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「クソ王子、強姦魔、恥を知れ」
景気良く罵ってくるのは、自分の副官で幼馴染のレイリーだ。
彼は今、見たことがないほど激怒していた。
もともと冷たい容貌で表情は固い。それが目と眉をつり上げ、ゴミでも見るかのような冷え切った目で睥睨してくるので、正直さっきから冷や汗が止まらない。
グレオルは彼の前に膝を折りたたんで床に座っている。ひざまずいているようにも見える。
さらにその膝にはどこから持ってきたのか、レイリーの手によってレンガのような石が乗せられている。
痛い。重い。
だが、その文句も言えない。
少しばかり、いや、だいぶやらかした気は自分でもしている。
「薬で朦朧としている子を襲う?どこのクズでゲスだ」
冴え冴えとした声とともに、肩を蹴られた。
「うぐっ、でも彼だって好きだと言ってくれたんだ……その、つらそうだったから、かわいそうで」
「下半身野郎、本能だけで生きる猿かクソ」
口汚く怒声を浴びせるレイリーの、ここまで口調が崩れるのもなかなかない。けっこう猫かぶりなところがある幼馴染の、感情が高ぶると出るなかなか筋金入りの口調と語彙と態度が、今は如何なく発揮されている。
「心底軽蔑したぞ、過去最高だ」
「……」
王太子への態度とは思えないそれも、甘んじて受けるべきだ。
いつもそうだ、グレオルは調子に乗るとどこかでミスをする。
その時は名案だと思っていたものが、あとからとんでもない悪手であるとわかるというのはよくあることで、それの尻ぬぐいをぶつくさと文句を言いながらしてくれるのが主にレイリーだ。感謝しているし、やることなすこと完璧な幼なじみで従臣の彼は、王太子の密かな誇りだった。
だが、今回は本当に、愛想を尽かされそうな勢いだ。
分かっている。レイリーの副官で、他国の間諜の、デイルという青年をグレオルが抱いたせいだ。
デイルは明るくて、実直な人間だった。
最初は全く、彼の正体を知らなかった。
レイリーもだ、思いもしていなかった。
まさか、このドリザンドに侵攻するつもりの他国の間諜だったなんて。
事の起こりは、長年大雑把な会計だった騎士団部門が、最近ましになってきていると財務からの報告だった。興味本位だったと、レイリーは言っていたが……ともかく、査問に同行したらしい。
そこで、せっせと帳簿をつけるデイルを見つけた。
聞けば城の外郭の職人街にいたところを、縁があって騎士団に出入りし、すぐにでも下級騎士の従者になる予定だったと。
鍛冶屋に身を置いていたデイルは、やはり親方に言われてその店の金の管理をしていたとか。
レイリーは何故かデイルを気に入り、自分の副官にした。
これは、本当にただの偶然だった。彼の性格を知れば、同情やただの好意で無用な人間をそばに置くことはないのは分かっている。
デイルに先にかすかな違和感を覚えたのは、グレオルだった。
最近腹心が重用し始めた青年が、あまりにもできすぎていた。
すべてにおいて、そこにいるべき人間だった――とでも言おうか。慣れない仕事に弱音を吐きながら、それでも頑張る。けれど小さな失敗はあるし、明るく振る舞っていても、たまに怒られて落ち込んでいることがある。だが、結局のところギリギリで大きな失敗はない。
そう、人手不足で有能な側近がいないレイリーが、時に褒めて時に怒る、健気で頑張り屋のちょうどぎりぎり足りている。ちょうどいい塩梅の。
レイリーが好みそうな人間だった。
まさかと思って調べた。そのまさかだったときの、彼の表情はむしろ感心したと言っているようなものだった。
そうして、同時に重大な事実を知る。
隣国のカディラル王国が、ドリザンドを攻めるつもりだと。
その計画は、無謀だと言っていい。
そもそも国力が違う。
我が国ドリザンドは豊かだ。肥沃な土地、中央を流れる大河はそのままイエード海に注ぎ、その海岸は有名な漁場だった。
実り豊かな国土に、歴代の名君と言われる王の輩出。ここ三代、つまりグレオルの曽祖父の代から能力の足りた王が統治し、栄える一方だった。
対して、カディラルは弱かった。
土地は悪くない。多少山が多いが、その分水も森林もあり、林業と多少取れる鉄鉱石が主な収入源だった。うまくやれば、ドリザンドに引けを取らない豊かな国になったはずだ。
だが、先代国王が、あまりにも王たりえなかった。
金遣いの荒い御仁で、失敗するのが目に見えている遠い海の向こうの国との交易を押し進めた。そもそも、海がないのだ、どうやっても品物の運送に金がかかる。
拠点にしようとした港は、ちょうどドリザンドとカディラルと、三角形に結ぶような位置の、ドリザンドから見ても隣国のアリニエ共和国。思い切り使用料をふんだくられたとか。
交易は失敗に終わった。
問題は重なる。その先代の晩年に、大雨による被害が発生した。長雨で作物は腐り、もろくなった山は土砂崩れを頻発した。
大した復興も出来ないまま、先代王は逝去。息子の現王はそんな現状を見て見ぬふりで次なる野望に燃えていた。
豊かな隣国のドリザンドの土地の奪取だ。
狙いは、漁業と酪農が盛んなデーデン地方。アリニエ共和国との境でもある。
カディラルは、自国の領地は見捨てて、他国のものを掠め取ろうとする、盗賊である。
それを知ったときの、父王クリストファーの怒りはすさまじかった。あんなに怒った父をグレオルは見たことがない。
ともかく、戦争など以ての外だ。事前に分かっただけ、幸運だった。
その対策は王太子グレオルに委ねられた。
そうして、計画を練り……
問題は、間諜たちをどうするかだった。
昨晩、レイリーの副官だったデイルを確保したと同時に、おそらく全員捕縛した。
おそらく、というのは、誰ひとり口を割らないからだ。人数の確認がしようがない。
まあ、尋問はしているが、拷問はしていないから、黙らせたまま、と言ったほうが正しいか。
まだ、彼らを粗末に扱いたくない。
目的があった。
それを――
「俺はこんなにも自制心がないのか……」
計画が狂った。
王太子グレオルの蛮行である。
「そうだ、盛りのついた犬だ、畜生」
嘆くグレオルに、またゲシゲシと足蹴しながらレイリーは吐き捨てる。
一番の要は、デイルの存在だった。
彼を味方に引き入れる。それが一番いい方法だった。
薬を使ったのは強引だったが、なにせ時間がない。
タイムリミットは、今日の夕方。
それまでにデイルを説得し行動を共にして貰う予定だった。そう、説得だ。
危害を加えようなんてつもりは、毛頭なかった。
それを、暴走した王太子当人がぶち壊しているのだ、副官が怒るのも無理はない。
「デイルはあのときもう気を失っていましたよ」
「……」
「ケダモノめ」
レイリーはぞっとするほど低い声でグレオルを罵倒した。
あの時、用事を済ませ戻ってきたレイリーが、自分の執務室に2人がいないことに気づいた。まさか王太子の部屋で、グレオルが我を忘れてデイルを犯しているとは。殴って止めたとき、すでにとっぷりと日が暮れた、真夜中だった。
「……なぜあんなことを……」
罵り蹴り倒してはいたが、レイリーはグレオルの行動もおかしいとは思ってくれたらしい。
膝の上の石を下ろしてくれて、放免されたが、足がしびれていてその場で座り込んだ。
「……いや、完全に俺が悪い」
言いながら、グレオルは落ち込む。
また冷え切った目を向けたレイリーだったが、近くの椅子に腰掛けて足を組んだ。
「……ともかくある程度事の次第を知りたい。できるだけ、デイルの尊厳が危うくなるところ以外教えられるものは教えてください」
「……ああ」
おそらく、薬のせいで前後不覚になったデイルが、それでも意志の固さで自国の不利益になることは口を噤もうとした。
けれど、そちらに腐心しすぎて、思わずにだろう、もうひとつの秘密を直接口にしてしまった。
グレオルが、好きだと。
「……やっと言ってくれたと、彼の状態を気にすることなく……俺は、その」
「舞い上がって襲ったんですか」
「……気づいていたのか」
「……」
レイリーはこめかみをきつく指で押さえた。
「結論を言うと、気づいてはいたが気の所為だと思っていた。デイルはどうだったか知らないが貴方は異性愛者だったでしょう」
「ああ、だが…………………デイルは可愛かった」
「趣味ど真ん中でしたね、あの純朴そうだけれど妙に芯の強い、あまり派手ではない」
「よく分かっているじゃないか」
「うるさい」
嫌そうにレイリーは顔をしかめた。
「それは私の落ち度です。もう少し気にかけておけば良かった」
「いや……どちらかというと反省はこちらだろう」
恋心云々なんて、他人のことに口を出すのは野暮だ。
それよりも喫緊は、これだった。
小さな石のようなものをレイリーに手渡すと、彼は不思議そうに眺めた。
「これは?」
「デイルが噛みかけたおそらく自決用の毒薬だ」
とっさに気づいて、自分の手を噛ませられたのは本当に奇跡だ。それでやっと彼の立場とその行動原理を思い出したのだから、浮かれるにもほどがあると自分に腹が立った。
「……っ!?」
ざっと顔を青ざめさせたレイリーが、従者を呼ぶのは速かった。
「収容した間諜たちの再度身体検査を」
「奥歯に挟まっている毒薬があるはずだ」
口を挟んだグレオルに、ぎょっとした目を向けた従者は敬礼して足早に部屋を出ていった。
「……たぶん、現状で死んで終わりと考えている間諜はいないだろうがな」
「それも予想があっていればの話です……迂闊でした。なるほど、それで貴方は動揺して……」
「いやそれもだが、……自決しようとしたデイルからそれを取り上げたあとに、彼が……女性の名をつぶやいて……」
カッとなったのだ。
気がついたら、デイルを加減なく犯していた。
「……」
レイリーはきつく目を閉じて、首を振った。
「……彼が頑なだったのは、大事な女性を国に残しているからでは?」
「……――」
そうなると、すべてグレオルの勘違いだということに。
ざっと、血の気が引いていく。
いやだが、と思い直す。
まだデイルの嫌疑が曖昧だった頃から、彼のグレオルへの眼差しは恋する者のそれだった。それは確信できるほどの強さで。
グレオルはモテる。それはもう、この容姿と地位で、老若男女あらゆる人々からそういう視線は山ほどもらっている。
デイルに関してなら、もともと好ましい青年だったし、あまりにもキラキラした瞳だったので、こちらが面映ゆくなるくらいだった。
それに、強力な自白剤を吸引させられ、朦朧としている矢先のあの好きだという言葉と、その直後の狼狽えよう。あれが演技な訳が無い。
ちょっと、思い出してしまった。
真っ赤になって、この期に及んで否定しようとするあのかわいい仕草。
気持ちがいいと泣いて身もだえる姿に、グレオルが少し強引にしたら、怯える、あの……
「……駄目だ、俺は本当にケダモノだ」
自分に嗜虐趣味はないと思っていたが、あの泣いて震えるデイルにはどうしようもなく掻き立てられる。
「ゲスが」
また容赦なく罵られるが、洒落にならなくなってきた。
「貴方のやったことは最低で、許せるものではないですが……慰めるつもりもないですが、女性の名前をつぶやいたからといって、それが彼の思い人とは限らないでしょう」
少しレイリーの言葉を考えて、思いつく。
「……そうか、血縁や友人……」
深々と、ため息をつく副官。
「相当貴方も駄目になっていますね。正念場ですよ、最良最速のプランは失敗ですが、巻き返します。根気よく、あらゆる角度から、デイルを落とします」
タイムリミットは今日の夕方。
それまでに、デイルを何としても仲間にする。
当初よりも切実な思いで、グレオルはレイリーに頷いた。
景気良く罵ってくるのは、自分の副官で幼馴染のレイリーだ。
彼は今、見たことがないほど激怒していた。
もともと冷たい容貌で表情は固い。それが目と眉をつり上げ、ゴミでも見るかのような冷え切った目で睥睨してくるので、正直さっきから冷や汗が止まらない。
グレオルは彼の前に膝を折りたたんで床に座っている。ひざまずいているようにも見える。
さらにその膝にはどこから持ってきたのか、レイリーの手によってレンガのような石が乗せられている。
痛い。重い。
だが、その文句も言えない。
少しばかり、いや、だいぶやらかした気は自分でもしている。
「薬で朦朧としている子を襲う?どこのクズでゲスだ」
冴え冴えとした声とともに、肩を蹴られた。
「うぐっ、でも彼だって好きだと言ってくれたんだ……その、つらそうだったから、かわいそうで」
「下半身野郎、本能だけで生きる猿かクソ」
口汚く怒声を浴びせるレイリーの、ここまで口調が崩れるのもなかなかない。けっこう猫かぶりなところがある幼馴染の、感情が高ぶると出るなかなか筋金入りの口調と語彙と態度が、今は如何なく発揮されている。
「心底軽蔑したぞ、過去最高だ」
「……」
王太子への態度とは思えないそれも、甘んじて受けるべきだ。
いつもそうだ、グレオルは調子に乗るとどこかでミスをする。
その時は名案だと思っていたものが、あとからとんでもない悪手であるとわかるというのはよくあることで、それの尻ぬぐいをぶつくさと文句を言いながらしてくれるのが主にレイリーだ。感謝しているし、やることなすこと完璧な幼なじみで従臣の彼は、王太子の密かな誇りだった。
だが、今回は本当に、愛想を尽かされそうな勢いだ。
分かっている。レイリーの副官で、他国の間諜の、デイルという青年をグレオルが抱いたせいだ。
デイルは明るくて、実直な人間だった。
最初は全く、彼の正体を知らなかった。
レイリーもだ、思いもしていなかった。
まさか、このドリザンドに侵攻するつもりの他国の間諜だったなんて。
事の起こりは、長年大雑把な会計だった騎士団部門が、最近ましになってきていると財務からの報告だった。興味本位だったと、レイリーは言っていたが……ともかく、査問に同行したらしい。
そこで、せっせと帳簿をつけるデイルを見つけた。
聞けば城の外郭の職人街にいたところを、縁があって騎士団に出入りし、すぐにでも下級騎士の従者になる予定だったと。
鍛冶屋に身を置いていたデイルは、やはり親方に言われてその店の金の管理をしていたとか。
レイリーは何故かデイルを気に入り、自分の副官にした。
これは、本当にただの偶然だった。彼の性格を知れば、同情やただの好意で無用な人間をそばに置くことはないのは分かっている。
デイルに先にかすかな違和感を覚えたのは、グレオルだった。
最近腹心が重用し始めた青年が、あまりにもできすぎていた。
すべてにおいて、そこにいるべき人間だった――とでも言おうか。慣れない仕事に弱音を吐きながら、それでも頑張る。けれど小さな失敗はあるし、明るく振る舞っていても、たまに怒られて落ち込んでいることがある。だが、結局のところギリギリで大きな失敗はない。
そう、人手不足で有能な側近がいないレイリーが、時に褒めて時に怒る、健気で頑張り屋のちょうどぎりぎり足りている。ちょうどいい塩梅の。
レイリーが好みそうな人間だった。
まさかと思って調べた。そのまさかだったときの、彼の表情はむしろ感心したと言っているようなものだった。
そうして、同時に重大な事実を知る。
隣国のカディラル王国が、ドリザンドを攻めるつもりだと。
その計画は、無謀だと言っていい。
そもそも国力が違う。
我が国ドリザンドは豊かだ。肥沃な土地、中央を流れる大河はそのままイエード海に注ぎ、その海岸は有名な漁場だった。
実り豊かな国土に、歴代の名君と言われる王の輩出。ここ三代、つまりグレオルの曽祖父の代から能力の足りた王が統治し、栄える一方だった。
対して、カディラルは弱かった。
土地は悪くない。多少山が多いが、その分水も森林もあり、林業と多少取れる鉄鉱石が主な収入源だった。うまくやれば、ドリザンドに引けを取らない豊かな国になったはずだ。
だが、先代国王が、あまりにも王たりえなかった。
金遣いの荒い御仁で、失敗するのが目に見えている遠い海の向こうの国との交易を押し進めた。そもそも、海がないのだ、どうやっても品物の運送に金がかかる。
拠点にしようとした港は、ちょうどドリザンドとカディラルと、三角形に結ぶような位置の、ドリザンドから見ても隣国のアリニエ共和国。思い切り使用料をふんだくられたとか。
交易は失敗に終わった。
問題は重なる。その先代の晩年に、大雨による被害が発生した。長雨で作物は腐り、もろくなった山は土砂崩れを頻発した。
大した復興も出来ないまま、先代王は逝去。息子の現王はそんな現状を見て見ぬふりで次なる野望に燃えていた。
豊かな隣国のドリザンドの土地の奪取だ。
狙いは、漁業と酪農が盛んなデーデン地方。アリニエ共和国との境でもある。
カディラルは、自国の領地は見捨てて、他国のものを掠め取ろうとする、盗賊である。
それを知ったときの、父王クリストファーの怒りはすさまじかった。あんなに怒った父をグレオルは見たことがない。
ともかく、戦争など以ての外だ。事前に分かっただけ、幸運だった。
その対策は王太子グレオルに委ねられた。
そうして、計画を練り……
問題は、間諜たちをどうするかだった。
昨晩、レイリーの副官だったデイルを確保したと同時に、おそらく全員捕縛した。
おそらく、というのは、誰ひとり口を割らないからだ。人数の確認がしようがない。
まあ、尋問はしているが、拷問はしていないから、黙らせたまま、と言ったほうが正しいか。
まだ、彼らを粗末に扱いたくない。
目的があった。
それを――
「俺はこんなにも自制心がないのか……」
計画が狂った。
王太子グレオルの蛮行である。
「そうだ、盛りのついた犬だ、畜生」
嘆くグレオルに、またゲシゲシと足蹴しながらレイリーは吐き捨てる。
一番の要は、デイルの存在だった。
彼を味方に引き入れる。それが一番いい方法だった。
薬を使ったのは強引だったが、なにせ時間がない。
タイムリミットは、今日の夕方。
それまでにデイルを説得し行動を共にして貰う予定だった。そう、説得だ。
危害を加えようなんてつもりは、毛頭なかった。
それを、暴走した王太子当人がぶち壊しているのだ、副官が怒るのも無理はない。
「デイルはあのときもう気を失っていましたよ」
「……」
「ケダモノめ」
レイリーはぞっとするほど低い声でグレオルを罵倒した。
あの時、用事を済ませ戻ってきたレイリーが、自分の執務室に2人がいないことに気づいた。まさか王太子の部屋で、グレオルが我を忘れてデイルを犯しているとは。殴って止めたとき、すでにとっぷりと日が暮れた、真夜中だった。
「……なぜあんなことを……」
罵り蹴り倒してはいたが、レイリーはグレオルの行動もおかしいとは思ってくれたらしい。
膝の上の石を下ろしてくれて、放免されたが、足がしびれていてその場で座り込んだ。
「……いや、完全に俺が悪い」
言いながら、グレオルは落ち込む。
また冷え切った目を向けたレイリーだったが、近くの椅子に腰掛けて足を組んだ。
「……ともかくある程度事の次第を知りたい。できるだけ、デイルの尊厳が危うくなるところ以外教えられるものは教えてください」
「……ああ」
おそらく、薬のせいで前後不覚になったデイルが、それでも意志の固さで自国の不利益になることは口を噤もうとした。
けれど、そちらに腐心しすぎて、思わずにだろう、もうひとつの秘密を直接口にしてしまった。
グレオルが、好きだと。
「……やっと言ってくれたと、彼の状態を気にすることなく……俺は、その」
「舞い上がって襲ったんですか」
「……気づいていたのか」
「……」
レイリーはこめかみをきつく指で押さえた。
「結論を言うと、気づいてはいたが気の所為だと思っていた。デイルはどうだったか知らないが貴方は異性愛者だったでしょう」
「ああ、だが…………………デイルは可愛かった」
「趣味ど真ん中でしたね、あの純朴そうだけれど妙に芯の強い、あまり派手ではない」
「よく分かっているじゃないか」
「うるさい」
嫌そうにレイリーは顔をしかめた。
「それは私の落ち度です。もう少し気にかけておけば良かった」
「いや……どちらかというと反省はこちらだろう」
恋心云々なんて、他人のことに口を出すのは野暮だ。
それよりも喫緊は、これだった。
小さな石のようなものをレイリーに手渡すと、彼は不思議そうに眺めた。
「これは?」
「デイルが噛みかけたおそらく自決用の毒薬だ」
とっさに気づいて、自分の手を噛ませられたのは本当に奇跡だ。それでやっと彼の立場とその行動原理を思い出したのだから、浮かれるにもほどがあると自分に腹が立った。
「……っ!?」
ざっと顔を青ざめさせたレイリーが、従者を呼ぶのは速かった。
「収容した間諜たちの再度身体検査を」
「奥歯に挟まっている毒薬があるはずだ」
口を挟んだグレオルに、ぎょっとした目を向けた従者は敬礼して足早に部屋を出ていった。
「……たぶん、現状で死んで終わりと考えている間諜はいないだろうがな」
「それも予想があっていればの話です……迂闊でした。なるほど、それで貴方は動揺して……」
「いやそれもだが、……自決しようとしたデイルからそれを取り上げたあとに、彼が……女性の名をつぶやいて……」
カッとなったのだ。
気がついたら、デイルを加減なく犯していた。
「……」
レイリーはきつく目を閉じて、首を振った。
「……彼が頑なだったのは、大事な女性を国に残しているからでは?」
「……――」
そうなると、すべてグレオルの勘違いだということに。
ざっと、血の気が引いていく。
いやだが、と思い直す。
まだデイルの嫌疑が曖昧だった頃から、彼のグレオルへの眼差しは恋する者のそれだった。それは確信できるほどの強さで。
グレオルはモテる。それはもう、この容姿と地位で、老若男女あらゆる人々からそういう視線は山ほどもらっている。
デイルに関してなら、もともと好ましい青年だったし、あまりにもキラキラした瞳だったので、こちらが面映ゆくなるくらいだった。
それに、強力な自白剤を吸引させられ、朦朧としている矢先のあの好きだという言葉と、その直後の狼狽えよう。あれが演技な訳が無い。
ちょっと、思い出してしまった。
真っ赤になって、この期に及んで否定しようとするあのかわいい仕草。
気持ちがいいと泣いて身もだえる姿に、グレオルが少し強引にしたら、怯える、あの……
「……駄目だ、俺は本当にケダモノだ」
自分に嗜虐趣味はないと思っていたが、あの泣いて震えるデイルにはどうしようもなく掻き立てられる。
「ゲスが」
また容赦なく罵られるが、洒落にならなくなってきた。
「貴方のやったことは最低で、許せるものではないですが……慰めるつもりもないですが、女性の名前をつぶやいたからといって、それが彼の思い人とは限らないでしょう」
少しレイリーの言葉を考えて、思いつく。
「……そうか、血縁や友人……」
深々と、ため息をつく副官。
「相当貴方も駄目になっていますね。正念場ですよ、最良最速のプランは失敗ですが、巻き返します。根気よく、あらゆる角度から、デイルを落とします」
タイムリミットは今日の夕方。
それまでに、デイルを何としても仲間にする。
当初よりも切実な思いで、グレオルはレイリーに頷いた。
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