僕の初恋を返せ

鹿音二号

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おまけ−1.1

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こちらからはおまけになります。
モブから見る新任副官の話+α

X◆X◆X◆X◆X


侍従として城に仕えて5年。
自分はよくやっていると思う。
リグは男爵家の三男という、世間では生まれながらに穀潰しと言われる立ち位置だった。
侍従とはいえ、城に勤めているだけでだいぶ出来たほうだろう。両親は出仕が決まったときに、好きにしなさいと笑顔で言ってくれた。
そして、幸運に恵まれた。
数多いる侍従の中でも、肩書を持てたのだ。
王太子付き。30人近くいるが、その末端にでも選ばれたことは大変名誉だ。
まあ、人数が多く、上には先輩方がたくさんいらっしゃるなかで、大した仕事はできないのだが。
いつか、王太子グレオル様のおそばに行くのだと、それが目標だ。
それが、どうにも雲行きが怪しくなってきた。

突然の配置換え。
王太子付きという肩書が外れなかったのは幸いだったが――別の人間へと付かされることになった。
これが、納得ができない。
先日まで、王太子は長くカディラルに出向していた。
そこで色々あったらしく、昇進や叙勲などがいっぱいあった。その中に、不思議な人物が迷い込んでいた。
平民だという。
それも、リグと大して年が変わらない。
元は、王太子の副官であるメイルズ候爵子息の従者だったらしいが、覚えていないくらい存在感がない。
それも驚きだが、その昇進の内容だった。
王太子付き副官。上級官でも上の方だ。
なんでも、王太子の命を救ったのだとか。
たしかに、騎士でもないのにその働きはびっくりするが……けれど、大げさではないだろうか。
それは、どうでもいい……いや、よくない。
リグの異動先が、その男の付き人だった。
何かの間違いではないだろうか。
リグは腐っても貴族の子息。平民に仕えるわけにはいかない。ましてや、同い年くらいの青二才だ。
だが、王太子の命令なのだ。
いやとも言えず、がっかりしながら、異動日にその男と会った。
生意気にもすでに王宮内で部屋を持たされ、堂々とした執務机に座った、その新任副官は……なんというか、普通だった。
せいぜい男にしては細身だろうかというくらいしか特徴がない、どこか街角ですれ違っても覚えていられないくらいの……そう、使用人にまぎれていても、そうだと思えるような。
少なくとも、その執務机と肩にかかった文官のローブは似合わなかった。

「よろしく頼むよ」

にこりと笑うその男、デイルは、リグが仕えるべき相手ではないのは確かだ。



配置換えから1週間。
初日は少し言い過ぎたな、とちょっと認識を改めるリグは、デイル副官の部屋の壁際に立っていた。
もちろん、色々言ったのは心のなかであって、直接口にしていない。言ったのは仲のいい同僚と、一番上の兄だったからセーフだろう。

「では、レイリー様にはそのようにお伝えください」
「ああ、これは預かる。それと――」

目の前では、来客用のソファーに座って、デイル副官と、本来の王太子付き副官メイルズ候爵令息、その従者のベイディ・ロムウェル伯爵令息だ。
彼らは一時期従者仲間で旧知だったらしい。
メイルズ副官はお忙しいため、一度もこの部屋には来ていない。代わりに従者のロムウェル令息が伝達係に来ているが、やはりあの秀才と名高いメイルズ副官の従者だ、卒なく仕事をこなしている。
驚いたのは、その仕事ぶりにしっかりとついて行っているらしい、デイル副官だ。
最初は、分かったふりをしているのかと思った。
ロムウェル令息が彼のあるじから言伝られているのは、政治の難しい話だった。侍従のリグにはさっぱり分からない。
それを、顔色一つ変えずデイル副官は聞き、さらには返答までしていた。

(……文官というのは間違いないんだな……)

さすがに、王太子を救っただけでは、平民を上級官にはしなかったということか。どなたがこんなことを許したのかと不審に思っていたのだが。
そういえば、騎士として城にいる上の兄が不思議なことを言っていた。噂によると、デイル副官はメイルズ副官のお気に入りで、カディラルでは内政に関わっていたとか。

「……ところで、そのしゃべり方は……」
「……ご容赦を。どうすればいいのか分からず……」
「ぷっ、俺と君の仲だろう。せっかく友人になれたと思ったのに。……むしろ、私が敬わなくてはなりません、デイル副官」
「……やめてくださいよーもー」

お優しい伯爵令息の冗談に、でれっと相好を崩すデイル副官。

(駄目だ、分かってない)

そのお優しい方はもう少しで騎士叙勲する、伯爵家の次期当主だ。おいそれと平民が友人などになれるはずがない。
やはり、兄の聞いた噂は間違いだ。

「おっと、長居はいけない。……たしかに承った。失礼する」
「はい。よろしくお願いします」

ロムウェル令息が敬礼し、それに返すデイル副官。
ロムウェル令息が部屋を出る時、ああ、と思い出したように、

「昼4つ。覚えているよな」
「もちろん」
「では、また」

ぱたん、と閉じた扉を少し見つめたあと、くるりとデイル副官はリグを振り返った。

「昼4つに約束だから、頼むよ」
「かしこまりました」

侍従として、礼をする。
デイル副官の予定は一応覚えている。
とは言っても、まだ着任1週間という短い間、慣れない仕事が多いのだろう、執務室から出ないので離席などはほとんどない。
忙しさにかまけて、リグをたかだか1枚の紙切れのために城の奥の文官に会いに行かせるので、迷惑な話だ。
そういえば、あまり部屋に戻ってこない、もうひとり副官付きになった文官は何をしているのだろうか。
それと……黒髪の、メイドは。
たまにやってくる見習いのメイドだ。王族と一緒の髪の色に驚いたものの、デイル副官、それとロムウェル令息が彼女と知り合いのようだ。もし、彼女が将来ここに配属されるなら、一緒にこの平民に仕える不幸を嘆いてくれるかもしれない。

デイル副官は言うだけ言って、机に戻った。
書類を見ては首をひねって、たまにペンを動かす。
勤勉そうに見えるのは彼にとってはいいことだよな、と呆れながら思う。山積みの書類が減らないことに、焦りもしていないが。
やがて――
鐘の音がかすかに聞こえた。

「……えっ?」

デイル副官が、ぎょっと顔を上げた。

「うそ、4つ?」

言いながら、椅子にかけてあったローブを羽織り、リグに目を向ける。

「予定を言っておいたはずだけど」
「申し訳ございません。集中されていたご様子で、声をかけられず――」

嘘だ。
だいたい自分で念を押されていて忘れているのだから、リグを責めるのもおかしいだろう。
けれど、デイル副官の目は厳しかった。初めて見る苛立ち、だろうか。
そもそも、リグは最低限しか仕事をするつもりはない。
あくまで、自分は王太子付きだ。平民に仕えていると勘違いされては困る。

「リグ・エンジェッド」

どうやら、ご立腹らしい。
喚かず、静かな声で諭そうとするのは文官だからだろうか。

「君は誰に仕えているの」
「グレオル王太子殿下でございます」

お前ではない。
そう意志を込めて返すと、ふとデイルは笑った。

「よかった、それは忘れてないみたいで」

……どうやら、皮肉らしい。むっとしたが、顔には出さない。

「殿下が、僕に君を付けてくださったのは、僕が恥をかかないようにという意味だ。わかる?」
「はい、それは、」
「僕自身のことはどうだっていいんだ。けれど、僕は泣いても笑っても、王太子第二副官という人物なんだ」

痛いところを突かれた気がした。
そう、国王陛下に直々に昇進を認められていたのだ、この平民は。

「僕は遅刻というマナー違反をする。それは、君が王太子殿下の命令に背いた結果だということを忘れるな」
「……申し訳ありません」

ここは、謝っておくべきか。
だが、リグが頭を下げている間に、デイル副官は机にあったいくつかのものを持って部屋を出ていく。
慌ててついていくが、とんでもない速さで歩いていくため、小走りになった。
そのまま彼は目的の場所、メイルズ副官の部屋に入る。
近衛兵がいるのだが、突然扉に手をかけた彼に何も言わない。むしろ、リグに一瞬鋭い目が刺さった。

「遅れまして、申し訳ございません!」

扉を開けて早々に腰を折るデイル副官に、慌てて合わせて礼をするリグ。
しまった、と今さらながら失敗の大きさに気づく。
この場には、王太子殿下もいるのだ。

「……1週間ですか」

冷たい声が聞こえた。
レイリー・メイルズ第一副官。冷たい美貌と同じく、冷淡と噂の王太子の腹心だ。

「もう少し使えると思ったのですが」
「……申し開きも出来ません」

デイルがさらに頭を下げるため、リグも顔を上げられない。

「はは、まだ慣れないのでしょう。大目に見てやりなさい」

太い声だが、陽気なのは宰相補佐のアイファ候爵だ。やや大柄の……ようは太った壮年の男性だ。

「そうなのか?デイル」

低くゆったりとした声で、王太子が意外そうにつぶやく。彼は精悍で整った顔を、年若い副官に悪意のかけらもなく向けていた。
王太子をこんな間近で見るのは、初めてだ。少し感動してしまった。
メイルズ副官はため息をついた。

「立っていないで、座りなさい」
「すみません、失礼いたします」

空いたソファーに座るデイル副官の、その後方の壁際に、年嵩の侍従がいたので隣に立つ。
その見覚えのある侍従に、一瞬ものすごい目で睨まれた、ような気がした。

(……え?)

一瞬で、すぐに侍従は前を向いてよく分からなかったが。
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