僕の初恋を返せ

鹿音二号

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おまけ−1.2

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「では、続きを……」

もうすでに話が始まっていたらしく、流れるように続けられた。
いつものように、聞いていても分からない。
そもそも国政の話であって、侍従ごときが理解しようとするのもおこがましい。
ただこれを、他には漏らさないこと。これが侍従の仕事だ。
だが、国政に平民が混じることになるのは、いかがなものだろう。侍従のリグでこれだ、いくら文官でも大して分かっていないはずだ。
けれど、誰も気にしていないようだ。
宰相補佐も、王太子ですら。メイルズ副官は仕事の話にしか興味がないようで、その従者、王太子の従者も、最近見かける背の高いメイドも……誰も彼も、デイル副官には気にも留めていない。
デイル副官は無言で資料を何枚も読んでいる。
たまに、無言でメイルズ副官に紙切れを渡している。メイルズ副官はそれを確認もせず、机の上に出して話し続けていた。
会話が止まることはない。

「……あの、お待ちいただきたく」

デイル副官が口を挟んだ。
不敬にも、宰相補佐の話の最中だった。

「何ですかな?」

……怒られたのだろうと思っていた。けれど、デイルは平然と話し始めた。

「こちらのアリニエの補償の話ですが、調整を検討していただけないかと」
「ふむ?」

宰相補佐が身を乗り出した。

「アリニエは港の摘発と、取引に応じたものの――」

すらすらと、デイル副官の口から淀みなく言葉が出てくる。
何を話しているのか、分からない。
ただ、あの席に着く全員が真剣に聞いているので、間違ったことでもないらしい。

(……なんでだ?)

前から、そこにいたような、そんな自然さがある。

(そういえば、メイルズ副官様の従者だった……って)

いや、けれど、今の従者のロムウェル令息も、メイルズ副官の後ろに立っているだけだ。王太子の従者は、なにやら片手に紙を持って、たまに王太子に差し出しているが。
話は2時間近く続いた。
終わると、メイドが茶を淹れて、休憩らしい。

「デイル殿、その口調はどうしました」

アイファ宰相補佐が、カップを持ちながらにこやかに話しかける。
デイル副官はフォークで焼菓子をつつきながら、愛想笑いのようなものを浮かべた。

「会う方々、皆様そうおっしゃるのですが……そんなに似合いませんか?」
「はっは、公では必要かもしれませんが、ここは身内同然ですからなあ」
「無理にしなくていいぞ、ほら、ベイディも笑っている」

そういう王太子も、カップを持ちながら笑っている。

「っふ、失礼を……」
「そんなに変ですか?ちょっと落ち込みますよ」
「まだまだ私たちも精進ですか。慣れるのに時間がかかりそうです」

あのメイルズ副官が小さくだが笑っている。

「ああ、慣れると言えば」

王太子が、カップをソーサーに置く。

「あれは、駄目そうか?」
「そうおっしゃるなら、もう少し選別してください」

メイルズ副官があきれたように王太子に言い返した。
……彼らが幼馴染で、気安い仲だという噂は本当だったらしい。
デイルが軽く頭を下げた。

「……いえ、申し訳ないです、せっかく……僕も、どんなことかわからなくて……使われる立場でしたから」
「なるほど、盲点でした」

メイルズ副官がふっと息を吐いた。
王太子が、首をひねった。

「……もしや、侍従もやったことがあるのか?」
「えっ」

デイルが驚いた顔をして、ちらりと宰相補佐に目を向ける。

「ええ、ご存じです」

メイルズ副官が言うと、デイルは居心地が悪そうに座り直した。

「……もっと早く……いえ、侍従の真似事なら、」

指折り数えて、

「やることは少なかったですけど、3回くらい」

不思議な言い方をする。
メイルズ副官がふと尋ねた。

「訓練は?」
「侍従だけではないですけど、使用人の訓練なら10年以上は……」

リグは息を呑む。
10年以上?自分は礼儀の訓練と見習いを含めて5年だ。

「……デイルが侍従か」

王太子はしみじみと頷いている。メイルズ副官も深く頷く。

「似合いますね」
「だから何でこんなことになってるんですか何度も言いますけど!」

呆れたことに、駄々をこねるようなデイル副官。
――だが、誰も咎めない。

「納得ずくでしょう」

何を今さら、と何故か満足げにメイルズ副官は紅茶を飲んでいる。

「しかし……10年以上か」
「それは物足りないでしょうね」

王太子とメイルズ副官が、ふとそう言った。
デイルは、苦笑している。

「ですが、僕は使えませんので、結局一緒かと」

使えないという言葉が、リグの胸をざわめかせた。
何を、使えないと言っているのだろう。

「いいえ。だから最初に選別すべきだったのです。まあ、デイルの立ち振舞いについては兄の私がきっちりとしますので、グレオル」

……聞き間違えかと思った。
兄。誰が誰の。
王太子は申し訳なさそうに苦笑している。

「侍従長に任せたのが何か行き違いがあったかもしれない。すまんな、デイル」
「いえ、お心遣いに感謝します」
「おお、そうか、やっとですか」

宰相補佐が、にこにこと笑う。

「良かったな、デイル・メイルズ君」

ぎょっと、した。
のは、リグだけだったようだ。
メイドですら、うっすらと笑っている。
どういうことだ。じわりと嫌な汗が浮かぶ。

「まだです、あと数日」
「変わらん変わらん」

恥ずかしげなデイル副官と、鷹揚に笑う宰相補佐。

「デイルがレイリーの弟……なんだか感慨深いぞ」
「そりゃ、経緯が経緯ですから……」

王太子がため息をつくと、デイル副官は苦く笑う。

「まあ、これからが本番ですけれども。いったん区切りはついたのですね」

メイルズ副官も、肩の力が抜けているように見える。
……見覚えがある風景だ、親戚が集まり、ささやかなパーティーを開いた時の、あの。
聞き間違えでなければ……
デイル副官は、メイルズの名になるという。
レイリー・メイルズ侯爵令息の、弟――義弟か。
養子など、貴族の間では珍しくはない。
けれども、デイルは平民だったはずだ。なぜ、高位貴族である侯爵家に連なることになったのか。
ありえない。平民だ。
だから、リグは……

「では、デイルの侍従に関しては選定し直しだな」

王太子の、何でもないような言葉に、リグの血の気が引いた。

(待ってください!)

叫びそうになった。
けれど、リグの発言権は、ここにない。
たしかに、デイル副官に職務放棄に近い嫌がらせはした。そうすれば、お役御免で王太子付きに戻れると思ったのもある。
けれど、事情を知らなかったからだ。
まさか、平民と侮った同世代が、本当に、本当の、上級官で、貴族の子弟になるなんて。
それ以上に、これは王太子の命令。
デイルは言ったではないか、彼に恥をかかせることは、王太子への命令違反だ。
馬鹿なことをした。思い上がっていた。
不服従の侍従なんて、いらないに決まっている。
馬鹿だった。本当に。
けれど、後悔しても遅い。
震えが止まらない。
隣の侍従は、たしか10年のベテランだったはずだ。だから、今も、部屋に入ったときも、恐ろしい目でリグを見ていた。意味がやっと分かった。
そのほかに、もうひとつ、視線があった。
デイル副官が、じっと、こちらを見ていた。
にこにこと笑っている、その何でもないような表情が、今はとてつもなく怖い。
ふっと、彼は顔を王太子たちに戻した。

「いえ、しばらくこのままで」
「……何故?」

メイルズ副官が不思議そうに聞き返す。

「仕事にならないのでは?」
「どうやら、反省してくれたみたいですし。今後、使えないのならそれまでです。僕も責任はありますし」
「……デイルがそう言うなら」
「ありがとうございます」

隣の侍従も、視線を外した。

(……助かった?)

なぜ、だろう。
だが、これだけははっきりわかる。
もう、あとはない。
最後のチャンス、せいいっぱい、お仕えしなければ。
汗が一雫、滴り落ちた。



彼の言う責任とは、リグがどういった仕事をするのか教えなかったことだと。
聞かされていると思っていたし、だからこその嫌がらせだと思っていたのだとか。

「まあ、何度かイライラしたけど」

……あれを何度かで済むあたり、心が広いとしかいいようがない。
その後、あれやこれやと教えて頂いた。
王太子や第一副官が連れている従者は騎士階級の身の回りの世話をする者で、騎士ではないからデイルは持てない。
その代わりにまずは世話や所用を侍従に、仕事の補佐を文官にとひとりずつ急遽付けられたのだとか。
たまにやってくる黒髪のメイドは、カディラルから王太子の使節団が帰国した時に、縁があって連れてきたらしい。元々この国の者ではないため、念のために見習いからはじめるのだとか。
もうひとりの文官は元々王太子付きで、引き継ぎ作業と、新設の第二副官への仕事の移管調整を行っていた。
言われても分からず、ようはデイルが新しくする仕事を城の中でかき集めているのだと噛み砕いて説明してくださった。……ちょっと自分の至らなさに恥ずかしくなった。
だが、あちこちから仕事を押し付けられるので、座っていても仕事はやってくる。
……減らない書類のからくりが分かったのも、今。

「申し訳ございません副官!」

山ほどの書類を抱えて、デイル付きの文官が戻ってきた。
全部、デイル副官の仕事らしい。
……多すぎではないか。

「……ええー」

さすがに嫌そうな顔をしたデイルだが、泣きそうになっている補佐に文句は言えず、そっと机の端を空けた。

「さすがに次から差し戻すよ?なんか違うのも混じってるから」
「ええ、本当に何を考えているのやら……」

ふう、と額を拭う文官は、まだ外回りが終わらないと、デイルと少し話してからまた部屋を出た。

(あの山の分が、今日の終業には消えてるんだよな……)

減らないわけである。増えてもいない。
デイルが何をしているかなんて、知りもしなかったし、もちろん見ていなかった。いくらなんでも、馬鹿な話だった。
そして、自分の事も分かっていなかった。

「明日の朝9つ、オーデー森林担当長官の面会要請がありますが、返答は了承でしょうか」
「えっと、何を話したいかも聞かせて?」
「……し、失礼しました。ベルイン河の……」

侍従を10年訓練したというデイルに、事細かに注意される。
何ひとつ分かっていなかった。言われないから、仕事がないのではないのだ。
言われなくても、やらなければ。
気がつけば、目の回るような忙しさだった。
どうしてこれに気づかなかったのだろうと、以前壁の近くに立っていただけの自分を殴りたくなる。
本当に、どうしてこんな役立たずの自分を、彼は許したのだろうか。
あまりの情けなさにデイルに謝ると、

「……まあ、これくらいは全然許せるよね」

何やら遠い目をして言われたが、なんだっただろう。

ところで、デイルは平民ではなかったらしい。
隣国カディラルの、貴族の私生児だったとか。
いろいろと噂があって、腑に落ちないことがある。ちらりとデイル本人に聞こうと思ったら……ニッコリと笑われたので背筋が冷えた。
数日で訓練され、これは聞いたらヤバイやつ、がなんとなくリグにも分かってきた。
ともかく、デイルは色々不思議なお人である。

不思議といえば――仕事が次々と舞い込んでくるので、デイル副官は毎日遅くまで執務室から出ない。
それが、たまに突然定刻に席を立つことがある。

「約束があるから、これで。ああ、本当に私用だから」

仕事で疲れているはずなのに、曇りのない笑顔だ。

(……恋人だろうか?)

こういう人ほど、ちゃっかりとしているのは世の常である。


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