愛してる。だからばいばい

はすか

文字の大きさ
10 / 11
本編

10

しおりを挟む



「あ……ああ」

 王都外れの深い森の中、私──ローズ・ミェイアルは、あるものを見てしまった。
 木の幹にもたれ座り込む、藍髪の青年。表情は苦痛に塗れ、その眦には大粒の雫と、頬にはそれが流れた跡が見えた。
 そして、彼を中心に広がる赤黒い水。言うまでもなく血だ。この量は、どこからどう見ても異常……おそらく、彼は死んでいる。

 涙が溢れた。見ず知らずの人のはずなのに。強いて言うなら、先程なぜか私の部屋にいて、一目見たくらいだ。見ず知らずでいいだろう。
 それなのに、涙が止まらない。祖母を亡くした時でさえ、こんなには泣けなかった。
 私は止まることを知らない涙を拭うことを諦め、血塗れの青年に近づいた。自身が汚れることも厭わず、目を閉じた彼の前に屈む。その頬に触れて──

「!」

 彼の目が薄らと開いた気がした。青年は信じられないものを見るかのように私の顔を見つめ、やがて愛しい人に向けるかのような華やいだ笑顔を浮かべた。

「待っていてください。今、医者を呼びますから……」

 声が震える。彼を亡くしてしまうかもしれないという恐怖と、彼が助かるかもしれないという歓喜の半々で、浮かべる表情もどこか引き攣ってしまう。
 笑わなきゃ。笑って、安心させてあげないと。

「大丈夫……笑わなくていいよ」

 彼の声がすっと私の心の内に溶け込んで、染み渡る。その感覚が、ごく自然のもののように感じられて、私はまた涙を零す。
 本当に、私はこの人のことを知らないの? だったら、どうして。

 ──どうして、こんなにも彼の声に安心させられるの。

「貴方は……誰、なのですか……?」

 一瞬聞くのを躊躇ったが、これだけは聞いておかなければいけないと思った。相手のことを忘れるなど失礼極まりないが、今回は、普通に忘れたのとは訳が違う気がする。
 そうでなければ、見ず知らずの人間に涙を流すはずがない。私は、彼を知っているはずなのだ。

「……セリシール僕を忘れないで

ローズは、貴方のことを絶対に忘れたりしません。ですから、どうか──」

 ふと、セリシールと名乗った彼の掠れた笑い声が耳に届いた。私がセリシールの顔を窺えば、彼は目元に手の甲を押し当てて、泣きながら笑っていた。

「うん。忘れないで、ローズ……愛してる」

「え……? ……!?」

 ぱたり、と。セリシールの腕が力を無くし、垂れ下がる。
 視線を腕の方へとやっていた私は、再び彼の顔に持っていく。

「セリシール?」

 彼の目が閉じていることに、言いようのない焦りと恐怖を感じる。冗談だろうと、私は彼の肩に触れた。
 すると、セリシールの体はいとも簡単に倒れてしまう。その光景があまりにも悪夢じみていて、私は堪らず叫んだ。

「ああ……! ああああ!」

 衝動のまま、私は彼の亡骸を抱き締める。また涙が止まらなくなった。死に顔にしては穏やか過ぎる表情の彼に、私の涙が次から次へと落ちていく。



 結局、それからセリシールが目を覚ますことはなく、私は自身の声が潰れるまで泣き叫び続けた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

あなたのためなら

天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。 その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。 アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。 しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。 理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。 全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

ジェリー・ベケットは愛を信じられない

砂臥 環
恋愛
ベケット子爵家の娘ジェリーは、父が再婚してから離れに追いやられた。 母をとても愛し大切にしていた父の裏切りを知り、ジェリーは愛を信じられなくなっていた。 それを察し、まだ子供ながらに『君を守る』と誓い、『信じてほしい』と様々な努力してくれた婚約者モーガンも、学園に入ると段々とジェリーを避けらるようになっていく。 しかも、義妹マドリンが入学すると彼女と仲良くするようになってしまった。 だが、一番辛い時に支え、努力してくれる彼を信じようと決めたジェリーは、なにも言えず、なにも聞けずにいた。 学園でジェリーは優秀だったが『氷の姫君』というふたつ名を付けられる程、他人と一線を引いており、誰にも悩みは吐露できなかった。 そんな時、仕事上のパートナーを探す男子生徒、ウォーレンと親しくなる。 ※世界観はゆるゆる ※ざまぁはちょっぴり ※他サイトにも掲載

 《完結》 どうぞ、私のことはお気になさらず

ヴァンドール
恋愛
実家の伯爵家では、満足に食事も取らせてもらえず毎日、使用人以上に働かされた。  そして縁談が来たと思ったら火遊び好きな侯爵の隠れ蓑としての婚姻だった。

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

『紅茶の香りが消えた午後に』

柴田はつみ
恋愛
穏やかで控えめな公爵令嬢リディアの唯一の楽しみは、幼なじみの公爵アーヴィンと過ごす午後の茶会だった。 けれど、近隣に越してきた伯爵令嬢ミレーユが明るく距離を詰めてくるたび、二人の時間は少しずつ失われていく。 誤解と沈黙、そして抑えた想いの裏で、すれ違う恋の行方は——。

処理中です...