最強令嬢の秘密結社

鹿音二号

文字の大きさ
13 / 60

11:藪の中の果実2

しおりを挟む
 ほどなくして、ベッドルームから治療師たちが出てきた。
 治療を専門とする組織の魔術師たちだ。

「命に別条はございません。ひどく魔力と体力を消耗していますが、数日安静にしていらっしゃれば回復するでしょう」
「分かりました。どなたか代表は私と一緒に侯爵と伯爵へ報告に来てください」
「私もお供いたします」

 テリッツが部屋を出ようとすると、メルクリニがそれについていく。

「あの、アリッテル嬢とはお話できますかしら?」

 残っていた治療師に尋ねると、大丈夫だと言われて、オデットとふたりでベッドルームへと向かう。

 アリッテルはぼうっとベッドに横たわっていた。
 小さな子供には似合わない、疲れ切った表情だった。

「……お加減はどうです?」

 オデットがそっと近寄ると、アリッテルはゆっくりと首を彼女に向けて……それから、しくしくと泣き出した。

「まあ、どうしたの」
「……ひっ、あ、あなた、が助けてくれた、の」

 小さな声で、頼りない響き。
 ベッドに座ったオデットの後ろに立っているミズリィには分からないが、彼女はいつもの微笑みを浮かべているのだろう。

「ええ、そうね。大変だったわねえ、間に合ってよかった」
「な、んで、助けたのよ!」

 大声を上げるアリッテルに、そっと手を伸ばしたオデットは、彼女の頭を撫でた。

「あら、助けてって言っているように見えたのに?」
「そうじゃなくてっ、わ、わたし、あなたに、ひどいことを言っ……」
「しぃー、よ。あなたが内緒にすれば、何も聞かなかったことにするわ」

 以前会った神殿でのことだろうか。何があったかわからないけれど、オデットは気にしていないようだった。

「ね、ほら、嘘じゃなかったでしょ? あなたは私だけは傷つけられないのよ? どう?」

 誇らしげなオデットの声と、アリッテルが彼女に抱きつく小さな手。
 しばらく泣きじゃくっていたアリッテルが落ち着いて、それでミズリィは声をかけることができた。

「初めまして、アリッテル嬢。わたくし、ミズリィ・ペトーキオと申します。オデットとは友人ですわ」
「ペトーキオ……」

 公爵家の名は聞いたことがあったのだろう、アリッテルは不安げにオデットの袖にすがりついた。

 オデットはそのアリッテルを見て、固まった。
 目を見開き、小さめの口を開いて、数秒後――ガバッと腕を広げ。
 アリッテルを、抱きしめた。

「まああああああなんて可愛いのかしらああああああ」
「ぎゃっ!?」
「えっ」

 それを見て、今度はミズリィが固まった。
 何が起こっているのか。こんなに興奮したオデットを見たことがない。

「ああ、アリッテル、かわいいわ! 怯えないで大丈夫、ミズリィはとてもいい人だから!」
「何!? なんなの!?」
「あまりにもアリッテルが可愛くて……私、こんな妹が欲しかったのぉ」
「あなたの妹になった覚えはなくってよ!」

 オデットに抱きしめられ頬ずりされ、どうしていいか分からずにおろおろとあちこち見て、ミズリィに目を合わせたとたん、涙を浮かべるさまは、たしかに小動物みたいで可愛いけれど。

「……オデット……よくわかりませんけれど、アリッテルが困っていらっしゃいますわ。落ち着きになって」
「ああ……ごめんなさい?」

 ようやくアリッテルを解放したオデット。アリッテルはできる限りベッドの端にずりずりと寄って距離を取る。

「ああん、アリッテル、そんな遠くに行かないで」
「どうしたっていうの! あなたそんな人だったかしら!?」
「オデット……一体どうしたの」
「ええ?なんともないわぁ」

 様子がおかしい。
 けれど、なんだか幸せそうで……ミズリィは考えることをやめた。

「ええと、アリッテル嬢、わたくしあなたに聞きたいことがあって」
「……………なんですの」

 警戒するのを隠さず、じろりとアリッテルはミズリィをにらみ、そばにあったクッションを抱えた。
 また何かオデットが叫んだが、放っておく。

「今日、このパーティーに参加された理由をお聞きしたいの」
「……どうして知りたいの、そんなこと」
「ああ、アリッテル、泣かないで」

 くしゃりと顔を歪めたアリッテルに、オデットはおろおろと声をかける。距離を詰めるようなことをしていないからか、アリッテルはオデットを見て涙を引っ込める。

「詳しくは言えないのだけれど、個人的な疑問なの。ここだけのお話にしてしてくださるかしら」

 無言でじっとミズリィを見つめるアリッテルに、オデットは何を思ったのか、

「……さきほど、あなたの魔力からみんなを守ったのは彼女よ。大丈夫、いいひとだもの」
「……分かったわ」

 アリッテルはこくりと頷いた。

「お父様に言われてついてきただけで、よく知りませんの。けれど、本当は、行く予定ではなかったはずで……」

 もじもじと話している彼女のベッドに、そっと腰掛けさせてもらう。

「お父様は、たしか一ヶ月前はパーティー行けなくて、悔しいみたいなことを言っていらしたわ。それが、一週間前、突然行くことになって喜んでいて。私も行くのだとその時初めて聞いたわ。ええと、たしか……その日の前日に、あなたにお会いしたわね」
「あらぁ、そうだったのね」

 オデットが話した神殿に治療を受けに来た日のことだろう。

「……本当に、助けてくれるとは思いませんでしたわ。――ありがとう」

 ぽつりとアリッテルが言ったお礼に、オデットは目を輝かせた。

「ふふ、嬉しいわ」
「信じなくて、ごめんなさい」
「今度はちゃんと信じてくれたもの」
「ま、まあ、それはあんなことをされたら……」

 アリッテルは頬を染めて、それから微笑んで見ていたミズリィに気づいて咳払いをした。

「それくらいよ、たいしたことじゃないわ」
「ええ、ありがとうございます」

 微笑むと、アリッテルはなにか小さな声でブツブツと呟いた。クッションに口元を埋めているので、聞こえない。

「? なにかしら」
「なんでもなくってよ!」
「まあまあ、興奮しちゃだめよ。体に悪いわ」

 オデットがやんわりと注意すると、アリッテルはびくりと体を震わせる。それにオデットはいつもの微笑みを浮かべた。

「ああ、大丈夫よ? 今あなたは魔力がいっぱいなくなっているから、しばらく大きな力は使えないわ」
「……そう」

 アリッテルはうつむき、何かを考えている。

「――ねえ、私が暴走したとき、みんなを守ったのはあなただったのでしょう?あれは何?」
「あれ、とは?」

 ミズリィに向けられた赤い瞳は、この部屋に入ったときと同じ疑いの目をしていた。

「私の魔力がどんどん外に出ていくのがわかったわ。けれど、途中から押さえつけるみたいに出しにくくなったの。……なんだか、あの、腕輪をしている時みたいに……」
「……結界ですわ。ごめんなさい、どうしてもあの魔法にしないと、ホールが吹き飛んでしまうと思いましたの」

 不快だったのだろう、それはミズリィにも分かる。

「本当に、嫌だったでしょう」

 思い出して、自然と顔が歪む。

 アリッテルは何を思ったのかぽかんとしたようだった。瞬きを何度かしたあと、照れたようにぎゅっとクッションを抱きしめた。

「うん。……でも、吹き飛ばすのはもっと嫌ですわ。結界は、あなたの固有魔法かしら」
「いいえ、ミズリィの固有魔法は、制御魔法よ」

 オデットがなにか物欲しそうな顔でこちらを見てながら言った。

「制御?」
「魔法なら何でもかんでもコントロールしてしまう、便利な魔法よねぇ?」
「え、ええ……どうなさったの、オデット」

 いいえ、と友人は今度はつんと顎を上げてしまう。

「? ええ、オデットが言うように、制御の部分が魔法になっているのですわ。ええと……」
「私の魔法もコントロールできるのかしら!?」

 ぐっと身を乗り出したアリッテル。

「……いいえ、わたくしの魔力はあなたよりも小さいの。自分の力より強いものは、コントロールできないわ」
「使えませんこと」
「そうですわね」

 真面目にうなずく。

「……本当に貴族かしら、あなた」
「え?」
「いいですわ、もう!」
「ねえ、アリッテル、私とお友達になりましょう?」

 唐突に、オデットは真剣な顔をした。

 そんな話をしていただろうか。
 ぎょっとしたアリッテルへと、オデットは体を傾ける。

「今回みたいなことがあっても、私はあなたを助けてあげられるわ。私の声が聞こえるまであなたの近くに行けるわ」
「は、はあ?なぜお友達になる必要があるの!」
「信頼の証。一言、うん、って言ってくだされば、私はあなたの味方よ? お父様に腕輪はしないように説得するわ?」
「――」

 金髪の少女はじっと目の前の年かさの少女をにらみつけるように見て、

「卑怯だわ。ずるい」



 風に当たりたいというオデットに付き合い、ベランダへ出る。

「少し寒いわねぇ」
「秋も深まってきていますわ」

 天気は穏やかで、星空が見える。
 アリッテルは疲れたらしく、ベッドで大人しくしている。

「……聞きたいことがあるの。ミズリィ、あなた、魔封じの呪具のことをよく知っていたわね?」
「え……たまたま、どこかで見ていた気がするわ」

 どきりとしながら、答える。
 そんなに知られていないものだったろうか。テリッツなども知っているようだったのは気のせいだろうか?

「そうね、簡単なことは学院の講義でやったし、覚えていたのねぇ。すごいわ」
「……それは、ありがとうと言ってもいいのかしら」

 褒められている気がしないのだけれども。
 考えながら答えると、オデットはぷっと吹き出した。

「いいえ、意地悪だったわね。でも、おどろいたの、魔封じって私が言ったとき、一体それがなにか分かっていたようだったから」

 オデットは手すりに組んだ手を乗せる。

「……神殿でも、たまに規則を破った司祭が罰につけるときがあるのだけれど、本当に嫌そうにしているのを見るわ。アリッテルなんて小さな子が、なんの罪もないのにつけるものではないでしょう」
「その通りですわ」
「――あなたって、嘘をつくのが本当に下手ねぇ」

 クスクスと笑いながらオデット。
 たしかにミズリィは嘘をつくのが下手だけれども、それは今関係があることだっただろうか。

「まあ、いいわぁ。今度教えてくださいね?」
「何をですかしら?」
「あら、いいえ、気にしないで」

 オデットは笑っている。上機嫌だ。そよ風に髪を揺らしながら、夜空を見上げている。

「邪教の魔女がって、言われたのよ」
「……なんですって?」
「アリッテルに初めて会ったときね。もうすでに魔封じの腕もしていて、きっと気が立っていたんだわ。お父様の伯爵も、私の話を半分も聞いていたのか分からなかったし」

 オデットの横顔はいつもの微笑みを浮かべている。

「腕輪はしていても、本当の解決にはならないから、できれば外して考えてほしい、と言ったのだけれど。教会ではこれで普通に暮らせると聞いたらしいのよねぇ」
「……では、なんのために神殿へ伺ったのかしら?」

 助けがほしいから、オデットに会いに行ったのではないのだろうか。それではまるで、馬鹿にしているようにしか見えない。

 オデットも分かっているだろう、しかし平気な顔をしている。

「さあ?けれど、今夜は本当に偶然だけれど、私がいてよかったわ」
「アリッテルは感謝していましたわね」

 あの泣きじゃくる姿は心からオデットへ謝っているようだった。

「そうねぇ、お友達にもなれちゃった」
「なぜお友達でしたの?」
「あなたとスミレが羨ましくって。身分を越えた友情って、とても美しいわ」
「……あなたが良いのなら何も言いませんわ。けれど、アリッテルの暴言は、」
「うふふ、すれ違っても、友情を結べるのよ。素敵でしょ?」

 オデットはいたずらっぽく笑う。

「私、アリッテルと友達になりたくて、がんばったのよ。褒めてくれない?」
「ええ、それは構わないけれど、」
「お願い、ミズリィ」
「……分かったわ。オデットはえらいわ」
「そうでしょう?」

 彼女の体が、ミズリィの方へと傾いて来た。

「とっても、がんばったのよ」

 満足そうにオデットは呟いた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

転生皇女はフライパンで生き延びる

渡里あずま
恋愛
平民の母から生まれた皇女・クララベル。 使用人として生きてきた彼女だったが、蛮族との戦に勝利した辺境伯・ウィラードに下賜されることになった。 ……だが、クララベルは五歳の時に思い出していた。 自分は家族に恵まれずに死んだ日本人で、ここはウィラードを主人公にした小説の世界だと。 そして自分は、父である皇帝の差し金でウィラードの弱みを握る為に殺され、小説冒頭で死体として登場するのだと。 「大丈夫。何回も、シミュレーションしてきたわ……絶対に、生き残る。そして本当に、辺境伯に嫁ぐわよ!」 ※※※ 死にかけて、辛い前世と殺されることを思い出した主人公が、生き延びて幸せになろうとする話。 ※重複投稿作品※

落ちこぼれ公爵令息の真実

三木谷夜宵
ファンタジー
ファレンハート公爵の次男セシルは、婚約者である王女ジェニエットから婚約破棄を言い渡される。その隣には兄であるブレイデンの姿があった。セシルは身に覚えのない容疑で断罪され、魔物が頻繁に現れるという辺境に送られてしまう。辺境の騎士団の下働きとして物資の輸送を担っていたセシルだったが、ある日拠点の一つが魔物に襲われ、多数の怪我人が出てしまう。物資が足らず、騎士たちの応急処置ができない状態に陥り、セシルは祈ることしかできなかった。しかし、そのとき奇跡が起きて──。 設定はわりとガバガバだけど、楽しんでもらえると嬉しいです。 投稿している他の作品との関連はありません。 カクヨムにも公開しています。

美化係の聖女様

しずもり
ファンタジー
毒親の仕打ち、親友と恋人の裏切り、人生最悪のどん底でやけ酒を煽り何を思ったのか深夜に突然掃除を始めたら床がドンドンって大きく鳴った。 ゴメン、五月蝿かった? 掃除は止めにしよう、そう思った瞬間、床に現れた円のようなものが光りだした。 気づいたらゴミと掃除道具と一緒に何故か森の中。 地面には気を失う前に見た円が直径3メートルぐらいの大きさで光ってる。 何コレ、どうすればいい? 一方、魔王復活の兆しに聖女を召喚した王城では召喚された筈の聖女の姿が見当たらない。 召喚した手応えはあったものの目の前の床に描かれた魔法陣には誰も居ない。 もしかして召喚先を間違えた? 魔力の残滓で聖女が召喚された場所に辿り着いてみれば聖女はおらず。 それでも魔王復活は待ってはくれない。 それならば聖女を探しながら魔王討伐の旅へ見切り発車で旅する第二王子一行。 「もしかしたら聖女様はいきなり召喚された事にお怒りなのかも知れない、、、、。」 「いや、もしかしたら健気な聖女様は我らの足手まといにならぬ様に一人で浄化の旅をしているのかも知れません。」 「己の使命を理解し果敢に試練に立ち向かう聖女様を早く見つけださねばなりません。」 「もしかして聖女様、自分が聖女って気づいて無いんじゃない?」 「「「・・・・・・・・。」」」 何だかよく分からない状況下で主人公が聖女の自覚が無いまま『異世界に来てしまった理由』を探してフラリと旅をする。 ここ、結構汚れていません?ちょっと掃除しますから待ってて下さいね。掃除好きの聖女は無自覚浄化の旅になっている事にいつ気付くのか? そして聖女を追って旅する第二王子一行と果たして出会う事はあるのか!? 魔王はどこに? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 不定期更新になります。 主人公は自分が聖女だとは気づいていません。 恋愛要素薄めです。 なんちゃって異世界の独自設定になります。 誤字脱字は見つけ次第修正する予定です。 R指定は無しの予定です。

クラス召喚されて助かりました、逃げます!

水野(仮)
ファンタジー
クラスでちょっとした騒動が起きていた時にその場に居た全員が異世界へ召喚されたみたいです。

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

悪役女王アウラの休日 ~処刑した女王が名君だったかもなんて、もう遅い~

オレンジ方解石
ファンタジー
 恋人に裏切られ、嘘の噂を立てられ、契約も打ち切られた二十七歳の派遣社員、雨井桜子。  世界に絶望した彼女は、むかし読んだ少女漫画『聖なる乙女の祈りの伝説』の悪役女王アウラと魂が入れ替わる。  アウラは二年後に処刑されるキャラ。  桜子は処刑を回避して、今度こそ幸せになろうと奮闘するが、その時は迫りーーーー

処理中です...