僕の初恋を返せ

鹿音二号

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ベイディに面会の希望を伝えた、その10分もたたないうちににレイリーとカッシュが一緒にやってきていた。カッシュは数時間前のことがあって少し照れくさそうだったが、デイルが笑うとほっとしたようだった。

レイリーは、ベッドに座ったデイルの近くに椅子を持ってくる。

「話を聞いてくれますか」
「はい。一刻を争うようですが、できる限り僕が納得して……いえ、信じられるように、お願いします」
「ああ。それと……」

ドアの隙間が空いている。レイリーはそれにぞんざいに指差し、

「ケダモノも入れていいか」

なにやら口調まで雑だ。
ちょっと新鮮な気分で、デイルは頷いた。

「いいですよ、ただし……半径3メートル以内には近づかせないでください」
「だそうだ。良かったなケダモノ」
「ああ……」

王太子がその大きな体を精一杯縮めて入ってきて、ドアの横の壁にぴったりと背をつけた。その表情はなんだか留守番を任された犬のようだ。
それがどことなくかわいいとか思ってない。絶対。

(僕は怒ってるんだからな)

目を白黒させるベイディと、なんとなく雰囲気を感じ取って王太子に鋭い一瞥を向けるカッシュ。
レイリーは王太子などどうでもいいとあっさり話を始めた。

「前置きはしません。我々からカディラル国のデイル、貴方に協力を要請したい」
「理由と具体的な内容、それと、こちらの条件を飲んでくださるか、その点が僕の疑問です」
「条件とは?」
「……カッシュから聞いているとは思いますが、人質に取られている大事な人を助けてくださるか、その方法も含めて聞きたい」

無理だと諦めていた。国を離れることも、ましてや、ダーニャを助けることも。
けれど、彼らなら信じてもいい気がしてきた。
半年一緒にいて、そのしたたかさと優しさは羨むほどだった。
信じさせてほしい。
レイリーは軽く頷く。

「順を追って話しましょう。まず、直近貴方の説得を急ぎ……急ぎすぎて失敗した、その理由は分かっていますか」
「はい、カディラルへの定期連絡ですね」
「そのとおり。それともうひとつ」

レイリーはカッシュを一度見た。

「……貴方がこの間諜『集団』の実質ブレーンだと思ったからです」
「え?」

どういうことだろうか。
デイルもカッシュを見たが、彼は苦い顔で笑っていた。

「あの、レイリー様、僕はそんな大層なものじゃ……それに、集団っていうのもおかしい」
「ええ、間諜が集団となるのはあり得ません。あまりにも特殊な心理を醸したらしい、カディラルの……そうですね、呪いというものでしょうか」

呪いとはまた大層な話だ。
首を傾げていると、レイリーはカッシュに目配せをした。

「俺たちがお前……お前たちを特別だと思っていたのを知っているか」
「え?」
「カディラルの間諜組織は、あまりにも人員を縛るための規則や条件を揃えすぎた。身寄りのない子供に、借金のカタに売らせた女子供、家族を人質に、冤罪で捕まった囚人の刑期減量を引き換えに……まあ、えげつないことばっかりやってやがる」
「ああ……」

頷くと、カッシュは皮肉げに笑う。

「カディラルはクソだ。それが、逆に狭い組織の中で結束を生んだとか……この方に言われた」
「はい。それが呪いです」

レイリーは足を組んだ。

「劣悪な環境で、お互いをかばい合うように無意識に行動する。カッシュのように家族がいる者もいるのでしょう、親愛や慈愛が……誰が敵国で死んでも惜しくはないとされる、有事には真っ先に切り捨てられるただの駒であるはずの貴方がた間諜の間に生まれたのは、想像の範囲内です」
「ああ、そのとおりだ。そして、その中でも一等『呪い』が強い階層が、俺たちだ」

疲れたように、カッシュは息をつく。

「俺らの中心にいるのは奇跡のふたりだ。大量に孤児を集めて人員を育成したが、なにせひどい環境だったからなあ……100人近くいた子供らのうち、生き残ったのはたったふたりだ」
「あ……」

つまり、

「僕達が……僕と、ダーニャが」
「そうだ、ある程度年季が入った奴らは、お前らをどうしても放ってけない」
「ダーニャ?」

低い声が驚いたように上がった。
思わずびくりとしたデイルを、レイリーが見咎めて壁際の王太子をとんでもない凍えた目で睨んだ。

「グレオル、黙れ」
「……」

肩を落として縮こまる威厳の欠片もない姿だが、顔だけはいい。
レイリーは表情を戻して、咳払いをした。

「ごほん。それで、その中心たるデイルが……我々には、主要人物と見えたのです」
「ええと、僕、初耳すぎて……」

そういえば、さっきカッシュが会いに来た時、『勝手な思いで』と謝られた。まだぼうっとしていたし、ほとんど聞いていないようなものだったから忘れていた。

「けど、お前が入ってきて王太子の副官の従者ってあんまりにも一足飛びにいったのを、俺らが気にしてるのは分かってただろう。いちいちお前に伺いを立ててたのも」
「そりゃ……こんなターゲットの近くにまさか入り込めるとは……」

レイリーから直に入る情報は貴重すぎて、それを基準に潜入した間諜たちも動くしかないのだ。
それをデイルのことを調べたレイリーに、逆手に取られていたのはもう知っているが。

「ほう、やはり偶然なのですか」

レイリーがふと面白そうにつぶやいた。

「いえ、私たちもデイルのことは本当にただの有能な青年だと思い込んでましたから。まさか最初から私か王太子の懐に入る予定だったのだとしたら、恐ろしいなという話はしていました」
「それは誤解です!ラッキーくらいは思いましたけど本当に僕騎士団の雑用予定だったんです!」

最初はビビっていたのだ、そういうとんでもない策士のように言わないでほしい。

「ふふふ」

めずらしくレイリーが声を出して笑った。いや、初めて見たかもしれない。レイリーのような佳人が笑うと、とても美しい花のようだ。
ぎょっとするデイルとベイディ、それと壁際の王太子。
いっせいに集まる視線。
一瞬の沈黙のあと、レイリーは気まずげに続けた。

「ですから……この、我々の目的のために、デイルの確保を優先したのです。明日から、本格的な準備が始まります。その前に、どうしても協力を得たかった」
「間諜を芋づるで間引けるから?」
「いえ、全員の協力を得るため、です」

カッシュの疑り深い言葉に、レイリーはさらりと返した。

「我々の目的は、カディラルの狙う我が国の領土、デーデン地方の損壊なき防衛です。そしてその前哨戦に大量に間諜を送り込んできたカディラルの馬鹿っぷりを、そのまま利用してやろうと思いまして」

馬鹿っぷり。まったくそのとおりだ。

「行き過ぎだよなあ……10人も送るんだもんな……」
「「10人?」」

これは、レイリーとグレオルが同時に言った。
驚いたようなレイリーは聞き返してきた。

「どういうことです?」
「え?なにがです?」
「我々が捕らえたのは、11人です」
「えっ」
「あー待ってくれ、11人で合っている」

カッシュが手のひらを前に出して頭を振った。

「ひとり、見た顔があるなと前から思っていたやつがいたんだ。野郎も捕まっていて……つまり、間諜の間諜だった」

デイルも言われてピンときた。

「……ストーンか?」

間諜の間諜。
意地の悪い奴で、数人いる組織の犬と評される監視係のひとりだ。

「ああ、まあ、これだけ送って万が一があったらっていう危機感はあったみたいだな」
「……なかなか面倒なことになりましたね」

レイリーが思わず唸った。
だが、デイルとカッシュは顔を見合わせる。

「いや?」
「排除じゃないか?」

今度はレイリーたちが顔を見合わせた。それぞれ困惑がにじんでいる。

「……切り捨てるのですか?」

さっき呪いだとかなんだとか言ったせいで、もしかしてレイリーも引け目を感じたのだろうか。

「ああ、奴はめんどくせえし、俺らにはあいつに仲間意識は薄い。あんたらの計画にとってもマイナスにしかならねえぞ」
「これで数合わせができたんだ、10人全員が口裏合わせればどうにでもできますって」

本国に聞かれたとしても、どうやら捕まったようだ、とでも言っておけばいい。くだんのストーンは勝手に送られてきたようだし、デイルなんて顔も合わせていない。「こんなこともありました」で通じるはずだ。
レイリーは少し目を見開いて、それから壁際の王太子に顔を向ける。

「……だそうですが、殿下?」

何故かくつくつと王太子は笑っていた。

「ああ、いや、そのとおりに」
「……」

一瞬、侮蔑を込めた目でグレオルを睨んだレイリー。

(なんだ?)

よくわからないが、ふたりに微妙な距離を感じる、主にレイリーの方に。
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