僕の初恋を返せ

鹿音二号

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ようやく、カディラルの内政立て直しにめどが立った。
途中でドリザンドの王太子を狙うという不届き者が現れたせいで余計な時間を食ってしまったが、1年間、主にレイリーが頑張ったおかげでなんとか国の形を取り戻した。

同時に、ドリザンド使節団は国へ帰還する。
デイルは、それについていく。
故郷のはずのカディラルには、実のところ思い入れはない。それよりも、レイリーやグレオルに対しての恩や忠義のようなものが強い。
ダーニャを、デイルを助けてくれた。
王太子のせいで少し困ったことになったが、シンプルな結果を見ればそういうことだ。
それにしても、元敵の間諜をあっさり側近に置こうとする甘さは、未だに少し信じられないが。ぽつりとこぼすと、ベイディに心底呆れたとため息をつかれた。いわく、王太子を二度も救っておいてまだそれか、と。
……だから、甘いというのだけれど。
まあ、もちろん今さらドリザンド以外に行く気にもならない。
が、悩むこともあるのだ。

カディラルの城の、見張り台と呼ばれるひとつに上がっているデイルは、夕暮れの赤い太陽に向かってため息をついた。

「……褒賞どうしよう」

王太子を二度も救った側近だと、デイルは名前を知られてしまった。
旧王侯派の工作を隠すつもりもなかったらしい王太子側が、公表して事実通りに話を広めたのだ。
ドリザンドに帰ったのち、カディラル絡みの功績は一気に全員表彰されるとか。

「……困るよお……」

大したことはしていないと断ろうとすると、レイリーに怒られた。王太子の価値は、そんな軽いものじゃないと。
言っている意味は分かるけれども。
褒賞の内容は、騎士は馬や武具、あるいは爵位などというのが凡例だ。文官だとやはり爵位や、地位が増えて俸禄を増やすとか。
デイルはこのままでよかったので、本当に困っている。だいたい、潜り込んでいた間諜の罪は帳消し、そのまま側近として使われその禄は正式なもの。
これ以上、何を望めと。

「……」

ここ数日天気は晴れていて、今日の夕焼けもはっきりと橙色から紅色のグラデーションになり、美しい。
ぼんやりと見ていて、しばらくその足音に気づかなかった。
結構な近さで、気づかなかった自分にびっくりしてばっと振り返ってしまった。

「っお、驚いたぞ」
「殿下」

ただ歩いていました、というふうなその人、グレオルはいきなり振り返ったデイルにびっくりしたらしい。

「申し訳ございません」
「いや、タイミングを間違えたな。もっと前に声をかければよかった」
「それはそうとまたおひとりで……」

見張り台と言いつつ、正式なものはここではなく別の尖塔で、これは初期の築城の名残だった。
今では城下町が一望できる、ただの風景のいい場所だ。
警備などはされていなくて、周囲には誰もいない。王太子はひとりだ。
ドリザンドの一団が狙われた時、安全を考えて特に王太子にはひとりで行動するなと言われていたが、彼は忘れたのだろうか。
彼はデイルの咎めに気づいて苦笑した。

「ひとりになりたかったんだ……昇降口の前にヒルジット達を待せているぞ」
「そうでしたか……では、僕もお邪魔してはいけませんので」
「もし、いやでなければ、少し相手をしてくれ」

下がって後ろにいようかと思っていたら、話し相手を所望された。

「……おおせのままに」

いやではないのだ、いやでは。
本当にとりとめもなく話をする。
グレオルの柔らかな表情には、デイルに向けて以前に見せた熱は嘘みたいに見当たらない。
あの湯殿の接触以来、今日に至るまでそんな雰囲気は一度もなかった。飽きたのか、と思ったこともあったが、時々分かりやすく、常識の範囲で、絡んでくるので、飽きたのではなかったようだ。
愛している、と、2度ほど囁かれた。ただ事実を伝えるだけのように。
デイルが前向きに考えるようなことを言ってしまい、期待半分なのだろう。
いやではないのだ、いやでは。
ただ、やはり最初の強引にされたことに、引っかかってるのはたしかだ。

そして……この1年、言い訳にならないほど、本当に、忙しかった。
寝る間も惜しんで、あとからあとから湧いてくる仕事の相手ばかりだった。デイルなどはまだいい、レイリーとグレオルは可哀想なほどだった。
ようやく山を越えたのは2ヶ月ほど前。めどが立つと今度は本国から帰還をせっつかれ。
明後日、ドリザンドの使節団は本国に帰る途につく。

ここ数日、グレオル王太子は休憩時間が増えた。仕事が手を離れたらしい。レイリーは帰還準備にまた時間を取られ、国に帰ったら長期休暇を約束されている。
デイルも、実はまだ忙しい。
カディラルの内政の一端を握っていたので、その移管とレイリーの補佐に、本当に城中を走り回っていた。
今日は見かねたレイリーに休日を頂いてしまった。とはいっても結局あれやこれやとやってしまって、今はダーニャに仕事場を追い出されたのだ。今日はもう戻ってくるなと。
それを言えば、グレオルはおかしそうに笑った。

「レイの副官だからといって、そんなところは真似なくていいぞ」
「真似るつもりはないですけど……そうなっちゃいます」
「本当に、どうしたものかな、この働き者は」
「やめてくださいよ……」

はずかしい。できることをやっているだけなのに。
そういえば、デイルの能力を自分はまあまあだと思っていたが、どうやらまわりはそう思っていないらしい。
元間諜だったデイルの持ち味は、場に混ざること。平均的な容姿で、適当になんでも仕事ができる程度。どうやら、『合わせる』ことに特化していて、本当の実力とやらを発揮したことがなかったらしい。
試しにレイリーに合わせてみろと言われたが――鮮やかに事案を片付け、入り組んだ問題を処断し、各所に的確に指示を飛ばし、一目ですべての城の動きを把握する彼に、とうてい敵うはずもなく。
……と、落ち込んでいたら、四方八方から信じられないものを見る目で見られた。
レイリーを目標に『合わせて』いたら、この国の宰相程度の仕事はできていたらしい。
グレオルに、真剣に二人目の副官にならないかと聞かれて、関係者全員――レイリーまで――に揃って頷かれ、背筋が凍える思いだった。
自覚するのは大切だが、あの時の衝撃は消化しづらい。
そして、仕事が増えたのは言うまでもない。

夕日に黒い髪を輝かせ、グレオルは目を細めた。

「本当に、休めるときは休んだほうが良い。お前は特に……細くて心配になる」
「……すみません、肉がつかなくて」

忙しさにかまけて食事を抜きがちだからもあるだろうが、もともと太らない体質だったようだ。たまの晩餐会などに上司のお供で連れて行かれて、深夜にたらふく食べて飲んでいたりするのに、その食事はどこへ行ったのか。

「……それは困ったな」

本当に困ったように、グレオルは片手で口を覆った。
何を困っているのだ。
本当に分からずしばらくほうけていたが、グレオルが伏せた目に、見覚えのある光があった気がして、ぎくりと固まった。

(どうしてそういう!)

気づく自分もどうしようもない。

「……戻るか」
「……はい」

気まずくなった。
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