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2−2.1
しおりを挟む「当たりですね」
通算3回目の毒入り紅茶である。
ポットに湯を注いだ途端に、匂いで判別した給仕担当の彼女は、茶道具を護衛に片付けさせた。これから医者に持ち込み、毒の特定をしてもらう。
すべてを冷静に、眉一つ動かさず対処した彼女はメイドの格好――背が高く、清楚な印象で、ウェーブのかかった樫の色の髪をメイドキャップに押し込み、濃紺のワンピースに白のエプロンというお仕着せだった。
その王太子の毒見係になっている元間諜のマーリーは、淡々と報告した。
「……今回の毒は一般に出回っている中毒症状の強いものかと。致死性は皆無。入手ルートの特定は出来ませんでしょう」
「……だんだん雑になっていませんか?」
レイリーが口元に手をやり考え込む。
「同一犯でしょうか?」
「だと思いますよ」
レイリーの副官のデイルは、片付けられて部屋を出ていく茶道具を見送りながら、
「紅茶に絞られています。メイドだとは思えないです、何度も入れ替えてますし……けど、おそらく、誰かに罪を被せるつもりで、ずっと紅茶なんだと思いますね」
1度目はデイルが(倒れつつも)気づき、2度目はマーリーを登用したあとすぐ彼女に嗅ぎ分けられた。毒物のだんだんとランクと毒性を落としていっているのは、最初の1回で目的を達成するはずだったから、次が用意できずにいるのではないだろうか。
「新しいものをご用意いたしますか?」
マーリーはやはり冷たい表情を続けている。
「お願いしよう」
王太子の言葉に、マーリーはお辞儀をして部屋を出ていった。
「えっと……すみません、彼女、ずっとああで……」
デイルはすこし、バツが悪い。
同僚で、ドリザンドに潜入していたメンバーのひとりでもあるマーリーは、どうやら中途半端にデイルのことを聞いて、王太子一派に不信を抱き続けているらしい。
かろうじて寝返ったのは、ひとえにデイルが王太子側につき説得したからで、マーリー本人はいまだにあんな感じである。
普段は頼りがいのある、いいお姉さんなのだけれども。
ただ、仕事には忠実だ。間違った判断をするはずがない。
「気にしません。仕事以上を求めるつもりはないので。有能ではないですか」
レイリーは言葉通り気にしたようでもなく、手繰り寄せられる紙に、炭の芯を紙で巻いた筆記具で何かを書き始めた。
「……え、新しいもの、来るんですか?」
ようやく毒入り紅茶だったという事実を受け止め終えたらしいベイディが、かすれた声を出した。レイリーの従者で、亜麻色の髪に薄緑色の切れ長の目、柔和な性格が顔に出ている青年だ。
「気分が悪ければ、お茶の間だけでも休んでいなさい」
レイリーは手元から目を離さずベイディに言った。王太子の従者も、動揺しているが、ここは責任感のほうが勝ったのかさほどではないようだ。
ベイディも、顔色は悪いが根性を発揮したようだ。
「い、いえ……失礼しました」
「こればかりは場数です。ドリザンドは平和ですから、まさか暗殺などという事件は……」
レイリーはふと言葉を区切って、手も止めて、
「まあそうそうないです」
「あるにはあるんですねー」
ぜひとも事例を知りたい。
ベイディは黙り込んでしまった。
「けど、本当に王太子殿下まわりでそういう不穏な話はないみたいですね」
デイルはそれが不思議だった。
カディラルについては、旧王政では普通にデイルたちは国内でも活動していた、と言えば分かるだろうか。
追放された王の、その先代の晩年は、しょっちゅう国のあちこちに行かされたものだが……合わせて貴族の謎の死も多かった。
「ええ、ロタニンズ家の方々は皆様効率好きでして」
「効率好き」
「無用な後継者争いをする暇があるなら、船に乗って網を投げていたほうが有意義だと……」
「エディオルの言だな、それは」
グレオルはくつりと喉を鳴らす。
エディオル殿下は、グレオル王太子のひとつ下の弟、つまり第二王子だ。たしか、海岸線の管理を行う部門の長官だとか。
「父上も言いそうなことだが」
「陛下は、最悪、出しゃばらない王ならそれでいいというお言葉でしたか」
「ああ……耳が痛いな」
うつろな目になって、グレオルがボソリという。レイリーはふん、と鼻を鳴らす。
「教訓になったようですね」
ベイディは不思議そうな顔をしたが、デイルはノーコメントを貫いた。
「というわけで、グレオル殿下が王太子と10年近く前に決まって以来、誰も異議を唱えていない状態です。御兄弟は誰一人王位にご興味はなく、また陛下も現状は満足されている上に、家臣の統制も上手く行っておりますので」
「一番大きな争いの火種が煙も立たないからなんですねぇ」
「ええ、すばらしいお方です、陛下は」
「それについては異論はないぞ」
父にあたる国王陛下を尊敬する王太子というのも理由だろう。
「それはそうと、カディラルでグレオル様が狙われる理由ですね」
レイリーは書くのをやめて、紙をテーブルにきちんと並べた。
「まず、個人的理由からということはないでしょう。カディラルにドリザンドの王子が関わったのは今回が初めて……」
「いや、一度公爵家とやらが縁談を持ち込んできたぞ」
「……いつの話ですかそれ」
愕然とレイリーが王太子を眺めた。それが面白かったのか、グレオルはにやりといたずらげに笑う。
「俺が5歳の頃……だったか」
「私が貴方様と出会った頃ではないですか。知るわけがないでしょう」
レイリーが拗ねたようにもう一度紙に何かを書き込んでいるのを、にやにやとずっと笑っているグレオルは意地が悪い。
なんか可愛いとか、思っていない、デイルは。
「……まあ、それは時間が経ちすぎて理由としては薄いですね。公爵家は確か年頃の令嬢は全員結婚していたはずですし」
「ああ。じゃあやはり理由は旧王侯派の追放か?」
「でしょうね」
レイリーはとんとんと指先で紙の端を叩く。
「単純に恨みの線でしょうか。他国の侵略を受けた上に、その大将が国に居座っているということ自体、気に入らないのでしょうし」
「カディラル王にいまだにその手合いの危険がないのではそういうことですか?」
「他国の影響を排除して、それから王位の奪還が狙いということか?」
グレオルは腕を組んだ。レイリーは頷く。
「ええ、順序として、そう考えていてもおかしくないでしょう。それに……」
ふっとレイリーは目を逸らした。
「大叔父上は、小心者ですので……」
「ああ、うん……」
カディラル王は、レイリーの父メイルズ侯爵の従弟である。
レイリーから見た祖父の姉が、カディラルの当時侯爵だったシェニエフ家に嫁いでいた。
だからこそ、今回の革命で新王として白羽の矢が立ったのだが、肝心の本人はかなり小さな心臓をお持ちらしく、王になって数カ月、いまだに玉座で震えている。
まあ、そんなお人であるから、とも言える。
「国を落とした憎き隣国の王太子を排除すれば、簡単に返り咲けるという魂胆ですか」
「決めつけるのはよくないですが、最有力候補でしょう」
「じゃあ、犯人は亡命した前王か?」
追放された王は、現在西の山を越えた隣の国フリザニアにいる。
隣国にあたるのはドリザンド、アリニエ、フリザニアだが、2国には今回のことについては秘密裏に情報を交換し、手出し無用と伝えていた。いちおうの了承は得られていたから、すぐに何かしらの問題が起こるとは考えていない。
「フリザニアからの情報ですと、今のところ不穏な動きはないそうです。ですのでまずは候補から外し……」
「じゃあ、没落した旧王侯派貴族か?」
「それと、新王派だと自称している旧王侯派、のどちらかですね」
「内部犯ですかー……」
デイルは顔が引きつるのを止められなかった。
旧王侯派なら、調べて追跡すればいい。だが、新王派を名乗る旧王侯派というのは、いやらしい。
大量粛清を免れて、内側に居残っているということは、それだけ狡猾だということだ。
誰がそれか分からない。疑って調べ、証拠をつかみ、犯行をつまびらかにするというのは骨が折れる。
レイリーもその厄介さに気づいているようで、憂鬱そうにため息をつく。
X◆X◆X◆X◆X
(20250118)大変な間違いを見つけまして訂正しました。すみません。
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