忘却の姫子

ねこもり唯

文字の大きさ
6 / 54
スピンオフ作品

いつかの空

しおりを挟む
 隊長の奥方が産気づいたとの報せが入ったのは今日の午前(ひるまえ)だった。足早に兵士用厩舎に向かっていると、目的の前方の厩舎から出てきた人物と顔を合わせた。見知った人物だった。

「よお、グレン」
「ブルー」

 ブルーノはこの年同じくサンカルナ青騎士隊に入隊したばかりの少年だ。親友でもあった。

「どうしたんだよブルー。まさか城下に行って来たのか!? 抜け駆けは狡いぞ」

 今から隊長の奥方に贈る祝い品を取りに城下まで出かける所だった。

「まさか。違うよ。ちょっと寺院までね」
「ああ……なる程な」

 ブルーノは優秀なまでの敬虔なクレース教の信者だった。片身離さず聖書を持ち歩き、毎日のお祈りも欠かさない。
 まったく見上げた敬虔ぶりだ。ここ最近は、忙しさにかまけて寺院の参拝とお祈りからは遠ざかっていたなと思い出す。

「お前は今から城下か?」
「そう。ブルーノも一緒に行くか? 俺が隊長の祝い品を取りに行くことになって、ガイザ達が悔しがっていたよ。抜けられない講義があるって。実技試験一発で通過出来て幸運だったな俺達」
「悪いな。俺も今から別の用事があるから城下にはお前一人で行ってこい」
「そうか」

 城下へはそう簡単に行くことは出来なかった。隊長への祝い品を取りに行くという名誉ある大切な用事を与えられたことの誇りに胸が弾んでいた。ガイザ達もブルーノも今回は本当に残念だ。

「なあ。聞けよ」

 グレンよりも頭一つ分背の高いブルーノは、わずかに身を屈めて悪戯っぽく微笑んだ。

「今の季節、調査で盛んなのはなんだ?」
「は?」

 いきなり何の話だと目を丸くする。

「今の季節……?」
「そうだ。生物学の知識がないお前には分からないか」
「なんだよ」

 いささかムッとして唇を尖らせる。ブルーノは時おり、こんな調子で突拍子もなく話題を振り、目を白黒させるグレンをからかう所があった。

「俺の知らない話を持ち出してまた馬鹿にするのか」
「まさか。そんなんじゃないさ」

 昼の光が、二人の頭上を舞い飛んで柔らかく照らしている。 季節は秋だった。夏が過ぎて、気温も少しずつ涼しくなり始めている。今日は見事な秋晴れだった。秋らしい透明な光が地面の硬い土に反射して、足下の雑草達を光らせている。
 問うようなグレンの眼差しを避けて地面の光に目を落とし、ブルーノは抑えきれない笑みが込み上げてくるのを隠した。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

慈愛と復讐の間

レクフル
ファンタジー
 とある国に二人の赤子が生まれた。  一人は慈愛の女神の生まれ変わりとされ、一人は復讐の女神の生まれ変わりとされた。  慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を得た時、必ず復讐の女神の生まれ変わりは生を得る。この二人は対となっているが、決して相容れるものではない。  これは古より語り継がれている伝承であり、慈愛の女神の加護を得た者は絶大なる力を手にするのだと言う。  だが慈愛の女神の生まれ変わりとして生を亨けた娘が、別の赤子と取り換えられてしまった。 大切に育てられる筈の慈愛の女神の生まれ変わりの娘は、母親から虐げられながらも懸命に生きようとしていた。  そんな中、森で出会った迷い人の王子と娘は、互いにそれと知らずに想い合い、数奇な運命を歩んで行くこととなる。  そして、変わりに育てられた赤子は大切に育てられていたが、その暴虐ぶりは日をまして酷くなっていく。  慈愛に満ちた娘と復讐に駆られた娘に翻弄されながら、王子はあの日出会った想い人を探し続ける。  想い合う二人の運命は絡み合うことができるのか。その存在に気づくことができるのか……

繰り返しのその先は

みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、 私は悪女と呼ばれるようになった。 私が声を上げると、彼女は涙を流す。 そのたびに私の居場所はなくなっていく。 そして、とうとう命を落とした。 そう、死んでしまったはずだった。 なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。 婚約が決まったあの日の朝に。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

処理中です...