8 / 44
1−5
しおりを挟む
カッシュの無事な姿を見て、すこし、いやかなりほっとした。
しばらくぼうっとしているうちに、ほんのちょっと寝てしまったらしい。とは言っても、さっきの泥のような眠りじゃない、何かあれば意識する前に飛び起きるような浅い眠り。
それだけでも、だいぶ頭がすっきりした。
(カッシュは、ドリザンドを信じると言った)
怪我もなさそうで、つまり昨晩のレイリーの言葉は本当なのだろう。
(カッシュはなんで信じたんだ?)
そう、彼も、カディラルの間諜の誰もがそうであるように、人質を取られている。
裏切りがバレた場合は、どうなるかなんて一目瞭然。裏切りどころか……今、こんなふうに全員が捕まったとなると、自分たちが生きていようが死んでいようが、人質はどうなるのか。
(だから、なのか)
人質となった大事な、彼の場合は妻子の無事を確保できる可能性があるのは、かなしいかな、まだ今のところ嘘を言わないドリザンドだ。
カディラルへの忠誠心は、実のところほとんど誰も持ち合わせていない。デイルは人質を取られているのだと分かった時点で、みじんもなくなってしまった。
今なら、ドリザンドの方が可能性があると分かる。
王太子は、やると言ったらやるお人だ。
(でも、信じられなくなったな……)
グレオルの人となりは知っているはずだった。
おおらかで、優しくて、意志の強い人。
けれど、あの時は言葉の通じない全くの別人に見えた。
いや、薬で錯乱したデイルの感想だから……いや違う。
(そもそも普通にないよな?)
まともな判断ができない人間を襲うなという話だ。
どうしてそんな当たり前のことに気付かないのだ。
(……やっぱり薬でおかしくなってるな、僕)
けれど、好きだったのだ。
自分で気づかなかった気持ちを暴かれて、これ幸いと頂かれた。王太子に何の心づもりがあったのか知らないが、ないったらない。
……これは、怒っていいのだろう。
やっと整理がついて、ふつふつと怒りがわいてきた。
正体がバレた上に気持ちもバレて、好きな人にわけもわからず抱かれた。あまりの衝撃的な出来事に頭がこんがらがっていた。
気がつけば、簡単な話だ。
(ドリザンドの目的を聞いていない)
一番重要で、分からない理由はそれだ。
……聞いてもいいのだろう。
レイリーは、語りかけてくれた。
聞いてどうするかは、その時だ。
カッシュも、そんな気持ちだったのだろう。そして、彼はドリザンドを選んだ。
(……喉が渇いたな)
ようやく、いろんな感覚が戻ってきた。
身体は、足腰の違和感以外はおかしなところがない。変な匂いやベトつきはないということは……あまり考えないようにしよう。
着ている服はワンピースの寝間着だろう。肌触りもいいし、もしかしたら高価なものの気がする。
目だけで周囲を探ると、どうやらこの部屋は城の客間といったところか。たぶん、王宮のような気がする。非効率を嫌うレイリーは、間諜だろうと用事があるデイルにすぐに会えるようにしているはずだ。
(よし……)
心は決まった。
「ベイディさま、」
「何!?」
いるとは聞いていたけれど、呼ぶと食らいつくように返事されてしまった。
暇だったのだろう。
「あの……お水をいただけますか」
「いいぞ!もちろん!」
目の前に現れたのは、貴族で騎士らしく、柔和で整った顔の青年。薄緑色の切れ長の目、亜麻色の髪が少しカールして額にかかっている。
言いながら、嬉々として水差しを差し出すベイディ。なんだか相変わらずで笑いそうになってしまう。
「ああ、手をほどこうか?許可はもらっている」
だが、すっと落ち着いて確認を取る彼も、レイリーの従者なだけはある。
「逃げることは考えない方がいい。俺も帯剣しているし、外には衛兵が3人いる。そして……自分を傷つけないでくれ」
「はい。分かりました」
「そうか」
心底ほっとしたというように、ベイディは頬を緩めた。
手足の拘束は解いてもらったが、今見てみると細い布だ。どれだけ丁寧に扱われていたのか分かってしまい、少し胸がつきんとした。
伊達に長い間間諜として働いていない。死線をくぐることなんて特別なことではなかったし、尋問や拷問で痛めつけられたことも。
薬だって、かたくななデイルに少しばかり口をきかせるようにしたかっただけだろう――そう、あの王太子の仕打ちがなければ。
(やっぱりあれのせい)
内心でブスくれながら、水をもらう。少し手の力が入らない気がするけれど、おそらく長い間拘束されていたからだろう。
「……デイル」
横に座ったベイディは、おそるおそる声をかけてきた。
「はい」
「その、俺、信じられなくて……お前が、その間諜だって」
「……事実ですよ」
「本当……なのか」
「レイリー様が無実の人間を捕まえるような間違いをするわけないでしょう……王太子と違って」
「ん?最後?」
「いーえ」
ぼそりと付け加えた恨み言は聞かれていないようで良かった。
ベイディは人の良さそうな顔のそのまま、心配そうにデイルを見ている。
「だが、大丈夫か、ずいぶんつらそうだった」
どうやら、彼はデイルの身に何が起きたのか、あまり知らないらしい。ほっとする。
「……今はマシです。お水、ありがとうございました」
「いや……その、何でも言ってくれ。外には出せないが、ある程度便宜は図っていいとレイリー様は仰っていた」
「ありがとうございます」
これは懐柔作戦だろうか。
けれど、カッシュも居心地がいい牢屋、なんて言い方をしていた。ようは捕虜程度の扱いはしてもらえるのだろう。
そして、何故かデイルを重要視して、どうにか味方にしようとしているのは変わっていない。
(そうか、時間がない……って)
ふと気がついた。
「ベイディ様、今は僕が捕まった次の日ですよね、何時ですか」
「たしか、昼の2の半……くらいだろう」
「……時間がない、か」
レイリーがおそらく気にしているのは、カディラルへの定期連絡だ。
間諜全員の持ち回りで、3日ごとにひとりずつ自筆で書いた手紙を、夕方に城の外へ出す。それをレイリーには知られていたのだろう。
そして、その定期連絡は今日の夕方、デイルの番だ。
それが届かないとなると、カディラルに疑われることになる。
(やっぱり、僕たちの正体がバレたことは隠しておきたいんだな)
時間は確かに差し迫っている。
早々にレイリーに会わなければ。
デイルは、かたわらのベイディに目を向けた。
「レイリー様に、お会いしたいと伝えてくださいますか」
しばらくぼうっとしているうちに、ほんのちょっと寝てしまったらしい。とは言っても、さっきの泥のような眠りじゃない、何かあれば意識する前に飛び起きるような浅い眠り。
それだけでも、だいぶ頭がすっきりした。
(カッシュは、ドリザンドを信じると言った)
怪我もなさそうで、つまり昨晩のレイリーの言葉は本当なのだろう。
(カッシュはなんで信じたんだ?)
そう、彼も、カディラルの間諜の誰もがそうであるように、人質を取られている。
裏切りがバレた場合は、どうなるかなんて一目瞭然。裏切りどころか……今、こんなふうに全員が捕まったとなると、自分たちが生きていようが死んでいようが、人質はどうなるのか。
(だから、なのか)
人質となった大事な、彼の場合は妻子の無事を確保できる可能性があるのは、かなしいかな、まだ今のところ嘘を言わないドリザンドだ。
カディラルへの忠誠心は、実のところほとんど誰も持ち合わせていない。デイルは人質を取られているのだと分かった時点で、みじんもなくなってしまった。
今なら、ドリザンドの方が可能性があると分かる。
王太子は、やると言ったらやるお人だ。
(でも、信じられなくなったな……)
グレオルの人となりは知っているはずだった。
おおらかで、優しくて、意志の強い人。
けれど、あの時は言葉の通じない全くの別人に見えた。
いや、薬で錯乱したデイルの感想だから……いや違う。
(そもそも普通にないよな?)
まともな判断ができない人間を襲うなという話だ。
どうしてそんな当たり前のことに気付かないのだ。
(……やっぱり薬でおかしくなってるな、僕)
けれど、好きだったのだ。
自分で気づかなかった気持ちを暴かれて、これ幸いと頂かれた。王太子に何の心づもりがあったのか知らないが、ないったらない。
……これは、怒っていいのだろう。
やっと整理がついて、ふつふつと怒りがわいてきた。
正体がバレた上に気持ちもバレて、好きな人にわけもわからず抱かれた。あまりの衝撃的な出来事に頭がこんがらがっていた。
気がつけば、簡単な話だ。
(ドリザンドの目的を聞いていない)
一番重要で、分からない理由はそれだ。
……聞いてもいいのだろう。
レイリーは、語りかけてくれた。
聞いてどうするかは、その時だ。
カッシュも、そんな気持ちだったのだろう。そして、彼はドリザンドを選んだ。
(……喉が渇いたな)
ようやく、いろんな感覚が戻ってきた。
身体は、足腰の違和感以外はおかしなところがない。変な匂いやベトつきはないということは……あまり考えないようにしよう。
着ている服はワンピースの寝間着だろう。肌触りもいいし、もしかしたら高価なものの気がする。
目だけで周囲を探ると、どうやらこの部屋は城の客間といったところか。たぶん、王宮のような気がする。非効率を嫌うレイリーは、間諜だろうと用事があるデイルにすぐに会えるようにしているはずだ。
(よし……)
心は決まった。
「ベイディさま、」
「何!?」
いるとは聞いていたけれど、呼ぶと食らいつくように返事されてしまった。
暇だったのだろう。
「あの……お水をいただけますか」
「いいぞ!もちろん!」
目の前に現れたのは、貴族で騎士らしく、柔和で整った顔の青年。薄緑色の切れ長の目、亜麻色の髪が少しカールして額にかかっている。
言いながら、嬉々として水差しを差し出すベイディ。なんだか相変わらずで笑いそうになってしまう。
「ああ、手をほどこうか?許可はもらっている」
だが、すっと落ち着いて確認を取る彼も、レイリーの従者なだけはある。
「逃げることは考えない方がいい。俺も帯剣しているし、外には衛兵が3人いる。そして……自分を傷つけないでくれ」
「はい。分かりました」
「そうか」
心底ほっとしたというように、ベイディは頬を緩めた。
手足の拘束は解いてもらったが、今見てみると細い布だ。どれだけ丁寧に扱われていたのか分かってしまい、少し胸がつきんとした。
伊達に長い間間諜として働いていない。死線をくぐることなんて特別なことではなかったし、尋問や拷問で痛めつけられたことも。
薬だって、かたくななデイルに少しばかり口をきかせるようにしたかっただけだろう――そう、あの王太子の仕打ちがなければ。
(やっぱりあれのせい)
内心でブスくれながら、水をもらう。少し手の力が入らない気がするけれど、おそらく長い間拘束されていたからだろう。
「……デイル」
横に座ったベイディは、おそるおそる声をかけてきた。
「はい」
「その、俺、信じられなくて……お前が、その間諜だって」
「……事実ですよ」
「本当……なのか」
「レイリー様が無実の人間を捕まえるような間違いをするわけないでしょう……王太子と違って」
「ん?最後?」
「いーえ」
ぼそりと付け加えた恨み言は聞かれていないようで良かった。
ベイディは人の良さそうな顔のそのまま、心配そうにデイルを見ている。
「だが、大丈夫か、ずいぶんつらそうだった」
どうやら、彼はデイルの身に何が起きたのか、あまり知らないらしい。ほっとする。
「……今はマシです。お水、ありがとうございました」
「いや……その、何でも言ってくれ。外には出せないが、ある程度便宜は図っていいとレイリー様は仰っていた」
「ありがとうございます」
これは懐柔作戦だろうか。
けれど、カッシュも居心地がいい牢屋、なんて言い方をしていた。ようは捕虜程度の扱いはしてもらえるのだろう。
そして、何故かデイルを重要視して、どうにか味方にしようとしているのは変わっていない。
(そうか、時間がない……って)
ふと気がついた。
「ベイディ様、今は僕が捕まった次の日ですよね、何時ですか」
「たしか、昼の2の半……くらいだろう」
「……時間がない、か」
レイリーがおそらく気にしているのは、カディラルへの定期連絡だ。
間諜全員の持ち回りで、3日ごとにひとりずつ自筆で書いた手紙を、夕方に城の外へ出す。それをレイリーには知られていたのだろう。
そして、その定期連絡は今日の夕方、デイルの番だ。
それが届かないとなると、カディラルに疑われることになる。
(やっぱり、僕たちの正体がバレたことは隠しておきたいんだな)
時間は確かに差し迫っている。
早々にレイリーに会わなければ。
デイルは、かたわらのベイディに目を向けた。
「レイリー様に、お会いしたいと伝えてくださいますか」
3
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
奇跡に祝福を
善奈美
BL
家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。
※不定期更新になります。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる