31 / 44
2−9.2
しおりを挟む
牢の中で、男がうめきながら担当の尋問官に話している。
尋問が終わって、牢を出る間は3人とも無言だった。
(あ、ヒルジット様が引いてる)
デイルはちょっと困っていて。ヒルジットはこの分だと、デイルの牢での態度を見て、付き合い方を変えようとか思っていそうである。
デイルは自分ではよく分からないが、おかしいらしい。
あのダーニャにさえ、あんたは行くところまで行っちゃうよね、と呆れられている。
……犯人に自白させたくて必死に説得したのに。
この感じだと、王太子はデイルに幻滅したかも知れない。
それで、いいはずなのだけれど。
変なこだわりがなくなり、ただの部下として見るようになり、そのうちに二人の間に何があったかなんて忘れるだろう。
「これで、面倒なことは終わらせられますね」
男がぱんぱんに腫れた顔面と口で、ろれつが回らなくなる前に、協力者の貴族の名前を伝えた。
以前隣国のアリニエ共和国に、貿易のための拠点を作ろうとして失敗した侯爵の名前を。
貿易で儲けようとした先々代王の直々の命令だったらしいが、もともと領土に海はなく無謀であり、侯爵は失敗を押し付けられるスケープゴートだった。それで旧王家とは仲が悪くなったと思われていたが、どうやらそうでもなかったらしい。
まあ事情はそのうちわかるだろうし、どうでもいいことでもある。
「ああ、そうだな、ようやく一つ片付いた」
グレオルはそう言いながら小さく笑っていた。
(あれ?)
いつもと変わらないように見える。
ここで、いつもなら引きつった愛想笑いか、あからさまに避けるように離れるかに反応は分かれる。
ヒルジットを見ると……やはりさっと顔を背けられた。
王太子の従者の顔が、噴き出さないように必死に抑え崩壊寸前であることは、向こうで仕事をしていた衛兵だけが目撃していた。
「どうした?デイル」
王太子はのんびりと声をかけてくる。
デイルは目を瞬かせた。
「殿下は、何とも思わないんですか、さっきの」
「ん?ああ、あの男は何故あそこまで義理立てしたんだかな」
「え、ええと」
そういうことではなかったのだが。
「……たぶん、もともと組織の中でもえらい顔をしたがってる人だったから、そういう役職とかに釣られたんじゃあ……?」
「俺を追い出せたら、返り咲いた貴族に王宮で上級官にでもしてもらう予定だったか」
「……まあ、そういう約束とかでしょうけど」
そうだとしても、たとえうまく行っても約束を守ってもらえるかは微妙だ。
いつだったかデイルも『薄汚い犬』と罵られたが、組織の実態を知る者たちの認識は全員そう変わらないものだろう。
薄汚い犬に、本当においしい餌を与えるのか?
処分が正解だろう。
……だから、デイルは最初はドリザンドへの協力を拒んだのだ。
「えっと、そうじゃなくて、僕はその、ああいう時、変ってよく言われるので……」
気にしてはいない。デイルがどう思われたかなんて。
ただ、王太子に近い立場にいる部下としては、嫌われたのならその対応を考えなければならないのだ。
たとえば、彼の目に入らないように動くとか。
王太子はしかし、にこりと笑う。
「いや、惚れ直した」
輝くような、太陽の笑みだった。まぶしい。
「へ?」
思わず手で覆いをしながら、立ち止まってしまった。
そのデイルの肩を、ヒルジットが叩く。
「駄目だ、この方はどうせレイリー様より怖くないなくらいしか考えていない」
「え?レイリー様そんなに殿下に怖いんですか?っていうか比べられるんですか僕」
「比べてはいないが、やはりレイのお気に入りだけはあるなと思っていたぞ」
グレオルは満面の笑みのまま、デイルに近づいてくる。
「いや、素晴らしい、毒を片手にいつもの笑顔で迫るところなど……俺があの男に代わりたかった」
「へ」
「ぶっ……、失礼、げほっ」
ヒルジットがなにやら咳き込んだ。
「あ、あの?殿下?」
「お前はいつも俺をときめかせるな」
「はい!?」
頬に手を添えられる。王太子の美貌が目一杯に映る。
「……お前に出会ってから、驚きばかりだよ」
「僕も心臓に悪いことばっかりですねたしかに」
慌てていたら、とんでもない事を言ってしまった。
「グレオル様」
と、横から硬い声がかかった。
グレオルはぎょっとして手を離し、それからなにやら額に手を当ててうなだれる。
「……しまった、また勝手に触ってしまった、すまん」
「えっと……はい」
「いい加減落ち着かんと……」
ぶつぶつと王太子はつぶやき、背を見せて歩き出す。
「……嫌なときは言ってもいいぞ、それくらいは許されるはずさ」
「ヒルジット様」
なぜか暴言を吐いたデイルよりグレオルを咎めた彼は、口の端を自嘲気味に上げていた。
「お前には俺も負い目があってな……」
「あ、ああ……仕方がないでしょう」
初めてこのことに触れられて、ちょっと驚いた。
ヒルジットは、グレオルがデイルにしたことを知っている。
だが、まさか彼も王太子があんな行動に出るとは思わなかっただろうし、知ったところで止められる立場にない。
デイルには、王太子の従者の彼には少しいたたまれないだけだ。
ヒルジットは少し意外そうに目を見張ってから、軽く頭を下げた。
「そうか。すまなかった」
「はい」
もとから、王太子以外に恨みはない。ただ彼の言葉を受け取った。
ヒルジットは少しホッとしたように笑って、
「グレオル様が結構嫉妬深いっていうのは、俺は最近知ったんだ」
彼が指差した向こうに、王太子が憮然と立ってこちらを見ていた。
尋問が終わって、牢を出る間は3人とも無言だった。
(あ、ヒルジット様が引いてる)
デイルはちょっと困っていて。ヒルジットはこの分だと、デイルの牢での態度を見て、付き合い方を変えようとか思っていそうである。
デイルは自分ではよく分からないが、おかしいらしい。
あのダーニャにさえ、あんたは行くところまで行っちゃうよね、と呆れられている。
……犯人に自白させたくて必死に説得したのに。
この感じだと、王太子はデイルに幻滅したかも知れない。
それで、いいはずなのだけれど。
変なこだわりがなくなり、ただの部下として見るようになり、そのうちに二人の間に何があったかなんて忘れるだろう。
「これで、面倒なことは終わらせられますね」
男がぱんぱんに腫れた顔面と口で、ろれつが回らなくなる前に、協力者の貴族の名前を伝えた。
以前隣国のアリニエ共和国に、貿易のための拠点を作ろうとして失敗した侯爵の名前を。
貿易で儲けようとした先々代王の直々の命令だったらしいが、もともと領土に海はなく無謀であり、侯爵は失敗を押し付けられるスケープゴートだった。それで旧王家とは仲が悪くなったと思われていたが、どうやらそうでもなかったらしい。
まあ事情はそのうちわかるだろうし、どうでもいいことでもある。
「ああ、そうだな、ようやく一つ片付いた」
グレオルはそう言いながら小さく笑っていた。
(あれ?)
いつもと変わらないように見える。
ここで、いつもなら引きつった愛想笑いか、あからさまに避けるように離れるかに反応は分かれる。
ヒルジットを見ると……やはりさっと顔を背けられた。
王太子の従者の顔が、噴き出さないように必死に抑え崩壊寸前であることは、向こうで仕事をしていた衛兵だけが目撃していた。
「どうした?デイル」
王太子はのんびりと声をかけてくる。
デイルは目を瞬かせた。
「殿下は、何とも思わないんですか、さっきの」
「ん?ああ、あの男は何故あそこまで義理立てしたんだかな」
「え、ええと」
そういうことではなかったのだが。
「……たぶん、もともと組織の中でもえらい顔をしたがってる人だったから、そういう役職とかに釣られたんじゃあ……?」
「俺を追い出せたら、返り咲いた貴族に王宮で上級官にでもしてもらう予定だったか」
「……まあ、そういう約束とかでしょうけど」
そうだとしても、たとえうまく行っても約束を守ってもらえるかは微妙だ。
いつだったかデイルも『薄汚い犬』と罵られたが、組織の実態を知る者たちの認識は全員そう変わらないものだろう。
薄汚い犬に、本当においしい餌を与えるのか?
処分が正解だろう。
……だから、デイルは最初はドリザンドへの協力を拒んだのだ。
「えっと、そうじゃなくて、僕はその、ああいう時、変ってよく言われるので……」
気にしてはいない。デイルがどう思われたかなんて。
ただ、王太子に近い立場にいる部下としては、嫌われたのならその対応を考えなければならないのだ。
たとえば、彼の目に入らないように動くとか。
王太子はしかし、にこりと笑う。
「いや、惚れ直した」
輝くような、太陽の笑みだった。まぶしい。
「へ?」
思わず手で覆いをしながら、立ち止まってしまった。
そのデイルの肩を、ヒルジットが叩く。
「駄目だ、この方はどうせレイリー様より怖くないなくらいしか考えていない」
「え?レイリー様そんなに殿下に怖いんですか?っていうか比べられるんですか僕」
「比べてはいないが、やはりレイのお気に入りだけはあるなと思っていたぞ」
グレオルは満面の笑みのまま、デイルに近づいてくる。
「いや、素晴らしい、毒を片手にいつもの笑顔で迫るところなど……俺があの男に代わりたかった」
「へ」
「ぶっ……、失礼、げほっ」
ヒルジットがなにやら咳き込んだ。
「あ、あの?殿下?」
「お前はいつも俺をときめかせるな」
「はい!?」
頬に手を添えられる。王太子の美貌が目一杯に映る。
「……お前に出会ってから、驚きばかりだよ」
「僕も心臓に悪いことばっかりですねたしかに」
慌てていたら、とんでもない事を言ってしまった。
「グレオル様」
と、横から硬い声がかかった。
グレオルはぎょっとして手を離し、それからなにやら額に手を当ててうなだれる。
「……しまった、また勝手に触ってしまった、すまん」
「えっと……はい」
「いい加減落ち着かんと……」
ぶつぶつと王太子はつぶやき、背を見せて歩き出す。
「……嫌なときは言ってもいいぞ、それくらいは許されるはずさ」
「ヒルジット様」
なぜか暴言を吐いたデイルよりグレオルを咎めた彼は、口の端を自嘲気味に上げていた。
「お前には俺も負い目があってな……」
「あ、ああ……仕方がないでしょう」
初めてこのことに触れられて、ちょっと驚いた。
ヒルジットは、グレオルがデイルにしたことを知っている。
だが、まさか彼も王太子があんな行動に出るとは思わなかっただろうし、知ったところで止められる立場にない。
デイルには、王太子の従者の彼には少しいたたまれないだけだ。
ヒルジットは少し意外そうに目を見張ってから、軽く頭を下げた。
「そうか。すまなかった」
「はい」
もとから、王太子以外に恨みはない。ただ彼の言葉を受け取った。
ヒルジットは少しホッとしたように笑って、
「グレオル様が結構嫉妬深いっていうのは、俺は最近知ったんだ」
彼が指差した向こうに、王太子が憮然と立ってこちらを見ていた。
11
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
奇跡に祝福を
善奈美
BL
家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。
※不定期更新になります。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる