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「良かった良かった。じゃあ、今後の対策だね」
さらっとイワンはそう言って、またベルを鳴らした。
なんの感動もないその様子になんだかもやっとするが、スミレが笑っていたので何も言わなかった。
「目下、問題は今日の騒ぎの対処だよ。どうせエヴァーラがあることないこと言ってスミレをいじめようとするだろう。そうさせないために、どうしたらいいか」
「あら、わたくしがびしっと言ってやりますわ」
「びしっと」
スミレが不思議そうに繰り返した。イワンはなんだか目を細めている。
「そうそう、なんか今日はおかしかったけど、どうやら調子戻ってきたみたいだな。でも却下」
「なぜですの」
「きっとエヴァーラは君の前では反省したとしおらしくするけど、裏でもっと陰湿なことをスミレにするね。あなたのせいでペトーキオに目をつけられた恥をかかされたってね」
「……そんな卑怯な」
「そんなもんだよ」
あまりにも酷い話。ミズリィが開いた口が塞がらないでいると、スミレがそうですね、と頷く。
「我慢は覚悟していました……けれど、もう、そういう問題じゃなくなってきました」
「他の学生達にも悪影響がありそうだしね。しかし、どうしたものかな」
ふむ、と考え込むイワンとスミレ。
「わたくしがスミレを絶対に守ってみせますわ!」
「そうなんだけどね、その方法だよ、ミズリィ。誰彼構わず攻撃するつもり?」
「そ、それは」
「……けど、それも手かもね」
「えっ攻撃することがですか!?」
スミレが驚いて声を上げた。イワンは笑って首を振った。
「ははっ、違うよ。絶対に守るってとこ」
簡単だよ、と彼は腕を組んで、
「とっても仲のいい友達だってアピールすればいいんだ、四六時中いつもべったりで、なにをするにしても一緒。ミズリィが離れなければ誰もスミレにちょっかいはかけないだろ」
「……ですが、それはあまりにもミズリィ様にご負担が大きいかと」
「負担?なんのことですの」
スミレと一緒にいればいいのだろう。話もできるし、どこが悪いのか分からなかった。
スミレはきょとんとこちらを見て、イワンは、ぶふ、と吹き出した。
「そうそう、スミレ。今のうちにミズリィに慣れておかないとあとが大変だ」
「……はい、分かりました」
「わたくし、なにかおかしなことを言ったのかしら」
「いいや、君は君のままでいてくれ」
何気なく、イワンは言ったのだろう。
けれど、ミズリィの胸にチクリと言葉が刺さった。
(わたくしは変わらなかったわ。けれど、変わってしまったもの)
イワンも、オデットも、テリッツも。
「怒ったかい?まあ、そういう細かいことは僕たちに任せておけばいいんだ。で、悪い案じゃないと思うんだ」
「スミレとずっと一緒にいればいいんですのね?けれど、本当にそれで解決するのかしら」
ミズリィにはいまいちその方法がどんなものかが分からなかった。
首を傾げると、イワンは頷く。
「ある程度は。君がスミレとずっと一緒だと、とても強い友情に結ばれた……いわば君にとって大切な人だと周りに教えることになる。するとどうだい?公爵家令嬢が大切にしている人をどうにかしたら、確実に自分が悪いことになる。君に敵だと思われて学院でも社交界でも立場をなくす、くらいは考えるだろうね」
「そんなことはいたしませんわ」
いくらミズリィが学院で強い立場にあっても、そんないじめるようなこと。
「けど、相手はそうは思わない。だって自分が『そう』だから」
「……納得できませんわ」
そんな卑しい人間だと思われたくない。
イワンは苦笑したらしい。
「ミズリィ、これは僕の考えがおかしいとかじゃないし、納得できなくても、そうだということを覚えておきなよ。今は特に、スミレのためなんだ」
「……そうね、分かったわ」
そうだ、なにより、スミレのためなのだ。
イワンは家業を継ぐつもりで、ビリビオ子爵の手伝いをしている。人のこころが肝心だと、よく分かっている友人だった。
頭のないミズリィにいろいろ助言してくれる。不思議と上手く行くことが多いから、強い味方で、信頼できる。少なくとも、今は、だけれども。
スミレを見ると、彼女は何やら目を輝かせてミズリィを見ている。
「どうなさったの?」
「いえ、ミズリィ様は……すてきですね」
「え?」
「ぶ、くく、また信者が増えたみたいだ」
「イワン?」
信者、とはなんだろうか。
よくわからないが、悪い意味ではなさそうだ。けれど、笑っているイワンになにかいらっとする。
「ごめんよ! ともかく、言ったように、最低でも学院では仲良く一緒にいれば、だいぶ解決すると思う」
「ええ、では、そのようにしますわ」
「ほんとうに、いいんですか?」
スミレはなんだかぼんやりとそう言った。
もちろん、と頷けば、彼女はふわりと頬を染めて、笑う。
「……ありがとうございます」
「うんうん、友情だね? 僕も仲間に入れてくれよ、今後のためにさ」
「しっかりしていらっしゃいますね、ビリビオ様は」
「僕もイワンって呼んでくれ。もちろん、僕はミズリィの友人だからね」
「ふふ、なんとなくわかります」
いや、さっぱり分からない。
と思いつつ、ミズリィは経験上黙っていた。またイワンにからかわれる。
お茶を飲んでいると、大きなお皿が届いた。
花柄の丸っぽいお菓子がいくつも載っている。色は白と、焼き色がきれいについた2種類だけだが、中身の甘い部分にいろんなナッツやドライフルーツが入っているらしい。
「不思議ですね、この黒い中身」
珍しい東洋の菓子に興味津々のスミレはかじっては中身を調べている。
「ああ、それ、豆を甘く煮て潰したものらしいよ」
イワンは何度かこの店に通っているせいか、詳しい。
「豆!?」
「デザートに向かない気がするけれど……美味しいわ」
「気に入ったならいくつか包んでもらうよ。ああ、あと馬車の手配を……」
「スミレ、もしよかったらわたくしの家の馬車でお家までお送りしますわ」
「え!?」
スミレはびっくりして、手から菓子を落としそうになった。
「……とてもうれしいです。ですが恐れ多いです、今日は自分で帰ろうと思います」
「いや、そういうわけにも行かないよ。ちゃんと送り届けないと、招待した僕の名誉も危ないんだよ」
そうおどけて、イワンは立ち上がった。
「馬車は呼んでおく、これはお近づきの印さ。受け取ってよ」
さっさと部屋を出ていくイワンに、話しかけようとしていたスミレは、そのまま口を閉じた。
「……こんなにして頂いていいのでしょうか」
「お友達ですもの。これが当たり前ですわ」
たぶん、貴族と平民だと、こんなところも違いそうだ。
「今度、オデットも誘ってまた来ましょう?もし別のティーサロンが良ければおっしゃって」
「オデット……ハリセール家の?」
「そうですわ。大丈夫ですわ、ハリセール家に悪い噂はあるのは知っていますけれど……オデットは良い方ですわ」
友人のオデットのハリセール家は、帝国の国教を信仰しているのではなく、外国の神を崇める宗教家だった。この国での最高司祭の家だという。このホーリース帝国で力はないものの、世界を見れば大きな勢力の宗教。
別の宗教の司祭ということで、ハリセール家はあまり良い印象は持たれていなかった。
それをスミレも知っているはずで、ミズリィはオデットと友人だと言うことしかできない。
悪い人間ではないことを、会えばきっとスミレは分かってくれるだろう。
「ミズリィ様がそうおっしゃるのなら、そうなんでしょうね」
スミレはくすりと笑う。裏庭で会ったときより、ずっと柔らかい表情だ。
「夢みたいです……ついさっきまで、これからどうしようと、途方に暮れていたんです」
「お役に立ててよかったですわ」
「どうしましょう、私にはミズリィ様たちにお返しできるものがないんです……」
少し寂しげにテーブルの上においた手に目を落として、スミレはポツリと言う。
「お返しだなんて、考えなくてもいいんですのよ。わたくしがしたくてしたことですし、ずいぶんあなたを困らせてしまったわ」
「でも……これではあまりにも……今は無理ですけれど、いつか必ずお返しします」
「分かりましたわ……いつか、ですわね」
一瞬、前世のことがよぎった。
友達になった今とは違い、スミレはほとんど関わりがなかった。
もし――彼女が、この差を、知ったら。
どう考えるだろうか。
けれど、また困らせてはいけない。それに、自分の生き死にに協力しろと言うのは卑怯すぎる。
「ミズリィ様?」
「あ、ごめんなさい。少し考え事を……」
「そういえば、昨日はお休みしていらっしゃいました。病み上がりではお疲れでは?」
心配そうなスミレに軽く首を振って笑った。
「そちらは大丈夫よ。ありがとう」
「どうしたの。やっぱり具合が悪い?」
「イワンまで……心配性ね」
戻ってきたイワンまで気を使うので、ミズリィは声を上げて笑ってしまった。
「今日はゆっくり休みますわ」
「そうしたらいい」
イワンが珍しく真剣な顔だ。
彼が持っているものに気づいて、ミズリィとスミレはじっと見てしまった。
「ああ、スミレ。勝手なことだったかなと思ったんだけど」
バツが悪そうなイワンがスミレに渡したのは、入店したときに従業員に渡した荷物……スミレの外套だった。
「汚れ落としと繕いを頼んだんだ。それ以外は誓って何もしていないから」
「そんな! そこまでしていただくなんて」
「この店のサービス。体験してもらおうと思ってさ」
近くの服飾を扱う店がこの店と連携して、食べ物をこぼしたりしたシミの洗浄などを請け負っているらしい。
「……ありがとう、ございます」
きれいになった外套を眺めて、スミレは目を潤ませていた。
「――先日亡くなった、叔母の形見なんです。自分の使っていたものを仕立て直して、私が学院に入学が決まったときにくださったんです」
そんな大切なものを、引き裂かれたり踏みにじられたり。
ミズリィはまた怒りが湧いてきた。
犯人を探して、怒ってやろうかと、そんな考えがふとよぎる。
(……いけないわ、それでは卑怯者たちと一緒ね)
さっき自分で否定したばかりだというのに。
「……やはり、わたくしから新しい外套を贈らせて頂戴」
「え?あの、」
「わたくしのわがままよ。わたくしのためだと思って」
「……ミズリィ、もう止めるつもりはないけど、せめてスミレがちゃんと使えるようなものにしなよ」
「ええ、街で売っているような物を探すわ。そうね、今度一緒に選びに行きませんこと?」
「ええ!?」
スミレがぎょっと大声を上げた。
さらっとイワンはそう言って、またベルを鳴らした。
なんの感動もないその様子になんだかもやっとするが、スミレが笑っていたので何も言わなかった。
「目下、問題は今日の騒ぎの対処だよ。どうせエヴァーラがあることないこと言ってスミレをいじめようとするだろう。そうさせないために、どうしたらいいか」
「あら、わたくしがびしっと言ってやりますわ」
「びしっと」
スミレが不思議そうに繰り返した。イワンはなんだか目を細めている。
「そうそう、なんか今日はおかしかったけど、どうやら調子戻ってきたみたいだな。でも却下」
「なぜですの」
「きっとエヴァーラは君の前では反省したとしおらしくするけど、裏でもっと陰湿なことをスミレにするね。あなたのせいでペトーキオに目をつけられた恥をかかされたってね」
「……そんな卑怯な」
「そんなもんだよ」
あまりにも酷い話。ミズリィが開いた口が塞がらないでいると、スミレがそうですね、と頷く。
「我慢は覚悟していました……けれど、もう、そういう問題じゃなくなってきました」
「他の学生達にも悪影響がありそうだしね。しかし、どうしたものかな」
ふむ、と考え込むイワンとスミレ。
「わたくしがスミレを絶対に守ってみせますわ!」
「そうなんだけどね、その方法だよ、ミズリィ。誰彼構わず攻撃するつもり?」
「そ、それは」
「……けど、それも手かもね」
「えっ攻撃することがですか!?」
スミレが驚いて声を上げた。イワンは笑って首を振った。
「ははっ、違うよ。絶対に守るってとこ」
簡単だよ、と彼は腕を組んで、
「とっても仲のいい友達だってアピールすればいいんだ、四六時中いつもべったりで、なにをするにしても一緒。ミズリィが離れなければ誰もスミレにちょっかいはかけないだろ」
「……ですが、それはあまりにもミズリィ様にご負担が大きいかと」
「負担?なんのことですの」
スミレと一緒にいればいいのだろう。話もできるし、どこが悪いのか分からなかった。
スミレはきょとんとこちらを見て、イワンは、ぶふ、と吹き出した。
「そうそう、スミレ。今のうちにミズリィに慣れておかないとあとが大変だ」
「……はい、分かりました」
「わたくし、なにかおかしなことを言ったのかしら」
「いいや、君は君のままでいてくれ」
何気なく、イワンは言ったのだろう。
けれど、ミズリィの胸にチクリと言葉が刺さった。
(わたくしは変わらなかったわ。けれど、変わってしまったもの)
イワンも、オデットも、テリッツも。
「怒ったかい?まあ、そういう細かいことは僕たちに任せておけばいいんだ。で、悪い案じゃないと思うんだ」
「スミレとずっと一緒にいればいいんですのね?けれど、本当にそれで解決するのかしら」
ミズリィにはいまいちその方法がどんなものかが分からなかった。
首を傾げると、イワンは頷く。
「ある程度は。君がスミレとずっと一緒だと、とても強い友情に結ばれた……いわば君にとって大切な人だと周りに教えることになる。するとどうだい?公爵家令嬢が大切にしている人をどうにかしたら、確実に自分が悪いことになる。君に敵だと思われて学院でも社交界でも立場をなくす、くらいは考えるだろうね」
「そんなことはいたしませんわ」
いくらミズリィが学院で強い立場にあっても、そんないじめるようなこと。
「けど、相手はそうは思わない。だって自分が『そう』だから」
「……納得できませんわ」
そんな卑しい人間だと思われたくない。
イワンは苦笑したらしい。
「ミズリィ、これは僕の考えがおかしいとかじゃないし、納得できなくても、そうだということを覚えておきなよ。今は特に、スミレのためなんだ」
「……そうね、分かったわ」
そうだ、なにより、スミレのためなのだ。
イワンは家業を継ぐつもりで、ビリビオ子爵の手伝いをしている。人のこころが肝心だと、よく分かっている友人だった。
頭のないミズリィにいろいろ助言してくれる。不思議と上手く行くことが多いから、強い味方で、信頼できる。少なくとも、今は、だけれども。
スミレを見ると、彼女は何やら目を輝かせてミズリィを見ている。
「どうなさったの?」
「いえ、ミズリィ様は……すてきですね」
「え?」
「ぶ、くく、また信者が増えたみたいだ」
「イワン?」
信者、とはなんだろうか。
よくわからないが、悪い意味ではなさそうだ。けれど、笑っているイワンになにかいらっとする。
「ごめんよ! ともかく、言ったように、最低でも学院では仲良く一緒にいれば、だいぶ解決すると思う」
「ええ、では、そのようにしますわ」
「ほんとうに、いいんですか?」
スミレはなんだかぼんやりとそう言った。
もちろん、と頷けば、彼女はふわりと頬を染めて、笑う。
「……ありがとうございます」
「うんうん、友情だね? 僕も仲間に入れてくれよ、今後のためにさ」
「しっかりしていらっしゃいますね、ビリビオ様は」
「僕もイワンって呼んでくれ。もちろん、僕はミズリィの友人だからね」
「ふふ、なんとなくわかります」
いや、さっぱり分からない。
と思いつつ、ミズリィは経験上黙っていた。またイワンにからかわれる。
お茶を飲んでいると、大きなお皿が届いた。
花柄の丸っぽいお菓子がいくつも載っている。色は白と、焼き色がきれいについた2種類だけだが、中身の甘い部分にいろんなナッツやドライフルーツが入っているらしい。
「不思議ですね、この黒い中身」
珍しい東洋の菓子に興味津々のスミレはかじっては中身を調べている。
「ああ、それ、豆を甘く煮て潰したものらしいよ」
イワンは何度かこの店に通っているせいか、詳しい。
「豆!?」
「デザートに向かない気がするけれど……美味しいわ」
「気に入ったならいくつか包んでもらうよ。ああ、あと馬車の手配を……」
「スミレ、もしよかったらわたくしの家の馬車でお家までお送りしますわ」
「え!?」
スミレはびっくりして、手から菓子を落としそうになった。
「……とてもうれしいです。ですが恐れ多いです、今日は自分で帰ろうと思います」
「いや、そういうわけにも行かないよ。ちゃんと送り届けないと、招待した僕の名誉も危ないんだよ」
そうおどけて、イワンは立ち上がった。
「馬車は呼んでおく、これはお近づきの印さ。受け取ってよ」
さっさと部屋を出ていくイワンに、話しかけようとしていたスミレは、そのまま口を閉じた。
「……こんなにして頂いていいのでしょうか」
「お友達ですもの。これが当たり前ですわ」
たぶん、貴族と平民だと、こんなところも違いそうだ。
「今度、オデットも誘ってまた来ましょう?もし別のティーサロンが良ければおっしゃって」
「オデット……ハリセール家の?」
「そうですわ。大丈夫ですわ、ハリセール家に悪い噂はあるのは知っていますけれど……オデットは良い方ですわ」
友人のオデットのハリセール家は、帝国の国教を信仰しているのではなく、外国の神を崇める宗教家だった。この国での最高司祭の家だという。このホーリース帝国で力はないものの、世界を見れば大きな勢力の宗教。
別の宗教の司祭ということで、ハリセール家はあまり良い印象は持たれていなかった。
それをスミレも知っているはずで、ミズリィはオデットと友人だと言うことしかできない。
悪い人間ではないことを、会えばきっとスミレは分かってくれるだろう。
「ミズリィ様がそうおっしゃるのなら、そうなんでしょうね」
スミレはくすりと笑う。裏庭で会ったときより、ずっと柔らかい表情だ。
「夢みたいです……ついさっきまで、これからどうしようと、途方に暮れていたんです」
「お役に立ててよかったですわ」
「どうしましょう、私にはミズリィ様たちにお返しできるものがないんです……」
少し寂しげにテーブルの上においた手に目を落として、スミレはポツリと言う。
「お返しだなんて、考えなくてもいいんですのよ。わたくしがしたくてしたことですし、ずいぶんあなたを困らせてしまったわ」
「でも……これではあまりにも……今は無理ですけれど、いつか必ずお返しします」
「分かりましたわ……いつか、ですわね」
一瞬、前世のことがよぎった。
友達になった今とは違い、スミレはほとんど関わりがなかった。
もし――彼女が、この差を、知ったら。
どう考えるだろうか。
けれど、また困らせてはいけない。それに、自分の生き死にに協力しろと言うのは卑怯すぎる。
「ミズリィ様?」
「あ、ごめんなさい。少し考え事を……」
「そういえば、昨日はお休みしていらっしゃいました。病み上がりではお疲れでは?」
心配そうなスミレに軽く首を振って笑った。
「そちらは大丈夫よ。ありがとう」
「どうしたの。やっぱり具合が悪い?」
「イワンまで……心配性ね」
戻ってきたイワンまで気を使うので、ミズリィは声を上げて笑ってしまった。
「今日はゆっくり休みますわ」
「そうしたらいい」
イワンが珍しく真剣な顔だ。
彼が持っているものに気づいて、ミズリィとスミレはじっと見てしまった。
「ああ、スミレ。勝手なことだったかなと思ったんだけど」
バツが悪そうなイワンがスミレに渡したのは、入店したときに従業員に渡した荷物……スミレの外套だった。
「汚れ落としと繕いを頼んだんだ。それ以外は誓って何もしていないから」
「そんな! そこまでしていただくなんて」
「この店のサービス。体験してもらおうと思ってさ」
近くの服飾を扱う店がこの店と連携して、食べ物をこぼしたりしたシミの洗浄などを請け負っているらしい。
「……ありがとう、ございます」
きれいになった外套を眺めて、スミレは目を潤ませていた。
「――先日亡くなった、叔母の形見なんです。自分の使っていたものを仕立て直して、私が学院に入学が決まったときにくださったんです」
そんな大切なものを、引き裂かれたり踏みにじられたり。
ミズリィはまた怒りが湧いてきた。
犯人を探して、怒ってやろうかと、そんな考えがふとよぎる。
(……いけないわ、それでは卑怯者たちと一緒ね)
さっき自分で否定したばかりだというのに。
「……やはり、わたくしから新しい外套を贈らせて頂戴」
「え?あの、」
「わたくしのわがままよ。わたくしのためだと思って」
「……ミズリィ、もう止めるつもりはないけど、せめてスミレがちゃんと使えるようなものにしなよ」
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