僕の初恋を返せ

鹿音二号

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残る問題は、褒賞である。
けれど、長く考えすぎたらしく、ドリザンドに帰ったら返答の期限は目前だった。
忘れていた……というより、はっきり聞かせてもらっていないような。

「私の弟になるというのはどうですか?」

レイリーが、見たこともない機嫌の良さでそう言ったときは、デイルの頭の上から雷が落ちてきたような気持ちだった。

「……え?」
「デイル・メイルズ。悪くはないようですが」

ここは王太子の執務室で、レイリーはいつものように書類を片手にソファーに座り、表情だけはうっすらと笑い、正直なんだか怖い。

「よし、そうしよう」

そう棒読みで言ったのは、執務机に座ったグレオル王太子殿下。こちらはきりっと引き締まった顔で手を組んでいる。その近くにヒルジットが普通の顔で書類を分けていた。

「……あのぉ!?」

ようやく、頭が雷のような衝撃から復帰しても、デイルは叫ぶしか出来なかった。

「おお、おめでとう」

ぱちぱちと気のない拍手を送ってくるのは、レイリーの背後に立っていたベイディ。
……分かる。少なくとも、この場にいる全員はさっきのレイリーの言葉を前から聞いていた。
知らなかったのはデイルだけ。

「なんで、そんなことになっちゃうんですか!?」
「なってしまいますよ」

真顔になったレイリーが、デイルを手でソファーの反対側へと勧める。

「最初は、どこか融通の利く貴族の末弟とすべきかという話だったんです」
「いや、それもおかしい……」
「お聞きなさい」

わりと、深刻な話のようだ。座って静かに聞くことにする。

「ですが、判明した貴方の能力は、隠しておけません。いや、そんな冒涜は許せません」
「……え?」
「それなら、私の側に置いたほうがいい。私はすでに立場は固まっているので、貴方の今後の功績の色付けになるでしょう」
「え?え?」
「つまり、この兄にしてこの弟あり、というやつだな」
「ええ」
「えーっと」

こんなにわけの分からない話は初めてだ。
ベイディが不思議そうな顔で、

「デイルはとても頭がいいだろう?それを王太子殿下の元で発揮するためには、名前(権力)が必要だけど、半端なところじゃ見合わないから、メイルズ侯爵家の養子にする……ということですよね?」
「えっと……ありがとうございます、今ので分かりました」
「どこで引っかかったんです?」
「僕が優秀だとか、メイルズ家のお名前のあたりで」
「……自覚がまだ足りなかったということですか」

レイリーはふう、とため息をついた。

「早急に認識を改めてください。今の貴方は見合った地位におりません。王太子の副官の従者。正式なものはこれで、実のところは私の副官です」
「はい」
「ですが、カディラルへの使節団で我々とともに中枢におり、自身で内政の一部を掌握していた。それくらいはしなければあの荒廃した国は回りませんでした。これは、王太子の権限のぎりぎりです。特別措置であったため、ドリザンドでは消失します。貴方の地位が、今までやってきた仕事と功績に対してまったく釣り合わない」
「……はい」
「今後、同じことの繰り返しになります」
「え」
「予言でも希望でもありません、現実です」

レイリーは青い目でじっとデイルを見据えた。

「ですので、まずはその見合った地位を用意するため、そして異例の昇進に対する周囲の不満を躱すために、我がメイルズ家の名を使います。養子縁組、私の義弟ということになる」
「……レイリー様の弟……」

驚きすぎて、何も感じないがとりあえず聞く。

「これは父上……侯爵も快諾され、さらに根回しとしてカディラル王の秘密裏の承認を得て、貴方の偽の出自を作りました」
「えっ……?」
「カディラル新王家シェニエフ家門の、遠縁の伯爵の先代の隠し子。それが貴方です」
「はあ」
「カディラルでの面倒事を防ぐため、伯爵家の私生児である貴方は、ドリザンドのメイルズ家に預けられる」
「ええと」
「能力があった貴方が、次期宰相と噂されるレイリー・メイルズに従者として取り立てられ、此度のカディラルへの出向で大きな手柄を立てた。よって、メイルズ家は正式に貴方を養子として迎え、さらには王太子の側近となる」

「……辞退はできなさそうですね」
「ええ、そのために全て処理を終わったあとに貴方に申し上げました。騙すようで悪いのですが、こればかりは否とは言わせません」
「……私がレイリー様の副官のままで、やることは全部レイリー様のお名前にできましたよね」
「それは侮辱ですよ、貴方の価値と、私への」
「……失礼しました」

自分の価値と言われても分からないが、レイリーへの侮辱と言われれば、それは悪いことをした。

「他に、肩書としていくつか閑職がつきます。これは伝統的なもので、文官の俸禄を増やすため……というのは分かりますね」
「はい」

実際の仕事はもうあちこちの実務に統合してしまい、名前だけが残っている職だ。それを与えられれば仕事はなくても禄だけは発生するという、面白い仕組みだ。
こちらが一覧です、と渡された書類を、おっかなびっくり読むと……

「あの、レイリー様……これは」
「ええ、それが、本当の褒賞(おくりもの)です」

分かりやすいでしょう、と、きれいに笑うレイリーの顔が、とても怖い。
グレオルは、閑職の話になったときからずっと横を向いてこちらを見ない。
『王太子衣装室係』……とても古い職で、財務が今の形をとる前にあった、王太子の出納担当者である。
王太子の懐を直接触れることができるため、信頼に値する人物である……つまり忠臣中の忠臣ということだ。
これが、レイリーではなく、デイルに付く。
付けたのは、レイリー。
頬が熱くなっていく。

(……ばれてる!)

顔が、上げられない。

「やきもきさせられましたが、収まるところに収まったようで、それは喜ばしいことですから」

レイリーの声が異様に明るい。

「あの……その……」
「噂というのも侮れないのですよ。だからメイルズ家(王家の寵臣)なのか、と言われたほうがマシだと判断しました」

レイリーはいつもの事務的な調子で話しているが、とんでもない内容だ。
社交界でまるごと醜聞になりかねない。
デイルは、今度は血の気が引いた。

「ご、ご迷惑を……」
「いいえ、貴方を別のどうでもいい家門にやることのほうが業腹ですから」
「えっと……」
「本当の貴方の官位は王太子第二副官。新設です。権限は私(第一)の方が強いですが、相当強いですよ。資料室禁書架にもひとりで入れます」
「……その節は失礼いたしました!あれは報告していませんから!」
「かまいませんよ、うっかりしたのはそこの王太子ですから」
「うっ」

とばっちりが王太子に飛んだ。
あれはレイリーに引き立てられてから、さほど経っていない頃だろう。あんな頃から疑われていたのか、と、ある意味驚きがあった。
レイリーは肩をすくめ、首を振った。

「まあ、ずっと引きずられても困っていましたでしょうし」
「……あの、もう決定ですよね」
「ええ、どうしようもないです」
「……レイリー様の副官が良かったんですけど……」
「デイル……」

どこぞから切なげな声で呼ばれたが、無視。
ふっと、レイリーは微笑した。

「代わりに、義兄弟の縁を用意しましたが、不満が?」
「い、いえ、それは、本当に……」

夢にも思っていなかった。孤児で、ずっと日陰にいた自分が、貴族の名家の一員に。しかも、尊敬する人の弟。
実感がなくて、どう反応すれば良いのかわからないのだ。
レイリーが、彼には珍しく意地の悪そうな目をした。

「そうですね、ならば、来る日の練習をしましょう。私を兄上と呼びなさい」
「……………えっ」
「さあ、早く」
「れ、レイリー……兄上」

言い慣れない言葉に、照れてしまう。
そっとレイリーを伺うと、彼は目を手で覆って、肩を落としていた。

「……こんな子をクソ王子の毒牙に……忙しさにかまけた当時の私が憎い」
「レイリー様……過ぎたことです」
「……………………………えっ?」

ベイディが、ようやく……とうとう気づいたようだ。ぎょっとデイルとグレオルを見比べている。

「ダーニャも知っていますよね」
「ええ、貴方が王太子付きになることに最後まで反対していました」
「そっちですか」
「デイルの一番が自分じゃなくなると、とても怒っていました」
「……そんなことはないですけど」
「え……」

悲しげな顔をする王太子は無視。
ダーニャは特別なのだ。
レイリーは面白そうに目をまたたかせた。

「誤解を解きに行ってきますか」
「はい。ご配慮ありがとうございます」
「え……」
「その後で良いので、あそこのうぬぼれ王太子も慰めていただけますか。うっとうしいので」
「はい、了解です。……本当にもう、困った人だな」

ずっとこちらを物欲しげに見る王太子へ苦笑した。
その表情がぱっと輝くのを見てから、デイルは敬礼した。



end.
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