僕の初恋を返せ

鹿音二号

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部屋を出て、目に見えてしょぼくれたグレオルを、もう一度引っ叩いた。

「クソが、やっとわかったか」
「……ああ」

叩かれた頬をそのままに、グレオルはうなだれた。
あの魂が抜けたようなデイルを見て、ようやく真に自分のしたことに理解が及んだらしい。衝撃を受けたグレオルは、息すら止めて固まっていた。

レイリーとて、デイルのことは気に入っている。
公私は分けるが、どちらにしろ国の安全のために必要な人材を台無しにされかけたのだから、ここは思い切り私怨を乗せてもいいはずだ。

「あれをあと半日で再生して言質を取らなければ」
「レイリー」
「私にこんな心にもないことを言わせているのはお前だ、グレオル」

腸が煮えくり返りそうだ。
この自分の幼馴染にして主人を、ここまで恨めしく思ったことがない。

「……ともかく、刺激せず今は落ち着かせるのが最優先だ。貴方はこの部屋の出入りを禁じます」
「……ああ」
「あとは……どれだけ効果があるか分かりませんが、間諜らの説得、あるいは味方への引き込みを……」
「俺が行く」
「……殿下。立場をお忘れですか」

とんでもない失敗をしたくせに、と睨みつければ、グレオルはいっそ厳かに頷いた。

「だからこそだ。……もう、失敗できない」

今の黒い瞳は、いつぞや戦場に出たときの指揮官としての表情以上に、真に迫っていた。

「……いいでしょう。私も行きます」

決まればグレオルの行動は速かった。
間諜たちの捕らえた牢へその足でおもむき、ひとり協力的な者を釣った。
今まで黙秘を貫いていたのに、態度を変えた間諜の男に不審がないわけでもなかったが……
だが、デイルに会わせてほしいと懇願する彼に、嘘や偽りの気配はない。

デイルを閉じ込めた部屋に連れていくと、間諜の男はベッドの上の彼を見て息を呑んだ。

「デイルは尋問で……こちらのミスで、非常に消耗させてしまった。その点を考慮願う」
「……」

デイルと同じカディラルの間諜の男……カッシュといったか、彼はレイリーを睨みつけた。眼光は鋭く、どうやら、デイルへの仕打ちを心底怒っているようだった。

「……デイル。おい、しっかりしろ」

手を拘束しているし、デイルに近づくことは許した。男はベッドの近くに膝をついた。レイリーたちの方向からは男の後ろ姿とかろうじてデイルの上半身が見えた。
デイルは横たわったまま、うっすらと目を開ける。

「分かるか、俺だ」
「……」

デイルがかすかに頷くと、男はほっと息をつく。

「……お前はひどい有様だな、俺は……俺たちはなんにもされてねえのにな。やっぱり、バレたってのは本当だな、お前には迷惑かけた」
「……」
「俺は、この国を……ドリザンドを信じることにした」

ぴくりと、デイルが震えた。

「こうなった以上、俺たちの未来はない。……分かるだろ、詰んでるんだ。けど、俺たちを殺しもせず、使ってくれるという話は……勝手な願望もあるが、嘘じゃないと俺は思った。縋るしか……」

言葉を詰まらせたカッシュに、何を思ったのか、デイルが頭をもたげた。彼の麦わら色の髪がさらりとシーツを滑る。
レイリーのそばに控えていたベイディに、彼の猿轡を外すように指示する。
けれど、布をほどかれたデイルは何も言わなかった。

「お前には、俺たちの勝手な思いのせいでこんなことになって……許してくれ。だから、この先何があっても、俺が全部、ドリザンドに手を貸したことにしろ」

呆然とカッシュを見上げるデイルの目がゆっくりと見開かれる。

「もし、俺に何かあったら、お前が無事に国に帰れたら……俺の妻と子供をよろしく頼む。エンフィーの街の小間物屋だ。そこにいるはずだ……生きていれば」
「……」
「湿っぽくなったな。もし、だ。お前とも最後かもしれねえし。だが、また会えたらきっといい未来になってるんだろう、その時は、まあ笑ってやってくれ」
「……ッシュ」

デイルが口をきいた。かすれた声。

「みんな……は」
「大丈夫だ、このお方たちの言葉通り、元気だ。快適な牢屋暮らした、意外と居心地はいい」
「……」
「そういうことだ。俺は俺の思った通りに動く。お前も好きにしろ。俺たちを気に病むな」
「……」
「じゃあな」

男はベッドから離れた。
レイリーを見る目はまだ少し険があるが、気は変わらないらしい。

「我らに協力すれば、必ず妻子を助ける。それは約束しよう」
「……期待します」

たしか、この男は荷運びの使用人に紛れていたはずだ。30代なかばの、少し背が高くガッシリとした体つき。愛嬌のある小さめの茶色の目に短い金髪。粗野な雰囲気だが、おそらく頭は見た目以上に使えるのだろう。

「では……デイル」

返事はないだろうが、声を掛ける。

「ベイディを残します。何かあったら彼に言いなさい」
「……」
「お願いします、ベイディ」
「はい」

彼もデイルと親しかった。心を痛めているらしく、表情は固い。
カッシュを伴い、部屋を出ると目の前に王太子殿下が苦悩の表情で立っている。顔だけは良いので、自業自得のはずなのに何故か憐憫を誘う……のが、レイリーにはイラッとポイントである。

「どうだった」
「少し反応はありました。ですが、焦るわけには行きません。最悪……間に合わなくてもカッシュの協力で誤魔化せるかと」
「そう、か……」
「では、カッシュ。貴方には色々と聞きたいことがあります。すべて、偽りを申さず、話してくれますか」
「はい」

カッシュは決意の表情だった。

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