移動しているんだとわかる。

「あ………師…匠……」

 カツカツと廊下に響く音。
 少し外に目をやると、救護室から出て外へ続く回廊にまで移動していた。
 先ほどまでの症状が落ち着いて、すっかり元に戻った。

「師匠……もう、大丈夫です……」

 アイシャの言葉を無視して、ギルバートはどんどん歩いていく。
 もちろん遅いとはいえ王宮なので、巡回の騎士や衛兵などもいるのだが、みんな驚愕の表情で目を見開いてアイシャ達を見ていた。
 そんな視線を物ともせず、颯爽と歩くギルバートにアイシャは焦る。

「師匠!大丈夫ですから、降ろして下さい!」
 
 若干暴れ気味に話す。こんな見せ物みたいなのは嫌だ。後で噂される。ギルバートにとってもこれは良くない。
 しかし鍛え上げているギルバートには、アイシャの抵抗など全く効果はない。

「暴れるな。まだ顔色が悪い。今日はこのまま送る」

 このまま送る?この体勢のまま?嘘でしょ?
 思わずマジマジとギルバートを凝視してしまう。

「正気ですか?」
 
「ああ」

 何てことない風に言いながら、どうやらギルバートは馬車置き場まで向かっているようだ。
 この人はやはり鋭いのか鈍いのか、本当にわからない人間だ。

「師匠…わかりましたから……降ろし──」

 て下さい、という言葉は発せられなかった。
 
 何故なら、進む方向から会いたくない人物が現れたからだ。

 ギルバートを敵対視している、海の騎士団を統括しているもう1人の王国騎士団長。

 溟海の騎士と呼ばれるガウェイン=ウォーカーその人だったから。
 

 
 













 ****************************
 読んで頂き、ありがとございます!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。

大森 樹
恋愛
【短編】 公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。 「アメリア様、ご無事ですか!」 真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。 助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。 穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで…… あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。 ★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...