最強令嬢の秘密結社

鹿音二号

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11:藪の中の果実2

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 ほどなくして、ベッドルームから治療師たちが出てきた。
 どうやら学院の外部組織の治療を得意とする魔術師たちだ。

「命に別条はございません。ひどく魔力と体力を消耗していますが、数日安静にしていらっしゃれば回復するでしょう」
「分かりました。どなたか代表は私と一緒に侯爵と伯爵へ報告に来てください」
「私もお供いたします」

 テリッツが部屋を出ようとすると、メルクリニがそれについていく。

「あの、アリッテル嬢とはお話できますかしら?」

 残っていた治療師に尋ねると、大丈夫だと言われて、オデットとふたりでベッドルームへと向かう。

 アリッテルはぼうっとしてベッドに横たわっていた。
 小さな子供には似合わない、疲れ切った表情だった。

「……ご加減はどうです?」

 オデットがそっと近寄ると、アリッテルはゆっくりと首を彼女に向けて……それから、しくしくと泣き出した。

「まあ、どうしたの」
「……ひっ、あ、あなた、が助けてくれた、の」

 小さな声で、頼りない響き。
 ベッドに座ったオデットの後ろに立っているミズリィには分からないが、彼女はいつもの微笑みを浮かべているのだろう。

「ええ、そうね。大変だったわねえ、間に合ってよかった」
「な、んで、助けたのよ!」

 大声を上げるアリッテルに、そっと手を伸ばしたオデットは、彼女の頭を撫でた。

「あら、助けてって言っているように見えたのに?」
「そうじゃなくてっ、わ、わたし、あなたに、ひどいことを言っ……」
「しぃー、よ。あなたが内緒にすれば、何も聞かなかったことにするわ」

 以前会った神殿でのことだろうか。何があったかわからないけれど、オデットは気にしていないようだった。

「ね、ほら、嘘じゃなかったでしょ? あなたは私だけは傷つけられないのよ? どう?」

 誇らしげなオデットの声と、アリッテルが彼女に抱きつく小さな手。
 しばらく泣きじゃくっていたアリッテルが落ち着いて、それでミズリィは声をかけることができた。

「初めまして、アリッテル嬢。わたくし、ミズリィ・ペトーキオと申します。オデットとは友人ですわ」
「ペトーキオ……」

 公爵家の名は聞いたことがあったのだろう、アリッテルは不安げにオデットの袖にすがりついた。

 オデットはそのアリッテルを見て、固まった。
 目を見開き、小さめの口を開いて、数秒後――ガバッと腕を広げ。
 アリッテルを、抱きしめた。

「まああああああなんて可愛いのかしらああああああ」
「ぎゃっ!?」
「えっ」

 それを見て、今度はミズリィが固まった。
 何が起こっているのか。こんなに興奮したオデットを見たことがない。

「ああ、アリッテル、かわいいわ! 怯えないで大丈夫、ミズリィはとてもいい人だから!」
「何!? なんなの!?」
「あまりにもアリッテルが可愛くて……私、こんな妹が欲しかったのぉ」
「あなたの妹になった覚えはなくってよ!」

 オデットに抱きしめられ頬ずりされ、どうしていいか分からずにおろおろとあちこち見て、ミズリィに目を合わせたとたん、涙を浮かべるさまは、たしかに小動物みたいで可愛いけれど。

「……オデット……よくわかりませんけれど、アリッテルが困っていらっしゃいますわ。落ち着きになって」
「ああ……ごめんなさい?」

 ようやくアリッテルを解放したオデット。アリッテルはできる限りベッドの端にずりずりと寄って距離を取る。

「ああん、アリッテル、そんな遠くに行かないで」
「どうしたっていうの! あなたそんな人だったかしら!?」
「オデット……一体どうしたの」
「ええ?なんともないわぁ」

 様子がおかしい。
 けれど、なんだか幸せそうで……ミズリィは考えることをやめた。

「ええと、アリッテル嬢、わたくしあなたに聞きたいことがあって」
「……………なんですの」

 警戒するのを隠さず、じろりとアリッテルはミズリィをにらみ、そばにあったクッションを抱えた。
 また何かオデットが叫んだが、放っておく。

「今日、このパーティーに参加された理由をお聞きしたいの」
「……どうして知りたいの、そんなこと」
「ああ、アリッテル、泣かないで」

 くしゃりと顔を歪めたアリッテルに、オデットはおろおろと声をかける。距離を詰めるようなことをしていないからか、アリッテルはオデットを見て涙を引っ込める。

「詳しくは言えないのだけれど、個人的な疑問なの。ここだけのお話にしてしてくださるかしら」

 無言でじっとミズリィを見つめるアリッテルに、オデットは何を思ったのか、

「……さきほど、あなたの魔力からみんなを守ったのは彼女よ。大丈夫、いいひとだもの」
「……分かったわ」

 アリッテルはこくりと頷いた。

「お父様に言われてついてきただけで、よく知りませんの。けれど、本当は、行く予定ではなかったはずで……」

 もじもじと話している彼女のベッドに、そっと腰掛けさせてもらう。

「お父様は、たしか一ヶ月前はパーティー行けなくて、悔しいみたいなことを言っていらしたわ。それが、一週間前、突然行くことになって喜んでいて。私も行くのだとその時初めて聞いたわ。ええと、たしか……その日の前日に、あなたにお会いしたわね」
「あらぁ、そうだったのね」

 オデットが話した神殿に治療を受けに来た日のことだろう。

「……本当に、助けてくれるとは思いませんでしたわ。――ありがとう」

 ぽつりとアリッテルが言ったお礼に、オデットは目を輝かせた。

「ふふ、嬉しいわ」
「信じなくて、ごめんなさい」
「今度はちゃんと信じてくれたもの」
「ま、まあ、それはあんなことをされたら……」

 アリッテルは頬を染めて、それから微笑んで見ていたミズリィに気づいて咳払いをした。

「それくらいよ、たいしたことじゃないわ」
「ええ、ありがとうございます」

 微笑むと、アリッテルはなにか小さな声でブツブツと呟いた。クッションに口元を埋めているので、聞こえない。

「? なにかしら」
「なんでもなくってよ!」
「まあまあ、興奮しちゃだめよ。体に悪いわ」

 オデットがやんわりと注意すると、アリッテルはびくりと体を震わせる。それにオデットはいつもの微笑みを浮かべた。

「ああ、大丈夫よ? 今あなたは魔力がいっぱいなくなっているから、しばらく大きな力は使えないわ」
「……そう」

 アリッテルはうつむき、何かを考えている。

「――ねえ、私が暴走したとき、みんなを守ったのはあなただったのでしょう?あれは何?」
「あれ、とは?」

 ミズリィに向けられた赤い瞳は、この部屋に入ったときと同じ疑いの目をしていた。

「私の魔力がどんどん外に出ていくのがわかったわ。けれど、途中から押さえつけるみたいに出しにくくなったの。……なんだか、あの、腕輪をしている時みたいに……」
「……結界ですわ。ごめんなさい、どうしてもあの魔法にしないと、ホールが吹き飛んでしまうと思いましたの」

 不快だったのだろう、それはミズリィにも分かる。

「本当に、嫌だったでしょう」

 思い出して、自然と顔が歪む。

 アリッテルは何を思ったのかぽかんとしたようだった。瞬きを何度かしたあと、照れたようにぎゅっとクッションを抱きしめた。

「うん。……でも、吹き飛ばすのはもっと嫌ですわ。結界は、あなたの固有魔法かしら」
「いいえ、ミズリィの固有魔法は、制御魔法よ」

 オデットがなにか物欲しそうな顔でこちらを見てながら言った。

「制御?」
「魔法なら何でもかんでもコントロールしてしまう、便利な魔法よねぇ?」
「え、ええ……どうなさったの、オデット」

 いいえ、と友人は今度はつんと顎を上げてしまう。

「? ええ、オデットが言うように、制御の部分が魔法になっているのですわ。ええと……」
「私の魔法もコントロールできるのかしら!?」

 ぐっと身を乗り出したアリッテル。

「……いいえ、わたくしの魔力はあなたよりも小さいの。自分の力より強いものは、コントロールできないわ」
「使えませんこと」
「そうですわね」

 真面目にうなずく。

「……本当に貴族かしら、あなた」
「え?」
「いいですわ、もう!」
「ねえ、アリッテル、私とお友達になりましょう?」

 唐突に、オデットは真剣な顔をした。

 そんな話をしていただろうか。
 ぎょっとしたアリッテルへと、オデットは体を傾ける。

「今回みたいなことがあっても、私はあなたを助けてあげられるわ。私の声が聞こえるまであなたの近くに行けるわ」
「は、はあ?なぜお友達になる必要があるの!」
「信頼の証。一言、うん、って言ってくだされば、私はあなたの味方よ? お父様に腕輪はしないように説得するわ?」
「――」

 金髪の少女はじっと目の前の年かさの少女をにらみつけるように見て、

「卑怯だわ。ずるい」



 風に当たりたいというオデットに付き合い、ベランダへ出る。

「少し寒いわねぇ」
「秋も深まってきていますわ」

 天気は穏やかで、星空が見える。
 アリッテルは疲れたらしく、ベッドで大人しくしている。

「……聞きたいことがあるの。ミズリィ、あなた、魔封じの呪具のことをよく知っていたわね?」
「え……たまたま、どこかで見ていた気がするわ」

 どきりとしながら、答える。
 そんなに知られていないものだったろうか。テリッツなども知っているようだったのは気のせいだろうか?

「そうね、簡単なことは学院の講義でやったし、覚えていたのねぇ。すごいわ」
「……それは、ありがとうと言ってもいいのかしら」

 褒められている気がしないのだけれども。
 考えながら答えると、オデットはぷっと吹き出した。

「いいえ、意地悪だったわね。でも、おどろいたの、魔封じって私が言ったとき、一体それがなにか分かっていたようだったから」

 オデットは手すりに組んだ手を乗せる。

「……神殿でも、たまに規則を破った司祭が罰につけるときがあるのだけれど、本当に嫌そうにしているのを見るわ。アリッテルなんて小さな子が、なんの罪もないのにつけるものではないでしょう」
「その通りですわ」
「――あなたって、嘘をつくのが本当に下手ねぇ」

 クスクスと笑いながらオデット。
 たしかにミズリィは嘘をつくのが下手だけれども、それは今関係があることだっただろうか。

「まあ、いいわぁ。今度教えてくださいね?」
「何をですかしら?」
「あら、いいえ、気にしないで」

 オデットは笑っている。上機嫌だ。そよ風に髪を揺らしながら、夜空を見上げている。

「邪教の魔女がって、言われたのよ」
「……なんですって?」
「アリッテルに初めて会ったときね。もうすでに魔封じの腕もしていて、きっと気が立っていたんだわ。お父様の伯爵も、私の話を半分も聞いていたのか分からなかったし」

 オデットの横顔はいつもの微笑みを浮かべている。

「腕輪はしていても、本当の解決にはならないから、できれば外して考えてほしい、と言ったのだけれど。教会ではこれで普通に暮らせると聞いたらしいのよねぇ」
「……では、なんのために神殿へ伺ったのかしら?」

 助けがほしいから、オデットに会いに行ったのではないのだろうか。それではまるで、馬鹿にしているようにしか見えない。

 オデットも分かっているだろう、しかし平気な顔をしている。

「さあ?けれど、今夜は本当に偶然だけれど、私がいてよかったわ」
「アリッテルは感謝していましたわね」

 あの泣きじゃくる姿は心からオデットへ謝っているようだった。

「そうねぇ、お友達にもなれちゃった」
「なぜお友達でしたの?」
「あなたとスミレが羨ましくって。身分を越えた友情って、とても美しいわ」
「……あなたが良いのなら何も言いませんわ。けれど、アリッテルの暴言は、」
「うふふ、すれ違っても、友情を結べるのよ。素敵でしょ?」

 オデットはいたずらっぽく笑う。

「私、アリッテルと友達になりたくて、がんばったのよ。褒めてくれない?」
「ええ、それは構わないけれど、」
「お願い、ミズリィ」
「……分かったわ。オデットはえらいわ」
「そうでしょう?」

 彼女の体が、ミズリィの方へと傾いて来た。

「とっても、がんばったのよ」

 満足そうにオデットは呟いた。

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