僕の初恋を返せ

鹿音二号

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美しくしてかっこいい王太子殿下は、実のところ書類仕事は苦手らしい。

「いや、助かった」

心底ほっとしたというようにグレオルはため息をついた。
その吐息すら優雅で、デイルはそっと目にその絵を焼き付けた。

「お役に立てたのなら幸いです」

レイリーがたまたま手が離せず、けれどどうにもグレオルの方も緊急の仕事があったらしい。
王太子付きの文官もいるのだが、それでも手が足りていない状態。そこにふらりと別件を申し付けられたデイルが現れた。
すぐに戻ってこいとも言われていないし、レイリーはしばらく離席している。
……王太子殿下の頼みなら、レイリーも怒りはしないだろう。
そう思い、手を貸すことにした。

「あとは、こちらの資料ですか」

文官たちが必死に王太子の執務室で計算やらまとめやらをしていて離れられなかったので、デイルは資料の選別や運搬、王宮の各部門の連絡係だ。
最後の資料は、禁書室に近い扱いのところにあって、王族やそれに準じた人間しか出入りできない。
しぶしぶ文官たちは王太子をお使いに出した。その補助をデイルがすることになったのだが……

(いやラッキーだったけど)

間諜がこうすんなり入れていいものだろうか。
もちろんデイルの正体がバレていないから、だろう。けれど副官の従者だからといって、ほいほいと連れて入るとは、少し危機感がないのではないだろうか。

「ああ、ええと……」

グレオルはどこか迷う素振りをする。きょろきょろと整列した書架を見ているけれど、目的の資料区分が見つからないらしい。
デイルはある程度見て、並び方の法則性を見つけた。

「たぶん、こちらです」

司書を連れて来られればよかったのだが、権限を持つ司書長が行方不明だとか。いや、行方不明と言っても離席したまま戻ってこないらしく、それはいつものことだと。
だいたい、本にかかわる人間はそういうのんびりなところがあるので不思議ではない。

「えっと……5、5の3は……あ、1かな」

手元のメモと並んだ書籍のタイトルを照らし合わせて、少し時間は掛かったけれど目的のものを見つけられた。

「ついでに、必要ないかもしれませんが、これも持っていったほうがいいかと」

近くにあった関連しそうな資料を指さすと、グレオルは素直に手にとって中身を確認する。
本を真剣に検分する美貌の王子は、やはり絵になる。

(あ、口に指なんか持ってこないで)

ともかくかっこいい、眩しい。

「うん、持っていくか」

3冊重ねて持って、グレオルは笑顔を見せた。

「素晴らしいな、さすがレイリーの副官」
「恐れ多いです」

てれっと、自分でもちょっと大げさに首を振るが、まあもちろん悪い気はしない。

「いや、あのレイリーが自分のそばに置くこと自体、お前は特別だろう。我が副官ながら、あの能力と手腕は別格だからな……それの補佐ともなると……」

苦笑するグレオルは、ちらりとデイルを見た。

「もうひとりの従者のベイディは……悪いやつじゃないんだが」
「はい、ベイディ様は僕、……私のようなものにも分け隔てなくお話ししてくれます」

文句なしにいい人だ。
同い年(いちおう)だが、貴族でレイリーの遠縁だとか。いわゆるコネ就職。
性格はむしろお貴族様とは思えない気さくさ。ぽっと出で、庶民どころか孤児だったデイルにも、嫌な顔一つせずに従者仲間として迎え入れてくれた。
それに、ベイディ自身が劣っているわけではない……たんに付いた上司が雲の上すぎた。

「好きですよ、ベイディ様も」
「……うん、友情に溢れている、いいことだ」

くつくつと笑う王子様は、ちょっと愛嬌もあって本当に目の保養だ。

「レイリーはどうだ?」
「お美しい上に完璧です。とても尊敬しています」

たとえデイルが何を偽っていても、この気持ちは本当だ。
ちょっと近寄りがたい雰囲気の美人だが、とてもいい人だ。デイルを見出してそばに置こうとしたのは驚いたが、彼の親切には心から感謝している。……本国への連絡をためらうくらいには。
その信頼を、恩を、そのうちに裏切ることになるのだろう、デイルは。
想像するだけで今から胸が痛い。

「俺は?俺はどうだ?」

何故かわくわくと、期待して見える王太子。
デイルに何を言わせたいのだろう。
思い当たることがなくて、そのままの気持ちを伝えようと口を開く。

が。
ばっと突然目の前が暗くなった。
真っ暗だ。何も見えない漆黒の闇。
王太子の姿もない。何もかもが、消えた。

「……あたしを置いていくの」

声が聞こえた。
はっと振り返ると、すぐ近く、懐かしい少女の姿があった。
彼女はじぃっとデイルを見つめ、口を開いた。

「あたしを、殺すの」
「違――」
「帰ってきて」

泣き出しそうに微笑む彼女は、すうっと闇に消えた。

「待って、待ってダーニャ」

何か、大事なものをなくしたような気がして、デイルは震えた。
そこで、ようやく気づいた。
これは、夢だ。

目を開ける。
ぼんやりと焦点が合わず、しばらくまばたきしていると、ばたばたと足音が聞こえた。

「良かった、目を覚ましましたか」

ふっと目の前が陰って、美神のようなお人が現れた。

「気分はどうです?おかしなところは?」

表情は薄いけれど、声は少し上ずっている。
どうやら、デイルの何かを疑っているらしい。

(もう、どうでもいい)

レイリーや、王太子が何を考えているかなんて、デイルには関係がない。

(はやく、帰らないと)

大事な人を待たせている。

けれど、身体が思うように動かない。
薬の後遺症かと思ったが、身動ぎすれば手足が拘束されてるのが分かった。ご丁寧に口にも布らしいものが噛ませてある。けれど、横たわるデイルの下には柔らかい布があった。いや、ここはベッドだろうか。
レイリーはかすかに眉を寄せた。

「……念のため、拘束しました。私たちへの害意や、……自傷の恐れがないと判断したら、外します」
「……」
「貴方には、ひどいことをしました。申し開きも出来ません。ですが、今一度話を聞いてくださいませんか」
「……」
「……デイル」

ふと、あの低くてゆったりとした声が自分を呼んだ。その戸惑ったような声音に、ぶわっと怖気が走ってきつく目を閉じて肩をすぼめた。
覚えている。彼が、自分に何をしたか。
それを受け止める自信がない。
震えそうになる身体を抑えていると、ゴッ!と鈍い音とうめき声がした。

「……少し、離れますね。また話をしましょう」

落ち着いた声がゆっくりそう残して、しばらくすると静かになった。
なぜか、泣けてくる。
勝手に出てくる涙もぬぐえない。

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