僕の初恋を返せ

鹿音二号

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牢の中で、男がうめきながら担当の尋問官に話している。
尋問が終わって、牢を出る間は3人とも無言だった。

(あ、ヒルジット様が引いてる)

デイルはちょっと困っていて。ヒルジットはこの分だと、デイルの牢での態度を見て、付き合い方を変えようとか思っていそうである。
デイルは自分ではよく分からないが、おかしいらしい。
あのダーニャにさえ、あんたは行くところまで行っちゃうよね、と呆れられている。
……犯人に自白させたくて必死に説得したのに。

この感じだと、王太子はデイルに幻滅したかも知れない。
それで、いいはずなのだけれど。
変なこだわりがなくなり、ただの部下として見るようになり、そのうちに二人の間に何があったかなんて忘れるだろう。

「これで、面倒なことは終わらせられますね」

男がぱんぱんに腫れた顔面と口で、ろれつが回らなくなる前に、協力者の貴族の名前を伝えた。
以前隣国のアリニエ共和国に、貿易のための拠点を作ろうとして失敗した侯爵の名前を。
貿易で儲けようとした先々代王の直々の命令だったらしいが、もともと領土に海はなく無謀であり、侯爵は失敗を押し付けられるスケープゴートだった。それで旧王家とは仲が悪くなったと思われていたが、どうやらそうでもなかったらしい。
まあ事情はそのうちわかるだろうし、どうでもいいことでもある。

「ああ、そうだな、ようやく一つ片付いた」

グレオルはそう言いながら小さく笑っていた。

(あれ?)

いつもと変わらないように見える。
ここで、いつもなら引きつった愛想笑いか、あからさまに避けるように離れるかに反応は分かれる。
ヒルジットを見ると……やはりさっと顔を背けられた。
王太子の従者の顔が、噴き出さないように必死に抑え崩壊寸前であることは、向こうで仕事をしていた衛兵だけが目撃していた。

「どうした?デイル」

王太子はのんびりと声をかけてくる。
デイルは目を瞬かせた。

「殿下は、何とも思わないんですか、さっきの」
「ん?ああ、あの男は何故あそこまで義理立てしたんだかな」
「え、ええと」

そういうことではなかったのだが。

「……たぶん、もともと組織の中でもえらい顔をしたがってる人だったから、そういう役職とかに釣られたんじゃあ……?」
「俺を追い出せたら、返り咲いた貴族に王宮で上級官にでもしてもらう予定だったか」
「……まあ、そういう約束とかでしょうけど」

そうだとしても、たとえうまく行っても約束を守ってもらえるかは微妙だ。
いつだったかデイルも『薄汚い犬』と罵られたが、組織の実態を知る者たちの認識は全員そう変わらないものだろう。
薄汚い犬に、本当においしい餌を与えるのか?
処分が正解だろう。
……だから、デイルは最初はドリザンドへの協力を拒んだのだ。

「えっと、そうじゃなくて、僕はその、ああいう時、変ってよく言われるので……」

気にしてはいない。デイルがどう思われたかなんて。
ただ、王太子に近い立場にいる部下としては、嫌われたのならその対応を考えなければならないのだ。
たとえば、彼の目に入らないように動くとか。
王太子はしかし、にこりと笑う。

「いや、惚れ直した」

輝くような、太陽の笑みだった。まぶしい。

「へ?」

思わず手で覆いをしながら、立ち止まってしまった。
そのデイルの肩を、ヒルジットが叩く。

「駄目だ、この方はどうせレイリー様より怖くないなくらいしか考えていない」
「え?レイリー様そんなに殿下に怖いんですか?っていうか比べられるんですか僕」
「比べてはいないが、やはりレイのお気に入りだけはあるなと思っていたぞ」

グレオルは満面の笑みのまま、デイルに近づいてくる。

「いや、素晴らしい、毒を片手にいつもの笑顔で迫るところなど……俺があの男に代わりたかった」
「へ」
「ぶっ……、失礼、げほっ」

ヒルジットがなにやら咳き込んだ。

「あ、あの?殿下?」
「お前はいつも俺をときめかせるな」
「はい!?」

頬に手を添えられる。王太子の美貌が目一杯に映る。

「……お前に出会ってから、驚きばかりだよ」
「僕も心臓に悪いことばっかりですねたしかに」

慌てていたら、とんでもない事を言ってしまった。

「グレオル様」

と、横から硬い声がかかった。
グレオルはぎょっとして手を離し、それからなにやら額に手を当ててうなだれる。

「……しまった、また勝手に触ってしまった、すまん」
「えっと……はい」
「いい加減落ち着かんと……」

ぶつぶつと王太子はつぶやき、背を見せて歩き出す。

「……嫌なときは言ってもいいぞ、それくらいは許されるはずさ」
「ヒルジット様」

なぜか暴言を吐いたデイルよりグレオルを咎めた彼は、口の端を自嘲気味に上げていた。

「お前には俺も負い目があってな……」
「あ、ああ……仕方がないでしょう」

初めてこのことに触れられて、ちょっと驚いた。
ヒルジットは、グレオルがデイルにしたことを知っている。
だが、まさか彼も王太子があんな行動に出るとは思わなかっただろうし、知ったところで止められる立場にない。
デイルには、王太子の従者の彼には少しいたたまれないだけだ。
ヒルジットは少し意外そうに目を見張ってから、軽く頭を下げた。

「そうか。すまなかった」
「はい」

もとから、王太子以外に恨みはない。ただ彼の言葉を受け取った。
ヒルジットは少しホッとしたように笑って、

「グレオル様が結構嫉妬深いっていうのは、俺は最近知ったんだ」

彼が指差した向こうに、王太子が憮然と立ってこちらを見ていた。
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